シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年10月12日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 モーリス・ドリール著「療法の真義」を続けて読んでいるが、以前、その本から、ヨガと気功と丹田呼吸法が、似たもので、それらが、生命の樹を活用したアストラル界への参入法、つまり秘儀参入法であることを紹介した。生命の樹の活用から、ピラミッドは、人間の構造を模した秘儀参入法を実践する神殿であることもわかる。

 紹介はしたが、実際に行うことには責任をもてないので、慎んでほしい。というのも、クンダリーニの火の蛇の実体がいまだわからないからで、下手すると、クンダリーニ症候群というような、いわゆる精神病に罹ってしまう恐れもあるからである。

 グルジェフは、クンダリーニのことなのか定かではないが、以下のクンダバッファと呼ばれる装置が、原始の人類につけられていたとも述べている。

 以下の抜粋は、自称霊能者白山道のブログからの抜書きである。

  ☆  ☆  ☆

 とても怪しいオジサンである ゲオルギイ・グルジェフ は、人類が覚醒する手段を求めて長い旅をしました。

 (中略)

 後年、彼は面白い発言を沢山残しています。彼の発言の1つを私の霊脳で読み取ると、

 太古に人類が開発・飼育されていた時に、背骨の尾てい骨の先端に取り付けられていた、


 瞑想やヨガなどの背骨の霊的ポイントに干渉する行為や、クンダリーニの覚醒を意識した修行の多くは、じつはこの隷属的な精神状態の復活、追求であると示唆しています。自分で、遺伝子の記憶に眠るクンダバッファー装置を再生させようとする行為になります。

 人類の大半は、瞑想により覚醒を体験したと「思い込む」世界は、確実に魔境を見ていると私は考えます。その理由は、その方の実生活がよろしく無いからです。色々な社会的な家庭面で、です。しかも本人の健康も病弱に成る人が多いです。

 そして、晩年の状態が悪い人が多いです。これは、霊的に干渉した根本先が間違いだからです。ラマナ・マハリシのように、自己の内面への瞑想により、真の覚醒に至るのは極まれな奇跡であり、神の恩寵としか言えません。

  ☆  ☆  ☆

 以上のように、真偽はともかく、非常に危険なことだけはわかり、実生活の適応を失うことは確かなので、控えた方が懸命である。恐らく、4次元以上の高次世界といっても、多種多様なので、下手すると、魔界の扉を開く破目に陥る可能性もある。

 クンダリーニのエネルギーを善の扉を開くのに使うのか、悪の扉を開くのに使うのかは、その人次第なのだろう。善というのは、この世の意識を失わずに、あの世に行けることで、悪というのは、この世の意識を失ってしまうことだと思われる。いずれ、死ねば、人生の行いにより、あの世に行くわけで、何も急ぐ必要もないことは確かである。

 しかし、真実探求の精神だけは失いたくはないので、クンダリーニの制御に類似するような体験を、以下のサイトから紹介することで、再考してみたい。

覚醒・至高体験の事例集
http://www.geocities.co.jp/noboish/case/index-c.html

 上の白山道サイトでも、評価されているラマナ・マハリシの経験を抜書きする。

  ☆  ☆  ☆



 「叔父の家の二階の部屋に一人で座っていたときに、突然、物凄い死の恐怖が私に 襲い掛かってきた。私はめったに病気をしたことがなく、いつもと変わりない健康 状態だったので、その恐怖が身体の異常からくるものであるとは思えなかった。私はただ死んでしまうのだという想いが頭をよぎり、何をすべきかを考えはじめた。医者や兄や友人たちに助けを求めようという考えは起こらなかった。私はすぐに、これは自分で解決すべきものだと感じた。

 死の衝撃は私の心を内へと向かわせた。私は心の中でつぶやいた。

 『今死がやってきた。これはいったい何を意味するのか? 何が死んでゆくのか? この身体が死んでゆくのだ』。

 私は手足を伸ばして、死後硬直が始まったかのように硬くなって横たわり、本物の死体に見えるようにした。私は息を止め、どんな音も漏れないようにした。また『私』をはじめどんな言葉も発することができないように唇をギュッと閉ざした。

 『これでこの身体はもうおしまいだ』と私は心の中で呟いた。『これから斎場へ運ばれ、焼かれて灰になってしまうことだろう。だが身体が死ん でしまえば私も死んでしまうのか? 果たしてこの身体は私なのか? 身体は明ら かに無言で生起がないが、私は私の人格が十分に機能していることを感じているし、それとは別に、内側から「私」という叫び声まで聞こえてくるではないか! 



 これらは決して取り留めのない漠然としたものではなかった。それは、私に閃いた生き生きとした真実であった。

 『私』とはきわめて実在的な何ものかであり、私の現在の状態で唯一実在しているものであり、私の身体にまつわるすべての意識的な働きは、その『私』に集中された。その瞬間から『私』あるいは真我は、それ自身に注意を集中し、引きつけられていった。

 死の恐怖はこれを最後に消え去った。しかし、私はそれからもずっと絶え間なく真我に没頭し続けた。他の様々な考えは音楽を構成する様々な音のように浮かんでは消えていったが、「私」はあらゆる音の底に横たわり、それと調和する基底の聖音のように力強く続いた。

 会話や学習や他の諸活動をしようとも、私はいつも『私』に注意を集中させた。その転機(死の体験)より以前は、私には真我についてのはっきりとした知覚がなかったし、それに興味を持ったこともなかった。ましてやその中に生涯にわたって留まっていようとは思ってもみなかった。」 

  ☆  ☆  ☆

 では、次に、もっとわかりやすいゴーピ・クリシュナの体験を抜書きする。

  ☆  ☆  ☆

 34歳の時、突如として予期せぬクンダリニーの上昇を体験する。それは最初、筆舌につくし難い至上の幸福感をともなったが、直後に死と隣り合わせの危険と辛苦に満ちた体験に変わる。クンダリニーがシュスムナ管以外のナディ(管)、特に脊髄の右側にあるピンガラから誤って上がると、心身にきわめて重大な混乱がおこり、制御できない体内熱のために時には死を招くことさえあるという。

 彼は、その最悪の場合を体験したのだ。「体内の器官や筋肉が花火で焼き切られるような、無数の灼熱の針が身体中を走りまわっているような」苦痛が数週間も続いた。精神錯乱の一歩手前までいったとき、ふと正気にもどった彼は最後の賭けをする。

 もしクンダリニーがシュスムナ管の右側のピンガラを上ったのであれば、その左側の気道イダを開くこどでピンガラの焦熱を中和できるのではないか。彼は、最後の気力をふりしぼって一心にイダの気道が開くように念じる。すると、それを待っていたかのように奇跡が起こったのである。

 「パチンと気道に音がしたかと思うと、銀色の流れが白蛇の這うがごとく脊髄をジグザグ状に動いて昇り、最後に生命エネルギーの光り輝く滝となって脳髄に降りそそいだのである。それまで3時間あまりも私を苦しめていた火焔にかわり、至福の白光 で私の頭はみたされた。少し前まで私の神経組織をはせめぐっていた火の流れが、このように突然変わったことに驚き怪しみながらも、私は苦痛がやんだことに深い喜びを感じていた。」

 こうして危機を脱したのちも、クンダリニーの光は、彼の中で不断に発光し続けた。それはもはや、焼きつくすような熱気ではなく、すべてをいやす快い温かさをともなっていた。その光によって彼の脳や神経組織は再調整され、意識は、確実に覚醒に向かって拡大していった。彼は、自らの意識の変化をつぎのように語る。

 「私は、子供の時から慣れ親しんできた自我に統御された一つの意識単位から一挙に拡大し、光り輝く意識の輪となり、最大限のところまでずんずん大きくなっていった。『私という感じ』は以前と変わらないものの、それはもはや一つの小さく固まった存在ではなくなった。私は四方八方の広大な次元に通達する光り輝く意識の球体の中に包みこまれていた。

 適切な比喩もないが、しいていえば、小さな明かりから出発した私の意識は次第に大きな光の海に成長し、気がついてみると、自分の周りを近くから、或いは遠くから取り巻く歓喜を放射する大きな意識の中に浸されていた。」

 それは、「認識主体がより広大な視野を獲得」し、「以前より大きくなった表層意識に世界が映し出される」ような体験だった。その後、瞑想中の喜悦のなかで自己の限界を超えたエネルギーの噴出を許してしまい、再び灼熱のクンダリニーに苦しめられるようなこともあったが、そうした経験を経て彼の意識の座が限りなく広がっていくのも事実だった。彼はつぎのようにもいう。

 「肉体と環境に束縛されていたはずの自分の存在が、名状しがたい形で、とてつもなく大きな人格として拡大し、自分の周りにある宇宙が不思議にも内在する感じがして、意識そのものといえる大きな宇宙と自分が、自分の内部ですぐさま直接に接触できる。」

 こうしてゴーピ・クリシュナの意識の場は拡大するが、同時に彼は、「自分の内と外に知覚するものがゆっくりと輝きを増し始めていたこと」に気がつく。例えば、彼は、その知覚の変化を次のように語る。  

 「眼前にある景色は私がよく見慣れていたものであったし、またある意味で、その出来事以前から私がなじんでいたものであった。しかし、私が現に見ていたものは、私を驚きのあまり棒立ちにさせるほど異常なものであった。この世のものとも思われない、何かおとぎの国のような風景が私の前にあった。  

 古めかしい風雨に曝された建物の正面には別に、これという飾りもなく、その上に青空が拡がっていた。燦々とした陽の光の中で、建物も空も美しい、しかも荘厳味溢れた銀色の光沢に輝いていて、それがまた、筆舌に尽くしがたい驚くほど微妙な陰影効果を醸し出していた。

 驚き怪しみながら別の方向に目を転ずると、そこでもまたあらゆるものが美しく銀色に輝いていた。あきらかに私のクンダリニー開発は 新段階に到達していた。私がどちらを向いても何を見ても知覚した、あの銀色の光沢は、物体から発していたのではなく、あきらかに自分自身の内部にある光が投射されたものに他ならなかった。」

  ☆  ☆  ☆

 以上のように、宇宙意識と一体化することについて、老子は、第77章で説いているが、その紹介は、次回に譲る。





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Last updated  2012年10月12日 13時23分51秒
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