シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2018年02月06日
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カテゴリ: 神秘体験空間
地獄のアホ総理と地獄のバカ大統領によりこの世が地獄化していることは度々警告してきたところだが、警告も虚しく、いよいよ神の裁きがはじまるようである。

 株価に一喜一憂している連中は既に株価の奴隷なのである。暴落で衝撃を受けている者の魂は既に死んでいるので、地獄に堕ちるだろう。

 そもそも禁じ手を使い、米国債を叩き売りのように金利を安くして売り払ったツケが返ってきているだけなんである。同じように日銀も同じ瀬戸際に立たされるのは時間の問題なんである。財政法を無視して禁じ手を使う奴らに天罰が下るのは当たり前の道理である。

 粉飾決算をして人生を偽る者は既に魂を奴隷として金銭に売っている事を自覚しなさい。その者は必ず地獄に堕ちるだろう。

 大道廃れて仁義在り、という老子の言葉があるが、これは曲解されていて、真の意味は、天地が滅びようとも、律法は一節とも揺らがない、である。つまり、カルマの法則は必ず人々を厳密に裁くから覚悟しろ、という意味である。

 このアホバカたちには、はっきりといっておく。人は天と地の二者に仕える事はできない。

 天とは神であり、地とは富である。だから、人は神と富の二者に仕える事はできない。

 天の神を選ぶか、富の悪魔を選ぶか、である。

 地上の人間の間で尊ばれる者は天の神の御前では忌み嫌われる。



 さて、この世の地獄の紹介を続けることにする。

 もはや恒例行事か、冬の風物詩か、巷を賑わすインフルエンザが猛威を振るっているらしい。現代科学では、なぜ冬に流行るのかの原因を、ウイルスの感染力に帰しているが、ではなぜ冬に感染力が高くなるのか、言及はほとんどないばかりか、ただ気温が低いと、免疫が弱くなる、としている。

 冬に免疫が弱くなる原因も未解明なのである。

 予防法といっても、ホルマリンなどで弱毒無害化させた特定のウイルスがもつ抗原を与え、指名手配書を配って、免疫の警察力を高めるしか、つまり流行りそうなウイルスのワクチンを打つしか手立てがないのである。それもウイルスの種類は数百にわたり、ワクチンを量産するにはせいぜい4種類の過去流行したウイルスしか選べないのでは、来年の天気を予想するのとほとんど同じである。

 天気が移り変わりやすいのと同じで、ウイルスは怪人二十面相のように姿を変えていくので、出回った手配書はすぐに役に立たなくなる。全てのウイルスの手配書をつくるわけにはいかないので、ほとんどお手上げなのが、アホ総理とバカ大統領と同じ両国の現状なんである。

 しかしまぁ、インフルエンザに罹っても、2、3日寝てればほとんどが自然治癒力で免疫が回復するので、それほど大騒ぎする必要はないのだが、毎年ブームなのに、ほとんど役に立たないワクチンを売りまくる詐欺に近い商売しかできないのでは、人類の無能さを象徴する現象といえる。

 さて、人智学では、感染の原因を既に解明している。唯物論者には信じ難い事だろうが、規則正しい呼吸のリズムと、規則正しい睡眠と起床、つまり規則正しい生活が乱れると、眼に見えない横隔膜が破れて、横隔膜が保っていた肺と心臓の活動リズムが乱れて、感染しやすい体質になる事がわかっている。

 人智学では感染症をウイルスや細菌のせいにするのではなく、それらはあくまで副次的な病因で、本質は、体内のリズム活動が乱れた体質にあるとしている。

 では、なぜ冬に流行るのかというと、これまた唯物論者には信じ難いだろうが、冬の星位にある。地球から見て、冬の太陽が、火星、木星、土星に近いために、これらの惑星を通じて強い影響を、地球の特定の地域に与えるからである。

 呼吸のリズムが乱れやすい体質の人が、その地域に住んでいると、感染症に罹り易くなる、というわけなんである。

 だからとにかく、呼吸リズムを規則正しくする為に、規則正しい生活を心掛けるのが、ワクチンよりも無料でなしえる予防法なんである。子供が感染しやすいのは、まだ、眼に見えない横隔膜が未完成なためで、子供には生活の規則正しいリズムが必要なのがわかるだろう。



 だから、昨今の高齢者の関節炎や認知症は、子供のときの暗記教育の弊害にあると思われる。

 さて話を戻して、冬や夏は生活が乱れやすいので、免疫が弱い体質となり、感染症や食中毒に罹り易くなる、というわけなんである。

 感染症や食中毒に罹ると2、3日寝て休み、呼吸のリズムと、生活のリズムを整えて、眼に見えない横隔膜を回復し、肺と心臓の活動を分けないといけないわけで、乱れたリズムを元に戻す事になるので、理に叶っている。

 つまり、体質を改善すれば、細菌やウイルスが蔓延る余地はなく、逃げ出していくのである。

 規則正しい生活が健康の基本である事がわかる。だから、規則正しい生活のために、夏と冬に行事として長期休みがあるわけである。しかし、現代には、生活を乱す誘惑が数多くあるので、要注意なんである。



 また、人智学では、人体のリズムを、脾臓が調節しているのがわかっているが、脾臓は非常に霊的な臓器で、なくしても、容易にエーテル体が役割を代替するので、それほど問題がない事がわかっているが、現代医学では、脾臓を摘出すると、感染症に罹り易い事がいわれている。

 それは恐らく、脾臓の摘出というよりも、人体のリズムが調節できないほど乱れているのに問題があると考えられる。脾臓を摘出してもエーテル体がリズムをある程度調節しているので、脾臓摘出が感染症の病因ではなく、調節を越えるリズムの乱れが問題なのである。

 まず人体のリズムを調節するには、呼吸のリズムと、睡眠と起床のリズムを規則正しくする必要がある。

 私見だが、それには、ヨガが良いと思われるので、以下にヨガを紹介したい。

ヨガへのいざない。

 昨今のヨガブームに便乗して、自称オカルト研究家からヨガをオカルト解説してみたく思ったので、少しばかりの間お付き合い願えれば物怪の幸いである。皆さんは、ヨガという言葉から何を連想するだろうか? 

 インドの怪しい修行僧か、スターウォーズのヨーダか、セクシーなタイツで男を魅了する漫画キャッツアイの泥棒三姉妹か、はたまた神秘的な北欧の聖天使の瞑想姿か?

 昨今はテラピスなどが流行っているから、このようなイメージはもはや年代モノの化石かもしれない。

 心理テストのような問いを一発かましてみましたが、いかがでしたか?
ヨガと聞いて連想するイメージによって思考の癖というか、趣向が露わになるのが面白いでしょう。

 ヨガといえば、知る人ぞ知る東名インターでそこそこ有名な用賀は、昔ヨガがお盛んなお土地柄にちなんでつけられたそうで、いまでは首都圏の交通の一躍を担う重要拠点とも考えられる。

 さて、人や物流が合流する用賀のように、ヨガとは、宇宙にみなぎる生命エネルギーを人体に合流させる受信法なのである。全てを物質的に捉える唯物論では、ヨガは理解困難だろうが、宇宙から人間が生まれている事実は否定できないだろう。

 宇宙から人間や生命体が生まれては死んでいく現象を真剣に考えていくのが、オカルトの使命でもある。巷に溢れている都市伝説として拡がる偽オカルト話は、面白おかしく大河ドラマのように脚色し盛っているので、いかにも怪しくみえるが、それはなんでも物質で解釈しようとする傲慢さに無理がある。

 人類史のなかでごく最近の19世紀に始まった唯物論の代表が、物理学で、その還元的性質が進行して、全てを素粒子で解釈しようとするのが素粒子論だが、もはやいきづまって、超弦理論という、超弦とよばれる空間からなる弦を考案しているが、宇宙空間がバイオリンの弦のように振動している、と考えればなにやらオカルトめいた天空の音楽が響き渡ってくるようでもある。

 だから堅物な古老物理屋さんたちは、超弦理論を認めないので、代わりに数学分野で、超弦理論の提唱者のウイッテンが、アポーペンのピコ太郎のように、盛んに持て囃されもした。

 しかし、最近になって、人体がネットワークになっている事がようやくというか、ネットワークって弦の一種だよねぇ、皆つながってるの、そう宇宙はつながってるの、君の名は?てな感じで、ブームになりつつある。

 では、ネットワークのエネルギーはどこからくるのだろうか?

 はてエネルギーを説明するのは些か難儀だが、例えば、電気エネルギーが、電子の流れから生じているのをみれば、プラスとマイナスの二極性から生じるのがわかる。宇宙には、ポジティヴとネガティヴの大きな2つの流れがあり、男女が出会い、もしかすると惹かれあった挙句に、最後は罵倒し傷つけあってしまう昨今の芸能界の不倫騒動と同じく、その流れが合流するところに大きな過ち、いやエネルギーが生じるのが、オフホワイトだが、限りなくダークでもブラックではなく、誘惑に敗れ去った人にも、きっとわかってしまうに違いない。

 宇宙、宇宙と、あまりに宇宙を言いすぎると、宇宙の果てはあるのかどうかといった質問好きアリジゴクの格好の餌食になってしまっては適わないので、アニメ一休さんに「どちて」を繰り放ち質問攻撃してくるどちて坊やがいたが、そんな輩は「自分で考えろよ」防御でかわして、できるだけありきたりいったりきたりの日常生活レベルで語るために、宇宙から地上の話に、はしよってワープしよう。

 とりあえず、大きな2つの流れがある、というのだけ覚えておきましょう。

 ヨガは、この2つの流れ、それは地球上では、地球の力と、宇宙の力の2つになっちゃうのだが、この2つを、人体にどう取り入れていくのかが問題なんである。電子の流れを蓄積すれば電池になるように、エネルギーを蓄積するには、川口探検隊が行かない前人未到の奥地にも、満遍なく流れる力を集める必要がある。

 取るに足らない政治に無知な連中を集めてきてチルドレンにして主流派を形成し、古参政治家を政界から追い出した自称改革者がいたが、どんなものでも集めてくるのが重要で、エネルギーとはとにかく集める事からはじまる。エネルギーはコレクターである。

 だから、ヨガの基本は呼吸法になる。どんな呼吸をすれば、人体に宇宙のエネルギーが合流し、健康となるのか、がヨガの初歩となる。唯物論でも、呼吸によって酸素を集め、人体にある炭素を燃焼して、エネルギーを取り出し、二酸化炭素を排出するのがわかっている。

 人間は主に、鼻の2つの孔と口を使って、肺で呼吸しているが、酸素だけを取り入れているのではなく、宇宙に満遍なく流れている、プラーナ、もしくはエーテルと呼ばれているエネルギーも吸収している、というから、唯物論に染まりん子ちゃんにはおったまげだろう。

 この眼に見えずに、物質でもないエネルギーは、3次元の物質界ではみえない、まるで異星人のように、4次元からやってくる、というのである。スピルバーグの未知との遭遇トワイライトゾーンか、ある意味、リングの貞子である。きっとくる、いやいつもきている。4次元からね。しかし、あなたにはみえない。

 唯物論の申し子の、超弦理論でも、宇宙は10次元以上からなるといわれているが、物質界しか考えられない人には、想像できない世界である。数学を学べば、物質界以上も考えられるが、物質界の虜になって、金銭の奴隷になっている守銭奴俗物地球人には、ヨガは火星人による滑稽なダンスや体操のようにみえるだけだろう。

 ともかくも、ヨガの呼吸法では、左右の鼻の孔から同時に呼吸するのを「二重呼吸」といい推奨している。なんでもスーパーサイヤ人になれるらしいというのは勿論嘘だが、サイヤ人に目覚めていない地球人は皆、左右どちらか片方で、大体1時間交代で、呼吸するしかできないのである。悲しきかな地球人。

 そこでヨガの達人をヨギというが、ヨギは左右の鼻の孔や口を自由自在に操って、様々に呼吸法を駆使するというのだから、とにかくスーパー海王様なんである。二重呼吸を試みるのもいいが、ヨギは達人なので、ムヤミヤタラに真似せずに、真似して地獄に堕ちても、当方は責任を負いかねますので、自己責任でおこなってください。

 そこでなぜ、二重呼吸が重要なのかといえば、驚くべき事に、如何わしさ満載なのだが、人体には脊柱に沿って、4次元の3つの管が脳橋から下半身までのびていて、その3つが、尾骶骨の下で「山」の字のように合流している、というから、バブルの女王も、しもしも、おったまげーである。

 そんでもってそれぞれ名前までついとるというじゃ、ヨガ用語で、左側をイダ、右側をピンガラ、中央をスシュムナ、そんでもって3つの管がつながるところを、カンダと呼び、山手線と中央線が繋がる処も神田だよねぇ、と連想しつつ山手線ゲームをやってもよいが脱線すること請け合いである。

 で、左右の管イダとピンガラは左右の鼻の孔につながっていて、片方の呼吸だけだと、一方が弱く、片方に「∪」のように流れるだけで、タンタン狸の金玉は風もないのにぶぅらぶぅらと同じで、左右に揺れ動くだけなんである。

 しかし、左右の呼吸が二重呼吸で両方がなんとカンダで平衡に至るとはじめて合流し、吸収したエーテルエネルギーが、おめでたく開通した中央のスシュムナに流れ上っていき、それにつられてカンダの下で眠っていた潜在エネルギーのクンダリーニが、「なんやら外が騒がしおますな、まろも加えておじゃれ」とまじ卍で解き放たれる、というのである。。鯉の滝登りや龍の昇天で伝説化しておるそうじゃ。

 書いていて気がついたが、この話は、まるで古事記の岩戸開きのようでもある。外のダンスにつられて、隠れていたアマテラスが招き出された話である。クンダリーニはアマテラスなのかもね。

 クンダリーニとは、3回半のとぐろを巻いた蛇で象徴化されている生命エネルギーの事で、医学の紋章のカドケウスの杖のイメージにもつながっている。医学の紋章になっているのは、恐らく旧約聖書のモーセがカドケウスの杖を使って悪霊を撃退した話にちなんでいるのだろうが、それはモーセが呼吸法を駆使して病気を治した、のを意味している。

 カドケウスの杖の話を続けると紙面はつきないので、ここでやめるが、ユダヤ人のカバラで有名な生命の樹を源流としている。生命の樹は古代人の言語体系を意味すると謎めいた事を最後にいっておこう。

 さて、サハジヨガに、アーユルヴェーダというのがある。恐らくお馴染みのアーユルヴェーダは、生命科学という意味で、知られているものだと思う。しかし、それは単なる看板にすぎない。本当は人体のある処を表していて、勿体ぶらずにいえば、脳内の松果体の上で、オカルトでは第3の眼と呼ばれているところである。キリストが神殿と呼ぶときは、この第3の眼の事を指す。だから神殿は誰にもあり、閉じた眼の洞窟になっている。

 古代人を三つ目で表すのは、この眼が開けていたからで、仏像もそれにならっているのは、仏陀となって開眼すると、この第3の眼が青白く光輝くからである。万物を見通す目ともいわれ、生命の樹では無限光のアインソフアインと呼ばれる。神殿が御開帳で、失われたアークが取り戻される。

 フリーメーソンで有名なピラミッドの眼の図は、松果体と第三の眼を表し、通俗的には、イルミネーションと呼ばれている。ちなみにメーソンの階級は33位階あるが、これは脊柱骨の33個を表し、頂上に達すると、イルミネーションの第3の眼に達するから、これになぞらえてアダムハンスヴァウフトがイルミナティという悪魔組織をつくっているのは謀略論でお馴染みである。悪魔は神を語り神の偽物をつくる。

 いずれにしても、アインソフアインを開眼させるのが人類の地球進化紀の課題である。

 第3の眼は旧約聖書でモーセが、神に出合った時に神を何とお呼びすればよろしいですか?と尋ねたときに、エヘイエアシェルエヘイエと答えたのと同じで、誤訳では「我は我在る者なり」となっているが、本当は、無限光の、宇宙に満ちた1なる実在という意味らしい。

 唯一無二の存在というか、もう全部の存在というか、全きお方で言葉では表現できないんである。

 そういう創造神の事で、1つの存在だから、性でいえば両性具有で、サハジヨガでは、第三の眼を開くやり方を説いているのだが、人間もいまや男女に分かれているが、かつては両性具有で、そもそも霊魂は両性具有で、肉体に宿ると男女に分かれてしまい。創造力を失ってしまうので、失われたアークならぬ第三の眼が閉じた、という状況になるわけである。

 物質界で執着心を洗うはずだが、異性を求めるうちに物欲に目覚めてしまい、極まってドロドロとなっていきづまり、生と死を繰り返すうちにまたその物欲を失っていく教育カルキュラムにはなっている。

 物質界に生まれても、物欲に囚われるな、ということなんである。物質界で全てを失う死が必要な霊魂は性懲りもなく何度も生まれてくるだろう。死んでも失わないものを探すために。

 だから、第三の眼は、肉体を駆使しても、どうにもこうにも開かないのだが、失われた創造力を求めて、男は女を、女は男を求めてしまう、というわけなんである。肉体的に男女が結びついても、子供は生まれるが、本物の創造力は、霊的な結婚でないとダメなんである。

 霊的な結婚を説いたのが、ローゼンクロイツの薔薇十字の会というわけで、随分長くなったので、第三の眼が開く前に、お開きとする。





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Last updated  2018年02月06日 22時47分02秒
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