シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2022年11月18日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
久しぶりに、2022年サッカーワールドカップがはじまるので書きたい。

82年スペインワールドカップ黄金の中盤カルテットブラジル代表(セレソン)をみてから、サッカーの虜になった。丁度多感な高校時代だったが、中学からサッカーをやっていた連中は、クライフとベッケンバウアーの二大派閥を形成していた。

78年はアルゼンチン開催で地元アルゼンチンが勝ったが、軍事政権で何やら八百長疑惑が大きかったので、ケンペスは評価されていたが、意外に人気がなく、空飛ぶオランダ人クライフがやはり人気だった。

その前は、やはりゲルトミュラーが人気だった。

しかし、私は82年のブラジルが最高だといまでも信じている。ジーコ教の信望者である。

あの時のブラジルは実際凄かった。ジーコ、ソクラテス、ファルカン、セレーゾはもちろん、左足の魔術師エデル、両サイドバックのジュニオール、レアンドロ。そしてヘディングの強いセンターバックのオスカル。最高のメンバーだった。

しかし、ザルGKら守備力のなさでイタリアに負けてしまったが、あのときのブラジルの攻撃力が一番だと思う。残念ながら、FWとGKがイマイチで、守備的MFが(当時バチスタを入れておけばといわれていたが)、良ければ、優勝していただろう、といわれていた。

いまはほとんどサッカーをみていないので、たまに日本の代表戦をみるくらいなので、古い知識しかないが、この間、ジーコ監督のときの日本代表の裏話と、BSNHKでやっていた2002年のブラジル代表の真実という番組をみて、ワールドカップで優勝するチームとグループリーグで敗退するチームの違いがわかり面白かった。

一言でいって、「チーム一丸になれるか」にあるようだ。これは簡単に使われるフレーズだが、なかなか難しい。というのも、理想のサッカーは多種多様だからである。



2002年のブラジル代表には、ロマーリオが外され、暴動が起きたぐらいだったが、スコラーリ監督は怪我で代表活躍が微妙なロナウドに賭けた。ロナウドもその期待に応えた。ロマーリオが外されたのは、協調性に欠け、チームの和を乱すのを恐れた、ともいわれていた。

つまり、2002年のブラジル代表は協調性を重視した選考だったようである。

W杯は試合数が少ないわりに、二か月間も一緒にそれも他国でほぼ缶詰状態で、行動しないといけないから、何より協調性が重要なのである。試合に出れるのも、グループリーグで敗退すればわずか3試合しか出れないから、強いチームは大体主力メンバーで固定されるので、代表に選考されても出れない選手が多いわけで、控え組が、どう主力組をサポートできるかで、チーム一丸となれるかが決まる。

この現実、つまりW杯でのチームづくりができていなかった典型例が、ジーコ監督のときの日本代表で、海外組と国内組の闘争に発展し、初戦のオーストラリア戦で、守るか、攻めるかで二分し、後半残り僅かでたて続けに点をとられ大敗し、海外組の中心の中田選手を孤立化させてしまったようである。間に挟まったのがキャプテンの宮本選手だったようである。

しかし、宮本選手もどちらかといえば目立つ選手である。

日本代表の欠点は、どこの代表もそうだが、特にセットプレーに弱い点が挙げられる。これはセットプレーの練習量が少ないせいに思われる。攻撃に対しては練習しているのかもしれないが、守りに対して、特にハイボールに対して弱い。

体格のない日本の選手は、ハイボールに対して隙ができやすいが、それを補う選手がいない。ミスの補完ができる選手がいない。縁の下の力持ちというか、犠牲になる選手がいない。決勝に進むチームには必ずそのような選手がいる。目立たない汚れ役みたいなものである。

日本はセットプレーが弱いとみると、そこをついてくるのが上位チームである。だからセンターバックは非常に重要なのはいうまでもない。しかし目立ってしまうと相手に逆に狙われ、潰される。目立たないがミスの修正を当たり前にできる選手が必要である。

それも試合中だけでなく、試合のないときはムードメイカーみたいなことができる選手だ。

つまり、当たり前の話だが、W杯で決勝に進むには、チーム選考からはじまる。ムードメーカーが重要に思える。ジーコ監督下の日本代表にはムードメーカーがいなかったようにみえる。

2002年のブラジル代表は、ロナウドと、ロべカルが非常に相性が良く、ロべカルがムードメーカーだったようである。エースのロナウドの活躍を支えたのが陰のロべカルである。



ロナウド伝説となった大五郎カットが、ブラジルで子どもたちに流行ってしまって、その親から「格好が悪い」と苦情がきたのには参った、とロナウドが笑いながら語っていたのには感動した。

W杯という注目すべき晴れの大舞台で、勝つためには、格好の悪い髪形にするのを厭わない精神に感服した。どこか丸坊主にする高校野球児の精神に通じるように思えた。

というのも、ロナウドは、前フランス大会で、決勝前の前日に大失敗(フランスのハニートラップという噂もある)を犯して、出場できない状態だったのを、決勝戦で、ロナウドを出さないで負けたら、ブラジル全国民から総スカンに遭うのを恐れたザガロ監督が、リバウドなどは反対したが、出場させて、大敗した苦い経験があったからでもある。

この苦い経験から、2002年のブラジル代表は大会中セックス禁止令が発動された。

あの大五郎カットはブラジルチーム一丸の証なのである。



つまり、2002年のブラジル代表、セレソンは、職人気質の集団だったようにみえる。対照的に、ジーコ監督下の日本代表は、どこかタレント気取りの坊ちゃん集団のようにみえる。

ジーコ自身W杯で苦い経験をしているので、チームの現状を痛いほどよくわかっていたはずである。日本のマスコミは選手を持ち上げスター化するのに長けているので、忖度やゴマすりだけは巧いが、肝心のチームのなかにそのような存在がいなかったのがミソだった。

中田選手には愛嬌がなかったが、後の本田選手には、その反省か、わずかながら愛嬌があり、いじられキャラがチーム一丸に機能したので、孤立せずに済んだようだ。

これはジーコも、中村俊輔選手もいっているが、いうまでもなく、練習以上の実力が本番で発揮できることはほぼない。練習から一丸でなければ、ピッチ上で一丸になることはない。増してや、実力以上のチームと対戦するには、いわんやである。

それはチームづくりの全てで、ゲームをやるにも、食事をするにも、一丸でないと、試合では発揮できる可能性に乏しくなる。特に守備力に関してである。必ずミスはある。その穴を埋めるには、誰かが犠牲にならざるを得ない。

2002年のブラジルに負けたイングランドのベッカムが、ゴールキーパーのミスで点を取られ負けたが、それはゴールキーパーのミスではなく、我々チームのミスだったと、語ったのが印象的だった。

最近のサッカーはみていないので、チーム一丸となるには、欧州組、国内組も関係もない。チームのためにどれだけ努力できるか、どれだけ犠牲になれるか、その我慢比べであるようにみえた。

ちなみに、2002年のW杯で、初戦ベルギー戦で、前夜一睡もできなかった鈴木選手は、国家斉唱を聞いたとき、スタンド一杯の日の丸をみて、「死ねる」と思ったそうである。

セレソンの選手も緊張で脚が震えると言っていた。その緊張と重圧はどの国の選手も同じだろう。
PK戦にでもなったら、誰もが逃げたくなるほどの重圧となる。

かつての西ドイツではPKは外しても大丈夫なように、若手に蹴らせたようで、どんな名手も、プラティ二、ジーコ、バッジオも外している。94年ブラジル代表のキャプテンだったドゥンガもPKは死ぬほど緊張したらしい。

チームのための個の技術。

技術を生かすも殺すも精神力だ!

サッカーをやっているようで、サッカーの技術の問題ではないように、両チームの格差から感じた。

日本を応援していないわけではなく、本来日本人のもつ和の精神。差別しない平等の精神。そういうものが最近の日本代表には欠けているのではないか、と思った。

現日本代表にはムードメーカーはいるのだろうか?

思うに長友選手辺りだろうが、いじられキャラという感じではないような気もする。

それを期待して今回のカタールのW杯をみたい!





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Last updated  2022年11月19日 00時27分10秒
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