シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年04月24日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回の続き。

 ★  ★  ★

「ツラン(トゥーラーン)民族その2  高橋 巖:訳」の改変

 さて、古代アトランティス大陸没落後に東へと渡っていった民族は様々な進化の過程を辿った。進化の過程を辿れば東へ向かう程、道徳的になり高次の霊性を獲得した。そして、外にある世界は新しい世界として次第にはっきりと眼前に現れてきた。

 外なる新しい世界は次第に偉大な壮麗な存在として人間に働きかけるようになった。この傾向は東へ移動する程、益々強くなった。

 特に、上記のような傾向を強くもっていた民族は、例えば今日(1910年)のインドよりも北方のカスピ海やオクソス川、ヤクサルテス川に至るまでの地域に居住していた民族だった。

アムダリア川(オクソス川)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%A4%E5%B7%9D


シルダリア川(ヤクサルテス川)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%A4%E5%B7%9D

 このアジア中央部には、後に様々な方向へと移住していった民族の源流となる集団が居住していた。その民族集団は、人智学者がしばしば霊認識に基づいて語ってきた古代インド民族の源流でもあった。

 このアジア中央部の民族集団の一部の民族では、古代アトランティス大陸の没落後まもなく没落の過程で既に外なる現実(物質)界に対する感覚が非常に強度に発達していた。しかし、この民族のなかの、この地域に生まれた人の心にも、かつて古代アトランティス世界で体験してきた前世の思い出が一種の記憶として認識されていた。

 後にインドヘと下りていった民族の一部の集団には上記の魂の傾向が特に顕著に現れていた。この民族集団は外界の魅力(誘惑)を非常によく理解し、外界に対する知覚にかけては最も進歩していたが、同時に古代アトランティス時代の霊的な知覚も前世の思い出として強く残っていた。

 従って、この民族には前世として思い出せる霊界への憧れが強くあった。霊界への参入が容易な一方で、外界に対する感覚からくる存在はマーヤ(幻)であり、幻想である、という感情を合わせもっていた。

 従って、外界を特別観察するのではなく、古代アトランティス時代に霊界から直接得た前世の記憶に到達するために、ヨーガという人工的な霊界参入方法(瞑想)などを駆使した。

 以上のような、外界をマーヤ、もしくは幻想と観じ、代わりに霊的な存在にまで到ろうとする意識だけを発達させる特質は、古代インドより北方の地域に移住する民族の場合にはそれ程顕著ではなかった。その北方民族は悲劇的な状況下にあった民族の集団で、歴史上は狭義のアーリア人と呼ばれるペルシア人、メディア人、バクトリア人などの様々な民族のことである。

アーリア人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2%E4%BA%BA

ペルシア人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A2%E4%BA%BA

メディア王国
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E7%8E%8B%E5%9B%BD

バクトリア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2


(人智学通信 1989年9・10月 第20号より)

ツラン(トゥーラーン)民族その3

 ペルシア人、メディア人、バクトリア人などは外(物質)的な直観と外(物質)的な知性の能力を非常に発達させていたが、古代アトランティス人が生まれつき持っていた霊能力を、(古代インド人のように)一種のヨーガのような内的修行によって獲得しようとする意識はそれほど強くなかった。



 これらの北方民族には古代インド人のような魂の傾向をもたなかった。これらペルシア人、メディア人、バクトリア人等の北方民族に見られる魂の傾向は、今日の言葉をかりれば、次のような感覚だった。

 「かつて人間は霊界の中で霊や魂の存在を直観し体験していたが、今は人間は物質界の中に移され、物質界を眼で見、脳と結びつく知性で理解しなければいけない理由は、何も人間の内部だけにあるのではない。人間の内部だけでは物質対象を克服できない。人間の内部だけで物質対象を克服しようとしても、何も特別なことは起こらない。」

 また、古代ペルシア人は、次のように考えた。

 「人間が地上に降下したときの変化は人間だけに生じたのではない。自然を含む地上全てが変化した。人間が周囲の事物をそのままに放置すれば、地上全てが幻想でマーヤ(幻)なのだから、人間だけが霊界に上るのを願うだけでは不十分である。確かに、人間の内部を変えれば、人間は変わるが、周囲の世界全体が変わるわけではない。」

 従って、古代インド人のように「外にはマーヤ(幻)が拡がっている。自分は、このマーヤを乗り超えて、霊界に到達する」とは、古代ペルシア人は考えなかった。

 「人間は周囲の世界と結びついている。人間は周囲の世界の一分岐である。高次の神界から下りてきた人間のなかの魂を神的に変えるなら、人間のなかだけを元の状態に変えるだけではすまない。周囲の世界も元の状態に変えなければならない。」

 上記の考えが、北方の民族(古代ペルシア人)に、世界を作り変える意志として力強く働いた。

 古代インド人は、「世界は堕落した。今、(周囲の)世界が示しているのはマーヤ(幻)である」と考えた。

 北方の民族(古代ペルシア人)は、「確かに世界は堕落したが、人間が世界を変化させて、再び霊的な状態にまで高めなければならない」と考えた。

 認識自体を考察することが、古代インド民族の基本的性格だった。感覚的な知覚の内容を、幻想、もしくはマーヤ(幻)と呼んだら、もう十分だった。

 自然のなかの外的な状態を作り変えようとする意志や行動力や、外に対するエネルギーが、古代ペルシア他の北方民族の基本的な性格となった。

 「周囲の事物は神的な存在から下降してきたが、人間は、それらを再び神的存在に導き、戻す使命を受けている。」と北方民族は考えた。

 基本的には、古代ペルシア(北方)民族の中に既にある上記の性格が、秘儀を伝授された霊的な指導者たちの場合には、最高に高められ、最大のエネルギーで充ち溢れていた。

 (人智学通信 1989年11・12月 第21号より)

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 次回に続く。





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Last updated  2014年04月24日 16時40分17秒
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