シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年01月09日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 オモテナシをオカルト的に解釈するなら、マナス=霊我を獲得するための一手段ということになるだろう。以前、紹介したように、マナスは、マネー=お金の原語でもあり、マナーの「行儀・作法」の原語でもあるという。

 マナスとは人智学では霊能力の一種で特に霊視力のことを意味する。霊力は愛を与えることで得られるから、日本語の「もてなし」の原型の「モノをもってなす」という意味から、愛を与える表現を、「モノをもってなす」ことにもなる。

 つまり、マナーとは愛の与え方のマニュアルなんである。マニュアルというと陳腐だが、愛の伝授法というべきかもしれない。このことから人間が生きるのには魚の水のように、マナーが必須であることがわかる。

 しかし、虫混入の事件でもわかるように、いまの日本社会には、モンスターが跋扈し、過剰サービスを要求し、代わりに、おもてなしの精神を失いつつあり、単なるサービスへと堕落している流れが顕著になってきた。要するに愛を与えるどころか、愛を要求するのが当たり前と勘違いする輩が増えた。

 ところで某国営放送のお騒がせ会長が芸人に対して政治家のネタにダメだしし、某国営放送は政府御用達宣伝機関であるとカミングアウトしたというか、ボロを出したニュースがヤフーに載っていた。 

 国民の知る権利のために、国家権力と闘えないアホバカダマスゴミは言論の自由への障害であり、すみやかに解体すべきであると思う。

 権力者への抵抗や反発などの自由を求める人間の権利に対して権威主義に靡いて妨害する卑劣な輩などが先の大戦を引き起こしたことは歴史を研究すれば誰にでも明らかになる。

 このような権力に阿て弱者を虐げるような弱い者いじめの腐敗堕落した精神は一体どこからくるのか?

 自分だけは特別というような選民意識がどこかに巣食っているように思えてならない。とどのつまりエゴイズムの延長である。



 霊能力とは霊魂の進化度合いをみれる能力と考えられる。つまり相手の気持ちが手に取るようにわかる能力と考えられるから、以心伝心などがスムーズに行えることになる。

 元々人間の霊魂はこのような能力をもっているのだが、潜在意識のなかに眠っているわけである。例えば、動物などは潜在意識で以心伝心しているので、群れで行動できるわけである。このような研究は非線形力学の自己組織化などで知られている。

 しかし、人間はあるとき知恵の実を食べ、覚醒意識をもってしまったために、以心伝心ができなくなったわけである。形で表さないと共有できなくなったために、音を物質固定化する言葉ができた。これが有名な聖書に記述されたバブルの塔の話である。

 バブルの塔の崩壊のように、人間の人格もこれから多重性を帯びるようになっていくだろう。自分の精神さえも自分で制御できなくなる。つまり和の精神、唯一神の制御法を失いつつあるからである。

 無知も極まれりということなのだろう。このような無知に陥らないためにシュタイナーの話を紹介する。

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秘儀の四段階、第一段階「死へのアプローチ」

 人間は生まれてから死ぬまでの日常の(覚醒)意識を持つかぎり、絶え間なく多種多様の意見や判断を通じて生きることになるが、それら意見・判断・観点などの全てを克服し、秘儀(霊界)に参入しなければならない。これが(物質界での)死へのアプローチである。

 物質界では実際、人間の魂は何のなかに生きるのか、いま一度あきらかにしてみる。

 人間の魂は、感覚からくる印象や、日常の体験のなかに生きる。

 秘儀(霊界)に参入すると、感覚からの印象や日常の体験全てを秘儀参入の手段に変化させなくてはならない。日常生活で感じるもののうち、秘儀参入の手段に変化させなくてよいものは一つもない。


・・・

 人体を通して知覚できる全て、起きてから寝るまでの間の日常生活での物質体を通じての体験全てが消え去る。そして、日常生活では体験できない状態が生じる。睡眠中に突然、物質体に戻ることなく、意識を持つ状態になる。夢とは、通常の物質体験とは異なる状態で、確かに物質外での体験だが、自分が物質体験の外にいるとは意識できない。

 「全物質体験の外に立つ」というような強烈な意識は、秘儀参入で初めて生じる。・・・霊界参入のある時点では、まるで身体が硬直したようにも感じられる。そして、「確かに物質(肉)体には眼はあるが、物を見るのにはいま使えない」ことに気づく瞬間がやってくる。

 全ての事物が透明になって消えていきながら同時に、いままで用いてきた日常の視覚から事物に肉迫する可能性が全くできなくなる。

 通常の言葉の意味では矛盾だが、この死へといたる準備が整うと、全ての事物が透明になり、事物の背後の存在をみれるようになる。けれども、例えば、青空が透明になり消えはじめた瞬間に、青空を見る視覚の働きも同時に消滅する。


・・・

 このような体験を心に描くと、あらゆる時代の秘儀において「死の扉への接近」と言われてきた瞬間を認識できる。「霊界が受け取られる。物質界を超えた超感覚の世界が広がる」という言葉の意味を理解できる。

 この瞬間、秘儀参入者にはこの感覚しかない。根本において、この内的な体験以外には何もない。つまり、この超感覚のイメージのなかに生きるしかない。・・・

 この瞬間に至るまでに、この死の地点を通過できるように、内面を成長させておく以外に超感覚を受け取る術はない。外界の力全てが機能しなくなる地点に至るからである。自己への信頼、自己への確信、霊(内面)的な修行、その他の内面的な徳—経験によるもので本能ではない—を通して内力、内のエネルギーを得ておく必要がある。

 以上のようにして、新しい世界を受け取る瞬間、死を超えるために、内のエネルギーの余力を使う。けれども、この瞬間、非常に意味深い以下の体験が前提となる。

 修行者の努力で、物質界が透明になる(霊界との)境域まで到達し、そして、超感覚界と呼ばれる霊界に参入する。自己への信頼、精神への確信、大胆さなどの特性を磨くことで得た内面の強さしか支えにならない。この事実を通じて、秘儀参入者は意味深い体験に到達する。

 それは自分のなかから湧き出るように押し寄せる体験である。「宇宙のなかで自分は一人だ! 宇宙のなかで独りぼっちだ!」という体験である。

・・・特徴的なのは、この体験から秘儀参入者の魂のなかに全く新しい世界が出現することである。「無に直面する境界まで、確かな力を携えて来れた!」と、秘儀参入者は感じる。この感情は初めのうちはわずかだが、やがて大きく四方へと広がっていく。

・・・この新しい世界に、自らがもつ本質を浸透させることで、この世界は常に異なった様相で現れてくる。秘儀参入者は携えてきた力(道徳)を外に向けて発する。その力を発することで、常に違った体験をするが、最初の体験はとても奇妙に感じる。意識を得て体験してはじめて奇妙に感じてくる。

 物質についての感覚が停止し、物質は、不定の無のなかに消え去り、もはや完全に無となる。固体、もしくは水や空気のような液体と気体に遭遇する感覚、つまり物質に囲まれているという感覚がなくなる。物質の特性は感じとれるが、もはや事物にじかに接することがない。

 固体の濃密な重い物体から、単なる密度だけの感覚が残り、具体的な実体は消え去る。液体からは「流動性」だけが残り、液体という具体的な実体はなくなる。気体の空気からも、四方八方に膨張したいという物質の意志みたいなものだけが残り、その具体的な実体は消え去る。

 このような物質との相性や関係性という特性のなかに入っていくが、修行者はただ特性のなかに入っていくだけで、「対象は消え去った。物質が全て消え去った」と感じる。これが第一のことである。

 もう一つ、この段階で消え去るのは、日常の物質的生活で、感覚から得られる知覚とでも名づけられるものとの関係である。この関係の消滅は、これまでの話の内容から推測できるだろう。

 物質界ではお馴染みだった存在についての印象は「時間」の感覚程度のものが残る。それも時間というよりは、「今、自分は、何者でもない。これから後に何者かになる」という印象である。

 自分の外から印象を与える対象は存在しない。自分が何者であるかという印象以外には何も存在しない。自分に向かってくる全てが自分自身から生まれる。そうして、最後には宇宙と一体となる。

 「シュタイナー古代秘儀講義」p115

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 地獄の中でも愛を与えてきたなら、与える能力が後に自分をつくりあげるが、逆に地獄のなかに染まりきって、他者から奪ってきた能力の刃は今度は他者総てがなくなるので、自分に向かうことになる。地獄から這い上がる力は自分で身に着けるしかない。そのための人生である。

 生きることはだから尊いのである。与えることで与えられる。奪うと奪われる





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Last updated  2015年01月09日 12時17分50秒
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