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2020.10.11
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2020.10.04
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P75-78 【不適切な自己評価】自分のことを知らないとどうなるのか? ある少年に不適切な誤りがあった場合、その少年がそれを正したいとう気持ちを 持つには、まず、”自分の今の姿を知る”といったプロセスが必用になります。自己の 問題や課題に気づかせ”もっといい自分になりたい”といった気持ちを持たせることが、 変化のおための大きな動機づけになるのです。 ところが、もしここで、多くの問題や課題を抱える人が、”自分には問題がない” ”自分はいい人間だ”と信じていて、自己の姿を適切に評価できていなければどうなる でしょうか?自己へのフィードバックが正しく行えず、「自分を変えたい」といった 動機づけも生じないので、誤りを正せないばかりか対人関係においても様々な不適切 な行動につながってしまうのです。 例えば少年院では、 ・自分のことは棚に上げて、他人の欠点ばなり指摘する ・どんなにひどい犯罪を行っていても自分はやさしい人間だという ・プライドが変に高い、変に自身をもっている、逆に極端に自分に自信がない といった少年たちがみられました。殺人事件を起こしている少年でさえも「自分は やさしい人間だ」と言ったことに驚かされましたが、同時に「この自己への歪んだ 評価を何とか修正せねば更生させることはできない」と課題の所在も強く感じさせ されました。 なぜ、自己評価が不適切になるのか? ではなぜ彼らは適切な自己評価ができないのでしょうか?それは適切な自己評価 は他者との関係性の中でのみ育つからです。 例えば、 ”自分と話しているAさんはいつも怒った顔をしている。自分はAさんから嫌われて いる気がする。自分のどこが悪かったのだろう” ”あのグループのみんなはいつも笑顔で私に接してくれる。きっと私はみんなから 好かれているんだ。案外と私は人気があるのかも” といったように、相手から送られる様々なサインから、「自分はこんな人間かも しれない」と少しづつ自分の姿に気づいていくのです。 ・ ・ ・ 人も同様です。無人島で独り暮らしをしていると、「本当の自分の姿」は分かり ません。つまり、自己を適切に知るには、人との生活を通して他者とのコミュニケ ーションを行う中で、適切にサインを出し合い、相手の反応を見ながら自己にフィ ードバックするという作業を、数多くこなすことが必要なのです。 ところが、もしこちらが相手からのサインに注意を向けない、一部の情報だけ 受け取る、歪んで情報を受け取る(相手が笑っているのに起こっていると受け 取ったり、怒っているのに笑っていると受け取ったりする)とどうなるでしょうか? 自己へのフィードバックは歪んでしまいます。適切な自己評価には偏りのない 情報収取力が必要なのです。 ”人が一人でいるのは良くない” (創世記2:18) ・・・ホントにそうだナ~ と、思いつつ
2020.02.08
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駐車場の椿です(*^^)v寒さの中で次々と花をつける長崎ラベンダー(^^♪ もうすぐ咲きます、白いクリスマスローズ (^o^)/クリスマスにご近所から届いた赤いシクラメン (^_-)-☆ぼやけてしまいましたが、トケイソウとアジサイのドライクリスマスリースが1月になって、ますます綺麗になっていっています。
2020.01.20
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~一人生きる~ わたしは今生きている ここにいる 今も、あの頃のように、 頬杖をついて 夢をみる。 愛したり、 信じたり、 傷つく日もあれば、 傷つける時だってあるものだ、 生きているんだから 泣いたり、 笑ったり、 怒ったり、 けれど、 赦したり、 赦されたりもするものさ。 人生は、 同じことの繰り返しのようでも、 今日の私は、 もう昨日の私ではない。 ××××× 夜の道、歩いた。 ひとり、 一歩、一歩、、 すれちがう車のヘッドライトが私を照らす。 でも、私を見つけられない。 真珠の首飾りのように車のライトが流ても、 誰も私を見つけられない。 夜の帳はしっかりと一人の命を包み込み、 まるで、この世界が 一人しか生きていないかのように思わせている。 2020年1月16日に、、
2020.01.17
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2020.01.11
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君は、みどりの風をみたかい?東の山からかけおりて、西の海に消えていった、あのみどりの風を。「僕たちも見たんだよ、あのみどりの風を!」さざ波たちは囁き、林の木々も、「見たんだよ、見たんだよ、僕たちの間を通り抜けて行ったよ!」と、ざわざわと頷きあったヨ耳を澄ますと、みどりの風が君を呼ぶ声が聞こえるだろう。目を閉じると、みどりの風たちは君を取り巻きはじめ、君が歩くと、ホラ、みどりの風たちが君の巻きげをクルクル飛ばして遊び始めないかい?5月の海辺で見たあの風は、東の空から舞い降りてきた、天使たちだったかもしれない。
2019.04.28
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『イン・メモリアム』CI見る人がいなくても、庭の木々は風に揺らぐだろう。 優しく咲く花もひらひら落ちるだろう。 可愛がる人がいなくても、あのブナの木は茶色の芽をだすし、この楓の木は紅葉して散ってしまうだろう。可愛がる人がいなくても、向日葵は美しく咲き映えて 種子の丸い花盤を焔とばかり放射状に輝かせ、 乱れ咲く真っ赤なカーネーションは蜜蜂の羽音に満ちた大気に夏の日の香りを添える。可愛がる人がいなくても、数多くの砂州を通りすぎ、 小川は平野を音立てながら下ってゆくだろう。 昼間にも、また夜になって子熊座がぐるぐると北極星のまわりを巡る、その時にも。気にかける人がいなくても、小川は風わたる森のまわりを 流れゆき、青鷺や水鶏の巣に水を漲らせ、 あるいは入り江、あるいは窪みともなり、大空わたる月の光を砕いて銀の矢とするだろう。そして遂には、庭や荒野からも 新しい連想が湧きいで、 年々歳々、まわりの風景も、新しく移住した人の子どもにも馴染みのあるものとなろう。年々歳々、農夫はいつもの農地を耕し、 森の木々を伐って農地を作ったりするが、 年々歳々、私たちへの記憶は薄れて丘が取り巻くこのあたり一帯からも消えることになろう。岩波文庫「テニスン詩集」西前美巳編
2019.03.28
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朝もやのなかを走った!自我まみれの古い私が、通り風に剥がされてゆく。天から注がれる陽射しの中で、全てを委ね、ただ、走った!☆痛みも、悲しみも、弱さもまた全能者の御手の中で造られ、”私”という一人の人格は誕生した。
2019.03.27
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2019.03.24
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X 夢見たものは‥‥ 夢見たものは ひとつの幸福 ねがつたものは ひとつの愛 山なみのあちらにも しづかな村がある 明るい日曜日の 青い空がある 日傘をさした 田舎の娘らが 着かざつて 唄をうたつてゐる 大きなまるい輪をかいて 田舎の娘らが 踊りををどつてゐる 告げて うたつてゐるのは 青い翼の一羽の 小鳥 低い枝で うたつてゐる 夢見たものは ひとつの愛 ねがつたものは ひとつの幸福 それらはすべてここに ある と
2019.03.22
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「悩む力」、題に惹かれて読んでみました。 深くうなずける箇所を抜粋致します。 P156-157 何が生きる力になるのか ・・いまの社会では、否応なく世の中から見捨てられた気分で孤立している人も 少なくないと思います。そうした人たちだけではありません。おそらく、活動的に 仕事をし、懸命に自己実現を果たそうとしている人の中にも、空虚なものが広がっ ているのではないでしょうか。私自身、自分の生き甲斐とうものを考えてみて、い ったい何があるのだろうと、答えが出ないことがありました。たぶん、お金や学歴、 地位や仕事上での成功といったものは、最終的には人が生きる力にはなりきれない のでしょう。 では、力になるものとは何なのかと問うていくと、それは、究極的には個人の 内面の充足、すなわち自我、心の問題に帰結すると思うのです。 ここで私は再び、<夏目漱石の>『心』の先生のことを思いだします。 「自由と独立と己とに満ちた現代に生れた我々は、其の犠牲としてみんな此淋しみ を味わわなくてならないでしょう」と先生は言いました。 先生はお金に困っているわけでもなく、厭世的ではあるけれども、ひきこもって いるわけでもありません。その点では、何不自由なく生きています。その先生に死 を考えさせてしまうのは、やはり自我の孤独なのです。 ・・・・ 「人は一人では生きられない」とよく言います。それは経済的、物理的に支えあわ ねばならないという意味だけでなく、哲学的な意味でも、やはりそうなのです。 自我を保持していくためには、やはり他者とのつながりが必要なのです。相互承認 の中でしか、人は生きられません。相互承認によってしか、自我はありえないので す。
2019.03.21
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てんn
2019.03.15
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2019.03.12
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2019.03.12
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fa
2019.03.11
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2019.03.11
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2019.03.11
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じ
2019.03.11
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2019.03.11
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2019.03.10
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2019.03.10
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2019.03.10
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汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる季節はずれの雪が降ってる東京で見る雪はこれが最後ねとさみしそうに君がつぶやくなごり雪も降る時を知りふざけすぎた季節のあとで今 春が来て 君はきれいになった去年よりずっと きれいになった動き始めた汽車の窓に顔をつけて君は何か言おうとしている君の口びるがさようならと動くことがこわくて 下をむいてた時がゆけば幼い君も大人になると気づかないまま今 春が来て君は きれいになった去年よりずっと きれいになった君が去ったホームにのこり落ちてはとける雪を見ていた今 春が来て 君は きれいになった去年よりずっと きれいになった .作詞・作曲 伊勢正三唄 イルカ
2019.03.07
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<鈴木信太郎 訳> 「都に雨の降るごとく」 都には蕭(しめ)やかに雨が降る。 都に雨の降るごとく わが心にも涙ふる。 心の底ににじみいる この佗びしさは何ならむ。 大地に屋根に降りしきる 雨のひびきのしめやかさ。 うらさびわたる心には おお 雨の音 雨の歌。 かなしみうれふるこの心 いはれもなくて涙ふる うらみの思(おもひ)あらばこそ。 ゆゑだもあらぬこのなげき。 恋も憎(にくみ)もあらずして いかなるゆゑにわが心 かくも悩むか知らぬこそ 悩のうちのなやみなれ。
2019.03.06
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「幸福」 幸福を追いかけている間は、 お前は幸福であり得るだけに成熟していない、 たとえ最愛のものがすべてお前のものになったとしても。 失ったものを惜しんで嘆き、 色々の目あてを持ち、あくせくとしている間は、 お前はまだ平和が何であるかを知らない。 すべての願いを諦め、 目あても欲望ももはや知らず、 幸福、幸福と言い立てなくなった時、 その時はじめて、出来事の流れがもはや お前の心に迫らなくなり、お前の魂は落ち着く。高橋健二訳
2019.03.06
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「苦難にある者たちの告白」 大事をなそうとして 、 力を与えてほしいと神に求めたのに、 慎み深く従順であるようにと、 弱さを授かった 。 より偉大なことができるように、 健康を求めたのに、 よりよきことができるようにと、 病弱を与えられた。 幸せになろうとして 、 富を求めたのに 、 賢明であるようにと、 貧困を授かった。 世の人々の賞賛を得ようとして、 権力を求めたのに、 神の前にひざまづくようにと、 弱さを授かった。 人生を享楽しようと、 あらゆるものを求めたのに、 あらゆることを喜べるようにと 、 生命を授かった。 求めたものは一つとして与えられなかったが 、 願いはすべて聞き届けられた。 神の意にそわぬ者であるにもかかわらず 、 心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた。 私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ 。 ※ この詩は、ニューヨークのある病院の一室の壁に書かれていた詩である、 という他は、作者も不明の詩ですが、今も、世界中の人たちに親しまれ、 多くの人たちに希望を与えています。
2019.03.05
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胃にポリープができているというので、今日は、ともかく、胃を刺激しないように、慎重に食事をしました。まずは、食事の時間。朝食8時。昼食12時半。夕食7時半。われながら、上場のできばえ。刺激の少ないもの、油こくないもの・・などなども、注意しました。三浦綾子さんという方は、「神さまは癌をもくださった」と、「泉への招待」という本に書いていましたが、まさに、神様は私の胃にポリープを作ってくださったので、癌にならないように、ならないように、と、悪い生活習慣が、徐々に良い方に向かっているようです。これもまた、ケガの功名というものかもしれません。
2019.03.05
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私は健康で、心身共に恵まれていると自負して,仕事に、旅行にと、充実した日々を過ごしていた。ところが、ある日、検診で肺に腫瘍が見つかり、エ、エ~! と、ばかり、天地がひっくり返るほど仰天して、細やかに医師の診断を仰いでいた。「これならば、まあ、癌の心配はないでしょう」との診断にこぎつけ、ホットしたとたんに、食欲が倍増し、ともかく、人生は短い、いつ死んでも悔いがないように、と、ばかり、美味しいものに時間とお金を注いでいたのもつかの間、今度は胃にポリープが見つかった。ポ、ポリープって何?と、肺の時と同様に、今、パソコンでポリープ検索に集中している。癌の可能性もあり、またそうでない可能性もありトカで、、、人生って、ホント、ままならない。それが人生でしょ!と、言えばそうなんでしょうが、、、
2019.03.04
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夢・・・ 私はなぜか 大学にいて、一人の教授の助手になっていた。その教授は、かつて文化人類学を学んだX教授の若い頃のようにも思えた。廊下に、なぜか(Xは社会学なのに)彼の法衣が無造作に脱ぎ捨ててあって、私はその法衣を綺麗に置きなおそうを手にしたが、ふと、誰かに、まして本人にこのようなところを見られたら大変と、なぜかあせった。場面は変わって、(夢の中で)私は一人の先輩の先生らしき女性と話していた。「もしかすると、あなたと、あの方とはうまくいくかもしれない」と、その女性は私に言った。その時、私の胸に小さな喜びが走った!しかし、私の心はそれ以上Xに傾くことなく、冷めていた。
2019.03.04
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6月5日(火) 長崎は梅雨入りしたのカナ~? 朝、小雨が降る中、海辺の散歩道を歩いた。 歩きながら考えた。 「もしかすると、苦しみも神さまが一人一人の魂の糧として、 その人にピッタリの困難や行き詰まりを造られたのかもしれない」 と。 私にピッタリの困難が前方に待ち受けている。 誰がこんなにも私にピッタリな困難を創造することができるだろうか。 今朝は、なぜか起こってくる困難さえも、 絶妙な神さまからの贈り物に思えた。 ▼ 午後も、 雨、雨、雨、、、 ラジオのカーステレオからは、ショパンのノクターン、 小鳥たちの声も遠のき、 まだ夜でもないのに うっすらと闇と静寂。 6月の長崎
2018.06.05
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<早朝の眼鏡橋>わたしがこの街に移り住んで、早くも8年。異国情緒豊で、物価が安くて、食べ物がおいしい。人々は善良だけど、すこし内向的。幾分か封建的。外国客が多く、多国籍的な風情をもっている。史跡と観光地に溢れ、・・・貧しさと侘しさもそこはかとなく漂う。そこが、私にはあっているのかもしれない。
2018.05.21
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私は、現在、学童保育に週1、3時間ほど携らせていただいているのだが、今日は、嬉しいことが一つ。とあることから、小2のSに、わたしは、ズーートいじめられていた。それは、あまり具体的に書きたくないので書きませんが、ともかく、それは、困り果てていたと言っても、言い過ぎではない。(Sの言葉で私の評判はがた落ちしたことは否めない)そのSが、今日は、いつの間にか側にきて、洗ったタオルをきれいに干してくれたんダ!!ただそれだけのことだけど、わたしは、ともかく嬉しくて仕方がなく、天にも昇る気持ちだった。それから、こんなことも、、、私は60をはるかに越えて学童保育のパートをしているが、子どもたちには、どうみてもおばあさん。小2の女の子たちが寄ってきて、私に、「おばさん」と、言ったので、「イエ、おばあさんよ」と答えた。子どもの方がびっくりして、「おばあさん」と、面白がって言ったので、「バ~バンよ、」と言ったところ、「バアば、バアバ」とさかんに言い始めたので、「バー―バンよ」と、言うと、逆に「はらがたたないの」と、聞かれたので、「全然」と笑いながら答えると、彼らは拍子抜けしたようだった。ところが、残り組のRが「オババ」と言って私にさかんに言ったので、責任をもっている先生たちが「オババと言っては駄目です」と注意した。そこで、恐縮しながら、「私がおばあさんでバーバンよ」と言ったものだから・・」と、言うと、彼女は「おばあさん」と言いなおし、「それならいいです」と言われたが、私は「オババの方が面白いな」と思った。この学童保育は、自分で時間帯の希望がだせるので、私は木曜の午後の数時間だけ行かせていただいているのだが、私をいじめるsちゃんとSくんがいる木曜を選択してしまったのだが、私は、今日、しみじみと、木曜の午後から逃げて、都合の良い火曜にしなくて良かったと思った。今後、彼らと、どのような関係を構築できるか、チャレンジ精神が鼓舞される。私とすれば、子どもたちが、話かけてくれる大人でありたいし、わたしも、必要時に語りかけることができる大人になりたい。Sちゃんのために、最近祈りはじめていたのだが、神さまがその祈りに聞いてくださっていると思えた。そこで、実は、私はホントは「バーバン」と呼んでもらいたかったのだが、「オババ」になり、では「オババ」がだめなら、子どもは次に私をナント言うのだろう?「おばあさん」では、あまりに平凡すぎる。神さまにこれもまた、お祈りしてみようと思う。ちなみに、普通は一般的に「先生」と呼ばれてはいるのですが、ここでは、先生よりも、バアバの方が家庭的でいいような気がしないでもありません。◇子どもたちは、図書館で本を読むこともできる環境にある。図書館で子どもたちを見ていると、ひとりの子どもが「先生も本を読んだら」と言ったので、「はだしのゲン」をだしてきると、さかんに、その漫画の内容を聞くので、原爆について、いろいろと話した。わかってか、わからなくてか、そこにいる子どもたちが数名一番高いところにある「はだしのゲン」を取り出してきて読み始めた。大人が子どもに与える影響は小さくないと思う。
2018.05.17
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現在もしも、手術になった場合いを想定して、仕事関連などの備えをしている。周りの人たちは暖かくこの状況を見守っていてくださり、一人者の私のために、同僚の2人から手術に立ち会いを申し出てくださった。ありがたくて、涙が出そうだった。昨日は、教師会でこのことを申し上げたところ、平素、温かい場ではあるが、さらに愛の空気が濃厚になり、ここでも、涙を抑えるのに困った。良性の可能性が大ですから、と、申し上げても、「私の知り合いに、そういわれていたにも関わらず、結局は、、、」と、言われる方もいて、多大なご心配をおかけしてしまったようだ、と思ったが、昨日から今日にかけても、祈りの霊に包まれていることは否めない。生れた土地から遠く離れたこの土地で60を超えて、家族もいない私にとって、こうした、一つ一つの愛の行為が嬉しく、感謝でならず、その暖かい思いやりにみちた言葉だけでも癒される気がするが、この真実な愛の祈りに、主が癒されないことがあるのだろうか、と思ってしまう。
2018.05.16
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自分が「癌」の告知を受けて、今更のように、病と闘っておられる方々の気持ちに少し近づけたような気が致します。単身者の私にとって、手術の時、誰に付き添っていただけるか?これは、大きな課題でした。そこで、このブログをご覧になっておられる方で、もし、これから単身手術を受けようとしている方はおられませんか?付き添う人を必要とされている方がおられましたら、ご相談にのることができます。私は、看護士ではありませんので、看護はできません。また、保証人にもなれません。ただ、手術の時、家族の変わりに待機していてさしあげることはできるだろうと思ったのです。今回、自分の手術を考えた時、家族は遠方で、しかも高齢であるため、家族の付き添うは難しいと思いました。同様の課題を抱いておられる方がおられるような気がしたのです。仕事の都合で、土、日は無理ですが、少し遠方でも、飛行機、新幹線が使えるならば大丈夫です。その際、申し訳ないのですが、交通費はご用意願います。連絡は、携帯 08063319122 通称「めぐみ」までお願いします。
2018.05.10
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今日、再度、肺の腫瘍についての全容を知るべく、気管支内科を訪ねた。先回からお世話になっている医師は、名実ともにのこの道の名医で、予約なしに突然の受信の者への受けいれは厳しく、9時の診察15分前に行ったにも関わらず、予約の人が先なので、「あなたの診察は早くても11時まで無理です」と、言われた。午後からは予定が入っているので、そんなゆとりはない。たまたま、その病院の知り合いの看護士の方と挨拶をしているところを、その名医が通られ、看護士があえて、その医師とご挨拶する時を備えてくださったからか、気管支内科の待合場所に帰ると、先ほどまで、難しい対応をしていた看護士は、程よく柔和な面持ちで、30分ほどすれば、名医は見てくださると、告げられてた。診療の時がきて、主に、私は手術前の検査について聞いた。放射線のCT検査は7月23日まで受けられなくても、早急に内視鏡などの検査で、癌を見極めて、8月の手術よりも早めの手術になれないものかと尋ねると、名医が言われるには、5ミリの癌では、内視鏡では見極められず、今の時点では、CT検査を待つしかないこと。そして、良性である可能性の高いと。その時、私は、良性であっても「癌」は「癌」であることを初めて知った。「癌」であることを告げられた時、私は手術から、遠い向こうに潜む死の可能性まで意識していたが、今日の医師のことばで、またまた、新しい意識(心境)の世界へと導かれていった。
2018.05.09
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一人の時間を充実して過ごせるのは、その人の内面の充実さを表しているのかもしれない。けれど、一人の時間を楽しむ人が、必ずしも、友人と過ごす時間を楽しめるわけではないと思う。一人の友人を得て、満足な交わりをもっている人が、必ずしも、複数の人たちとの交わりを楽しめると、言うわけでもなく、外側に表された”良識”ある人と人との関係の中で、マナーの良い人が、必ずしも、内側に良き思いを抱いているというわけでもなく、人間関係の微妙さに、チョット、考えてしまうナ~・・そういう私こそ、人間関係べたと、思う。
2018.05.06
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2018年5月5日(土)パソコンで、肺がんについていろいろと調べていたら、とうとう眠れなくて、仕事まで手をつけてしまった。それでも、朝方、少し眠ったようだけど、午前中は、ともかく眠たかった。7月にするCTでは、どうやら、造影剤を投入してのCTスキャンになるようだ。少し、こわいけど、神さまが見守っていてくださるという確信が強い。ヤッパリ、私は癌なんだ、と、改めて思った。
2018.05.05
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まるで、ウソのようにしか思えない。私が癌になるなんて!2018年4月23日(月)37度の熱が一週間ほど続き、咳がひどくなる一方なので、呼吸器内科を受診した。熱と咳は、扁桃腺炎から来ているものらしく、医師は、「扁桃腺が治れば、熱もひくでしょう」と言われ、咳と熱以上に、1月の健康診断で、肺に影が映っていたことの方を重要視され、再度、レントゲンを撮ることになった。1月のCTスキャンの結果と共に、映像は再度検証され、医師は、「恐らく、癌の可能性が強いでしょう。0,5ミリほどですね、」と、言われた。7月23日(月)再度CTスキャンを受け、なくなっていなければ、日赤でさらに詳しく検査され、8月には手術になるだろう方向性が示された。まだ、小さいので、3か所に穴をあけ、テレビの画面のようなものに映し出される映像を見ながら腫瘍をとるのだそうだ。今は、お食事をきちんとすること、だ、そうだ。聞くことに於いては、簡単そうには思えるが、、、
2018.05.04
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11月22日は「いい夫婦の日」だって、ご存知でしたか?朝日新聞の天声人語氏は、絵本作家の佐野洋子さんのエッセーを引用して、「夫婦」についてこのように書いていました。🌸「夫婦とは多分愛が情に変質した時から始まるのである。情とは多分愛から生れるもので、生活は習慣である」「五十過ぎて仲良くなった夫婦は、けろうがたたこうが、びくともしなくなる」▼二度の結婚と離婚を経験したがゆえの冷静な見方だろう。続かなそうで続き、続きそうで続かない。そんな不思議な関係である。🌸と。以上、天声人語氏記。 💛50過ぎの知り合いが、フト漏らしたのだが、年がいって、姿変わりしつつある夫人を見て、「ある日目が覚めると、まるで、知らない人が隣で寝ている様だった。」と。大爆笑の渦の中、さかんに、「けれど、昔はかわいかったンだ!」と言って、漏らした言葉を百倍も取り消そうとするので、それが、むしろ、いかに二人が世界で最高のカップルであるかのように聞こえてくるから、夫婦って、ホントに面白い。(ちなみに、未だ持って、ご夫人は十分にチャーミングなのですが、、、) 💛オールドミスを貫きつつある私には、結婚そのものが、まさに、ミステリアスな世界でしかない。
2017.11.23
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とうとう23日が終わり、いよいよ明日はクリスマスイブです。午後からのキャロリング、25日のキャンドルサービス。もっともっと、ワクワクしたいのに、メッセージは?ローソクの準備は?・・・などといったことばかり考えていて、一番大切な救い主がおられない。クリスマスの本当の意味をもっと、真実に追及したい。もっと、神様を感じていたい。
2016.12.23
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さて、ソロソロ、クリスマスも本番を迎えようとしている。このブログを訪れてくださったあなたは、だれと、クリスマスを迎えられるのでしょう。私は、と言えば、25日の夕刻から小さな旅に出て、ホテルの一室で一人静かに救い主のご降誕をお祝いしていようと考えている。・・・と、夢見るものの、実際は、温泉に入って、一切の疲れを拭い去って、テレビなど見ながら、ダラー――と、眠りこけてしまっているのかもしれません。とかく、理想と現実は違っているものです。
2016.12.22
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若い頃、少し、あこがれていた人が言った。「僕は、寒い夜に紅茶を飲むのが好きなんだ!」その時、私は心の中で、「ナンてステキなんだろう」と、思った。・・それから、かなりの年月が過ぎてゆき、私たちはスッカリ初老を迎え,夫々の道を歩んでいる.「しかし、あの時、夜お紅茶を飲み、 夜、眠れたのだろうか?」「もしかして、夜のお紅茶はチョットまずかない??」と、過ぎ去った過去を振り返りつつ、今、私は冬の夜長、一人アールグレーの香に包まれて満足している。「今晩眠れるかしら・・・??」と、思いつつ。
2016.12.09
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また、プリンターの調子が良くない。・・・毎年、パソコンかプリンターか、どちらかを買い替えているような気がしてくる。年末のお金がない時に限って、そうなんだ、、、神さま、どうしょう??チョット、泣きたい気持ちです。
2016.12.08
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何もしたくない、一人っきりの休日。ただ、ホッカカーペットに転がっていた。
2016.12.05
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「人は、自分の都合で判断し、 嫌いになり、切り捨てる。」と、書いてあった。
2016.12.02
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みんな、12月をどのような思いで迎えるのだろう?たのしい気分で迎える人もいるだろうね、だれもがどこかで、クリスマスの奇跡を夢見ているのかもしれない。けれど、人々が華やげば、華やぐほど、虚無と孤独の深みにはまっていく人もどこかに隠れているかもしれない。・・・12月って、そんな月だと思いませんか?
2016.12.01
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やっと、秋の疲れが引けてゆく。今日は、久しぶりに6時からのお祈り会をもって。ここ数週間、お祈りは8時から10時ごろの間にもっていたが、学生のころからの習慣で、6時からのデボーションはとてもここち良い。ス――と、疲れから解放され、新しくされていっている自分がそこにあった。
2016.11.30
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今日は起きるのがしんどかった。服を着替え、食事をとるが、一向に疲れは抜けない。天候快晴、なれど、体、重石の如し。
2016.11.22
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全てが往き、いつもの一人の夜が来る。
2016.11.20
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