シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年01月09日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 以前から紹介しているRAPTさまのブログによると、古代日本は悪魔崇拝の地であるというショッキングな結論に至っているが、実はシュタイナーも似たようなことを述べている。だから日本の神道の一部の信者にはシュタイナーを敵対視している宗派もある。

 シュタイナーの人智学を勉強し始めの頃、いまでも至極たまに挑発的なコメントを受けるが、敵意むき出しの人物に遭遇したことがある。他者が何をいおうが余計なお世話と思っているので、相手にしないだけだったが、なんでそんなに目くじらをたてるのか不思議でもあった。

 その人たちに共通するのは、アホ総理でお馴染みの日本人選民意識というか、ネトウヨの特性のようなものだった。

 そもそも現代の民族の概念などは男女間の差ほどでもない。民族の差よりも男女の差の方が大きい。だからといって、どちらが優秀というのでもない。

 霊魂に性差はなく、霊魂が肉体に深く入り込むのが男性で、浅いのが女性である。だから、男性の方が物質的感覚が優れているが、女性の方が天界に近いため、天候のように変わりやすく直観に優れる。例えば霊媒の多くが女性であることがわかる。

 女性の方が感情豊かなので、体験について学ぶことが多く、死後、霊界にその体験を持ち込むために、次の転生の肉体探しでは、豊かな感情体験が筋肉の緊密な連携さに置き換わり、肉体の筋肉の強靭さを求めるために、男性の素質を生むことになるという。

 だから今生での御淑やかな女性らしさを体験すると、次の転生では筋肉隆々の男性として生まれることになる。つまりいまの女性らしさが未来の男性らしさへと変わっていくのである。

 だからもし、今生で男性なのに女性に憧れると、次の転生でも男性で生まれ、その感情の中途半端さがそのまま繰り返されることになる。男性として生まれたなら男性らしい体験をすることが、次の転生での女性の体験につながる。ただし例外もあるという。

 シュタイナーの人智学によると、例えば、過去世で数学が得意だったら、次の転生では全く逆の数さえも数えられない人生を送るという。つまり自分の性質とは全く反対の人生を用意する。だから男は全く逆の女になる。



 さて、「古代日本は悪魔崇拝の地」と関係の深いシュタイナーの話を再度以下に紹介する。

 ★          ★          ★

「ツラン(トゥーラーン)民族その1  高橋 巖:訳」の意訳

 ヘブライ民族の使命を理解するには、人類全体の発展を、なにより一層深く洞察する必要がある。著書『神秘学概論』や連続講義の中で素描した幾つかの事象を更に詳しく述べねばならない。

 少なくとも、古代アトランティス時代の破局(大洪水)の結末を、簡単にでも取り上げなければ、ヘブライ民族による人類全体への進化の関与を正しく理解できない。

 古代アトランティス時代の破局が、後に、地上の状況に変化をもたらすようになったとき、当時古代アトランティス大陸に居住していた人々は、西から東へと移っていった。この移動には、本質的に2つの大きな流れ、つまり北方の移動と、南方の移動がある。

 古代アトランティス大陸居住民による大きな民族移動の1つは、北方のヨーロッパを通ってアジアにまで渡って行った。当時のカスピ海周辺の地域を研究すると、この民族移動がどのような形で行われたのかがほぼ理解できる。

 一方、南方の別の流れは今日のアフリカを横断した。そして、2つの水流が衝突し合い渦となるように、アジアで、この北方と南方の2つの流れに一種の合流が生じた。

 その際、特に注目すべき事項は、古代アトランティスから東方へとつき動かされていった様々な民族の、或いは少なくとも、その主要部に相当する魂の様子が、全体として、どのようなものであったか、ということである。

 実際、ポスト(後)アトランティス時代のはじめの頃の人類の魂の様子は、全体として、その後の人類、特に今日とは全く異なっていた。移動した全ての民族において、環境を、霊的に知覚する能力がまだ存在していた。当時の人類は、ある程度、霊を見ることができ、現代人が物質として見ている存在を、霊の形で見ていた。

 つまり、当時の人類は見霊による生活を営み、見霊できる魂をもっていた。



 古代アトランティス時代の最盛期の民族に高度に発達していた見霊能力は、霊界を混じり気のない純粋な形で見れたので、霊界の啓示は、人間の魂に善への意識を目覚めさせた。当時、霊界に深く参入できた人は、それだけ深く善への意識に芽生えた。

 霊界をより深く見れるほど、善への高次の意識を獲得した。

 しかし、古代アトランティス時代の大体3分の2が過ぎた頃、特にその後のポストアトランティス時代になると、古代の見霊能力の善なる側面は次第に消えていった。

 秘儀参入の場で特別の修行をした人たち(秘儀参入者)だけが、古代アトランティス時代の見霊能力による善なる側面を保持できた。

 対照的に、自然(遺伝的)な形で、古代アトランティス時代の見霊能力を受け継いだ民族は、誘惑の悪の力と遭遇するようになった。当時の人間の見霊能力は、善なる力だけを見るのに十分な力強さを保てなかった。



 (スターウォーズでいえば、フォースの暗黒面に堕ちたというところだろう。ダースベイダーの誕生だろう。)

 今日の人類が通常もつ感覚的な知覚能力は、古代の見霊能力の衰退の代わりに次第に発達してきた。

 (ジェダイが衰退するとともに、悪の皇帝が出現する。ヨーダーはヨーガ「ヨガ」を類推させる。)

 ポストアトランティス時代の最初の人類が見ていた事物は、今日の現代人が通常の眼で見る事物のようには全く誘惑的でなかった。なぜなら、当時はまだ、今日のように、魂が誘惑されるような傾向をもたなかったからである。

 今日の現代人なら、欲しくてたまらなくなるような外(物質)的な事物があっても、当時の人類にはあまり魅力的でなかった。

 にも関わらず、当時の古代人には劣る見霊能力が覚醒したとき、当時の人類の心は激しく揺さぶられた。霊界の善なる側面を見ることはほとんどなくなり、その際、ルシファー的、アーリマン的な悪霊の存在が、強い力で働きかけたからである。

 従って、当時の人間は、誘惑者、欺瞞者となり得るような働きだけを、見霊能力により体験した。

 連続講義『マタイ福音書』“Das Matthaus-Evangelium”第一講(1910年9月1日)より

 (人智学通信 1989年7・8月 第19号より)

「ツラン(トゥーラーン)民族その2  高橋 巖:訳」の意訳

 さて、古代アトランティス大陸没落後に東へと渡っていった民族は、様々な進化の過程を辿った。その進化を辿ると、東へ向かう程、より道徳的になり、霊的に高次になった。そして、外界は、東に向かうほど、新しい世界として益々はっきりと眼前に現れてきた。

 外界は益々偉大で壮麗なる存在として人間に働きかけるようになった。この傾向は、東へ移る程、益々強くなった。

 特に、上記のような傾向を強くもっていた民族は、例えば、今日(1910年)のインドよりも北方のカスピ海やオクソス川、ヤクサルテス川に至るまでの地域に居住していた民族だった。

アムダリア川(オクソス川)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%A4%E5%B7%9D

シルダリア川(ヤクサルテス川)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%A4%E5%B7%9D

 このアジア中央部には、後に様々な方向へと移住していった民族の源流となる集団が居住していた。その民族集団は、人智学者が、しばしば霊界の認識に基づいて語ってきた古代インド民族の源流でもあった。

 アジア中央部の、この民族の大集団のある一部の民族では、古代アトランティス大陸の没落後まもなく没落の過程から既に外なる現実(物質)界に対する感覚が非常に強度に発達していた。しかし、この民族でも、この地域に生まれた人の心には、かつての古代アトランティス世界で体験してきた前世の思い出が一種の記憶として生きていた。

 後にインドヘと下りていった民族のある集団には、この傾向が特に顕著に現れていた。この民族集団は、外界の素晴らしさを非常によく理解し、外に対する知覚内容の観察にかけては、最も進歩していたが、同時に古代アトランティス時代の霊的な知覚内容も強く前世の思い出として残っていた。

 従って、この民族には、前世として思い出せる霊界への意識が強く発達し、霊界の中への参入が容易だったが、逆に外への感覚からくる存在などはマーヤ(幻)であり、幻想である、という感情を同時に合わせもっていた。

 従って、外界を細かく観察せずに、古代アトランティス時代に直接霊界から得た前世の記憶に到達するために、ヨーガという人為的な見霊方法などを駆使した。

 この古代インド民族特有の、外界をマーヤ、もしくは幻想と観じ、代わりに霊界へと到達しようとする意識だけを発達させる性質は、古代インドより北方の地域に移住する民族にはそれ程顕著ではなかった。その北方民族は、悲劇的な状況下にあった民族集団で、歴史上は狭義のアーリア人と呼ばれるペルシア人、メディア人、バクトリア人など、北方の様々な民族のことである。

アーリア人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2%E4%BA%BA

ペルシア人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A2%E4%BA%BA

メディア王国
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E7%8E%8B%E5%9B%BD

バクトリア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2

 (人智学通信 1989年9・10月 第20号より)

 ★          ★          ★

 次回に続くが、要するに人生の奥行き、陰陽の両極端を経験することが重要なんである。恵まれた人生を送ると今度は全く逆の恵まれない人生を送るということになる。これが日本文化のわびさびであろう。「亢竜悔いあり」といわれるように、過ぎたるは及ばざるが如しなんである。

 しかしこの奥行きを経験しないと本当の人生の有り難さはわからない。





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Last updated  2015年01月10日 06時29分20秒
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