シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年11月19日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 以前、結婚のことを霊魂を基にして述べたが、日本語というのは、興味深いことに、「けっこん」を「結魂」とも書けるのに気づいた。つまり結婚とは、魂の結びつきのことである。

 現代人は唯物論に染まりきってしまったので、魂やら霊界やらを語ると忽ち笑い出す始末だが、アホバカが笑い出すからこそ、真実味があると、かの老子も述べているわけで、低俗な連中に高尚な事実を語るとそのままリトマス試験紙ならぬアホバカ試験紙になるというわけである。

 かの御釈迦さんも、現代が末法の世で、出鱈目な悪魔崇拝が跋扈するから注意しなさいと遥か二千年前から預言しているわけでもある。

 要するに出鱈目が吹聴されるので、信じるなということである。世の中ニセモノばかりである。

 なぜニセモノばかりかというと、自分しか信じられないからである。その自分も霊魂の存在とは思ってもみないので、物質的にしか考えられないから、やがて物質とともに崩壊し、なくなってしまうので、結局は何も信じられなくなってしまうわけである。

 だからホンモノとニセモノの見分けもつかなくなるわけである。暗黒の時代なわけである。

 しかし、アホバカたちにもそろそろ改心する機会が訪れてきたようで、物質崩壊が進む世の中なんである。

 物質崩壊とともにニセモノもどんどん淘汰されるので、どんどん物質崩壊したらいいので、シュタイナーの話を続ける。

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 このような不調和は、人体の原則または本質として、肉体やエーテル体の「外人間」に外界からの損害がふりかかるとき、「内人間」の力では太刀打ちできずに、何らかの影響を受けるときに起こる。

 このような不調和は、目に見える外的な状況にも、目にみえない内的な状況にも現れるが、内的とはいっても実際には外的な状況に移行して現れる。例えば、胃の具合がおかしいのは、頭上に煉瓦が落ちてくるというような恐怖心が原因だったということもある。

 つまり、「内人間」が「外人間」と一致しないとき、要するに内と外の対立が生じる-対立を生じさせてしまう-ときに、このような不調和に陥る。

 全ての病気は、本質的には、内と外との不調和から生じ、つまり人智学でいうところの「内人間」と「外人間」の間の境界線の破壊から生じる。遥か未来には内と外とが巧く調和されるからといって、なんらかの思考で、内と外とを強引に一致させようとしても、所詮、実体験の伴わない抽象論なので、この境界線を破壊することになり、何らかの病気を誘発してしまうのがオチである。

 つまり、現段階ではまだ外に内を巧く合わせられないことに気づきながら、「内人間」を一歩一歩段階的に発達(進化)させ、精神にゆとりをもたせていくしかない。「内人間」は自我だけでなく、アストラル体も含むが、広義には、人間が起きてから眠るまでに自我に浸透され意識されるアストラル体のなかの経験なども含む。

 アストラル体は経験を霊界に持ち込むことで能力や叡智に変え、「外人間」からくる限界を破り、内人間と外人間との間に適切な調和を打ち立てるのに重要な働きをするが、この働きは、通常の覚醒意識の下の潜在(無)意識のなかに横たわっている。

 だから覚醒意識では感じ取れないが、無(潜在)意識のなかにある。病気の根底にある内的性質は、無意識のなかに探求できる。

 では、病気がその後辿り得る二つの道とは何か? 

 治癒と死のいずれかが生じる。生命が通常辿り得る発達(進化)は、治癒と死との両側面に大別される。 

 人間という生命の発達(進化)にとって治癒の意味を知るには、まずは病気の意味を明らかにする必要がある。

 病気の根底には、人智学でいうところの、「内人間(霊魂)」と「外人間(肉体)」の間の不調和がある。「内人間」が「外人間」から退かなければならない(後退が必要な)場合もある。簡単な例として、指を切断されたときが挙げられる。切断できるのは物質の肉体だけで、アストラル体は切ることはできない。



 (ネットワークの知識があればわかりやすい。例えば、IPアドレスの確認でピング=pingを飛ばしても返ってこない、接続が切れている現象などに喩えることができる。アストラル体を光と同じに考え、ある程度進むと戻ってくる光の横波の進行を考えればよい。)

 あらゆる病気の本質は、内人間が外人間から切り離されたと感じること、傷がまるで仕切り板(障害物)のような壁を生じさせるために、内人間が外人間に浸透できないことにある。

 (接続が絶たれると孤立感を感じ、それが精神的に痛さを感じさせる。これはコミュニケーションが通じると気持ちがよく、通じないとストレスが溜まることでわかる。)

 さて、外から介入する方法で健康を取り戻すか、もしくは、外人間との調和力を内人間が強化することで治癒に導かれることもある。治癒後には、多少とも外人間と内人間との間の結びつきは回復され、内人間が再び外人間の中に浸透できるようになる。

 つまり、治癒とは、人間が起きるとき、つまり覚醒意識の目覚めと比べられる働きである。内人間が独自に発展(進化)した後、再び、物質界でのみ可能な経験へと帰って行く働きである。だから、治癒とは、人間が、物質界に持ち込めなかった能力や叡智を持ち帰れるようにすることなのである。治癒は、覚醒意識の目覚めの働きとして、内人間の中に組み込まれ同化し、内人間の発達の枢要部になる。



 たとえ直ぐに進化を感じられなくても、健康に戻ることで、魂の経験は能力や叡智に変わり、内人間は高められる。治癒を通して獲得した進化を、また眠りのなかで、霊界に持ち込む。

 だから、睡眠中に霊魂が発達(進化)させる調和力とは、病気を治癒に導く力でもある。もし、研究する気があれば、睡眠と(自然)治癒力との間の不思議な関係について、人智学の考察から得られる事実を十分に展開できるが、研究までしなくても、夜眠るときに霊界に持ち込む経験の数々が、霊魂の発達(進化)に不可欠で、(自然)治癒力のみならず、生まれてから死ぬまでの日常生活にも発達(進化)をもたらし、睡眠が治癒と等価であることが理解できるはずである。

 日常生活における物質界での健康への回復や治癒といった外の経験を更に睡眠中に霊界に持ち込むことで、生まれてから死ぬまでの人生にとっては更により高度に発達(進化)した霊魂の表現(能力や叡智)に到達できる。

 しかし、治癒を通じて魂に取り込まれた経験全てが、再び、治癒力(調和力)として現れるわけではない。治癒力として現れなかった経験を死の門を通る際に伴っていくこともできる。

 そして、それらの経験は、次の転生での新しい経験の糧となるだろう。けれども、人智学からわかることは、病気が治癒する度に神々に感謝しなければならないということで、というのも、病気が治癒するのは、神々の御蔭で魂が外的経験を取り込めたためで、取り込んだ経験を治癒力に変えれるのは、霊界での魂の進化の御蔭であるからである。

 そして、魂が進化できるのは、神々による宇宙の進化への導きがあるからである。

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 宇宙の進化こそ信仰心の拠り所である。つまり魂の向上性、良心を羅針盤にすべきなんである。





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Last updated  2014年11月19日 16時54分16秒
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