シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2013年12月09日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 今度は、味覚との親和性の例証をする。例えば、甘草の味、もしくは甘い葡萄の味を考察すると、嗅覚と同様のことがわかる。外界のものを味わう感覚は、嗅覚の器官で生じる経過ではなく、味覚の器官で生じる経過である。

 味覚器官は嗅覚器官と親和性を持っている。自然の事象(出来事)について、味覚により生じる経過と、嗅覚により生じる経過が、互いに親和性を持つことがすぐにわかる。

 しかし、味覚は、嗅覚よりも、遙かに人体内の経過であることを明確にしておく必要がある。嗅覚は人体の内部というよりもむしろ表面で生じる。嗅覚は、外の空間(外界)へと、人間の感覚を拡張(展開)する、いわば拡張の経過に関与する。

 味覚は、拡張(展開)の経過ではない。味覚を通じて、むしろ人間は物質内に潜在する特性、つまり実質と結びつく特質に到達できる。嗅覚を通じるよりも、味覚を通じて外界のものがいま考えているのは植物だが、人体内において、その特性を明らかにする。

 すなわち、少々の超感覚力(イントゥイション)の支援を受ければ、次のような結論に至る。

 「植物の硬化の経過や器官形成の過程全般(エーテルから物質への作用)、つまり植物のなかの特性(エーテル)は、味覚により、姿を現わし、自らを開示する。」

 しかし、逆に、植物自身は、硬(物質)化に抵抗する。植物の硬化への抵抗は、植物が芳香の発生を誘導する経過に現われている。従って、味覚は、本質的に、エーテルと物質に関わる経過であることに疑いの余地はない。

 では、今度は、嗅覚と味覚を同時に考察する。

 人間が、植物の花の匂いを嗅ぎ、植物の果実などを味わいながら生きることによって、人間のエーテル体が、植物を通じて、アストラルと物質という両方向に対し持つ関係のなかに実際に生きることになる。



 上記のように、嗅覚と味覚において生じる経過を調べることで、人間が、それらの相互作用の最前線(超感覚)にいることになる。

 実際、現代に必要なことは、人智学の側面から真の科学の結実に向けて、抽象的で、神秘主義的な知見を超えて、具体的な霊の理解へと実際に突き進むことにある。

 相も変わらず、「人間のなかの神性を理解せねばならない」、と説諭するばかりでは、無駄に時間を過ごすだけである。この「神性」という言葉のうちに、説教者が理解しているものは抽象的な神性にすぎない。

 神性についての考察が実用性をもたらすのは、具体的な現象を実感でき、外界の経過が具体的な意味で、人間の内面の経過になっていくのを観察するとき、つまり、例えば、人間が、嗅覚や味覚を通じて、親和しながら外界に生きる存在やエーテルを実際に観察することにある。

 すなわち、外界のエーテルが、人間のなかで、いかに内面化されていくか、もしくは、嗅覚や味覚よりも粗雑な物質的人間の上部組織の感覚経過のなかに、外界の経過が、直接、内面化していくのを見て取る、という観察にあり、現代において極めて重要なことは、単なる抽象、神秘主義を超えることにある。





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Last updated  2013年12月09日 11時37分45秒
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