シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年10月22日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 ダマスゴミの媒体紙は日刊ゲンダイしかみないが、そのゲンダイに載っていた、「ダマスゴミの洗脳の告白」というか、言い訳めいた記事をみて、この国の人々の魂の腐敗度がかなり進んでいることがわかった。

 要約すれば、「金儲けのために読者を騙すのは仕方がない」というのである。

 呆れ果てて馬鹿につける薬はないというか、もはや悪魔の奴隷に成り下がっている人間失格の連中なんである。「社員の生活を守るため」という洗脳文句が体よく使われるが、自分の腐敗堕落した贅沢な暮らしやアホアホさを守るためだろうが。権力者や金持ちの言いなりになって自己保身しか頭にない癖によくいうよと思うわけである。

 社員の生活を守る手段などいくらでもある。「社員の生活を守るため」といいながら、読者を騙すのでは、読者の生活を破壊していることになるのに気づいていないからアホアホなんである。自分たちの贅沢な生活を守るためなら、他の多数の生活や生命を危険に曝してもいいといっているのだからダマスゴミは人間失格なんである。

 ダマスゴミのような連中は、血をカネに変え、悪魔に魂を売ってしまったので、物質のように滅び、死ぬ運命にあるのだ! 

 永遠の生命を手にいれようとなど思いもしないアホバカなんである。真実を追求する姿勢が永遠の生命を形作ることに気づいていないアホバカなんである。

 性根が腐ってしまったアホバカに何を言っても無駄だろう。死んでいくしかない。死が最後の救済となるしかない。

 ダマスゴミは洗脳によって多数の生活を奪い、生命を危険に曝した過去があり、いまも金儲けのために続けている。こんな連中は百害あって一利なしなんでいっそ潰れたほうが世のため人のためなんである。

 こういう、人を騙すことを商売にし、自分たちのことしか頭にない連中は人類失格なんで、犬にでもなるしかなかろう。しかし来世、犬に生まれ変わることはないが、もはや犬のような生活をしているから始末に負えない。



 常識を忘れてしまったアホバカである。お金は信用貨幣といわれるくらいだから、信用とは切っても切り離せない関係で全く当たり前のことである。この常識がいつ通用しなくなったのかを考えるべきである。ダマスゴミの洗脳と同じである。 

 信用を洗脳によりつくり出し、信用に錯誤が混じり、信用が真実から切り離されたために、お金が虚像となってしまったのである。

 本来お金は信用の基につくられ、その信用を真実が保障するから、信用が信用を生み、マナス(霊我)を語源にするマネーとなるわけである。

 信用を保障するのが真実である。真実を失えば崩壊し死を迎えるしかない。

 なぜなら真実こそが永遠の生命だからである。

 自分という1つの真実が自分という存在をつくり、その信用のもとに、この物質界を体験し、真実を求めていく、真実を求める行為が愛なんである。

 このような当たり前のことが通用しなくなったのは、なぜなのか、人類が悪魔に誑かされ、アホバカになったせいである。あまり説教をしていても埒が明かないのでやめるが、アホバカを反面教師にして学ぶために、「お金は『信用』を数値化したもの」という話を以下に紹介する。

 ★      ★      ★

ちょっと面白い話。 渾沌堂
http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/



 上記文抜粋
・・・・・・
 ●「お金は『信用』を数値化したもの」(EJ第3899号)

 中本哲史なる謎の人物が作りあげたとされるビットコイン・システム──2009年1月3日にその中本哲史氏自身によるマイニングによって最初のビットコインが生成されましたが、それからの数ヶ月間は単なるゲームのなかの通貨に過ぎず、ビットコイン自体には何の価値もなかったのです。
 そういうビットコインにどのようにして値がつけられたのでしょうか。

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 New Liberty Standerd
 1BTC=0.00076 ドル
 http://bit.ly/1FkxsG8
―――――――――――――――――――――――――――――
 それでは、このサイトは何を基準として最初の値づけを行ったのでしょうか。それは、次の3つの要素をベースとして、算出したものなのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪第1要素≫
 高性能なCPUを積んだPCを1年間動かすのに必要な電力量
 ≪第2要素≫
 アメリカ家計の平均的な電気料金
 ≪第3要素≫
 30日間で採掘できたビットコインの量
―――――――――――――――――――――――――――――
 「0.00076 ドル」は、ニュー・リバティ・スタンダードの運営者が、30日間のビットコインのマイニングに要した電気料金だったのです。つまり、30日間に要した電気料金をその期間中に獲得したビットコインの量で割った数値なのです。このはじめての値づけ以後、ビットコインは需要と供給の関係によって値が上下するようになったのです。
 ここで通貨、すなわちお金とは何かについてその原点から考えてみる必要があります。これについては、堀江貴文氏が自著で次のように書いています。なぜ、堀江貴文氏なのかといえば、堀江氏こそ中本哲史氏ではないかと巷間話題になったことがあったからです。もちろん、本人は否定しています。
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 そもそもお金とは何なのか?

 この問いに対して、僕はいつも次のように答えている。「お金とは『信用』を数値化したものである」。抽象的でわかりにくい言葉だろう。簡単に説明していきたい。

  たとえば、あなたの財布に入っている一万円札。これは日本銀行が国の中央銀行として発行する「日本銀行券」だ。もちろん印刷物としての原価から考えると、この紙切れにはとても一万円分の価値はない。せいぜい数十円程度だろう。それではなぜ、福沢諭吉の肖像画の入った紙切れが一万円分の価値を持つものとして成り立っているのだろうか。これはひとえに、国や日本銀行への「信用」のおかげなのである。国が定めた法定通貨だから間違いない、日本銀行が発行しているのだから間違いない、まさか日本国や日本銀行が潰れることはないだろう、という「信用」だ。つまり、「お金=通貨」とは、価値なきものに信用(クレジット)を付与した「しるし」に過ぎないのである。もちろん日本国や日本銀行への信用が失われたら、一万円札の価値は紙切れ同然になる。  ──堀江貴文著
 『ゼロ/なにもない自分に小さなイチを足していく』
                     ダイヤモンド社刊
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 堀江氏は重要なことをいっています。「お金とは価値なきものに信用を付与した『しるし』に過ぎない」と。ビットコイン・システムは、その全体のシステムを完全に理解するのは、かなり困難なことです。経済学者でビットコインに詳しい野口悠紀雄氏はビットコインの理解について次のように述べています。
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 ビットコインを理解するのは容易ではない。その基礎になっている暗号理論やコンピュータ・サイエンス上の知見は1970年以降に発展したもので、まだ一般に馴染みがないからだ。──野口悠紀雄著/ダイヤモンド社刊
 「仮想通貨革命/ビットコインは始まりにすぎない」
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 ビットコイン・システムは、野口氏のいうように理解するのは困難ですが、システムが緻密に組み立てられており、そこで不正を働くことが非常に困難なことがわかってくると、ビットコイン・システムに関して信用が付与されてきます。そうすると、そこに自然に価値が生まれてくるのです。
 堀江氏の話を紹介したので、同氏の信用にかかわる興味あることばをご紹介します。
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 10の信用があれば、100のお金を集めることができる。
けれども、100のお金を使って10の信用を買うことばできない。
特にソーシャルメディアの誕生によって、この流れは一気に加速している。
 以前、「評価経済社会」を唱える評論家の岡田斗司夫さんとイベントで対談させていただいたとき、岡田さんはこんなたとえ話をされていた。

 ツイッターで100万人のフォロワーがいる人にとって、1億円の資金を集めることはなんらむずかしい話ではない。しかし、どこかの誰かが1億円の資金を投じても、決して100万人のフォロワーをつくることはできない、と。

 お金よりも「信用」が価値を持つ時代は、すでにはじまっているのだ。   ──堀江貴文著の前掲書より
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       ──── [ビットコインについて考える/34]

 ≪画像および関連情報≫
 ●「お金とは何か」/中務たずみ氏
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  「お金とは何か」私はこの問いかけを読んだとき、なぜかはっと思った。お金とは何だろうか。私は少しの間、深く考えこんでしまった。

  (中略)

 なぜ、紙切れでしかないのに、信用されてお金として流通するのだろうか。それは、かつて日本が金本位制を採用していたからなのです。金本位制とは、一定量の金を貨幣一単位とする貨幣制度で、発行される通貨は、金との兌換が約束された兌換紙幣であるため、通貨の発行量は金の保有量によって決められていました。しかし1931年の金輸出再禁止によって、金本位制から離脱した日本は、今日まで続いている管理通貨制度を採用しました。金との兌換が約束された兌換紙幣でなくなり、信用の根拠がなくなっている今、紙幣がお金としての役割を果たしているのはお金を発行している政府などを信用しているから・・と言われている。    http://bit.ly/11PBp6r
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・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

>「お金とは価値なきものに信用を付与した『しるし』に過ぎない」

 そりゃそうだ。

 方便にすぎないのですよな。

 国家ってだけ信じれない。民間でも信じれるものは信じれる。

 信たらざれば、信じられない。by老子。

 なかなかに革命的核心的な発想に思う。

 お読みくださりありがとうございます。

 ★      ★      ★

 お金が、この物質界に砂上の楼閣を築く手段に使われるのなら、赤字を生むものにしかならない。物質を奪う手段にしかならないからである。

 しかし、お金が真実の追求のために使われ、その報酬への感謝の代弁として使われるなら、永遠の生命をつくる手段にもなり得る。

 アホバカと鋏は使いようである。真実を体得した精神の持ち主はどんなものにも愛情を注ぐことができる。宇宙には無駄なものがない。 





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Last updated  2014年10月22日 10時48分11秒
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