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さて、無職であること、はや6ヶ月目。4週間に1度ハローワークへ出頭し、いくばくかの失業保険を有難く頂戴する。毎朝ヨガの練習を行う以外は、なんともノラクラと自由な日々が続く。年の初めに頚椎ヘルニアの急性症状に襲われ、神経の激痛と麻酔と鎮痛剤と麻痺と自暴自棄でグチャっ、と一旦壊れた以外は、えてして日々是こともなく、時は過ぎ、陽は落ち、夜の闇は巡り、月は満ち欠け、朝日は昇るのだなぁ、と。サラリーマンであったのは、たかだか13年あまり。ワーカホリックだったのはそのうちほんの5年くらいか。それ以外は、ずっとノラリクラリの日々を送っていたわけで、道理で最近のノホホンとした生活が妙にシックリと心地よいわけだ。起きて、ヨガやって、ゴハン食べて、昼寝して、山に登って森林浴するか/海に行って日光浴するかして、買い物しておうちに戻って、ゴハン作って、お風呂に入って、寝る、その繰り返し。別になんにも起きない、なんにも期待しない、なんにも失望しない、明日に望みなどかけない、思い出にしがみつかない、今日がまた来て、私はここにいて、空は高くどこまでも高く、鬱蒼とした緑は健やかに呼吸して、波は大らかな鼓動を刻み、風や湿度がゆるやかに流れ、陽の光に世界がキラキラと輝く、有難い奇跡のような瞬間、それだけで十分。なんにもしない、というのが苦痛でなくなったのは、いつからだろう?ここじゃないどこか、を求めなくなったのは、いつからだろう?「そういうのを”年とった”と言うんだよ」「そうやって繊細さを失っていくんだ」と昔の私が嘲笑しそうだ。ふふん、そうかも、だったら年をとるのもちっとも悪くない若隠居な気分で無駄な時間を無為に過ごす中年期に突入した私が言うのも何なんだけど、円熟とか、本来の豊かとかは、実はそこからしか生まれないんだよ、ベイビー。
2009.06.08
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