シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年10月16日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、教育について思うところを述べた。「鳶が鷹を産む」という諺もあるが、大体は、「蛙の子は蛙」なので、親の人生が、子の人生に引き継がれると考えた方が無難である。親以上になるには、やはり、親以上の苦労が必要ということだろう。

 だからといって、親と全く同じ人生を歩むわけではない。それは自主性いかんにかかっている。

 オカルトでは、本人にとって、学びの多い親を選んで、生まれてくるといわれているから、逆説的にいえば、親以上の教育者はいないはずである。また、親も、子を通して、その自主性から学び得るわけで、どの親にどの子が産まれるのかは、神様の優れた叡智によるものといえる。

 このオカルトの意味から、仏教の出家とは、もはや親に学ぶ必要がなくなったことを意味する。同時に、親も子から学ぶ必要がなくなったことになるから、もはや前世の因果である宿命を克服したことをも意味するわけである。

 俗世間でいうところの、親離れ、子離れのことになる。血縁関係からくる依存心や甘えを克服したことを意味する。西洋では一般的に早くから自立心をもつように配慮しているから、日本の「閉じこもり」というようなことは、余程の金持ち階級ならあるかもしれないが、一般的にはほとんどありえないはずである。

 子どものときから、好きなものだけを与えていると、社会や職業まで、与えられないと何もできなくなる。要するに精神の成長力がなくなる。すると、愛情も自分でつくりだすことができずに、与えてもらうものと錯覚してしまう。そこに唯物論で価値観が色づけされると、与えられた価値観にすがって、自分からは何もできない受動的な奴隷人間になってしまう。

 「三代目の穀潰し」というように、三代目で滅ぶというのは、二代目までは、創業者の苦労を共にしたことで、周囲がなんとか持ちこたえるが、三代目は生まれながら金持ちの坊ちゃんなので、苦労知らずだから周囲と孤立し、ましてや社会の底辺の気持ちなど汲み取る能力もなく、穀潰しになるようなカラクリがある。2,3年前に流行ったKY(空気読めない)である。

 KYは、非社会性、社会適合能力なしなので、お笑いや特殊芸能の世界では重宝されるが、一般社会では、非常に厄介な存在となる。政治家をみればKYだらけで、庶民の生活の苦しさなどには不感症で、自分のことしか頭にない受動的な奴隷人間ばかりであることに気づかされる。

 社会の底辺に対して、真剣に耳を傾けようとせずに、貧乏の克服能力を高めることなく、社会に対して不感症になってしまったので、図体は大人だが、中身は幼児並という政治家ばかりになってしまったわけである。



  ☆  ☆  ☆

第七十三章 天網恢恢、疏にして失せず

原文
 勇於敢則殺、勇於不敢則活。此兩者、或利或害。天之所惡、孰知其故。天之道、不爭而善勝、不言而善應、不召而自來、繟然而善謀。天網恢恢、疏而不失。

書き下し文
 敢えてするに勇なれば則(すなわ)ち殺され、敢えてせざるに勇なれば則ち活かさる。この両者、或(ある)いは利あり、或いは害あり。天の悪(にくむ)む所、孰(たれ)かその故を知らん。天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、召さずして自ら来たし、繟然(せんぜん)として善く謀る。天網(てんもう)恢恢(かいかい)、疏(そ)にして失せず。

英訳文
 If a judge is brave to punish criminals, they are killed. If a judge is brave to pardon criminals, they survive. These two kinds of bravery, some say the former is right, some say the latter is right. Since it is difficult to tell right from wrong of human judgement, it is impossible to tell right from wrong of Heaven’s judgement. Heaven, wins a victory without any battle, answers without speaking, gathers everything without calling, and is loose but has a grand program. Heaven’s net is very loose, but it never fails to catch a sinner.

現代語訳
 裁判官が勇気をもって刑を執行すれば罪人は殺され、勇気をもって刑を免除すれば罪人は生き延びる。この二種類の勇気は、それぞれ時と場合によって良いとされたり悪いとされたりする。人間の裁きでさえその是非を判断するのは困難なのに、天の裁きについてはなおさら人の身で理解するのは困難である。大いなる天のやり方は、争わずに勝利し、言葉を用いずに応え、呼びよせずに自ら来させ、ゆったりとしながら遠大な計画を内に秘める。天が悪を捕える網は、粗い目をしているように見えて悪を決して逃しはしない。

 Translated by へいはちろう



 第73章



 「好き」「快感」「ワクワク」はゴーサイン

 「不快」「気分が乗らない」はストップサイン

 「飽きた」は完了サイン


 人間の体は必要なものは何かを知っている。あなたがオレンジを食べたいと思う時は、それに含まれる何かが、あなたの体の営みや成長に必要な時だ。そしてそういう時は、心からそれがおいしいと感じるものだ。

 人間の心もこれと同じだ。その人に必要なものは何かを正確に知っている。あなたがダンスを見ると踊りたくてウズウズする。そして実際に踊るとそれがたまらなく快感に感じたとする。これはダンスが必要であり、あなたの魂の成長に必要だからだ。そして、それを追求することは、他の人を楽しませたり、それによって培った美的センスが何かの創造に役立ったり、結果として必ず人の役に立つことになる。

 逆に気分が乗らないというのは、それを止めなさいという内なるささやきである。この、小さなささやきに耳を傾け続けていると、タオの流れに沿った生き方が実現する。



 大切なのは、快と不快を嗅ぎ分ける鋭敏な体感力だ。

  ☆  ☆  ☆

 どんなことにも、真剣な態度で臨んだなら、自己の感性を磨くことにつながる。





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Last updated  2012年10月17日 16時59分31秒
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