シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年09月07日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、山岡鉄舟の武士道が、老子の55章を思わせることを書いた。

 老子の55章とは、例えば、以下である。



 蜂タイ爬蛇(キダ)も螫(サ)さず 猛獣も拠らず 攫鳥(カクウ)も搏(ウ)たず

 骨弱く筋柔らかにして握ること固し 未だ牝牡(ヒンボウ)の合を知らずして スイ作(た)つ精の至りなり 終日号(サケ)びて嗄(カ)れず 和の至りなり

 和を知るを常といい 常を知るを明といい 生を益すを祥といい 気を使う心を強という

 もの壮なれば老ゆ 之を不道と謂う 不道は早く已(ヤ)む


 上記のように漢文を書き下しても、恐らくチンプンカンプンなので、昨今知った著書「タオの法則」から、その意味を抜粋する。

  ☆  ☆  ☆ 

障害は恐怖心以外にない

恐怖心を克服すれば万事は必要な時に必要なように成就する。

 あるテレビ番組で、長年かわいがっていた猫が突然飼い主に襲い掛かるようになり、近づけば興奮するため、檻のなかに入れたままでさわることもできなくなった家族のことを放映していた。

 動物の心がわかるという人が家に来て、その猫としばらく対面した後、飼い主に、この子への恐怖心をまったくなくせたら近寄りなさいとアドバイスする。



 猫はその場でウソのようにおとなしくなり、家族にじゃれつくようになり、飼い主は奇跡だと驚いていた。

 つまり、猫と家族を遠ざけていたのは、過去のわだかまりによる恐怖心だったのだ!

  ☆  ☆  ☆

 以上の抜粋からわかるように、鉄舟の武士道とは、簡潔にいえば、心の整え方なのである。勝負に際して、敵は外にあると思えるけれど、敵の本体は、実は、自分の心のなかにある。

 敵とは、自分の心が映した幻覚なのである。それが恐怖心だったり、功名心だったり、欲望だったりする。 

 では何故に、敵を外にみるのだろうか?

 それは自分という執着心が敵を外にみさせるのである。

 つまり、自分という執着心を無にすれば、敵も無になるというわけなのだ。

 例えば、赤い布が赤くみえるのは、赤以外の色を布が吸収し、赤のみが反射されているからである。だから、赤い布をみるときに、赤以外の色を補完してみれば、もはや赤くはみえない。これと似た理屈で、敵愾心をもってみるから、敵にみえるわけで、敵愾心をなくせば、敵にはみえなくなる。

 敵愾心をもつのは、自分のなかになんらかの色眼鏡があるからである。色眼鏡を生じさせているのは、自己である。

 例えば、老子が説くように、赤ん坊には、全く自己というものがなく、他者に委ねられるままの存在である。



 全てを育む宇宙の心と一体化すれば、敵など何もいなくなる。

 タオに通じれば、勝負事などはどうでもよくなる。

 さぁ、自分の殻を破って、出てきなさい。

 と継続的に、タオは、人類に呼びかけ、語り続けているのである。

 そして、鉄舟の武士道とは、端的にいえば、他者の失敗は自分の責任、自分の成功は他者の功績というような心を鍛錬することを意味するのだろう。



 自分さえ良ければいいという輩は、結局、自分さえも切り捨てるようになるのだよ。





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Last updated  2012年09月07日 16時38分53秒
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