
お渡りの行列では、第六番 馬長児(ばちょうのちご) の騎馬3頭と 被者 6名に続いて、第七番に 競馬 が、騎馬6頭(赤と緑の2騎ずつ3双)で登場します。続く第八番の 流鏑馬 にも 稚児流鏑馬 3騎と 随兵 5騎が出てきますので、この辺は「馬密度」が高いですね。
この6頭の馬が、お渡りのあと実際に参道で2頭ずつ、3回の「競馬」をするのです。去年までの「解説書」(毎年発行されて、 お渡り や お旅所祭 の細かな紹介の他に、その年の「特集」も掲載。今年は「御幣」の特集)や、HPなどでは「17日14時~競馬」などと書かれていましたが、今年のポスターや解説書では、 13時すぎから と書かれています。 実際、これまでも一の鳥居に到着した競馬6頭は、第四番、第五番の 猿楽 (能)、 田楽 の一行を追い越して、松之下の先 「馬出橋」 へ進み、猿楽、田楽の 「松之下式」 が行われているのと同時に「競馬」を行ってきました。 ところが、あちこちに「14時~」と書かれているために、気がつかずに終わってしまっているという「苦情」もあったようです。
というところで、 「競馬」 はどこで行われるのかをご紹介します。

一の鳥居の内側南の斜面に札が立って「囲い」がありますが、ここにあるのが 「影向の松」 です。その前で行われるのが、能や田楽の 「松之下式」 ですがこのシチュエーションが「能舞台」の原型とされています。

上の写真の真ん中あたりに「橋」の石の欄干が見えていますが、これが 「馬出橋」(まだしのはし) でその手前側には競馬のために「砂」(向う側とは色が違います)が敷かれているのが判るでしょうか。「ダート」の2頭立てというところですね。で、鳥居がかなり向うの方に見えています。つまり、松之下から馬出橋まではかなりの距離があります。途中に水色の幕での囲いが二つ見えますが、これが流鏑馬の 一の的、二の的 ですね。( 三の的 はこの写真の手前にあります。次の写真は、その馬出橋の石欄干

馬出橋をスタートした競馬は、次の写真の 「勝敗榊」 (御旅所前にある。今回の観覧席のすぐ東側)まで疾走し、左右どちらが勝ったかを判定します。

三本勝負で、左の赤か右の緑かを決めるのですが、この勝敗は夜の舞楽の 蘭陵王 (左舞=中国、ベトナム系)と 納曽利 (右舞=朝鮮、渤海系)の演奏順に関わってきます。
ところで、なんでスタートに 「馬出橋」 があるのに、ゴールにそういう橋などがないのかというのは当然の疑問ですが、本来は、もっと先まで馬は走っていたのですね。途中に、バスの通る道が出来てしまったために、短縮されてしまったようですが、 ちゃんと 「馬止橋」 が今も残っています。

で、その場所はこの写真のように 万葉植物園 の前、ちょうど参道が曲がる手前のところです。つまり本来は今の3倍近い距離を走って競馬をしていたようです。

ともかく、 競馬 は 松之下式 と並行して行われますので「見落とし」にご注意。 猿楽、田楽、大名行列 などが全部御旅所に入ってから、今度は 稚児流鏑馬 の一行が参道へ戻って行われて、一連の参道での行事は終わります。(今年は、そのあとに 宝蔵院流 の槍の演武があるようです。)
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