シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年03月15日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回は、多様な価値観が多様な文化を生みだし、経済的な利益を上げることを、八切止夫作品集からの歴史考察から示した。

 戦国時代は、いまでいう都道府県が、国として独立していたので、多様な価値観をもっていたことは言うまでもない。いまでも、各地方に方言が残っているが、方言は、多様な価値観の反映であった。

 中央集権化は、確かに一部の覇道者に莫大な利益をもたらしたが、多くの人々を犠牲とし、死に追いやり、画一的な価値観を植えつけた。画一的な価値観を植えつけることで利益を上げた武士階級は、そのために滅亡した。

 例えば、当時の市場経済の一端の闇経済を担っていた茶道をみれば、そのことがよくわかる。茶道は、八切止夫作品集では、当初は博打だったという。さしずめ、いまでいうなら、裏カジノのことだろう。茶道が莫大な利益をもたらすので、信長は、堺の商人を接待して、茶道に入れ揚げた。

 茶道が莫大な利益をもたらした反面、博打なので、家を潰す者も多く、リスクが大きいということで、利休のワビサビの茶道ができたようだ。茶人は、カジノディーラーである。博打の茶道を、いまでいうところの豪華なキャバクラとするなら、利休の茶道は、喫茶室や喫茶店みたいなものだろう。闇から毒を抜き取り、健全化した。

 秀吉は、利休の茶道、つまり喫茶店や喫茶室に我慢できずに、再び、公営カジノのような豪華な茶道で、莫大な利益を上げようとし、唐討ち入りまで考える。秀吉の思想は、いまの世界統一政府を目指すサンヘドリンに近いといえ、そういう意味で、秀吉は極悪人である。もしかすると、サンヘドリンの意向を汲んでいたのかもしれない。

 しかし、イエズス会は、秀吉の目論見を見破り、朝鮮征伐の際に、硝石の日本への輸入を打ち切る。さながら、大東亜戦争のときのABCD包囲網の石油輸入禁止と同じである。

 八切止夫作品集によれば、立身出世の好感度な秀吉像は、明治政府が、朝鮮征伐(日韓併合)の際につくったものだという。

 この秀吉像と同様に好感度な武士道というのも、明治政府がつくった幻像ということを、八切止夫作品集から、抜粋紹介する。



ああ誤読

 読みを誤るというと、まことに感心させられるのは、戦争中に、『葉隠』をひろめ、「葉隠れ武士道」とか「葉隠れ武士山本五十六」などといいだした歴史屋たちである。

 私のような軽率で早のみこみの者は、そそっかしく誤読というのもあるが、頭のよいはずの人が、どうして間違え読みをするのであろうか。そこのところがさっぱり判らない。

 それも戦時中だけの戦意高揚のためにといったテーゼのため、血走った眼でよんだせいなら、その為かとも思えるが、戦後二十余年たった現代に、またこの誤読という怪物は復活しかけている。なんの理由によるのだろう。

 あまり利口ではない私は、どうしても、「新軍国主義の再現」と畏怖してしまう。

 私だって子供の時はヘイタイさんは好きだった。そこで恐れ多いが、陛下の名を叫び、「バンザイ」と叫んで死ねるのを理想となした少年の日もあった。ところが戦時下になると、女と歩けば交番へよびこまれ、聞くに堪えない露骨な職務尋問をされ、喫茶店で煙草をすっていただけで殴られ、豚箱へもってゆかれて、補導だと蹴っとばされたものだ。

 どうして虎の威を借る官憲というのは、いつの時代でも学生を目の仇にするのだろう。

 それに南洋群島へ行っていたとき、「軍事務員」の美名で応募してきたモンペ姿の少女達が、軍慰安婦に廻される前に、「臨検」の名目で南洋庁警官に初夜権を奪われていたのをも、私は実地にみている。

 だから戦争という錦の御旗が揚げられ、人民がそのため苛められる時代を臆病者の私は恐ろしく想うし、新しい軍国主義の片棒をかつぎお先走りせんとする輩へは反感を抱く。

 『葉隠』などを、今さらもちだしてきて、「この無私の徹底した厳しさは、読む者をしておのずから心のひきしまることを覚えしめる崇高なものである」と臆面もなく書きだし、「葉隠との対決の中に、われわれの新しい倫理を追求することであると思う。

 対決は抹殺することではない。対決を通して葉隠のもつ様々な可能性、特に心情の無私性を


 私は悲しく泣き声で、「またですか‥‥」と抗議をしたい。そしてひらき直ってそういう筆者に、「星二つで売られている岩波文庫のものや、現代語版が徳間書店から刊行され、多く
の人がよんでいるのを知っているか」ときき、「その葉隠聞書第二の最後の百四十条を、あなたは読まれているのか。誤読というよりそれは今日の一部の批評家のごとく、自分の営業に都合のよいものだけに眼を通し、後は一切瞑読するの類ではないか」と借問(しゃもん)したい。

 というのは葉隠の原作者は、その個所に、

 「奉公の至極の忠義は主人に諌言し国家を治むる事なり。下の方にぐどつき廻り(出世せず身分の低いとこで這い廻っていても)益々たたず。しかれば家老になるのが、奉公の至極なり。私の名利(冥利)を思わず奉公名利を思うことぞととく胸に落ち(納得)、さらば一度は御家老になりてみるべしと覚悟をきめ」

 と書いているからである。つまり当人の山本常朝が、現代の専務や常務に当る家老になりたくて、猛烈社員ぶりを発揮したのだと、正直に書いているのを、何故その通りに東大助教授はいわず、それを包み隠し、つまり、(立身したさ)(出世したかったのだ)と当人がはっきり明言しているものを、「葉隠のこの無私の追求の徹底したきびしさは‥‥」と、無欲の行為と称するのだろうか。



 さらに続けて本人の山本常朝は、

 「もっとも早出頭は古来のうじなく(封建制は家門制ゆえ、自分が家老の家柄に生まれついていれば、労することもなく早くからお召し出しになれ、そのポストへつけもしようが、自分は塩売りにやられそうになった程の身分いやしき出身で士分ではないからして)なんとか五十歳になってからでも、(殿のお眼鏡にかなうて立身できるよう)仕立て(用意のために計画をたて)申すべくと呑みこみ、二六時中工夫修行にて骨を折り、(女ではないから)紅涙までにはなく候へども、黄色などの涙はいで申し候程にてそうろう」

 とまで書いている。

 これは、「塩売りにやられかけたのが小僧役として召され、小姓にまでなれ書きもの役にもなれた自分は、ついているかも知れないと思った。そこで人一倍働いて、その猛烈さが認められるものなら、立身も不可能ではなかろう」といった士分の出でない山本の心境である。

 これは、現代ならば、「給仕に採用されたが定時制高校をでたら正社員に抜擢された。この分でゆくと自分は認められているから、猛烈社員ぶりを発揮すれば、五十五歳の定年までには、係長課長部長と立身し、専務になれるかも知れんぞ」といったところでもあろう。

 ところが、「しかるところに御主人におくれ(肝心な殿さまに先立たれ)兼々出頭仕り候者はすくたれ(亡き殿の側近に仕えていた者共は、新殿さまになると遠ざけられてしまい)御外聞を失ひ申し候につき、かくのごとくまかりなり候(新殿には新殿の側近がいるから、それらの者に交替されお役扶持が召し上げになると、自分のような小禄ものは本俸よりもお役手当だけで生活していたのだから、こうなっては対外的な附合いも経済的に不能になり、今やこうなっては致し方とてなく自分は、お城の北にある佐賀郡金立村黒土原に、掘立て小屋をつくって暮すようなことになってしまった)といった具合に彼は落伍者になってしまった状態をのべている。

 そこで彼は失意落胆した後は、講談本なら、「おれ程の男を‥‥」と、まだ五十二歳ゆえ他へ再就職にもゆけたろうが、鍋島の国法は、一度でも扶持を与えた者は有事にそなえて、在郷軍人制をとり国境を出さずとじこめにしていた。そこで、むしゃくしゃしながら彼は、負け惜しみもあったろうが、

 「本意はとげず候共(家老になろうとしたがはたさず、出世するどころか先君の死と共に放り出されてしまったが)しかと本意をとげ申し候こと段々咄(はな)し申してその通りに(聞書第一に、武士道というは死ぬことと見つけたり、つまり仏家でとく捨身立命説のごとくに、おれは家老になりたいと思えばこそ、よい所をお目にかけようと死にもの狂いに働いたいきさつは話ずみだが)思い立つと本望をとぐるものに候

 (男というものは一端こうと心に決めそれに努力してうちこんだら、よし成功せず一生がむだになったとしても、それは悔いることではない。1970年代の若者でも詩人になろう作家になりたいと頑張って、なれない者もいようが、自分で努力したという確信さえ持てれば後悔することはないし、男として耻しがることもない。何故ならば悔いても始まらんからである。つまりいうではないか。男は諦めが肝心と‥‥)」

 と書きつづってから、「まことに身の上話が(肥前一国三十五万七千石の家老になりあがろうなどとは)高慢のように候へども奥底なく不思議の因縁にて‥‥」と、その聞書の第二は終了している。

 だから私と同様に東大助教授も頭が悪く、それで誤読をしたにしても、まともに目を通していたら、呆れるよりも、怖しい話である。だからして、「そこには何か‥‥意企されたものがあるのではなかろうか」私は心配になって、おろおろしてしまう。とても怯えるからである。

 新渡戸稲造の『武士道』が、名著であっても、それが、軍国主義の経典でしかないことは、中央公論の『切腹論考』に詳述したが、それとこの『葉隠』が故意に誤読され、世にひろめられる時点では、私どもはそこに何を迎えるのだろう。思うだに慄然とさせられる。それに対し、ただわれ泣きぬれて何を書き何を叫べば、それを防げるのだろうか。

 ☆  ☆  ☆

 要するに画一的価値観による洗脳である。





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Last updated  2013年03月15日 10時21分47秒
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