シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年02月06日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

 ☆  ☆  ☆

 芸術家もモデルを模写したりして、外(物質)的な対象に依存することに次第に慣れていき、芸術は次第に外(物質)的な感覚の研究に没頭することに慣れていった。芸術や教育も次第に外(物質)的な感覚に没頭していくのが、これまでの社会の指導者層の通例だった。

 自らの精神の意識から創造し、芸術の手段によって、自らの精神を表現する能力が次第に失われていった。大衆は専ら自然主義に向かい、外界での自然の表現を模倣しようとする。というのは抽象的な概念やイメージのようなものからは、独自に何も形成できないからである。

 近代芸術の発達を考察すれば、このような事実を様々な場で実感できる。近代の芸術は次第に徹底して外に見える形を表現するように努力してきたが、その努力は印象主義において頂点に達した。

 印象主義以前の芸術家たちが、外的な対象物を、芸術の中で再現しようとした努力を受けて、それを最後まで徹底させようとした印象主義者たちは、次のような見解に達した。

 「目の前の人物や風景を描く際、それを忠実に再現するにはどうすればいいのか。例えば、森の前に立つとき、太陽が森を照らしてくれるが、しばらくすると太陽の輝きは以前とは変化する。忠実に再現しようとするなら、対象物のなかの一体何を捉えればよいのか。

 外界が示してくれるものは、決してその通り(静止した状態)には捉えられない。というのは、どの瞬間にも別の表情に移り変わっているからである。描こうとする人物も、笑っているかと思うと、次の瞬間には、しかめっ面をしている。

 では一体何を描いたらいいのか。笑っている顔の上にしかめっ面の顔を重ねて描くべきなのか。」



 (統計学もこれと全く同じである。)

 しかしそうやって自然を模倣しても、その対象は硬直した印象しか与えないから、どうしても、忠実な模写はできない。

 -そこで印象主義者たちは移りゆく自然の一瞬の印象だけを捉えようとした。しかしそうなると、もはや完全に自然主義とは言えなくなる。

 こうして芸術家は自然主義に徹するために、印象主義に向かうが、印象主義はもはや自然主義であることが叶わなくなった。そこで逆転の発想が起こった。

 印象主義者の中の何人かはもはや、外的な印象ではなく、どんなに原始的であっても内から立ち現われてくる印象を表現しようと試みるようになった。内なる印象をしっかりと捉えようとした。この人たちは表現主義に辿りついた。

 そして、これと同じ経過が、道徳や法の分野にも観ることができる。様々な場で抽象的な精神への偏愛が現われてきた。近代的な人間の発展を正しく観ることができれば、様々な場で、表現の抽象化への努力を認めることができる。

 近代プロレタリアート(一般庶民)の場合、このような努力から何が生じたのか?

 プロレタリアートが機械の前に立たされ、無情な近代資本主義の中に組み込まれたとき、運命全てが経済に結びつけられた。市民たちに、芸術上の自然主義をもたらしたのと同じ思想、感情がプロレタリアートには、唯物史観をもたらした。

 プロレタリアートは様々な場で、市民社会の内部で形成された表現主義から最後の帰結を引き出した結果が今、市民社会を酷く脅かす様相を呈している。

 市民社会の内部で、人間はどのような形で宗教と関わってきたのか。以前は少数だが、キリスト教神秘主義の先祖返りのような暗い観念をもっていた。今日の抽象的な概念に堕落した精神では、もはや、キリスト原理(人類愛を基盤とする個別的自我)についてのどんな観念をも作り出すことができない。

 だからキリスト教の発展の始めの頃の人間には、感覚界内部(概念)で演じられた偶像、つまり本当のキリスト教ではなく、単なるニセモノのイエス教の教えだけが問題とされてきた。



キリストは次第に一人の「人間」の個性として考察され、他方で、超感覚界に属するキリストは人間の視野から次第に消えていった。

 抽象(概念)的な魂では、キリストへの道を見つけ出すことは不可能だった。イエス(偶像)への道で満足していた。プロレタリア(一般人)の意識はそれを見て何を感じたのか?

 プロレタリアート(一般庶民)は次のような結論に達した。

 「-一体何のために、イエスの独特の教え(イエス教)を必要としているのか?

 ブルジョア(少数の支配者)たちはイエスをナザレの素朴な(普通の)男(人間)と既に認めている。もしイエスがナザレの男なら、イエスは我々と同じ人間にすぎない。我々は経済に依存しているが、なぜイエスが経済に依存していなかったと言えるのか?



 彼を救済者とするならむしろ、キリスト教創設期の経済状況こそを研究すべきである。そしてその当時のパレスチナの経済制度に従って仕事をやめた彼のような素朴な職人が、放浪の日々に様々な考えを語った際の経済状況こそを研究すべきであろう。

 そうすればなぜイエスがあのように語ったのかが理解できるはずである。」

 近代プロテスタント神学の最後の帰結は、以上のような陳腐な唯物論的なイエス論なのである。

 (要するに現代のキリスト教はイエス教であって、ニセモノのルシファー教なんである。)

ヨハネ福音書講義

イエス教(改変)

 宇宙の秘密を知る者にとって、この書(ヨハネ福音書)は人類至上最高度に意味深い文献の1つである。なのに霊学上これほど重要な文献が、時代が下るにつれて、特に神学の研究者により、他の三つの福音書よりも、次第に無視されるようになっていった。(ヨハネ福音書講義 P7-P8)

 (神学の研究者の大半がルシファー教「イルミナティ」だからである。)

 現代の神学書や説教の中で語られているのは、次のような悪魔の叫びである。

 「我々はもはや超感覚的な(キリスト)原理などに訴えかけたりはしない。最初の三つの福音書が語るイエスが本当のイエスの姿だ!」

 その叫びには、他の人間と似た「ナザレ出身の素朴な男」のことが語られている。

 多くの神学者にとって、この素朴な男こそが理想となった。歴史上の出来事を一般の人間の出来事と可能な限り同列に置こうとする。

 ヨハネ福音書の描くキリストのような崇高な存在が、一人突出している、というのは、神学者たちの神経を逆なでするので、ヨハネ福音書はイエスを神化して、ナザレ出身の素朴な男を神として崇仰している、と非難することになる。

 単なる素朴な男の方が、神学者たちに都合がいいのである。そうすれば、イエス・キリストをソクラテスのような、偉大な人間の一人として語ることができるからである。

 (神学者は自分たちが語れることで、権威付けができるから。自分のために、神を利用したいだけである。)

 イエスは他の偉人たちとは本質的に異なる存在だが、「ナザレ出身の素朴な男」として語れば、(自分たちのように)通常の陳腐な人間性を基準にして語ることができる。今日のいわゆる「啓蒙神学」の立場で書かれた無数の神学書、神学論文が「ナザレ出身の素朴な男」について語るときには、数百年来の唯物論的な感覚が生きている。

 この立場は、物質的、感覚的なものだけが実在し、それだけが意味を持っている、と信じる空虚な概念思考の賜物なのである。

 感覚界を超えた超感覚界に参入できた時代の人々は、外(3次元界の物質界)から見れば、歴史上の偉人たちとナザレ出身の素朴な男とを同列に比較できるが、そのナザレのイエスの中の、眼に見えない霊的な存在(キリスト)に同調できれば、この男のなかの霊が、人間とは比較できない完全な存在であることが認識できた。

 超感覚界への同調力を失った人は、平均的な人間性を超える能力全てが理解できなくなった。その結果が、(唯物論的な)宗教観の中に顕著に現われている。唯物論は初めに、生活上の宗教に口を挟み、教義をつくって干渉し、働きかける。(P11-P12)

パウロの学院(改変)

 エソテリック(密教的)なキリスト教は、エクソテリック(顕教的)なキリスト教と並んで、密かに存在してきた。しばしば述べたように、偉大な使徒パウロは様々な民族にキリスト教を伝えるために、燃えるような力強い宣教活動を行ったが、同時にエソテリックなキリスト教の一派を立てた。

 使徒行伝第17章34節に引用されているアレオパゴスのディオニシオはその派の代表者である。

アレオパゴスのディオニシオス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%91%E3%82%B4%E3%82%B9%E3%81%AE%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%82%B9

 直接パウロ自身がアテネで設立したこの教派において、純粋な霊学が教えられた。

 このエソテリックなキリスト教は、次の教えを大切にした。

 「-覚醒時の人間は、肉体、エーテル体、アストラル体および自我から成り立っている。」

 勿論、今日の人智学の用語と同じではなかったが、そんなことは重要ではない。いずれにせよ、この四つの構成体を持つ人間が、どのような進化の過程を辿ってきたかが伝授された。(P31)

 ☆  ☆  ☆

 自らの意識のなかで、自らの神殿を打ち立てるべきである。バチカンにあるものはニセモノで、ニセユダヤが運営しているのがその証拠である。悪魔に魂を売り、権力の虜になっている腑抜けたゾンビにすぎない。人類牧場の少数の支配者を決めるゲームに現を抜かしているのである。





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Last updated  2014年02月06日 14時55分42秒
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