シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年03月19日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回からの続き

 ☆  ☆  ☆

満州千早隊の結成

 「日本人ほど信念がなく権力に弱く、べったりしたがるのはない」がっかりさせられた。しみじみといやになってしまった。

 なにしろ邦人会へAが呼び出されたとなると、拷問されたわけでもないのに、「BとCがもと共産党員だったらしいから、ソ連に協力していた」と告げてしまい、そのBやCが呼び出されると、これまた同じように彼らは、「DやEがくさい」と教えるのである。

 事実そう想いこんで云うのなら仕方もない話だが、付和雷同的、まこと単純そのものに、「長いものには巻かれろ」で考えもなしに、進んで協力し、ご愛嬌に他人を密告するのである。

 こういうとき満州にサルトルがいて、「なぜ日本人どうしが庇いあえないのか。日本のオトナよ。君らは若い人達をエスコートしてやるのが義理というものではないか」とやってくれたら良かったろうが、あいにくいなかった。

 今おもうと田中総一郎とか古今亭志ん生なんてオッサンはいたが、あれは日本にいても自警団か、交通安全の白服をきたがる町会の役員なみの体制派なのだから、とても、「風の中の羽のようにいつも変わる女心で一昨日までは関東軍、昨日はソ連軍、今日は国府軍べったり、おのれの保身にキュウキュウとはなんたるこっちゃ」とはいわなかった。

 男はみな密告に脅え満服をきて旧城内へ逃げこみ、残った日本女性の若いのだけが、「タワリシッチ」と昨日までよんでたのを、今度は、「ワンさん待っててチョウダイね」とはりきっていた。美しく装いだした若い娘たちに同胞の男として、私はヤキモチでかっかとした。



 ところが、さて目まぐるしいが十二月になると、「国府軍撤退」が密かに伝わってきた。

 そして国府軍に編入されていた旧関東軍将校が、長さん姿で馬にのって現れ、「恐れ多くも天朝さまは鬼畜マッカーサーのため幽閉の身であらせられる。われわれはこの満州に陛下をお迎え申し上げるため、今こそ銃をとって迫りくる八路軍を防ぐのだ」ということになった。

 つまり当時は、「東北(トンペイ)」とよばれていた旧満州国は、ソ連軍引揚後は空家みたいなもので、(もし在留日本人の手で確保できたら、アメリカ占領下の天皇さまを救出し、ここに新日本国を建設する)のを、蒋総統の息子が承認したというのである。

 さて、女の為に銃はとらなくても、一天万乗の大君のためには蹶起しなければならないこととなった。

 さて当時私は在郷軍人会春日分会長だった。嘘みたいだが本当である。そのわけは満州へ入ると一週間以内に兵籍の如何を問わず関東軍は在郷軍人会へ入れさせこれを搾った。

 私は丙種合格だったが、それでも入れられていた。ところがである。五月一日と八月八日に根こそぎ動員があって、私を除く全員に揃ってみな赤紙が一度にどっときてしまった。七百名からいた分会員が私ひとりしかいなくなり、よってやむなく、「貴方では心細いが、なにしろあんたしかおらんのだから」と、関東軍北春日分会四十九代目の分会長に私はされてしまっていた。

 それまで町会や在満邦人会の密告から私が助かったのも、モスコーへ一度つれて行かれた事と、この役つきのせいだったのだが、さて、義勇軍募集となって、「本地区の在郷軍人会はどうしたか?」

 満服の旧関東軍将校に気合をかけられ、「はい、自分が分会長であります」と申告したところ、分会長が何人いるかも聞いてくれず、その将校は、「ここは奉天駅前の春日町浪速通りの日本人街の中心地であり、北春日神社の所在地である。北春日分会は、本日より、殉忠千早隊となのって当地区を死守せい」と命令された。

 このとき全満一斉に、国府軍の通達で各地にこういう隊ができ、やがて全滅させられた経緯はいずれ他日書くことにするが、わが千早隊たるや、なにしろ私一人きりである。

 千年前に千早城にたてこもった楠木正成にしろ三百や四百の兵はいたろうに、唯の一人ではなんともならぬ。

 そこで中央郵便局前の町会長近江洋行へ、仕方なく相談にいった。すると、「北春日小学校へ収容している難民の間から有志を募ったら」という。だからそちらへ行ってみたが、ソ連軍に徹底的にやられて北満から辿りついた連中は、負け犬というか、もう気力などなくして唯ぼろ布みたいに、かたまりあっているだけである。



 満州医大に残っていた学生二人と、青葉中学の四年と三年が参加してくれ今でいえば、「全学共闘派」のようなものができた。

 北春日分区事務所の在郷軍人会格納庫に、「訓練用」擬銃百挺に廃銃二十挺があって、実弾が千発と教官用銃五挺も別にあったが、総員五人の千早隊では、南下してくる八路軍十万の精鋭とは、とても戦えるものではない。

 今にして想えば、向こうは、「毛沢東語録」を唱えながら突進してくる勇ましい中共軍精鋭の朱徳隊だったが、その頃は、「パーロとは八路から湧いてきた匪賊」といった奉天毎日や満州新聞の記事しか読まされていなかったから、「たかが馬賊ではないか」と北春日神社の社務所に頑張っていたが、どうにも心細い。

 そこで天皇さまが半鐘泥棒みたいなマッカーサーと写っている新聞をもって歩き、「鬼畜アメリカに捕われ同様の、至尊をお救い申しあげるために」と勧誘して廻ると、(皇室ファン)ともいうべきオバハン達が、「おいたわしい」「恐れ多い」と口にし、「私らでよければ」と参加してきた。

 若い女はチャラチャラしていたが、オバハン達は貞操が危ない、それを守るのが婦徳だと髪を坊主頭にし顔にススをつけ、満服をきて男装していたので一見すこしも不自然ではなかった。



 ところが十二月十八日。まんじ巴とふる雪の中で、交番襲撃事件というのが起きた。

 在満邦人会と手を共に同じ同胞のくせに、その時どきの権力にべったりくっつき、男狩り女狩り財産狩りを手伝っていた奉天総務局の日系指導者に対し、これまで怨みを抱いていた邦人青年が銃器を渡された途端に蹶起し、「撃ちてしやまむ」と、浪速通交番、平安通交番、鉄西筋交番を一斉に襲い、総局の日系幹部を雪の中へ曳きずりだし、満州興銀前の並木にずらりと吊してしまったのである。

 今でいう内ゲバ騒ぎになったので、二十日に八路軍はなんの抵抗もうけずに入ってきた。

 こうなっては仕方がない。せっかく実弾訓練もしていたがついに鳩一羽うたず、千早隊は、解散式もあげずバラバラになった。ところが、「わが軍を阻止せんと計った反革命行為」として朱徳司令官は十二月事件の摘発を行った。

 すると吾が身だけ可愛い日本のオトナが、又しても密告や訴人をした。おっかない国民である。このため、新京にいた吾が友、「白川五郎」は大国公路で銃殺にされた。

 が幸か不幸か、私は事前に町会長に相談しに行っていたので、街のボス共は、(もし訴えれば自分らも巻き添えになる)と心配したのか、おかげで千早隊は検挙されずにすんだ。しかし安心はできない。私は難民収容所の死体処理をやりながら、厳しい冬を過した。

 ところが春になって中共軍の好意で、錦県のコロ島からの引揚げが始まった。さてそうなると、「天皇さまの御為に死のう」と、かつて誓いあった町内のオバハン達から、「あれならば、若いけれど‥‥」と‥‥見込まれ、私が北春日地区の婦女子二千二百四十何人かを、つれ戻る梯団長にされてしまった。

 と書くと、さも私が立派みたいだが、今でもトロいが二十代の私はもっとバカタワケだった。

 いつ同胞のオトナから、密告されるやも知れぬといった不安から臆病者の私は、土匪がひしめきあい発疹チフスとペストが発生していた錦県へというので、みな尻込みして誰も引きうけてのなかったのに、梯団長となって、書けば六百枚位になる苦労をして博多まで辿りついただけである。

 ☆  ☆  ☆

 というように、当時も、敵国が悪い、といいながら、同胞を裏切り、敵側に媚びを売って自己保身している、いまの政治家と同じことに気がつく。TPPに反対した政治家たちは、所詮、自己保身のために演技をしているだけなのである。反対といいながら、実は賛成の売国連中こそ国外追放したほうがマシである。

 なにしろ、押し付けられた憲法を問題にしながら、TPPを押し付けるのだから、自分さえよければいい、というような自己保身しかないのである。要するに権力に媚びを売って弱い者いじめしているだけだ!





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Last updated  2013年03月19日 16時32分04秒
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