シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年03月05日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 自分では何もできないのに、地位や金銭などで、太鼓や提灯持ちをつくり、手下として汚いことやらせるような奴を、古来からこの国では「卑怯者」と呼んできた。卑怯者といえば詐欺師のことである。

 卑怯者(詐欺師)になるなら、死んだほうがマシということで、切腹の理屈ができた。しかし、八切史観によれば、自身も戦中に実際に試した上で切腹は全くの虚構であるといい、長州の地方に伝わった昔の地方訛りを曲解して、切腹を幕末の長州人が斬首の代わりに利用したことがわかっている。

 「腹を切る」というのは昔の地方の訛りで、要するに「骨を折る」という意味らしい。もし、いまの「骨を折る」という言葉を、未来の日本人が曲解して、実際に物質的に骨を折ってしまえば、その未来人は誰もが認める馬鹿であることが一目瞭然である。

 このような曲解が現実に罷り通るくらい、人類は愚かで馬鹿になってしまった。なにしろ、100年前の日本語すら理解できない現代人が多いのだから、そのことでよくわかる。何が英語教育だろうか? それ以前に、過去の日本語を教えないと日本史を自分で勉強できずに、扇動屋の金儲けに利用され曲解してしまうアホの極右が沢山できてしまう。

 アホに日本史教育を任せてはおけないと米国からいわれ、そのうち英語で日本史を習うことになるぞ!

 第一、英語で日本人の古来からの心が伝えられるのか?

 「おもてなし」を「Reception」なんていったら、味気ないの一言である。日本の心を伝え、相手に善良な精神を呼び起こすから一期一会の意味がある。挨拶だって相手の精神を慮って自らが遜るからこそ、相手に善良の精神を呼び起こせるのである。

 ただ頭を下げるだけでは、相手に善良の精神を呼び起こせるわけがなかろう。ここという大事なときに、大事な頭を下げるからこそはじめて意味をもつのである。微妙な空気を読めてはじめて意味がある。

 昔、KYと呼ばれていたアホがこの国のトップなんだから国内の空気も読めないのに、海外の空気など読めるわけがない。



 しかし歴史教育を英語でするほうがマシにみえるほど、八切史観からすれば、日本史の出鱈目ぶりは酷いようだ。なんでも講談のように美談にしてしまい、水戸黄門のように本当は悪人だったのが、善人にして人気とりで利用するので、切腹のように出鱈目になってしまうわけである。

 このような曲解ぶりには何が欠けているのかといえば、本質を見抜く能力がない。だから、このような曲解の背景にあるのは、日頃からの言葉使いに心がこもっていない、心が伝わっていないことに他ならない。だから、逆に外面や建前に騙され、内面や本音を見破ることができないのだ!

 だから卑怯者の詐欺が罷り通る。

 言葉を額面通りに受け取るのはアホか馬鹿である。信頼できる人物かどうかは、その人物の心を読むしかない。つまり霊視力を獲得しないとまるでお話にならない。霊視力があれば、古今東西、過去未来も、心を読み解くことで、すぐにわかる。

 霊視力があれば、この国の政治家が嘘つきで腐った魂の持ち主で誰よりも贅沢な生活がしたいだけのアホであることは一目瞭然である。威勢のいいことばかり言い、やっていることは強い者に阿り長い者にまかれる単なる弱者虐待や破壊ばかりだ!

 霊視力を獲得するには、自分の行為が相手にどう伝わったのか、周囲や社会や宇宙にどう影響したかの日常生活や人生の反省からはじめるしかない。というわけで、渡る世間は卑怯者ばかりで切腹もなかなか大変なんで、シュタイナーの話を紹介する。

 ☆  ☆  ☆

インテュイション認識(改変)

 インテュイション認識(神通力)の獲得には、本当の意識、つまり自由で柔軟な覚醒意識の獲得を通じて、修行者は、人間の心の土台を形成している神界に入り込む必要がある。修行者は、原始の人間だけがもつ体験を獲得する。原始の人々は、現代人が自分の肉体と結びついているのと同じように、宇宙をつくる神々と結びついていた。

 (この宇宙の神々との結びつきを取り戻すという意味の「再結合」を言語化したのが、英語の「religion(宗教)」というのは以前紹介した。その結びつきを意味する場合、複数の「人々」のときは、「神々」、個人のときは「神」にそれぞれ対応する。人類に個人意識が目覚めると個人のなかに神が認められるので、神も単数になったわけである。)

 原始の人たちは、自らの肉体の推移(変化)に、現代人のように全く無意識だったわけではない。肉体の推移(変化)は直ちに魂に反射されていた。原始人は自らの肉体の成長過程や新陳代謝を、いまでいうところの白昼夢のような形で魂のなかで体験していた。



 原始人は、いまでいう夢想的なインテュイション認識(神通力)をもっていた。今日では、特殊な霊能力を持って生まれた人々だけが、この原始人の夢想的なインテュイション認識の名残をもっている。原始人の意識では、周囲の世界は、物質であると同時に霊でもあった。いまでいう夢などのような睡眠中の体験は、原始人にとっては、神々による宗教的な啓示(教えや戒め)であった。

 この啓示(教えや戒め)は、原始人の人生に直接反映した。原始人が、霊界で夢のような曖昧な潜在意識でした体験は、現代人にとっては、全く無意識の潜在意識のなかに眠る体験となっている。

 (潜在意識のなかから、睡眠中の情報を抽出しようとする意識が、現代人には働かなくなったから。体験データを蓄積しても、引き出そうとしなくなった。簡単にいえば、昔の日本人は、建前と本音を両方みるように日頃から意識していたが、いまの日本人は建前しかみれなくなった。

 だから、人間の心が読めなくなり、心を発展させようとしなくなり、人生に目的をもてなくなった。心の上では死んだも同然である。感情が乏しくなり情調不安定になりキレやすくなった。簡単にいえば、金銭や物質の勘定ばかりする機械になった。一種のゲームマシン化した。うまくいかないとゲームオーバーになりキレるようになった。聖書でいう獣である。)

 超感覚的なインテュイション認識を獲得した者は、その霊界での夢での体験を完全な覚醒意識の上にもたらす。このような能力の開発を通して、秘教学徒は、原始とは異なる新たな方法で、宇宙意識が本当の宗教的内容(教えや戒め)を人類に助言していた原始の状態へ還えることができる。



 そして、現代の唯物論的な宗教学者は、完全な覚醒意識を持つようになる人類からみれば、唯物論的な進化論でいうところのいわゆる未発達人という意味の原始人となる。ただ、同じ原始人といっても、夢想的な状態で霊界をみていたホンモノの原始人ではなく、未来のホンモノの宗教学者は、完全な覚醒意識で、自分の魂のなかから霊界を体験できる。(P200-P201)

古代の人類と現代の人類(改変)

 人類の今日の魂の状態は長い年月の進化を通じて獲得されてきたものだが、今日ではさも当たり前のように、昔から人間は今日と同じように考え、欲し、感じていたかのように「進化史」には記されている。これは完全な誤りである。

 今日の魂の状態とは明らかに異なっていた時代が過去にいくつもある。かつて睡眠時(潜在意識)と覚醒時(覚醒意識)の間には明確な区別がなかった。今日では睡眠時と覚醒時の間の移行期には夢を見る。古代人は、覚醒時と睡眠時との間には、物質的感覚を失うイメージに満ちた中間の状態を体験していた。そして、この中間状態を通して、物質的感覚により物質を知覚するように、霊が啓示した(教えた)のである。

 (霊が物質的知覚を促した。この霊がルシファーである。聖書ではエバ「肉体」に知恵の実「物質知」を食べるように唆した蛇として記述されている。エバ「肉体」が食べたので、アダム「魂」も食べた。)

 思考(知識)ではなく、心象(情緒)を通した体験の中で、古代人は、地上に受肉する以前の状態を、夢を見るように経験していた。霊界を通過してきた余韻に浸っていたなか、自らを地上に受肉する前の魂として体験した。

 けれども、そのため、古代人は、現代の人間がもつような明確な個人的な体験を持てなかった。古代人は現代人のように自らを「私」とは感じなかった。「個人的な自我」体験は人類の霊魂の進化の中で徐々に獲得されていったのである。(P226-P227)

 ☆  ☆  ☆

 古代人は民族霊という集団の自我を体験していた。だから神々という複数の意識をもった。エロヒム(神々)とエル(唯一神)の違いはこの人間の古代(集団)と現代(個人)の意識の違いにある。

 このような意識の違いがわかれば、「おもてなし」が、表のない真心のこもった以心伝心のことであることが日本人の美意識からわかるはずである。霊視力ということである。日本人は馬鹿になったものである。アホを笑ってられない。  





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Last updated  2014年03月05日 15時37分11秒
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