シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年02月07日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

 ☆  ☆  ☆

 この戦争指導者たちがユダヤ(ニセモノ)の手先である 

 太平洋戦争の全容は実に膨大であり、その戦闘の1つ1つを語ることは数十冊の本をしても不可能に違いない。

 (中略)

 それぞれの戦局で日本軍を敗北に導く役割を果たした主な人物たちは次の通りである。

● 米内光政 ………海軍大将、海軍大臣、首相。フリーメーソン
● 山本五十六 ……連合艦隊司令長官、海軍大将・元帥。フリーメーソン。
● 南雲忠一 ………真珠湾攻撃時の第一航空戦隊司令長官、海軍中将、ミッドウェー海戦時の第一機動部隊指揮官。

● 井上成美 ………海軍軍務局長、第四艦隊司令長官、海軍中将。
● 原忠一 …………真珠湾攻撃時の第五航空隊司令官、海軍少将。
● 服部卓四郎 ……大本営参謀作戦課長、陸軍大佐。
● 辻正信 …………大本営参謀本部作戦課参謀、陸軍大佐。
● 瀬島龍三 ………大本営参謀本部作戦評参謀、陸軍中佐。
● 牟田口廉也 ……支那駐屯歩兵第一連隊長、ビルマ方面軍第一五軍司令官、陸軍中将。
● 栗田健男 ………第二艦隊司令長官、海軍中将。

 勿論、彼らだけが全てではない。日本の陸海軍の組織は複雑な派閥で形成されており、人脈は網の目のようにはりめぐらされていたから、日本軍が敗北していく過程には何百人、何千人という多くの協力者が暗躍したのである。

 重要なことは、日本軍や政財界の中には、日本が天皇制軍事国家であることを望まず、米英(ユダヤ)やソ連(ユダヤ)と通謀して日本の国体破壊にひたすら協力した者が大勢いたということである。

 (これらの人物のほとんどが戦後自決させられたのは、口封じのためであろう。)

東京裁判でも裁かれず戦後は英雄扱い

 戦後、太平洋戦争を振り返って多くの本が出版されている。戦記ものから人物伝、敗北の原因探究を行なうもの、戦争の反省など無数とも言える書物が存在する。だが、日本の敗北が日本人自身の手によって現実化されたことを指摘する本は少ない。

 それどころか、真の戦争犯罪者は極東軍事法廷〔東京裁判〕でも裁かれず、戦後数々のフリーメーソン作家によって「英雄」または「偉人」として最大限に賞賛されている。米内光政や山本五十六、井上成美などがそうである。

 日本人は戦後においてもまだ歴史の真相を知らされず、騙され続けているのだ。太平洋戦争敗北の原因は、多くの研究家によって一般的に次のように分析されている。

● アメリカを敵としたこと。
● 真珠湾攻撃によるアメリカ兵の士気高揚。

● 戦線の拡大、兵姑(へいたん)の無視。
● 兵器(含レーダー)の発達無視。
● 戦略なき戦術論。
● 銃剣突撃、決戦主義(精神主義)。
● 暗号の漏洩(日本はスパイ天国であった)。
● アメリカ本土での諜報線を断たれた(日系人の強制収容)。
● 潜水艦の使用法錯誤(米潜水艦は徹底して日本の補給線を断った)。
● 航空機の戦略的位置づけ錯誤(米航空機により制空権を奪われた)。
● 大艦巨砲主義から脱却できなかった。

 これらの分析は一応みな正しい。だが、知らずしてか意図してかはわからないが、戦後の歴史家、研究家が掲げていないもう1つの原因がある。それは 日本人のなかにいた「敗戦主義者」の存在である 。彼らこそが歴史の深層に隠された最大にして最悪の原因だったのである。

 大本営参謀本部、軍令部の高級参謀たち、そして陸海軍の将官、司令官たちがいかなる行動をとり、日本を敗北に導いたか、その軌跡をたどることにしよう。

骨の髄まで親米派のフリーメーソン

 山本五十六は明治17年4月4日、新潟県長岡の玉蔵院町に六男として生まれた。父・高野貞吉はすでに56歳に達していたので「五十六」と命名されたという。山本姓を名のるのは少佐時代の33歳のときに山本家の養子となってからである。

 (中略)

 大正2年12月には巡洋艦「新高」の砲術長となるが、砲術学校時代には海兵29期で五十六より2期上の米内光政と交誼を深めた。米内も教官として赴任しており、五十六とは同じ部屋に起居している。二人はことごとく波長が合ったと言われるが、のちに米内海軍大臣、山本次官のコンビで、陸軍がすすめる三国同盟に真っ向から反対することになる。

 大正5年海軍大学を卒業、第二艦隊参謀となるが病気で休職、続いて同6年、海軍省軍務局第二課を経て8年5月20日、米国駐在となって横浜を出港した。 アメリカではボストンのハーバード大学に籍を置き英語力を身につけた 。

 大正末から昭和の初めにかけては再び渡米し、日本大使館付武官として2回目の米国在勤をしている。米国在留中に五十六は中佐に昇進、アメリカの産業やヤンキー精神に強く瞠目するが、 五十六がフリーメーソンに入信したのもこの頃と思われる 。五十六は在任中にアメリカで石油および航空軍備について強い影響を受けた。

 大正7年に五十六は帰国、10年から12年半ばまで海軍大学の教官に任じた。その後9カ月の欧州視察旅行を終え、大正13年3月帰国。そして1年3カ月後、五十六は三たび渡米。アメリカの日本大使館付武官となった。戦前の海軍でこれほどアメリカと縁の深い軍人は他にいないのではないか。

 山本五十六が骨の髄まで親米派となる過程は、このようにして造られたのである。

空軍の重要性を熟知しながら設立を拒否

 山本五十六は戦術兵器としての戦闘機改良には大いに貢献したと言えるが、海軍の航空化には賛成しても、 空軍の独立には一貫して反対であった 。

 イギリスではすでに大正7年(1918年)に空軍を独立、ドイツでもナチス政権が昭和10年(1940年)には空軍を創設していた。

 あれほど航空戦力を重視した五十六に、空軍独立の必要性と重要性がわからなかったはずはない。山本五十六は意図的に日本空軍の創設を拒んだのである。

 その狙いは2つあった。1つは、 日本が独立した空軍を持つことで〔米英軍に対して〕戦略的な優位に立つことを恐れた からであり、もう1つは、 来たるべき対米戦で真珠湾攻撃を行なう際に、すべての航空戦力を自分の指揮下に置いておくためであった 。

 日本の航空戦力を海軍の補助戦力として位置づけることによって、日本は確実にアメリカよりは劣勢でいることができる。フリーメーソンの山本五十六はそのように考えたに違いない。

 海軍大学校教官・加来止男中佐〔のちに空母「飛龍」艦長。ミッドウエー海戦で艦と運命をともにした〕と陸軍大学校教官・青木少佐は連名で、陸・海大学校長あてに空軍独立の意見書を提出するが、山本五十六を本部長とする海軍航空本部はこれに対して、 正式に空軍独立反対を表明するのである 。

 (三菱からマージン「賄賂」を貰うためだろう。海軍が輸送する石油利権や麻薬利権も絡んでくるからである。飛行機で輸送されたら利権を失うからである)

真珠湾奇襲攻撃でルーズヴェルトに協力

 連合艦隊司令長官に就任した山本五十六は日米開戦はもはや避けられないものとして、いつの間にか真珠湾攻撃を口にするようになる。

 欧州ではすでに昭和14年(1939年)9月3日、第2次世界大戦が勃発してドイツが破竹の進撃を続けていた。 欧州で苦戦を続ける英仏を救済しアメリカを参戦させることはアメリカ大統領フランクリン・D・ルーズヴェルトの基本戦略であった 。

 ルーズヴェルトは英首相チャーチルと共謀して日本を追い込み、先に攻撃を仕掛けさせてアメリカの世論を激昂させ、その怒りで対独伊戦、対日戦を正統化しようと目論んだ。

フリーメーソン山本五十六はルーズヴェルトとチャーチルに協力してハワイ奇襲攻撃の構想を練ったのである 。

 山本五十六が連合艦隊司令長官に就任して半年あまり経った昭和15年3月、真珠湾攻撃を想定した実戦さながらの雷撃訓練が行なわれた。五十六の計画の中には、すでに機動部隊による真珠湾攻撃の具体的構想があったのである。

 ハワイ奇襲攻撃の猛訓練は鹿児島県志布志湾を中心に行なわれた。こうして訓練に訓練を重ねた第一航空艦隊〔空母6隻を中心とした機動部隊。司令長官は南雲忠一中将〕は択捉島単冠(ひとかっぷ)湾に集結、昭和16年(1941年)11月26日、秘かにハワイに向けて出航した。

 日本時間12月8日午前3時25分、6隻の日本空母から発進した第一次攻撃隊183機は、ハワイ・オアフ島パール・ハーバーにあるアメリカ太平洋艦隊の基地を奇襲した。

アメリカ大統領ルーズヴェルトはこの奇襲攻撃を事前に知っていた。日本の外務省が使用していた「紫暗号〔パープル〕」はアメリカに筒抜けであったが、この裏には日本に暗号解読の協力者がいたと見なければならぬ 。

 真珠湾に集結していた米太平洋艦隊は、主なもので戦艦が8隻、重巡1隻、軽巡3隻、そして駆逐艦5隻で、総計17隻であった。

不思議なことに空母レキシソトンはミッドウェーに飛行機を輸送中であり、エンタープライズはやはり飛行機を輸送しての帰路で不在、サラトガはアメリカ本土西海岸にいたために無事であった 。

被害を受けた戦艦はいずれも1910~1920年代に就役した旧式艦であり、しかも攻撃し易いようにわざわざ真珠湾に沿って一列に並べて停泊してあった。戦艦アリゾナは撃沈、他の艦は転覆、海底沈座、大破、中破、小破などの被害を受けたが、真珠湾は海底が浅く、海底に沈座した戦艦等はいずれも引き上げが容易で、短期間のうちに修理、再就役し、太平洋戦争中期からは攻撃力を発揮したのである 。

 (米海軍の老朽艦のスクラップや再生処分を手伝わされただけである。新たなる兵器開発「原爆」予算もとれるのだから、ルーズベルトや米海軍は悦んだに違いない。米国民は騙されたわけだ。実際、原子力は、米海軍から三菱らに引き継がれているわけだ。)

こうしてみると真珠湾攻撃というのは一種の茶番劇であったことがわかる 。山本五十六は真珠湾攻撃の「大成功」により英雄視されているが、その結果残ったものは 「日本の卑怯な騙し討ち」という非難と、アメリカの対日積極参戦の意識高揚、そして今も観光地ハワイの真珠湾海底に沈む戦艦アリゾナの残骸だけである。この時死んだアメリカ兵2403名は今でもアメリカ人にとって対日憎悪の原因となっている 。

 (この時死んだアメリカ兵2403名はルーズベルトに殺されたと思うべきだろう。この理由で、広島、長崎に原爆投下して30万人もの死傷者を出すのだから、ルーズベルトというのは悪魔という他ない。

 なぜ、広島、長崎なのだろうか? といえば、イエズス会が仏教徒に追放された土地だからである。つまり、原爆投下は、仏教の反ルシファー教に対する見せしめなんである。その見せしめが効いたので、日本にルシファー教が布教しているというわけである。)

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





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Last updated  2014年02月07日 11時51分16秒
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