シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2016年04月01日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 エイプリルフールのように一日限定の馬鹿ではない年中無休の馬鹿が日本全体をフール一色に染め上げ、昨今の花見の浮かれ気分など、どこかに吹き飛んでしまったという話を紹介する。

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ああ、エイプリルフールか
http://my.shadowcity.jp/2016/04/post-9142.html

 アベシンゾーが「景気は七分咲き」と狂ったような寝言垂れてるというんだが、どこが七分だよ、壊滅状態じゃないかw ひょっとしてほんとにコイツは池沼なのか? おいらの予言通り、年度末までは必死で株価を支えたものの、4月になったにとうとう持ちこたえられずに大暴落ですw ただいま569円のマイナスw なんつーか、シナリオ通りで怖いわw

 安倍晋三首相は30日昼、首相官邸の南庭を山口那津男公明党代表と散策し、つかの間の花見を楽しんだ。記者団から「今年の日本の景気は何分咲きか」と問われ、「3年連続ベアがあったから、七分咲きぐらいにはなっている」と応じた。

 首相は、「満開になると、散っていくことになる。六分咲き七分咲きぐらいが(いい)」とも語り、景気の持続的な上昇に期待を示した。

 ちなみに首相は、昨年春の官邸での花見の際にも、同じ質問に「七分咲き」と答えている。

 まだ、イザとなれば神風が吹く、とか思い込んでるんですかねw 



 嘘をつこうが、インチキしようが、そういうこと総てがアカシャ年代記に書かれているという話を紹介する。

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 -弟子のクッテネルがお送りします。

http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-1021.html

 ≪霊たち(2)(改変)≫

★アーカーシャ年代記

 さて、西平氏は、現在の『地球紀』に前後する7つの進化段階について、シュタイナーが、その根拠にしている記録については、(恐らく意図的に)言及していません。

 しかし、度々紹介してきた西川氏の訳による『ルカ福音書講義』によれば、過去の出来事の唯一の記録は『アーカーシャ年代記』であると、シュタイナーは言っています。

 「過去の出来事については、霊的探究による唯一の記録しか無いというのは本当です。記録は外(物質)的な文献などの史料の中にはありません。

 (…中略…)



 (…中略…)

 超感覚(霊)界に参入した者は、アーカーシャ年代記を読むことを、次第に学んでいきます。アーカーシャ年代記は、普通の書物ではありません。

 例えば、霊眼の前に、一連の出来事が繰り広げられるもの、と考えてください。ローマ皇帝アウグストゥスの行為が、スクリーンのように、目の前に現れる、と考えてください。

 当時起きた全ての出来事が、霊眼の前に現れます。

 そのように、霊的探究者の前に、様々な事象が現れて来ます。」



 つまり、リーディングの世界で、エドガー・ケイシーを始め、多数の霊能力者が言及している『アカシック・レコード』と考えてよいでしょう。

 西平氏は、アーカーシャ年代記に言及することで、シュタイナーが一般の霊的カウンセラーと同列に見られてしまうのを懸念したのかも知れません。

★リーディングの限界

 さて、やや脇道にそれますが、ここでアカシック・レコードを拠り所とした、過去や未来のリーディングについて、少々考えてみたい、と思います。

 よく、個人の過去生などをリーディングしても、霊視者によって全く違った見解に至ることがあり、それ故、いい加減な印象を与えてしまうことがあります。

 能力の差異により、つかんだ記録に多少の差があるのは仕方無いとしても、同じ事象を探究して、全く違うのは合点がいかないでしょう。

 しかし、数々の優れた霊能力を発揮したエドガー・ケイシーでさえ、第二十三夜でも述べたように、そのリーディングによる予言が外れる度、否定論者の格好の標的にされています。

 シュタイナーは、このような食い違いが生じる一番の原因は、人間が物質体、エーテル体、アストラル体、自我の4つの構成要素の集合体からなるせいと説明しています。

 「しかし、アーカーシャ年代記を読むには、物質界の出来事を見るのとは違い、容易ではありません。

 (…中略…)

 現在生きている人を霊視して、『この人の自我は、前世をどう繰り返してきたのか』を知ろうとするなら、神界にまで参入して、その人の前世に到達しなければなりません。

 自我がいかに輪廻転生を通じて、現在のその人に属したのかを、はっきりさせねばなりません。

 複雑な形で継続する自我を、地上の様々な進化段階と結びつけなくてはなりません。

 その自我が、前世でどの肉体に受肉していたかを探究するとき、非常に誤謬に陥りやすくなります。

 (…中略…)

 物質体とエーテル体とでは、全く違った流れを辿るように、アストラル体も独自の系図をもっています。ですから、

 『いまその人がもつエーテル体は、その人の自我とは全く別の個人の再来であって、その人の自我が前世で受肉した人物のエーテル体ではない』

 と、言うことができるのです。

 (4つの構成要素それぞれが異なる形で進化する。)

 (…中略…)

 誰かを霊的探究の観点から、完全に理解しようとするなら、その人の祖先や、エーテル体、アストラル体の由来を調べたりして、物質体、エーテル体、アストラル体、自我の4つの全てがどのような道を辿って、現在1人の人物に結びついているかを、完全に調べなくてはなりません。

 (…中略…)

 霊視者や秘儀参入者の観点から、人間であれ、他の存在であれ、宇宙の現象について語るには、非常に込み入った状況に遭遇する、という事がお分かりいただけたと思います。」  

 ルドルフ・シュタイナー『ルカ福音書講義~仏陀とキリスト教』pp22-26《イザラ書房(西川隆範訳)》より抜粋転載 

 つまり、その人の過去を見ているつもりでも、それが4つの構成要素のどれに当たるのかを、常に注意して見てゆかないと、自我とは全く別の構成要素の過去と繋げてしまうことになるのです。

 (聖書も、キリスト=イエスの4つの構成要素にわけて、「Gospel of Matthew(マタイの福音書)」「Gospel of Mark(マルコの 福音書)」「Gospel of Luke(ルカの福音書)」「Gospel of John(ヨハネの福音書)」の4つの福音書となる4つの解釈からなる。)

 ですから、4つの構成要素のどれを見る霊能力が優れているかで、偏った解釈になり、ある構成要素をみるのが弱い場合は、錯誤に陥って、完全に正確なリーディングが出来ない訳です。

★過去・未来の歴史

 もう一つ、過去や未来の歴史の確かさについてはどうでしょうか。

 これについては、小生はまだ、シュタイナーの解説に出会った事はないので、小生なりの考え方をお話ししてみます。

 さて、歴史と言っても、自然界の大きな変動もあれば、人間が織り成す人為的な歴史もありますが、まず、後者の人為的な歴史から考えて見ましょう。

 少々話が飛びますが、小生の乏しい『外国小説の読書歴』の中に、トルストイの大作『戦争と平和』があるのですが、この小説をトルストイは、あるテーマを持って書いています。

 作品は、ナポレオンが台頭し、ロシア遠征に失敗するまでの期間を通じて、戦争の時代に巻き込まれながら、多くの登場人物が織り成す人生を、実に詳細に描いています。

 岩波文庫4冊で約2千頁強のこの大作を読み終えた後、薄学の小生は、この小説のテーマを月並みにこう考えました。

 『人間は、歴史の大きな流れに翻弄される生き物である。』と。

 ところが、『あとがき』には、トルストイ自身のテーマが解説されていました。そこには、『歴史はどう創られるのか』というテーマに対し、小生とは正反対の洞察が載っていました。

 トルストイ曰く、

 『歴史とは、少数の英雄によって創られるものでは無く、無数の1人1人の繋がりによって動いてゆくものである』と。

 つまり、小生がどこかの書店で一冊の本を買ったことさえ、めぐり巡って、世界の歴史の流れを変える出来事の一つになるという事を、長く詳細な物語に託して表現したものなのです。

 これを、もう少し霊的観念から捉えて見ましょう。第137夜や第141夜でお話ししたように、我々は、霊界で自らの人生の設計図を創り、その実現のため現世に転生して来ます。

 また、第138夜でお話ししたように、転生すべき現世が、設計した人生に適したものとなるように、動物霊や植物霊と共同して、地球の環境を変える作業もしています。

 とすれば、前者の『自然界の大きな変動』でさえ、人間をも含めた、地球を舞台とする全ての霊の総意によって、少しづつ変化していると見ることもできます。

 つまり、我々が生きてゆく環境も人生も、霊界にいる間に用意したものであり、その総和が現世の歴史であると言えます。正に我々自身の意志により歴史を創るのです。
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 さらに、もう一つ『時空』について考えて見ましょう。現世では、我々は『時間』も『空間』も『切り離せない唯一共通のもの』で、遠く彼方まで繋がったものとして認識しています。

 しかし、そもそも『空間』とは、主に分子の波動を、我々の視覚が、色や形として認識しているものに過ぎません。仮に空気を『黒』と認識したなら、全く暗闇になるかもしれません。

 『時間』についても、我々が存在しているのは常に『現在』の一時点で、ほんの数秒たりとも『過去』や『未来』に身を置けるわけでは無く、どちらも概念上の時間でしかありません。

 つまり、我々人間が認識できる『時空』とは、人間としての感覚の世界に制限された、限られた1時点の空間に過ぎません。全て繋がっているというのは、概念で思っているに過ぎないのです。

 例えば、第134夜でもお話ししたように、スピリチュアリズムの基本である、自分自身が宇宙と繋がろうと意識する際には、我々にとっての空間は、視界に入る球形の空間に限定されます。

 これを一歩進めて考えれば、我々自身にとって、自分が今存在している(と錯覚している)空間こそが、自分の固有の空間であって、それ以外の空間は自分の空間では無いのです。

 世界を飛び回っている商社マンにとっては、全世界が自分の固有の空間ですが、自分の地域に閉じこもって生活している人にとっては、その地域のみが固有の空間の全てです。

 そして、空間は、そこに参加している個人が、霊界で予め設計してきた意志の総和として存在しています。反対に、そこに関係しない人達にとっては『存在しない』空間なのです。
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 これに『時間』の観念を追加して見ます。地図上では同じ地点であっても、『現代』を選んで転生した人達と、『江戸時代』を選んで転生した人は、違う『空間』を生きている、と考えてみましょう。

 すると『時間』と『空間』は、当人が転生することを選んだ環境を特定する一つの『番地(住所)』に過ぎず、そこで出会う人々とのみ、特定の『時空』を共有していると言えます。

 つまり、我々の現世は、ただ1つの時空では無く、精妙に調整された、個人の時空の集合体である、と考えられるのです。

 そして、その『全ての時空の番地』が『アカシック・レコード』に載っているなら、霊視者は、特定の個人のいた『時空の番地』を検索することで、設計図などの記録を霊視できます。

 そのように考えれば、『過去の番地』にいる個人の霊視については、4つの構成体を注意して見分けさえすれば、ある程度一致した個人の記録が見られるはずです。

 (ネットワークの世界とよく似ている。)

 実際に、個人の『設計図』は、『顛末記』のような形で、第135夜で述べた『思い出のタブロー』のように『アカシック・レコード』に引き渡されるのではないかと、小生は思います。

★タイムワープと放射能

 同じように考えれば、『未来の番地』についても、現在、霊界に住む霊が、未来の『設計図』を用意して、『アカシック・レコード』に書き込んでいる、と思われます。

 このように、全ての個人の時空が『アカシック・レコード』にあるなら、第五十三夜でお話した、数々のタイム・ワープ現象についても説明がつきます。

 通常、我々は現世の『時空』こそが唯一と錯覚していますが、あるきっかけで『3次元』の制約から解かれると、『アカシック・レコード』では違った『時空』へ飛べる、のです。

 また、霊能者のリーディングによる『予言』も、未来の『設計図』を見る能力があれば可能でしょう。

 しかし、問題点があります。

 まず、未来の『設計図』に参加する個人は、その時点まで確定していないことです。

 その『番地』に参加する人は変動し、その都度『設計図』も変更される可能性があります。

 そして何より、今現世を生きている我々が、地球環境を直接変容してゆくため、その変容に相応して『設計図』が、日々刻々と変わってゆき、シナリオが大きく変わったりするでしょう。

 変わる前の『設計図』が消滅すれば問題はないのですが、第135夜でお話ししたように、霊界では『思考は生きている』とシュタイナーは言っています。

 もし、変わる前の設計図も思考として生き続けるなら、霊視者が、変更前のを見る可能性もあり、小生は、これが俗に言う『パラレル・ワールド(平行宇宙)』の正体では無いか、と思っています。

 (場の量子論におけるファインマンの経路積分やシュヴィンガーの作用原理などから素粒子の世界ではお馴染み。)

 そのため、未来の『予言』は、過去のものであればある程、変更前の設計図を霊視していた可能性が高くなります。それがあまり変わらない場合もあれば、全く違う場合も起こって来ます。

 そして、これと同じことが『過去の番地』に対しても起こるとすれば、過去の霊視の際にも、変更前の番地を見てしまう可能性があるのではないでしょうか。

 逆に言えば、霊界で決められつつある『未来の設計図』も、現世を生きる人間の行動次第で、変わってゆくのです。

 そして今、最も行動を起こすべきなのが、誤った利用を続けている『放射性物質』からの脱却ではないでしょうか。

 放射性物質は、もともと地球の奥深くに存在し続けるべきであったエネルギー源を、その制御方法もままならぬまま、地上に掘り出してしまったものです。

 プルトニウムに到っては、我々の寿命の2百倍の年月に渡って、放射線を出し続け、200代先の子孫の自然環境までも変えてしまう物質です。

 『除染』を喧伝する人達もいますが、『放射性物質』から『放射能』を無くすことはできません。いくら洗い流しても、被曝の範囲を広げてしまうだけなのです。

 今、我々がすべきことは、これ以上の汚染地域や汚染物質を出さないよう、地球規模での対策を取ることです。そのためには、『原発0%』は当たり前の判断なのです。

 もちろん、今は放射線とは全く関係の無い『番地』に生きている人もいて、自分の人生には何の関わりも無く余生を送る『設計図』を持つ人も多いと思います。

 その人達にとっては、関わらず、ただ状況を見守るという選択肢もあるでしょう。しかしそれは、同時に、放射能が『未来の設計図』 をどんどん変えていってしまうのを黙認することです。

 少なくとも、我々の手でこれ以上の『放射性物質』を増やさない選択ができるのに、それをしないのは、第156夜でお話しした自己中心的な思念を来世に持ち込むことにならないのでしょうか。

 今、我々の現世での意志が『未来の設計図』の行方を大きく変革できる可能性を秘めている、と小生は思っています。それには、できるだけ多く人の意志が関わることが必要に思うのです。

 さて、次回第171夜はまた本題に戻ってお話しします。

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 全ては日々更新され、進化している。嘘やインチキすればするほど、自分だけが取り残され、遅れていくだけである。





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Last updated  2016年04月04日 15時42分46秒
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