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篤姫の養父に当たる第28代薩摩藩藩主・島津斉彬(しまづ なりあきら)。斉彬は,文化6(1809)年9月28日,薩摩藩主島津斉興の長男として生まれました。
幕末の名君といわる島津斉彬は,西洋文化に強い関心を持ち,洋学にも造詣が深く,先見性豊かな人物でありました。藩主としての期間はわずか7年に過ぎませんでしたが,その政治的,科学的識見は後世に大きな影響を及ぼしました。
斉彬は,新日本建設の理想をいだき,西洋文化の輸入に努めました。日本の最先端を行った集成館事業では,洋式の軍艦や大船を建造し,紡績,硝子,陶器,その他各種の近代的産業に着目,富国強兵策に尽力しました。
また,身分を問わず有能な若手人材に志を説き,小松帯刀,西郷隆盛,大久保利通といった人材を登用して維新回天の基礎を築きました。斉彬は,日章旗を国旗に制定した功労者でもあり,照国神社に祀られています。
◆ 島津斉彬は1858年7月,鹿児島湾を望む天保山の調練所での訓練観閲後に体調を崩し急逝。 死因についてはコレラ,毒殺説,赤痢説,あるいは食中毒と諸説あるが定かではありません。容体を記した藩医の記録によると、発熱と腹痛に始まり、1日に30回を超えるひどい下痢が続き,1週間後に息を引き取っるとあります。自分で釣った魚を鮨(すし)にして食べた後,下痢をしたとも記録に残されています。 歴史に「もし」はありませんが,斉彬が水や食べ物に細心の注意を払い,健康管理に万全を期していたなら,日本の歴史は変わっていたかもしれません。
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