シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年10月19日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 人間に生じるべきだった唯一の感覚による知覚とは、霊的な自我に対する知覚であり、人間のために物質界に意図されていた唯一の霊的実質とは、物質になる瞬間に輝く霊的な形態の血だった。

 従って、もし、楽園の人間のままだったら、人間は、地上において象徴的に、自我を表現するように運命づけられ、その自我のなかで、イマジネーション、インスピレーション、インテュイションを発現させ、成長させ、それらからなる純粋に精神(霊)的な存在に対する意識が与えられ、霊界から、その霊的な自我を見下ろしていただろう。

 そして、この自我の輝きの中で、「私はある。何故なら、下方の私が、私を通して、地上の存在に至ったからである。」と感じられただろう。

 以上は非常に不思議なことだが、真実である。

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 人間は(現在のように)地上ではなく、地球の周囲に生きるように神々に意図されていた。人間は、上の図8のように、地球の周囲(a)に生き、人間の反映を、地上に創出する(b)と同時に、この反映を通じて、自我が再び照り返すことで、「下方に私のシルシ(存在の証)がある。」と感じるように意図されていた。

 現在のように、人間は、地上の自我と一緒に、骨や腺組織、新陳代謝組織等々を持ち運ぶようには、ましてや、「その存在を私である。」というような馬鹿げた判断を下すようには意図されていなかった。

 (現在のような所有意識がなかった。考えてみれば、自分の命も自分のものではない。ただ宇宙の現象の一部を授かっているだけである。)

 以上とは全く異なる自我が生じるべきだった。人間は、地球の近傍に生きながら、霊的な血の、霊的な形態の輝きのなかで、地球にシルシ(存在の証)と象徴を沈め、自分の存在を次のように感じたはずである。



 その存在に、いま、私という(地上の)自我が加わる。私は、自分自身を、下方にある地球上に刻印することで、自我を知覚する。自我の知覚から、常に、私は、血の輝きの中で、私が何者なのか、を読みとることができる。」




 このことから、例えば、記憶喪失の人が、思い出の土地にいくなどして、記憶を蘇らせることが考えられる。考えてみれば、自己を記憶できるのは、肉体という土地に自分の行動という目印を残しているからともいえる。

 肉体を土地とすれば、長さの単位が肉体に基づき、空間の基本が感覚器官に基づく意味がわかる。

 従って、死後に、肉体を失えば、一種の記憶喪失となり、自分の行動だけが残るので、それを自己同一視するしかなく、自分の行動に統一性や秩序、永続性がないと、それもやがて失われていくので、自我意識はなくなってしまう。

 だから、死後も、自分の命を残すには、できる限り、秩序ある道徳に沿った行動が求められるわけである。)

 以上のように感じるべきだった。従って、人間は、本来、現在のような、肉と骨からなる身体をもって、地上を歩くのではなく、地球の周囲を周りながら、いわば、下方に自分を刻印(記入)することで、自分であること、つまり、自我に気づくように意図されていた。この事実を見過ごすなら、人間の本性に対する真の知識を持つことはない。

 (人間が自分のものにする際に、自分の名を記す行為に、その名残があるといえる。)

 そこにルシファーがやって来た。そして、人間に、自我を感知するだけでなく、アストラル体も、つまり、地球の過去の転生である月の上で、人間が獲得した全て、すなわち、思考、感情、意志を、自我と同様に(自分のものとして)感じるようにした。

 以上のように、自我は、もはや純粋なものではなく、別のものが混入した。このことから、人間が、物質の中に降下する必要性が生じた。楽園からの追放とは、物質の中への下降を意味する。というのも、血は、一瞬の輝きとして、再び精神(霊)性の中に受け取られるのではなく、物質的な実質、つまり血液となったからである。





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Last updated  2011年10月20日 09時16分46秒
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