シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年08月19日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 (神秘学の)図形や記号を正しく用いる指針を少しずつ獲得すると、それは次第に霊界の認識へと導き、霊視力を獲得させる手段を与える。例えば、五芒星に従って瞑想する人には、体内のエーテルの流れによる道筋が感得されてくる。

 (五芒星が、万物を見通す目、つまり霊視獲得の手段となる。第3の目とも呼ばれる。仏像の「白毫」のこと。だから、本当の霊能者は金持ちなどにはならない。逆に釈迦やキリストのように、ホームレスになるはずである。本当の出世とは俗界(世)から出ること。)

 これらの記号の恣意的な意味を色々と考え出すのが目的ではない。瞑想の際に、これらの記号と関われば、―ただ忍耐強く行なう必要があるが―秘められた真実に導かれる。これらの神秘学の形象や記号は秘教の基本理念に深く根ざすものなので、神秘学と同様に、様々な宗教的な古文献の中に見つけられるものなどにも、瞑想法を用いることができる。

 だから、預言者や宗教家が、光について語り、光によって叡智を表わすとき、単なる思いつきや、才気煥発であろうとして、その表現を用いた、というように考えてはならない。神秘学者は、才知に富むことは度外視し、ただ事実に立脚し、真実であろう、としているだけにすぎない。

 神秘学者は、無秩序な思考をする習慣を捨て去らねばならない。すなわち、恣意的に結論を引き出したり、判断を下してはならず、一歩一歩、霊的な事実を手掛かりに、正しい思考を発達させていかねばならない。

 光についての形象にも極めて深い意味があり、それは1つの霊的な事実である。このことを認識するために、再び人間の本質に目を向けてみる。人間の本質の第3の構成要素はアストラル(体)であり、それは喜びと悲しみ、歓喜と苦悩、衝動や熱望と激情といった人間の内的で魂的な体験の担い手である。

 植物にはアストラル(体)がなく、従って人間や動物のような喜びや悲しみは感じない。今日、自然科学者が植物の感情について語るなら、感情の本質についての完全な誤解に基づいて語っていることになる。アストラル(体)の正しい表象は、時代の経過とともにアストラル(体)の遂げてきた進化を追求するときにのみ獲得できる。

 以前、大宇宙(マクロコスモス)での進化との関連から、人間(ミクロコスモス)の進化を考察した。その際、人間の物質体が、人間本性の最古の最も複雑な構成要素であり、エーテル(体)はそれほど古くなく、アストラル(体)はもっと若く、自我にいたっては人間本性のなかで最も若いものであることを述べた。

 その理由は、物質体はその進化において既に地球の過去の4つの惑星状態(土星紀、太陽紀、月紀、地球紀)を経てきたからである。私たちの地球が以前、土星状態と呼ばれる受肉状態にあったとき、すでに物質体は原基の状態で存在していた。



 その当時、遥か昔だが、地球はまだ固体ではなく、人間もまだ今日の形態をとっていなかった。ただ、その土星上には物質体の原基はあったが、エーテル(体)、アストラル(体)といった他の構成要素はまだなかった。

 (体温だけの温度分布のような体だったという。)

 地球の第2の受肉状態の太陽上ではじめて人間にエーテル(体)が付与された。当時、人間のエーテル(体)はきわめて明白に五芒星の形態をもっていた。後に、第3の受肉状態の月上でアストラル(体)が付加されることで、幾らか修正され、更に月から地球へと変わり、以上の3つの構成要素に加えて、自我が登場した。

 (構成要素は、人間より上位の存在が上へと進化するにつれ、必要なくなって、人間に与えられる。土星紀の物質体は座天使により与えられ、太陽紀のエーテルは主天使により与えられ、月紀のアストラルは、力天使により与えられ、現在の地球紀の自我は、エロヒムと呼ばれる能天使に与えられ、キリストもこの能天使に所属するらしい。長男の服が次男に使われるのと同じ。)

 さて、これらの構成要素は、人間に受肉する前は一体どこにあったのか、例えば、太陽上で物質体の中に組み込まれたエーテル(体)は、その前の土星上ではどこにあったのか?

 エーテル(体)が何処かからかきたことには違いないから、これは当然の疑問である。実はエーテル(体)は、今日の地球の周囲に大気があるように、当時は土星の周囲にあった。後になって人間に組み込まれる前には、既に(原始)土星の周囲の気圏内にあった。

 同様に、(原始)月上で、人間にはじめて組み入れられるアストラル(体)は、その前の太陽紀において、周囲にあった。なので、原始の太陽を次のようにイメージできる。原始太陽は今日の地球のような鉱物、植物、動物から成立していたのではなく、2つの自然領域からなっていた。

 原始太陽上に(霊視で)見つけられる存在は、例えば、人間はどうにか人間のような植物といった感じで、この植物のような人間と共に、鉱物の一種も存在した。しかし、この原始太陽を、現在の太陽と混同してはいけない。

 原始太陽は、流動する厚いアストラルの外被に取り巻かれていた。原始太陽はいわば、アストラルの大気の覆いに囲まれ、このアストラルの外被は光輝いていた。原始太陽上の舞台は、こんな具合だった。

 今度は再び、物質体、エーテル(体)、アストラル(体)と自我をもつ今日の人間を考えてみる。さて、この自我がアストラル(体)に働きかけ、より一層、知的に、道徳的に、霊的な関連から浄化すると、このアストラル(体)から霊我ないしマナスが生じる。

 遥かな未来、今日においてはいまだほとんど手づかずのアストラル(体)の浄化が完了されたときには、このアストラル(体)が「物質的に」輝きを発する。植物が既に自らの内に新しい生命の萌芽を宿しているように、アストラル(体)も既に光の萌芽を宿している。



 しかし、いつか地球自体が光輝くようになる。そのときには、自らのアストラル(体)を変化させた人間により光輝くだろう。全ての人のアストラル(体)が光となって、総体的に、宇宙空間へと光を放つことになるだろう。

 原始太陽もそのような状態だった。原始太陽の住人は、現在の人間たちよりも高次の存在たちで、これらの存在は光輝くアストラル(体)を持っていた。聖書において、非常に正確に、「光の霊」、あるいは「エロヒム」と呼ばれた存在たちは、そのアストラルの本性を宇宙空間に放射していた。

 さて、人間が自らのアストラル(体)に組み入れるものは何なのか? と問うなら、その答えは、「善、聡明さ」と呼ばれるもので、それを通して人間は自らのアストラル(体)を高貴にする、ことができる。

 いまだ食人種の段階にあり、あらゆる激情に盲目的に従う野蛮な人間などを観察し、そのような人間と、高度に進化した人間とは、何により区別できるか? と問うなら、次のような回答を得るだろう。

 高度に進化した人は自らのアストラル(体)に、「善、聡明さ」などを通じて働きかけてきたが、野蛮で未開な人はいまだそうすることができていない、という点で区別できる。



 人間は受肉(輪廻転生)を重ねながら、アストラル(体)に働きかけることにより、益々一層、光輝く存在へと自らを高めていく。これは《叡智の働きかけ》と呼ばれる。アストラル(体)の中に叡智が増すほどアストラル(体)は光輝を増す。

 原始の太陽上に住んだ存在のエロヒムたちは完全な叡智に貫かれていた。人間の肉体と魂の関係は、丁度この光と叡智の関係と同じなのである。光と叡智の関係は仮想の、想像上のイメージではないことが分かるだろう。

 光と叡智の関係は、将来の人間の肉体と魂の関係の意味で、1つの事実に基づいており、1つの真実なのである。光は事実上、叡智の肉体なのである。このように、宗教的な古文献が、光を、叡智の顕現として記述する、本当の意味を理解できるようになる。

 (光は、神々の肉体なのである。だから、人間は神々の肉体を通じて認識している。だから、嘘をつけば、光を失い、認識できなくなる。)





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Last updated  2013年08月19日 15時24分13秒
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