シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年07月29日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回からの続き。

 ☆  ☆  ☆

 井上清やら『人間の条件』を書いた五味川純平も、「四方(よも)の海みな同胞(はらから)と思う世になど波風の立ち騒ぐらん」という歌を以って、天皇はやっぱり反戦主義者であったことは認めるということになるわけです。

 五味川純平の書いた『御前会議』という本があります。『人間の条件』を書いた男が『御前会議』というのを書いてね、その時思いました(彼らは何とダマされやすい歴史学者なんだ・・・)と。

 これはちょっと歴史の勉強すれば分るんですけど、この歌は戦意高揚のためにずうっと歌われてきたんです。日露戦争の時に天皇が詠んだとされて、ずうっと戦争高揚の歌でやってたのが、突然、戦後になって一部の天皇の周辺の者が「あれは天皇が反戦の意を伝えた」と言ったら、みんな(以下)同文なんです。何て情けないんだ。なぜ歴史を勉強しないのか。

 この歌は井沢匡(ただし)というドラマの脚本化が書いたり小説書いたりするのがおりまして、この人は『維新・明治天皇伝』というのを書いています。この中でこの歌は、西南戦争の時に天皇が西郷隆盛を偲んで詠んだ歌だとされてんですよ。飛鳥井雅道(あすかいまさみち)という歴史学者も、井沢説と同じなんですよ。まあ一部は違いますけど。

 『日露戦争』というのがあるんですけど、これは西南戦争の時に「やっとこの世の中で幸せが来ると思ったのに、自分を助けてくれた西郷は死んでしまった。何と悲しいことだ」という歌なんですよ。

 (西郷の目的は部落解放だから、島津の殿様久光に安禄山と罵られたのは有名。西郷は島津の十字の旗ではなく、荊冠旗を掲げていたという説もある。)

 「四方の海みな同胞」というのは、「四方の海」は四つの海で四海、「同胞(はらから)」というのは「同胞(どうほう)」なんですよ。「四海同胞(しかいどうほう)」ということなんで、「四海同胞」とは僕たちは簡単に言いますけど、これはずい分前から「同胞(どうほう)」というのは結局、部落民を指す言葉なんです。



 あんまり良い言葉じゃないんです。天皇のような貴きお方が喋る、歌にするような文句じゃないんです。

 足利尊氏が室町幕府を作りますが、その時に負けた楠とか新田の一族が「散所(さんしょ)」「別所(べっしょ)」というんですが、閉じ込められるんですよ。一定の場所に。もう反乱を起さないように。で、それで彼らは部落民になるわけですよ。楠一族とか新田一族は部落民になるわけです。

 その時に四海同胞衆というのが、彼らの世界から生まれてくるわけですよ。閉じ込められた人間が解放されたと言って、で、そこから坊主(阿弥)になって解放される道があると言って、坊主が沢山生まれてきます。そういう意味なんです。

 だから明治天皇がこういう風に「俺たちは部落民としてガマンしてきた。四海同胞市民として生まれてきたけど、やっと迎えられたのに西郷は死んでしまった」という歌なんですよ。

 それを「日露戦争の時に明治天皇が作った」という歌にして、それはそれでいい。戦意高揚の歌だったんですよ。八紘一宇の代表的な歌として、ずーっと歌われてきた。で、戦争前まではそれで筋が通ってきた。色んな人がこの歌を、子どもたちの教科書に載っている歌でさえ(戦意高揚の歌として歌ってきた)。

 戦争が終わって一部の軍人たちが「反戦の歌を詠んだ」となると(今度は)ずーっとそうなるわけです。何と情けない話じゃないですか。今でも、そのさっき言いました秦とか、そういう連中はみな、この歌を以って「昭和天皇は反戦の意を唱えたけれど、軍人たちは天皇の意に反して戦争をしたんだ、軍人たちがけしからん」ということで、第二次世界大戦の総括をやっているわけですよ。

 で、その意に逆らう歴史家は未だにいません。私(鬼塚氏)は一人だけ逆らってますけど。どうかみなさんも真実を知って、簡単に人の言うことを、権威者の言うことを信じないでください。これは大事なことなんですよ。

 鬼塚英昭氏『日本のいちばん醜い日』より以下抜粋。

 『天皇教が創作した神話の一つが、日本共産党である。日本共産党は反天皇ではないのか、と考えている読者がおられれば、天皇及び国家体制に疑いの目を向けよ、と説得する。』

 『 大室寅之祐の田布施の小さな特殊被差別村から、多くの政治家や実業家たちが輩出した。その中で忘れてならないのが、マルクス主義者たちも、この部落とその周辺から出てきたということである。その中の傑出した人物が川上肇であり、宮本賢治であった。そして彼ら二人は天皇教護持のために、その生涯を捧げるのである。 』



 『生活が一変した。彼らは自分たちの秘密を隠す方法を数多く、しかも巧みに採用した。大名や貴族たちを優遇するために華族令をつくり、公・侯・伯・子・男などの新しい貴族たちを大量につくった。』

 ◎この中に自分たちももぐり込んで、素性を粉飾したのである。

 『その反面、不満分子を抑えねばばらなかった。治安維持体制を強化した。明治、大正、昭和へと時代が変化すると、彼らは赤化革命を恐れるようになった。日露戦争の勝利の後にロシアに革命が起こった。天皇制を維持するには、赤化革命を防止するしかない。

 天皇制は赤化革命を逆手にとり、これを採用することにした。日本はマルクス主義を極端に取り入れた天皇教国家社会主義の国家となったのだ。日本ほど、マルクス主義を巧妙に取り入れた国家はなかったのである。』

 (偽ユダヤのヘーゲルの弁証論を用いたものと同じ。どちらにころんでも漁夫の利を得る。似たようなものに、戦国時代関ヶ原の真田家がある。徳川方と豊臣方に分かれた。)



 河上肇と宮本賢治が田布施村から出たが、同じ山口県の萩から野坂参三が出てくる。天皇の銀行・横浜正金銀行から金をもらい続け、モスクワ・アメリカ・中国へとわたり諜報活動した多重スパイであった。ソヴィエトのスパイ、アメリカのスパイであった野坂参三は、何よりも天皇教のスパイであった。』

 『日本が南進策をどうしてとるようになったのかを、すなわち、どうしてアメリカと戦争をするようになったのかを書く。そのために野坂参三も書かなければならない。「日本共産党は唯一、太平洋戦争に反対し続けた政党である」とは、日本共産党が主張し続けている「定説」である。本当にそうであろうか。この「定説」に挑戦する。』

 (いまも万年野党に甘んじているように単なる与党の不満の受け皿でしかない。ガス抜きのためにあるので性質が悪い。その主張は決して通ることはなく、ほとんどが通らないのをみても、政党としては意味をもたず、単なる野次集団。)

 『1933年、野坂参三は日本の公安の助けを受け、変名(「ロイ」)となり、ゾルゲに日本を売るための工作をすべくアメリカに渡る。野坂参三は画家の宮城与徳をゾルゲのもとに送り込む工作に入る。ゾルゲ機関とは、日本の公安と野坂参三一味が天皇教護持のために組織したものである。』

 『西園寺公一と尾崎秀実から、ゾルゲが日本の重要機密文書を得て、これをスターリンに送り、スターリンは日本の南進政策を知った、という説を認めるわけにはいかない。どうしてか。日本の公安の犬、野坂参三がゾルゲのために働いているとみられるからである。』

 『たくさんのゾルゲ事件の本を読んできたが、ほとんど例外なく、西園寺公一と尾崎秀実が極秘裡に国家の情報を盗み出しゾルゲに渡したとの「ストーリー」で出来上がっている。日本の憲兵たちは一市民のトイレの落書きまで手帳に記して上司に報告していたのである。

 ゾルゲが多くの女たちと情事にふけり、バイクを乗りまわし、公然と尾崎秀実や他のニュース提供者と会っていたことは全部、木戸幸一内大臣に報告されていた。天皇と木戸は大いに喜び、西園寺公一に情報を提供しまくっていたのである。』

 『野坂参三が日本に送り込んだ宮城与徳の仕事は、ゾルゲ機関の中に入って、日本共産党をつぶすための秘密工作であった。ゾルゲの仕事も宮城与徳とかさなっている。その理由は簡単である。

 日本共産党員の中に、本当の意味-天皇一族が日本共産党をつくった-を知らず、戦争反対を叫ぶ連中がいたからである。太平洋戦争に突入する前に、日本共産党が袴田里美という天皇教のスパイ一人を残してほとんど壊滅するのは、野坂、スターリン、そして木戸幸一らの策動によるものだ。』

 『木戸幸一内大臣が持っていたクレムリンの最高の情報ルートは、間違いなく、野坂参三のルートであった。多くの資料がソヴィエト連邦解体とともにクレムリンから出てきた。その資料から、野坂参三の過去がかなり暴かれた。世にいう多重スパイ説である。しかし、野坂参三が天皇のためのスパイであった、とする文書は闇に消えている。』

 『野坂参三は天皇のスパイから出発し、ついにクレムリン、アメリカ、そして国際金融同盟のスパイに仕上げられ、次に中国共産党の内部深くに浸入していくのである。その国際金融同盟がつくった太平洋問題調査会の第64回国際会議がアメリカのヨセミテで、1936年の8月14日から29日の間に開かれている。この会議にゾルゲ機関の一味の尾崎秀実が日本側委員として出席している。』

 『野坂はこの年の5月9日、モスクワを出発し、南回りルーマニア経由でパリに行き、ニューヨーク経由で空路、ロサンゼルスに行く。ニューヨークよりコミンテルン宛に「アメリカで活動せる情報部員、組織部員をモスクワで養成させる」ことを提案している。「実録野坂参三」(近現代史研究会編著)の中に、このことが書かれている。』

 『太平洋問題調査会の第64回国際会議に出席した尾崎秀実とのコネクションを野坂参三が手配していたと考える。太平洋問題調査会はロックフェラー一味、ロスチャイルド財閥、そしてソヴィエトの謀略機関であった。』

 『南進策がこの会議では討論されていない。しかし、「北進策を日本がとるべきではない」ことが討議されたのである。尾崎は帰国後、満州の軍事会社にいた日本共産党員に資料を作らせる。この背後にも間違いなく野坂参三がいたと思われる。この年の6月ごろから年末にかけて野坂参三の行方は不明となる。私は尾崎と行動を共にし、日本に帰国後、秘密裡に満州に入り、モスクワに帰った、とみる。』

 『ゾルゲ・ルートで一方的に数万点の機密資料を垂れ流した天皇、木戸、近衛は、一方ソ連に日米和平の仲介を依頼すべく闇のルート(たぶん野坂参三のルート)で知らせ、その情報を讀賣新聞に流したのであろう。』

 ☆  ☆  ☆

 以上のように、左も右も偽ユダヤにより生まれたことがわかる。右の皇統派は北進で対ソ、左の統制派は南進で対米に分かれ、偽ユダヤにより自分たちに見返りのよい南進が選択されたというわけである。

 ユダヤは左右両方の陣営をつくり、対立させ、自分たちの儲けがよい方に勝たせるというヤラセを行っているにすぎない。そして、究極の目的がカースト制度による人類支配であることがわかる。






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Last updated  2013年07月30日 09時26分06秒
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