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ホーチミン(旧サイゴン) 街歩きベトナム戦争の激戦地 ク チホーチミン市から北西へ約70キロにクチの町がある その郊外に地下トンネルがある戦争当時この地域には解放戦線の拠点がありアメリカ軍は空爆と枯れ葉剤を投下した解放戦線勢力は手堀のトンネルを掘ってゲリラ戦を続けるトンネルはクモの巣のような迷路になっておりその距離は250キロにもおよぶと言われている所々に板に上に落ち葉を載せてカモフラージュをした入り口がある 小さな穴で私の肩幅がやっと通るくらいの入り口、中は赤土のトンネル、 人、一人が腰をかがめて背をまるくして通れるほどの狭さ しばらくすると腰が痛くなって来る腰を伸ばしたいがそれが出来ず次の出口までがまんしなければならない大変なトンネルだった 小柄なベトナム人に出来た作戦だ 今は樹木に覆われ観光に解放されているが所々地面に窪地が出来ているアメリカ軍による爆弾あとだという 当時の激戦の様子ががうかがえる訂正 6月20日の日記でベトナム戦争終結48年前と記したが 実際は36年前訂正してお詫びいたします。
2012.06.28

ホーチミン(旧サイゴン) 街歩きベンタイン市場 ホーチミン市最大の市場 食料品から衣料・雑貨 日常生活品すべてが揃う 一坪ショップがびっしり並ぶ 内部はベトナムの臭いがぎっしりと詰まった市場だ通路が狭く行き交うには苦労する ここでは何も買わないで 見学だけだ 一旦 ホテルに帰って休憩する ロビーでコーヒーブレイク タクシーでドンコイ通りへ この通りはホーチミン市の目抜き通りデパートや高級ホテル・ブティク・雑貨ショップ・ギャラリーなどが集まり市内随一のショッピングストリートだ 通りを散策して近くの国営百貨店に入る「タックス・スーパー」があり雑貨とコーヒーを土産に買うベトナムはコーヒーの産地 ベトナムコーヒー日本にも輸出しているとか・・・・・しらなんだなぁ~6時前ホテル帰る 夕食は7時からサイゴン川ディナークルーズ 電飾を施した船が数隻待機している その中の一船に乗り込む座席は満席に近い サイゴン川をゆっくり下る(下っているのか、昇っているのか分からない 川の流れがないから) 食事はべトナム海鮮料理 ホーチミン市の夜景を楽しみながら約1時間のクルーズで帰ってきた
2012.06.25

ホーチミン市(旧サイゴン) 街歩き駅舎の様な豪華な建物中央郵便局 19世紀末のフランス統治時代に建てられた貴重な建物 内部の天井はアーチ状になっておりクラッシックな落ち着いた雰囲気サイゴン大教会正式名称は聖母マリア教会 19世紀末に建てられた赤煉瓦の造り天を突くような二つの尖塔を持つ美しいカトリック教会だ歴史博物館 ベトナムの歴史の紹介と50以上もある各民族の衣装や暮らしぶりも展示されており興味深い この博物館に接する建物の二階レストランで昼食とする
2012.06.22

ホーチミン市(旧サイゴン市) 街歩き 朝ホテルの周りを散歩した 通勤時間帯 道路はバイクで埋め尽くされていた その間をすり抜けるようにバス・タクシーが走り、さらにその隙間を人々が足早に通り過ぎていく決死の覚悟でバイクの間をくぐり抜け通りの向こう側を目指すベトナム繁栄の未来に疾走する力強いエネルギーがそこにあった ベトナム戦争の象徴 統一会堂 (旧大統領官邸)最初に訪れたのは統一会堂 南ベトナム政権時代の大統領官邸 現在は一般に公開されているが、国賓を迎えたときは迎賓館として利用している内閣会議室・宴会室・応接室と豪華な造りになっており 大小100余りの部屋があるそうだ 上階は大統領と家族のためのスペースになっており、バルコニーから広場が一望 ここから民衆に向かって演説をしたとか・・・・屋上には脱出用のへりーまで用意されている 地下に降りると一辺して秘密の軍事施設、ベトナム戦争中に使われた大統領の司令室、アメリカと連絡をとりあった放送局もある 1975年4月30日解放軍の戦車が官邸の鉄索を突破して押し寄せ、ベトナム戦争は終結した いまから48年前のことである
2012.06.20

ホーチミン市(旧サイゴン市) 街歩きさぁ~ 夕食だぁ~ホテルのスタフがよく行くと言うレストラン タクシーで10分ほど「テンプルクラブ」 アンティークの調度品が随所に置かれた店内はゆったりとした時間が流れる別世界だ 伝統的なベトナム料理を食した 食後は階下にある「ファニー」 (フランス仕込みのアイスクリームとジェラードの店)で休息 ベトナムの街並みと人通りを楽しんだ
2012.06.20

ホーチミン(旧サイゴン ) 街歩きひょんなことからベトナムの南部 ホーチミン市へツアーで行くことになったツアーだから空港に大勢集まって集団で行くのかと思っていたら 違った(飛行機と宿泊ホテルの確保はツアー会社は手配してくれている) Eチケットが届いて個人で出国手続きをする 入国も個人ですますのだ これでは個人旅行と同じだ入国審査が済んで外にでるとツアー会社の旗もった現地案内人が待っていた次々と人が集まってきた えぇ・・・ みんな今の飛行機に乗っていたの・・・マイクロバスで市内へ みんな一緒のホテルではなく別々のホテルに降ろしていて行く私は最後だ 中心街から少し離れた所 「ホテル ニッコウ サイゴン」 昨年11月にオープンしたばかりの新しいホテルだ。こんな豪華なホテルに泊まるの初めてやなぁ~ いつもはゲストハウスかユースホステル・バックパッカー向けの格安ホテルだたまにはツアーで豪華ホテルに泊まるのも良いものだ 現地案内人は明日の朝迎えにきますと言って帰ってしまった部屋に荷物を置いて夕食へ 日系ホテルなので日本人スタフが駐在している日本語が通じるのは嬉しい美味しいレストランの場所を聞いてタクシーで出かける
2012.06.19

第17回 全国還暦マラソン椛の湖・12昨年は東日本大震災のため中止になった還暦マラソン、今年は4月8日(日)に実施された。 私は今年になって初めての大会参加である。例年だと和歌浦ベイマラソンwithジャズ、紀州口熊野マラソン、くまとりロードレース、岩出マラソン と走ってきたが今年はすべてキャンセルした。理由は・・・・・昨年10月2日(日) 弘前・白神アップルマラソンを走った後、陸奥一人旅を楽しんだ自宅に戻って久しぶりにジムに行き5キロ走った。翌日、右足の付け根の部分が痛みだした。 しばらくすれば治るだろうと様子を見ていたが、 一向に治らず医者にいって看てもらった。レントゲンを撮って調べてもらったが骨には異常なし とのことだ。リハビリをせよということで三週間ほど通ったがよくならないのでやめた普段の生活には支障がないがランニングをすると右骨盤の中で痛みが走りだす正月も過ぎそろそろいいかなぁ~と思って走り出すと案の定痛みだすもうランニングを諦めないといけないかなぁ~ と思いながら ジムでストレッチだけは続けていた2月中旬から犬山市の娘宅で1ヶ月ばかり過ごすことになって運動らしきことは一切しなかったそれが良かったのか、自宅に戻ってから1キロ、2キロ、3キロとランニングはじめた痛みもなくなり何とか5キロまで走れるようになった約半年の養生になったが、走れるようになってホットした。 以上のようなことで還暦マラソンに参加したのである一昨年は桜が満開の時であったが、今年は寒さが長引き桜のつぼみはまだ堅い スタートしてから右足の痛みが出ないか心配しながら走ったが、幸い痛みもなく無事完走出来たこれで走れることに自信をもてた大会になった距離 6 キロ 時間 37分12秒
2012.06.17

天下の奇祭 田縣神社 ~実り願い豊年祭~奇祭として知られる愛知県小牧市田県町の田縣(たがた)神社の豊年祭 自転車で30分ほどの距離、旧国道41号線沿い、大縣神社と同じくらいの距離だ沢山の参拝客でにぎわっている 大縣神社と違うのは平日にもかかわらず外国人の多さである奥宮 拝殿には昨年奉納された立派な「大男茎形」(おおおわせがた)が奉納されている この奥宮周辺には石彫の「大男茎形」がいたる所にある。 古くは五穀豊穣と子孫繁栄を祈願する農民の素朴な神事だったが、最近は縁結びや子宝にご利益があるとして人気があるという。 厄年の男衆が供え物の「大男茎形」を載せた御輿が神明社から900mを練り歩き田縣神社に到着すると一段と祭が盛り上がった。 奥宮で昨年の供え物と替え新しく奉納される 今年の「大男茎形」は長さ2.5m重さ200キロ弱の木曽ひのき立派なものだ・・・・ それにしても、昨年奉納された供え物はどうなるのかなぁ~燃やされのか・・・どこかに保存されているのか・・・それとも誰かが購入して持ち帰るのか・・・
2012.06.16
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