シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2015年05月18日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 大阪に住んだことが皆無で付き合いもほとんどないので大阪都構想詐欺にはほとんど関心はなかったが、結果だけは少々気になった。すんでのとこで詐欺に気づいたというとこだろう。

 大体、東京嫌いの大阪が、都構想などはコンプレックスを象徴する何者でもない。大阪が都になったからといって、大阪の一人芝居というとこだろう。

 一体東京都とどう違うのか?

 「大阪都って説明してね、お兄さん、大阪都って何ですの。説明しろといわれましても、意味わからんからできまっせ~ん。いや、ちょと待ってちょと待ってお兄さん…。」

 と永遠に説明できずに、ブルースブラザースを彷彿とさせるグラサン二人組が歌う大阪都だけが独り歩き続けるのがオチである。

 しかし、僅差の否決というので、大阪のコンプレックスの大きさには驚いた。これが京都だったら、なんで東京の真似せなあかんねんと即座に否決だろう。

 面白いことにコンプレックスというのは一方的な片思いに近く、東京は大阪になんの対抗心もないようで、大阪がなぜに東京にそんなに対抗心を燃やすのかわからないらしい。恐らく、東京は地方出身者の集まりなんで、大阪だけを特別視するわけにはいかないのだろう。

 東京は八方美人なんである。だから、地方出身者は東京にいくとバレないように訛りを改めるそうだが、大阪人だけは改めないのは対抗心故だろうか。

 だから東京みたいになってしまうと、せっかくの大阪らしさが消えてしまうような気がする。以下にお馴染みのサイトから都構想の話の転載紹介をする。



維新バブル完全崩壊w
http://my.shadowcity.jp/2015/05/post-7076.html

 維新崩壊ですw 江田代表も、維新がバブルだというのに気がついていたんだろう。バブルはいつか、崩壊する。身の振り方を決めるのには、早いに越した事はない。この人、元官僚です。ハシゲは官僚の堅実さとは対極の存在で、足りない部分を補い合って、天下を取ろうという目論見もあったんだろうが、ハシゲが抜けちゃったら、地味な自分だけではナニも出来ないというのを知っているので、ここで潔く維新から身を引いて、次のステップアップを狙おうという事ですかね。

 維新・江田代表が辞任の意向表明

 まぁ、予想されている通りに、いずれは民主に合流するんだろう。でも、民主も、あの疫病神みたいなオカダが党首やってる限り、浮上の芽はないです。

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 さて、前回紹介した集合的自我と個人的自我の違いを、神と仏にあてはめると神と仏の違いがわかる。日本人が呼ぶ神とは多くが集合的自我で、仏が個人的自我であるように思える。

 その証拠に、神に参拝しに行くときは集団で、仏を崇拝しに、つまり仏教徒になるときは個人である。

 このことに、仏教がバガヴァット・ギーターの影響を受けていることがわかる。御釈迦さんは簡単にいえば、個人としての悟りを説いたので、まず血縁を絶つことの出家が前提となったわけである。

 古い神を捨て、新しい仏に帰依せよといったわけである。

 このことは悪い意味で、大陸の仏教をこの国に根付かせるのに利用された。つまり神道の古い神を捨て、大陸の新しい仏に帰依せよというわけである。それからというもの、この国は神派と仏派にわかれて死闘を繰り広げた。



 家康も神派だったが、キリスト教による神派乗っ取りに会い、仏派取り込みのために、公武合体という神仏融合策を考えた。それが綱吉のときに生類憐みの令となって仏派主体による神派弾圧につながった。

 江戸期の仏派による神派への弾圧がキリスト教侵攻とともに幕末に神派再興につながり歪な明治神道ができる。

 このように歴史的な移り変わりを遡ってみると、この国では集合的自我と個人的自我が共々曖昧な中間の状態でいったりきたりしていることがわかる。その態度は、正月に神社に参拝し、お盆に寺に供養にいき、年末にクリスマスを祝うというような入り乱れた現代の風習に現れている。

 このような風習を個人的な意識で行えば意味があるのだが、ほとんどの人々が周囲がやるからやるという周囲に流された感じでやるのである。このことから集団的自我から抜け切れていない霊魂の未熟性が明らかになる。

 「集団的自衛権」なんていうのも、個人的自我が確立できないでいるモラトリアムなのかもしれない。アホ総理は大人になりきれない子供である。ハシゲも結局は威勢はいいが、積木崩しの破壊だけしかもたらさなかった。



 そのことがわかるシュタイナーの話を抜粋紹介する。

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心の憧れ

「バガヴァット・ギーター」は古代の霊能力のあった時代の終焉に位置し、「バガヴァット・ギーター」のなかには古代の霊能力の最後の余韻が響いている。

 古代の霊能力(EDN;エデン)から追放された人間の認識・理念・思想・感受の再構築のために何千年もかけて取り組もうとした最初の一人が、(霊能力の)死にのぞんだソクラテスである。

 この能力は、古代の霊能力といま準備中の新しい霊能力との中間期に発展する。人智学的な世界観の告知と受容を通して新しい霊能力の獲得に向けて努力すべきである。

 ある意味クリシュナの弟子アルジュナとソクラテスの弟子との間にある淵ほど深いものはない。現代は、人間の霊魂が、何世紀にもわたって生命を外(物質)的に認識しようと努めた後、再び霊界との結び付きを探求する時代である。

 クリシュナが弟子アルジュナに告げるなかに響く素晴らしい形而上の世界へと自らを導く新しい方法を探求する魂が人間のなかには生きている。だから、「バガヴァット・ギーター」の根底に流れる叡智が、人間の霊魂に相応しい深い憧れとして響いてくる。

 古代の人間の霊魂は自分を霊界に結びつける絆を心から信頼していた。超感覚的存在、物質界の彼方にある霊界は、霊魂には馴染み深いものだった。

 いま人間は新しい方法で超感覚的・霊界への通路を再び探求する時代の出発点にいる。

 いま探求する霊能力が現在とは異なる方法で獲得されたとはいえ、かつて存在していたと思えば、この新しい探求への励ましのようにも思われる。

 このかつて存在していた霊能力は、東洋の聖なる神の詩、つまりクリシュナが弟子アルジュナに語った崇高な「バガヴァット・ギーター」のなかに発見できる。

 「シュタイナー古代秘教講義」p46

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 かつて関西にあった古代都市を再び新しい方法でこの世に蘇らせるのなら大阪都構想も絵にかいた餅にはならなかっただろう。封印を解くには人物が悪すぎたということだろう。この出来事から目覚める人間がどれ位いるのだろうか?





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Last updated  2015年05月18日 15時35分28秒
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