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ヴァチカン市国を後にした私達は、そのまま東へと進んだ。すると、真正面に見えてくるのがサンタンジェロ城である。 ここは、ペストが蔓延した折、大天使ミカエルがこのお城の上空へ現れて、ローマを救ったという伝説がある城である。感謝の意を込めて屋上にミカエルの像が据えられた。小さく見えるのがそれである。このお城を通り過ぎ、テヴェレ川沿いにある並木道を歩きながら少しの間、木陰のベンチで休んで風に当たっていた。学生さんらしい人や老夫婦も散歩コースらしく、ここだけはゆったりとした時間が流れていた。そろそろ、お腹がすいてきた。←(お約束だぁー!)立ち上がり、最高裁判所前を通る。それにしても立派な建物だ。 そこからカヴール橋を渡り、アウグストゥス帝廟を左手に見つつ、予定していたお店GUSTOへ到着。 ここは、ちょっと今までとは違う。全て、バイキング形式でグラムを量って支払いを先に済ませる。パンはグラムには含まれない。オレンジジュースも付いている。ちょっと変わった料理がたくさんあって、いろんな味をちょっとづつ。かなり欲張りな私。ハーブ入りのパンなど、ハーブがきいた料理が比較的多かったが、食べたことのない味が体験でき、違ったイタリア料理を知ることができた。テラス側で食べた私達の目の前では、ソロでサックスの演奏が始まった。「なんだか、ローマも満喫してるよね~。」そう言って、いろんな曲をバックに食事を楽しんだ。ヴォーノ。。。♪つづく。
August 31, 2004

サン・ピエトロ大聖堂は、コンスタンティヌス帝が設立した、名前の通り“聖ペトロ”の墓の上に建てられた大聖堂である。ここのクーポラは、ミケランジェロが手がけたのは有名であるが、このヴァチカン市国という小さな国家に建てられた大きな大聖堂。120年の歳月が費やされ、当時活躍していた芸術家がイタリア各地から呼び寄せられ、幾度も建築家が入れ替わりやっと完成されたものである。そのため、ルネッサンスとバロックの特徴が混ざり合った建物になっている。聖堂内はフラッシュ禁止のため、ことごとく写真は失敗に終わり、その素晴らしさをお伝えできずに残念である。涙。中には、素晴らしい祭壇。彫刻の数々で、今まで見た大聖堂とは全くスケールが違う。よくもまぁ、こんなに大きなものを造ったものだと、ただただ感心させられる。ツアーで参加するとあまり時間がないため、見逃しがちであるが、実は大聖堂内は地下礼拝堂もある。是非、地下にも行ってほしい。ちょうど、私達が入って間もなくするとミサの準備が始まった。興味津々。祭壇部分にロープが張られ、中に入れないようになった。ただ、そんなに大きなミサではないのか、観光客が追い出されるということはなかった。それにしても何もかもがすごい。結構じっくりと回ったが明日の午前もツアーに申し込んでいるので、こんなところにしようか。ちょうどお昼も過ぎたころ、私達は外に出て眩しい広場を眺めた。空は真っ青だし、気持ちいい。出口を少し進むと、聖ペテロの像。 ペテロの象徴、『鍵』をしっかり握っている。広場の写真を1枚。 ぐるっと回って大聖堂を眺めてもう1枚。 建物先端部分にずらっと並んでいる小さく見える物は、全て彫刻。1体が約3mを越すもの。140体もの聖人達が広場の半円と小広場の直線部分の欄干にずらり。こうして、私達はその広場をじっくり眺めながらヴァチカン市国を後にした。つづく。
August 30, 2004

ヴァチカン博物館で特に有名な作品を挙げると、『ラオコーン』やラファエロの『アテネの学堂』だろうか。もちろん他にも素晴らしい作品は山のようにある。このラファエロの作品はわりと小さな小部屋の片側1面に描かれているが、有名だけあって人でごった返している。写真はありません。あしからず。途中、地図のギャラリーという場所を通る。壁には、40点あまりの地図がフレスコ画(漆喰が乾かないうちに水で溶かれた顔料で描いたもの)で描かれている。ちょっと見ただけではわからないが天井にもフレスコ画装飾が施されている。 私はフレスコ画が大好き。あの淡い色合い。どんな色を重ねても、ほんのり漆喰の白地が浮きでできて、微妙な表現ができる。フレスコ画は主に壁画として古くから歴史が残っている。ヨーロッパでは『ラスコー』の壁画までさかのぼると言われている。そして、フレスコ画で最も有名とされているのは、やはりシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの『最後の審判』ではないだろうか。ここは、写真撮影は禁止。私語も禁止。作品は修復が終わってキレイになっていた。正面には『最後の審判』。天井には『アダムの創造』などミケランジェロの作品。両端の壁には旧約聖書と新約聖書の物語の絵がいろいろな画家によって描かれている。とにかく「素晴らしい」の一言。しばらくこの空間に酔いしれていた。午前の観光はここまでの予定。しかし、もうそこはサン・ピエトロ大聖堂だ。運がよければ入ることができるかも。一応、明日の午前の予定にも入れてあるが、ミサがあると入れないとのことで、急きょ予定変更して行ってみる事に。ツアーの人たちとはここで別れ、私達は通路を抜けて早速サン・ピエトロ大聖堂に。なんとか入れそうだ。それにしても、でかい!すごい迫力。さすがカトリックの総本山だけある。素晴らしいバロック建築。あまりにも大きすぎてどこから回ればいいのか悩んでしまうほど。。。 入口すぐ右手に人が集まっている。なんだぁ???そう。思い出した。ミケランジェロの『ピエタ』。写真は撮ってもいいが、やはりフラッシュ禁止。ガラスケースに入っていて、人が多いのでなかなか撮ることができない。やっと1枚。 本当に素晴らしい作品だ。ミケランジェロ23歳の作品。つづく。
August 29, 2004

今日は、ローマ観光。朝7時から朝食へ行き、その足でメトロポール・ホテル前へ。午前中は、日本で予約していたヴァチカン博物館半日観光へ参加予定だ。バスでヴァチカン市国へ。このツアー、ヴァチカン博物館、システィーナ礼拝堂をガイドつきで回るというもの。やはり、こんな有名な場所は、ガイドがあった方が見落としがなくていいのだ。博物館に着くと、早速イヤホンと首から掛ける機械を渡された。ガイドさんの声がどんなに遠く離れてもちゃんと聞こえるような仕組みになっている。それにしても、予約を入れ開館時間よりかなり早く到着したというのにすごい行列。これはウフィッツィ美術館の時のようにはいかないぞ。またまた、陽射しのキツイ場所に30分近くじっとさせられた。途中、ジプシーが観光客に「恵んでくれ~」と手を差し出してきた。殆どの人が相手にしない。よく見ると、頭のてっぺん付近の肉がごっそり削り取られ真っ赤に張れ上がって、見ているだけで痛々しいおばあさん。ガイドさんがジプシーは無視してくださいと言った。昔何かの本で読んだが、ジプシーは、いかに自分を哀れに見せるため自分の子供の腕を逆に折ったりするんだと書いてあったのを思い出した。この人もわざとそうしたのか。私は見ていられず、ジプシーが通り過ぎるのをじっと待った。やっと中へ入り、いろんな説明を受けた後、博物館へと。数々の素晴らしい美術品を前に、みんな写真をバシバシ。しかし、フラッシュはダメ。途中、作品に見とれているうちにガイドさん達がどんどん先へと。何に見とれていたかというとこの彫刻。 なんとも美しい人。そう、私はこの彫刻に恋をしてしまいました。ぽっ。名前はわからない。でも、河へ身を投げた人だと言っていた気が・・・。『円形の間』にあった彫刻です。誰か知っていたら教えてください。美しい人・・・・。主人とは似ても似つかない。美しい人よ・・・。ふっふっふ。叱られそう。(^v-)つづく。
August 28, 2004

バスの運転手さんがようやく戻ってきた。なにやらお店が込んでいて食事ができなかったらしい。確かにすごい人だったので無理もない。私達は、やっとジリジリ照りつけるコンクリートから開放されてクーラーのきいたバスへと乗り込んだ。ふぅ。気持ちいい。さぁ。これからはローマに向けて出発だ。また、田園風景を眺めながらバスは高速を走り続けた。途中パーキングに1度だけ立ち寄り、軽くショッピングをした後は、まっすぐローマへ。ローマ市内へと入ると先ほどとは打って変わって、ごみごみごみゴミ。都会のにおいがぷんぷんぷん糞。なんだかガラ悪。道にもよるのだろうけど、汚いイメージ。ちょっぴりがっかり。こんなとこだったかなぁ・・・???ローマって。到着時間は18時。途中渋滞に巻き込まれ、ちょっと予定よりは遅れた。メトロポール・ホテル前が到着場所。のはずが・・・車があちこちで路駐のため、停車できず急きょ変更。テルミニ駅付近で降りることに。一緒に乗っていた2人組みの方はタクシーへ乗り込み、ここでさようなら。私達はというと、タクシーに乗るには近すぎて、しかし歩いていくのも危険ということで、ガイドさんがわざわざ私達のホテルまで案内してくれた。なんて優しいガイドさん。おまけに私のスーツケースを軽々運んでくれるなんて。ガイドさんは女性です。それなのにたくましい。「慣れてますから」ってスイスイ。道は、ボコボコしていて通りにくいというのに。。。見えてきた見えてきた。私達の泊まるホテル。 ガイドさんは、その後も私達のチェックインを見届け、エレベーターまで案内してくれたのです。。もちろんこんなことはガイドさんの仕事に入っていません。私達、至れり尽くせりでなんだか申し訳なくって・・・何度もお礼を言ってそのガイドさんとお別れ。ありがとう。ガイドさん。その後、自分達の部屋へと。・・・ここはビジネスホテル?・・・・・・う~ん・・・。狭い。暗い。スリッパない。歯磨きない。バスローブない。etc・・・思わず「フィレンツェ~」と声を挙げていました。あまりにも違いすぎるので。。。涙。でも、テルミニ駅付近が何といっても便利なので仕方ない。しばらく放心状態だった私でしたが、気を取り直して無言の荷物整理。そして、着替えを済ませて窓を開けると・・・・あぁ眩しい。 なんだぁ結構明るいじゃん♪電気が暗いのでなんだか憂鬱になっていましたが、どうせ、外は暗くならない。窓を開けさえすればいいことに気づくと急におなかがすいてきた。さぁ、夕食に行こっ!ホテルから約10分ほど歩いたところにある、PIRO SANTI。サンティおじさんが現役で頑張っているお店。家族経営のお店で値段が安い。その上、美味しい家庭料理が食べられる。日本人も結構いた。何故なら、日本語メニューがあるから。ここでは、前菜、リゾット、トマトのパスタ、白ワイン、ミネラルウォーター。なんだか昼食みたいな軽い食事でしたが、量がそこそこあっておなかがいっぱいに。リゾットはホッとする味でとても美味しかったぁ。ここでは、話も弾みゆっくりとした時間を過ごす。支払いは、紙に1つずつ値段を書き込んでいってくれたのですが、どうも1つだけ気になる箇所が。数が多いので。。。。聞いてみると。テーブルクロスを換えているのでその値段なんだって。知らなかった。。。。きっと日本ではサービス料に含まれているのね。納得した私達は外へ。初めて暗いと感じました。もう9時半かぁ。近くで、またミネラルウォーターを買い込んで、少し暗くなり始めた空を見上げ私達はホテルへの道をゆっくりと歩いた。部屋へ帰ると、やはり暗かった。窓から見える景色を1枚。 右がテルミニ駅。奥が五百人広場。目の前は工事中のビル。????なんで~???クレーンに物が吊られた状態なのにこのまま仕事終わっちゃたの???写真には殆ど写っていませんが長い鉄の棒が風でゆらゆらゆらゆら。道を歩いてる人に落ちたらどうするんだろう・・・私はそんなことを気にしながら、カメラをしまった。気になる。気になる。気になる。気になる・・・・・つづく。
August 26, 2004

じっくりドゥオモを見学した後、カンポ広場を通りマンジャの塔を仰ぐ。 この塔にも登れるらしかったが、さすがに勇気がいる。いや、まだ筋肉痛が残っているのでやめたのだ。その後、昼食はガイドさんおすすめのリストランテへと向かい、テラスの奥側の座席ゲット。外の空気を感じながらの食事もたまにはいい。 この街の名物というイノシシの肉のパスタを食べた。(名物に弱い私) なんとも美味。そんなにクセもなく美味しくいただけました。なんといってもオリーブオイルが美味しい。香りも違うし、味もいい。主人が注文した・・・名前なんていったけ?うどんのようなパスタ。見たまんま。(^_^;) オリーブオイルとチーズたっぷりのとてもシンプルな味付けなのに・・・うまい。かなりお気に入りパスタでした。私ももちろん横取り。昼間っからまたワイン。毎日毎日飲みすぎだろ!って声が聞こえてきそうだけど。。。許してね。デザートには、アイスクリームのエスプレッソがけ。これまた名前なんだったけ?かなり料理名に疎い私。日本で食べるのとはぜ~んぜん違う。うますぎ~!私達は思いっきり満足いく昼食を終え、リストランテを後にした。そのお店の目の前にはバス停が。帰りは今登ってきた道を小さなバスで降りて行くらしい。助かったぁ。バスの時間まであと少しあるので、トスカーナの伝統焼き菓子パンフォルテクッキーとやらを買い込んでバスに乗り込んだ。らくちん。らくちん。やっぱりバスがいいや。。。。かなりズボラになっている私。満員になったバスは坂道だっていうのに、かなりのスピードを出しどんどん下りはじめた。行きは結構遠かったのに帰りはあっという間。私達は、そのバスを下りると自分達のバスの駐車場まで歩いた。暑いよ~。陽射しがキツ過ぎる~。それなのに、それなのに・・・バスの運転手さんが昼食へ行ったまま帰ってこない。待ち合わせ時間はもうとっくに過ぎてるって言うのに。やられた!きっとサン・ジミニャーノのお返しね。私達は全く日陰のない駐車場でキツイキツイ陽射しを浴びながら約15分ほど運転手さんを待ったのでした。その間、私だけはほんのわずかな日陰を求めて、うろうろうろうろ。たった数十センチほどのバスの影をやっと見つけ、そのままバスに張り付いていたのでした。つづく。
August 25, 2004

サン・ジミニャーノを出発したバスは、再び高速道路を走り続けた。約1時間ほど走ったであろうか。。。丘の上にシエナの街が見えてくる。 あぁ眩しい。かなり陽射しがキツイ。それにしてもあんなに遠いところまで歩くのかぁ。遠く感じる。でも、一歩街の中へと入ると不思議な魅力。 あぁ。壁は絵具の色、シェンナ色。そう、"シェンナ"の茶いろい色はこの街が語源。シエナ土が取れたことからこの色の名前がついた。迷路のように入り組んだいくつもの路地を歩いていくと。。。 さっきの暑さが嘘のよう。日陰はひんやりしている。ここも中世の面影をそのまま残した街。このように建物を連結する高架橋もシエナの特徴らしい。街の中心付近に向かうと人通りも多くなり、お店にも活気がある。サン・ジミニャーノとはまた違った雰囲気である。この街は、素晴らしいドゥオモ(神の家...その街の重要な大聖堂のこと)がある。ゴシック様式のこのドゥオモは、全て大理石で縞模様が特徴。この大理石はピサから運んできたらしい。 中へ入るともっとびっくりする。 中も全部縞模様。床も全て大理石。正面に見えるのはステンドグラス・・・の・・・はずが・・・うまく写っていない。残念。是非、目で確認してください。私達はこの素晴らしいドゥオモをゆっくりと見学した後、街の中心カンポ広場へと向かったのである。つづく。
August 24, 2004

フィレンツェからバスでおよそ3時間ほど走ったであろうか、途中、見渡す限りの田園風景。オリーブ畑やブドウ畑などを眺めながら高速を走り続けた。バスもかなりのスピードを出している。あっ!という間もなく通り過ぎてしまった一面に広がるひまわり畑。映画「ひまわり」を思い出した。こんなにボーっと風景を眺めながら過ごすことのなかった3日間。バスから眺める風景はちょっぴり日本の風景にも似ているような・・・そんな錯覚を起こしていた。いや、ここはイタリア。そう夏のイタリア。我に返って自分のいる場所を確認。随分、同じような風景が続く中、ようやく丘の上のに街が見えてきた。この丘の上に建つ、塔の街がサン・ジミニャーノである。9世紀から14世紀まで発展した街サン・ジミニャーノ。13世紀から14世紀には最盛期を迎え、貴族達が富の象徴として競って塔が建てられていったそうだ。最も多かった70以上あった塔は、今ではわずか14を残すのみとなった。世界遺産にも登録されている。 バスを降り、↑この路地を登って行くとたどり着くのがサンジョバンニ門である。↓ここをくぐり、街を散策。向こうに塔が見える。 朝が早かったせいか、なんだかひっそりとした街。中世の面影をそのまま残しているため、とても味わい深い街である。観光客向けのお店屋さんがずらっと立ち並んではいるものの、ごちゃごちゃとした雰囲気はなく、とても静かに時間が流れるようなで街であった。街の中心付近にあるチステルナ広場には、有名な13世紀の井戸が残っている。そこを抜け、ロッカ(要塞)にある展望台まで。一面に広がるトスカーナの街。そこを降りた左手にとても小さな入口?を見つけた。ここからも風景が見える。緑がキレイだったので一枚。 さぁ。そろそろ戻らないと。ここにいる時間は本当に短かった。今来た道を戻る途中。あまりにも空が青いので塔と一緒に。 あぁほんとに空が青い。いくつもある塔を眺めながら時間を忘れていた。。なんだか気持ちいい。塔とコッレジアータ教会を。 その後、大理石の小物を売っているお店を覗いてお買い物。私達は、そんな静かな時間をサンジミニャーノで体験できた。と思ったら・・・大変!バスの出発時間が~!!!それからバス停留所までは死ぬほど走ったのでした。はぁっはぁっはぁっ。汗。もう。出発寸前。でもここでお手洗い行きたい。。。。バスのガイドさんにお願いして行かせてもらいました。そう、今回初のマンチャ(チップ)のいるトイレ体験。マンチャを払うとおじさんが紙を少しちぎって分けてくれる。紙をちぎって渡されるのって・・・なんだかなぁ。。。そんなことを考えながら私達は先を急いだのでした。。すみませ~ん。こんなとき乗車客が少ないとかなり融通がきく。私達は再びバスへと乗り込み、次の目的地シエナへと向かったのである。つづく。
August 23, 2004
朝は6時に起きて身支度。なんとか起きられた。レストランが7時OPENのため開店と同時に朝食へ。思い返せば、ここの朝食は全て美味しそうなものばかりだったのに1日だってゆっくり食べられたためしがなかった。残念。それにしてもいいホテルだったなぁ。フロントの人たちも皆感じのいい人ばかりで。それなのに・・・この3日間ホテルでゆっくりする事もなく素敵な庭も散歩できなかった。涙。この朝食が済んだらこのホテルともお別れ。7時20分には出発しないと間に合わない。さっさと朝食を済ませ、フロントにタクシーの手配をしてもらい部屋へ戻って荷物を運んだ。もうタクシーが来ている。チェックアウトを済ませ、タクシーに乗り込もうとしたとき、私達の出発を知って別のフロントの人が慌てて出てきて何度も何度もGrazie(ありがとう)といい、握手をしてBuon viaggio!(いい旅を)と見送ってくれた。その後、私達はホテルからタクシーで約15分ほどの場所にあるマジェスティックホテルまで行き、そこから出発するローマ行きのJALユーロ・エクスプレス(日本語ガイドさん付き)に乗り込んだ。その途中、サン・ジミニャーノ、シエナへと立ち寄る予定。それにしても、このバス乗車客はたったの4人。ほとんど貸しきり状態。そらそうよね。皆ツアーが殆どだもんね。でも、ガランと開いた座席はどこでも好きな場所に座り放題。う~ん気分がいい。さぁ。出発だ。ちょっぴり寂しい。どんどん遠ざかって行くフィレンツェを背に、私達は次の目的地サン・ジミニャーノへと向かった。つづく。
August 22, 2004

シニョリーア広場を後にした私達は、ヴェッキオ橋を渡り、更に西へと進む。ヴェッキオ橋の1本西側にあるサンタトリニタ橋へと辿りつくとそこから夕日を浴びながらアルノ川を眺めていた。今日でフィレンツェともお別れねぇ。なんだか慌しい3日間でした。その間に式まで挙げてしまったなんて。今朝のことが嘘の様。なかなか日は暮れないけれど水面に映った夕日が眩しい。 たった数日の間でしたが、フィレンツェは私にとってなんと思い出深い地となったことだろう。と改めてそう感じていました。なんだか風が出できて、もの寂しい気分を一層させる。この橋の反対側からは今通って来たヴェッキオ橋が見える。 ポンテ・ヴェッキオ(PONTE VECCHIO)その名の通り古い橋。この橋には、貴金属のお店がずらりと立ち並び人通りも多い。2階建ての珍しい造りで、2階部分はヴァザーリの廊下とも呼ばれていて、ウフィッツィ美術館とピッティ宮殿ともつながっているらしい。でも・・・ホントかな?確認はできない。この橋から更に西側の路地に入ったところにあるトラットリアANGIOLINOここでは、フィレンツェで必ず食べると主人がしきりに言っていたトスカーナの代表料理 ティーボンステーキ(Bistecca alla Fiorentina)が食べられる。骨付きのボリュームたっぷりのステーキ。あまりのボリュームのため、他の料理を頼むと完食するのは難しい。私はおすすめ料理と注文し、出てきたのが鶏肉料理。セロリやにんじんなどとじっくり煮込んである。ブラックペパーの粒がワンサカ入っていて、途中まで食べると口の中はヒリヒリ。これまた最後まで食べられなかった。でもイタリア人は、その他にサラダやリゾットやパスタなどなど食べた後にこのステーキを食べるのだから、どんな胃をしているのやら。写真を撮ることができず、お見せできないのが残念。有名な料理なので興味のある方は、イタリア旅行の本などで見てください。食事を終えて、外に出たのが9時を過ぎていた。もちろん外はまだ明るい。ふぅ。食べ過ぎたぁ。おなかがいっぱいだぁ。しかもワインのせいで、またもやフワフワしている。帰りは遅いのでタクシーにしよう!私達はほんのり赤ら顔をして、サンタトリニタ橋付近でタクシーを拾い、そのままホテルへと帰ったのでした。もちろんその後は、明日出発のため荷物整理に追われ、寝たのはなんと3時過ぎ。明日ちゃんと起きられるのかなぁ???かなり心配。。。つづく。
August 21, 2004

食事を済ませた私達は、まっすぐシニョリーア広場へと向かった。ウフィッツィ美術館はこの広場のすぐ左隣。ここは、たくさんの観光客で賑わっている場所だ。それもそのはず。美術館のすぐ近くということもあるが、すばらしい彫刻の数々が目の前で鑑賞できてしまうのだから・・・やはり魅力ある場所に違いないのだ。それも彫刻たちはスッと街や建物に溶け込んでいる。 そう、フィレンツェは街全体が美術館のようなものなのだ。時間がまだ少しあるので彫刻を鑑賞しながら、その素晴らしさに酔いしれていた。近くで見るとこんな感じ。 それにしてもすごいなぁ。ヴェッキオ宮殿前にはダビデ像のコピーが。今はちょうど修理中だった。 その後、ウフィッツィ美術館前の通りを歩いていくと、また彫刻を目にすることができる。ジョット。 レオナルド・ダ・ビンチ。 まだまだ続く。。。。。その前では絵を売っている人。ショールやサングラスを売っている人などなど。 そして、ストリートパフォーマンスをやっている人がいろんな格好で芸を披露している。まずは、彫刻風に全身を白く塗り込んでじっとしている2人組み。しばらくするとまた動き出す。熱いのに大変だ~ 同じく白く塗られたキューピット。 実はこのキューピットにキスを投げかけられ、その後呼ばれてこの椅子に座り一緒に写真を。でも頬をつけて来るので白くならないかと気がきではなかった。次が、何とも滑稽というか・・・一度見てしまうと夢に出てきそうなくらい怖いモナリザ。 彼女?は、何度もコンパクトを出してきてお化粧直しなどするのだ。それにしてもこの人たち、前に置かれているお皿にはあまりお金は入っていないが、皆を笑わせているのだから、きっとこの芸は成功なのであろう。その道の突き当たりに行くと、ちょうど生の演奏をやっていた。 ヴォサノバだ。曲は確か『イパネマの娘』す・て・き。演奏が終わったらいよいよ予約を入れていた時間10分前。。それにしてもすごい行列。みんな予約なしの人たちなんだろうか。これは1時間では入られないんじゃない?と私。改めて予約していて良かったと胸をなでおろす。その後、すごい行列をぬって予約を入れていたと係員に告げ、中へと入れてもらう。約2時間半。私達はウフィッツィ美術館で素晴らしい作品の数々を鑑賞した。中は撮影禁止。残念なことに主人が楽しみにしていたボッティチェッリとレオナルドの作品は部屋が閉鎖されていて観ることができなかった。主人はがっかりした様子だったが、それよりも実はかなり足が痛い私は、「全世界を回っている作品だから観られなくても仕方ないよ。」などと言い、ろくろく慰めもせずにミュージアムショップで買い物をし、とっとと外へと出たのであった。(私は1度観ている。我ながらいやな女だ。)外はまだまだ明るい。シニョリーア広場の彫刻の横の階段に腰を下ろし、風を感じながら2人で1枚ずつスケッチなど。・・・でも私・・・下手すぎる。やっぱ、人がいると描けないなぁ。。。。すごい言い訳。そろそろ歩いて夕食にでも行きますか。足の痛みも少し和らいだ私達は、予定していたレストランへ向かうため立ち上がった。つづく。
August 20, 2004

部屋で着替えを済ませた私達は、早速またミニバスを手配しフィレンツェ中心地へと向かう。今日の予定は、ウフィッツィ美術館。日本から16時に予約を入れておいたので、それまでは自由に観光ができる。でも、その前に昼食にしなくちゃ。ヴェッキオ宮殿の裏手にあるALFREDというトラットリアで食事。 店に入ると、若い男性店員が3人ほど私達を見て「ボンジョールノ!」と声をそろえて言った。そのまま、厨房がよく見える一番奥の小部屋に案内され、早速注文を。時間も中途半端に2時半を過ぎていて、今食べると夕食が食べられなくなりそうなのでとりあえず、パスタのおすすめ料理を聞いて注文。料理を待つ。注文してからすぐに料理が運ばれて来た。早い。途中まで食べ終わったころ、またまた料理が運ばれてきた。それも2つも。え????これ頼んでない。でも、私の注文の仕方が間違っていたのかも・・・。まぁいっかぁ。美味しそうだし。。料金のことはもう考えず食べ始めた。すると、厨房の辺りでなんだかシェフと店員がもめている様子。すると、店員がこっちにやってきて、ニコッ~。「ヴォーノ?ヴォーノ?」(おいしい?おいしい?)としきりに聞いてくる。私は、やっぱり間違えたんだぁ。とすぐにわかったが、「ヴォーノ!」「モルトヴォニッシモ!」要するに(美味しいよ)と答えた。すると、また店員が厨房に戻り何やら話してる。こっちを見て「ヴォ~ノ?」私は、ほっぺにひとさし指を立て「ヴォーノ!」と。それから3人の店員が次々と私達のところへやってきてにっこり!「ヴォーノ?」何が起こったの???よくわからないけど食べ終わっちゃったからお勘定を。店員を呼んで余分に食べた分まで払いますよ。と言ったんでけど。「ノ。ノ。」首を振り(いらないよ。最初に食べた2つだけでいいよ。)と。ホントにこれでいいのか。悪いなぁと思ったけど、お言葉に甘えて。にっこり。「グラーツィェ」とりあえずお礼を。すると、店員の一人が私の手を握り、手の甲へキッス!次は頬にもしてくれという仕草。主人の前なのにこんなことって。とは思ったけれど、こちらの挨拶ならと思い、自分の頬を近づけ軽くキッスの真似をした。そして男性店員3人はすばらしく笑顔で私達を見送った。Ciao!チャオ!なんか気持ち悪いほど愛想がよかった店員さんたち。でも、悪い気はしない。店員さんってこうでなくちゃ。なんて思いながらウフィツィ美術館近くのシニョリーア広場へと向かった。もちろんこのお店でマンチャをはずんだのは言うまでもない。つづく。
August 19, 2004
式を終えた私達は、まっすぐホテルへと戻りました。午後からは、また観光の予定があるからです。リムジンを降り、スタッフ達に別れを告げてロビーへと向かいました。フロントの人達に「アウグーリ!」(おめでとう)と言われ、「グラーツィェ」と笑顔で答えた私。そのまま、ドレスの裾をあげながらエレベーターへと乗り込もうとすると、そこには、外国の女の子2人が先に乗っていました。乗り込もうとする私達を見て、目をまん丸にさせています。7歳ぐらいの女の子と4歳ぐらいの姉妹のようです。上へ向かうボタンを押すと同時に、上の子が私に話しかけてきました。「Can you speak English ?」私は、慌てて「A little.」と答えました。すると「Very Beautiful」「・・・???」「・・・・・???」といろんな言葉を並べて言ってくれました。確かに私を褒めてくれている言葉なのは、雰囲気と時々聞こえる単語でわかるんだけど。。。やっぱり早すぎて聞き取れない。そう。英語はちょっと苦手。主人が言うにはずっと話しかけたそうだったらしい。しかもかなり褒めてくれていたとのこと。私は、最初の言葉だけで嬉しくて。。。感激。お礼を言って、持っていたブーケをプレゼントしたのでした。そう、本当は教会で空高くブーケを投げて誰かに受け取ってもらうのがいいのでしょうが、何せ2人だけの結婚式。しかも地元の人は若い女性は見当たらず、結局渡しそびれてしまったのでした。もちろん、その女の子がどんなに喜んだかは想像がつくと思いますが、こんな日本人の花嫁に褒め言葉を言ってくれるなんて。。。。私の人生の中でも一生忘れられない思い出となりました。「あの少女がどうか幸せになれますように。」と祈りながら少女達と別れた私達は、そのうしろ姿を見届けて自分達の部屋へと向かったのでした。つづく。
August 18, 2004

朝食を終えた私達。8:00にはスタッフが部屋までやってくる。ヘア・メイクアーティスト達だ。何故こんな人たちが朝早くからやって来るかというと。言おうかな。どうしようかな。でも。実はね。いや~。言うつもりはなかったんだけど・・・旅行記を書き始めてしまったものだから・・・言ってしまいます。そう、実はこの日が私達の結婚式の日だったんです。ブレッシング挙式のため、籍は最初に入れ、半年遅れの結婚式となりました。前日には神父様の事前講座も受けていたのです。今日はいよいよ本番。本当だったら事前にエステなど受け、美しい花嫁でいなくてはいけないはずの私が・・・昨日もお話したように、かつてないほどの筋肉痛。しかも、炎天下の中での観光で肌はこんがり狐色。その上、寝たのは3時過ぎ。これって、花嫁失格。ヘア・メイクセットを終え、いよいよドレスを着込み、8cm以上あるヒールを履いてみて、やはりうまく歩けない。主人にはくれぐれもゆっくりゆっくり歩いてもらうよう念を押して、ホテルロービーへ。カメラスタッフ達がもうスタンバイ。ひゃ~。恥ずかしい。ホテルでの写真・ビデオ撮影を終えて、リムジンに乗り込み、景色のよいミケランジェロ広場へと向いました。さすがに観光場所だけあってすごい人。なかなかいい場所がゲットできなっかったんだけど、なんとか撮れました。 太陽の光が白いドレスをまぶしく照りつけます。そのうち、何故だか外国人観光客まで私達をバシバシ写真に撮り始めました。え~????私達なんかでいいの~???今頃は、何処の誰だかわからない日本人の写真があちこちの国に散らばってると思うと・・・汗。その後、トスカーナのとある教会へと向かい私達は式を挙げました。 運良く、その日は教会のお祭りの時期だったらしく、普段はない王冠がマリア様の頭に載せられていました。式には、地元の人も覗いてくれて祝福をいただきました。感激です。ウルウル。祝福の言葉をいただいた後、私達はその教会を後にしたのでした。つづく。
August 17, 2004

朝起きると、体中のどこもかしこも痛い。筋肉痛だぁ。そらそうだ。欲張って『登る』ところにばかり入ってしまったのだから。涙。でも、これはただの筋肉痛ではない。クーポラの呪い?いやジョットの呪いに違いない!もぉ!あんないいもの造るから私達登りたくなるのよ!それにしても歩けない。。。どうしよう。。。しばらくマッサージをしながら足を動かしてみて、ようやく引きずって前へ進めるぐらいになった。主人はというと、筋肉痛はそれほどでもなさそうだ。しかし・・・昨日、夕食にホテルから歩いて行けるリストランテで、調子に乗ってハーフのワインを2人で空けてしまったのだからさぁ大変。前にも言ったが、私達はワインが好き。でも強くない。でも好き。そして、すぐ顔に出る(主人)。。。。ふらふらの千鳥足で二人ともホテルまで帰ったときは、21時半頃。でも、フィレンツェの21時はまだ明るい。 いつ日が暮れるんだろう。夕焼け空が見たくて楽しみにしていたのに・・・日が暮れない。その後、主人は完全にダウン。頭痛と吐き気と寒気で。私が治ったと思ったら次はそっちですか。。。困った夫婦である。私は、明日の準備などして、休んだのは3時。その時はまだ、こんな足ではなかったのに。。。朝食に向かう時も、どう考えても不自然な歩き方の私を連れて、一晩寝てもうすっかり元気になっている主人は、張り切ってレストランへと向かったのである。さぁ。今日はいよいよメインイベントだ!!!つづく。
August 16, 2004

サン・ジョバンニ礼拝堂を後にした私達は、チェレッターニ通りを抜けパンツァーニ通りを通ってサンタ・マリア・ノベッラ教会(Chiesa di Santa Maria Novella)へと向かいました。途中可愛いお菓子屋さんを見つけたので写真を1枚。 ゼリー菓子やキャンディは色とりどりにディスプレイされていて、見ていても楽しい。一番上の瓶詰めされているのはレモンのお酒。リモンチェッロのはず。こんなところにまでイタリアを感じさせるカラフルな色。さすがだなぁ・・・サン・ジョバンニ礼拝堂から約400mほど歩いたところにあるサンタ・マリア・ノベッラ教会は、身廊部分をゴシック様式として完成され、後世(ルネッサンス)にファサード(正面)部分が造られたそうです。通ってきた道で側面から教会を撮ってみました。 空がきれい。。。雲が静かに流れてる。入口を抜けると広がる庭。きれいだったので1枚。 ひっそりとした庭を通り、教会内へと入るとここには、完成された遠近透視図法で描かれたマザッチョの『三位一体』など、有名な作品を観ることができます。でも残念なことに教会内は撮影禁止。撮りたかったなぁ・・・とても素敵な教会だったので、しばらくその空間に酔いしれていました。その後、私達はいろんなお店へ入り、お土産を買って御取り置きの品物を受け取りにチェスのお店(Massimo&Massio)に向かいました。時間が時間だったので私達を接客してくれた店員さんはおらず、ちょっと焦りましたが、ちゃんと伝言されていたようで、すぐに品物を受け取ることができました。よかったぁ。それから、私達はホテルへと帰るため初めて公衆電話に挑戦!でも使い方わからない・・・???とりあえず、テレホンカードが必要なので、近くのタバッキで購入しようとしましたが、これも売り切れと言われ肩を落としてふと店内を見ると、何とあるじゃありませんか。電話が。しかもコインが使えるみたい。いちかばちか電話にコインを。いくら入れたらいいのかわからず、とりあえず1ユーロを。ちゃんと繋がった。(*^_^*)ミニバスの手配が終わると送迎場所フェラガモ前へと急ぎました。でも、イタリアの電話の使い方ってほんとよくわからない。1ユーロ入れて20秒ほどしゃべっただけなのに。お釣りはでない。日本みたいに100円入れたらお釣りが出ない状態だったのか。。。後々考えると、50centでもいけたかもね。とぶつぶつ。ちゃんと調べておけばよかった。うかつでした。誰か使い方教えてほしいなぁ。。。そんな気持ちでミニバスを待っていた私達。。。つづく。
August 15, 2004

ジョットの鐘楼を後にした私達は、おなかが空いて来たので、朝から決めていたドゥオモの目の前にあるトラットリアIL CAMINETTOまで足を運びました。しかし・・・残念。閉まっていました。涙。どうやらバカンスの様。他はなんだか・・どこもいっぱいだし。疲れてしまった私達は、近くのPIZZERIAでパニーニとカプチーノという軽い食事をし、ミネラルウォーターを買ってウィンドーショッピング。主人がチェスのお店を見つけ、中に入ってみました。種類がいっぱいあって迷ったんだけど、店員さんの熱意に負けて、とうとう1つ買ってしまいました。でもでも、今からまだ行きたいところがあるので御取りおき。また、戻ってくると断りを入れて支払いだけを済ませました。その後は、外からしか見ていなかったサンジョバンニ礼拝堂の中を見学。この礼拝堂は、確か私の記憶では、フィレンツェで現存する建築物で最も古い礼拝堂だったような・・・。そして、あのダンテが洗礼を受けた場所でもあったそうです。中に入ると、天井を覆う黄金色のモザイク画が八角形の礼拝堂を荘厳な雰囲気に。 祭壇はこんな風。 確かにすばらしい天井画。でも、ふと横を見ると・・・観光客は皆、口をポカンと開けて天井画を観ています。私達も負けずにポカン。更にある人は祭壇前の椅子に寝ころがって観ています。あれは真似できない。そこまでしなくても。。。。でも、イタリアで多いスタンダール症候群。(長時間上を向きすぎて首の後ろの血管が圧迫されて意識がなくなる症状)どれもこれも見上げるものばかりなので、そんなことが起こるのも無理はないなぁなんて思いながら私達は礼拝堂を後にして、次の目的地サンタ・マリア・ノベッラ教会へと向かいました。つづく。
August 14, 2004

ドゥオモを後にして、私達は予定していた鐘楼へと向かいました。時間もお昼ということもあってか、さっきはすごく長かった列が少し短くなっていて、結構スムーズに中へ入ることができたのです。よりにもよってそんなに続けてしんどい思いしなくても・・・確かに心の中では、そう言っていた自分もいましたが、時間を置いてしまうと、もっと登る気がしなくなるようで、しんどいついでに登ろうと決めたのです。ドゥオモとは違い、登る場所から人がどんどん下りてくる。こんな狭い場所なのに一つしか階段がないんだぁ。しかも中はやはりクーポラの時と同じで狭い階段です。・・・・・・・苦笑。 でも、先ほどの経験を生かして、しんどくなったら止まって、先に行ってもらうことを覚えた私は、どんなに後ろから人が来ようとも、何度もそれを繰り返しながら前へと進んでいきました。途中、日差しがやはり小窓から差し込んで風がとても気持ちいい。 小窓からドゥオモが見えました。あそこを登ったんだね。先ほどとは違って景色をみる余裕も出ています。鐘のところまでやっと登りつめたら・・・なんと気持ちいい風が・・・登ってよかった。(*^_^*) もうすっかり熱も下がっていました。(私にしてはかなり珍しい。眠らずして熱が下がるなんて・・・)少しそこで体を休めて。。。ふぅ。そこから、まだ上へと進む階段があり、頂上まで登りきったのです。なんと日差しがきついんだろう。でも、そこからはフィレンツェの町が一望できる。ズーム。 みんな屋根の色はフィレンツェの色。。レンガ色。 ドゥオモの前からまっすぐ道が続いてる。今度こそは一番上まで登ったのね。もう、すっかりおなかも空いていて、私達は、今来た階段を下り鐘楼を後にしました。つづく。
August 13, 2004

ドゥオモのクーポラに登るため約10分ぐらい待ったであろうか。なんだか目の前にあるチケットを通す機械が故障の様。まだかなぁ。まだかなぁ。と待っているうちに私達の後ろには知らない間に長蛇の列ができていた。早く来てよかったね。(いや、決して早いわけではない。)何故かこういう時、テーマパークの乗り物待ちをしている気分になっていた私。前にいることがとても気分がいい。ようやく直ったのか、前から順にチケットを買い、機械に通して中へと入る。すぐに階段が目の前に。そうよね。もちろん階段よね。。。。気を取り直して、登り始めた。中は暗く、石造りの壁に覆われた、幅 約90cmぐらいの石段。人が一人通れるぐらいの幅に戸惑った。さぁ。登るぞ。 1段また1段。登っていくうちに、やはり自分の体がかなりしんどいことに気づく。(遅いよ。)でも、休むことは許されなかった。何故って・・・・後ろから次々と人が登ってくるのだから・・・「勘弁してくれ。」心の中はそう叫んでいた。行けども行けども終わりが見えない階段。なんとか主人に励まされ、前へ前へと進んでいったものの・・・熱のため寒気がしていたので着込んでいたジャケットもさすがに暑くなってきて、額にびっしょり汗まで出てきて。。。もう限界。階段の曲がり角の隙間に立ち止まって、無理やり後ろの人に通ってもらい、急いでジャケットを脱いだ。またどんどん登っていくうちに、可愛い小窓があることに気づく。ずっと小窓があったのは、時々差し込んでくる日差し部分から風が入ってくるので気づいてはいたけれど、形を見る余裕など全くなくて。みんな違う形だったのね。ちゃんと見たかったな。1枚だけなんとか撮ることができた。 ようやく着いた場所は、ドゥオモの円蓋の付け根部分。真上には壁画が見える。ドゥオモの先端は太陽の光が入って明るいんだぁ。下にはドゥオモの観光客が小さく見える。こんなところまで登ってきたのね。とにかく壁画を1枚。 暗い場所だから絵がよく見えない。明るくすると。こんな感じ。 もっとアップにすると。 なんだか、今にも降りてきそうな人達。私達は、後ろから来る人に先に行ってもらいしばらく壁画を眺めながら体を休めた。なんだかいっぱい汗をかいて熱が下がってきたみたい。このままよくなればいいのになぁ。そんなことを考えながら、また今来た人達に続く。ここまでなのかぁ。もう下り階段。そのまま私達は、今登ってきた階段とは別の場所から1歩また1歩と下り始めた。ひゃ~足がガクガクしてる。最後までなんとか下りてきて出口からわずかに見えるドゥオモ内を撮って外へ出た。 でもこの後、ドゥオモのクーポラの最も先端部分に人がたくさんいることに気づき、実はもっと上まで登れたことを知る。何故私達は、あんなにしんどい思いをして登ったのにとっとと下りてきてしまったのか・・・後悔してももう遅い。そうよ!前の人が下りるからよ!全く自分達が気づかなかったせいにもせずに最後まで前の人のせいにして私達はその場を後にした。つづく。
August 12, 2004

ドゥオモに面して建つロマネスク様式の八角形の礼拝堂がサンジョバンニ礼拝堂である。 その東側の扉がミケランジェロに『天国の門』と称賛された有名な扉がある。この扉は、ロレンツォ・ギベルティが、フィレンツェ礼拝堂の門扉制作のためのコンクール最終選考で、フィリッポ・ブルネレスキを見事に退けたという作品である。ちなみにブルネレスキとは、ドゥオモ(花の大聖堂)のクーポラ(円蓋)の設計を手がけた人物で、その他にも数々の礼拝堂設計に携わった大物建築家である。そこでなぜこの扉が有名になったのか。その理由の一つに、ブルネレスキが彫刻家を目指していた人物だったということがあげられる。コンクール後、彫刻家ではなく、建築家に転進したいう意味でもやはり、すごい出来事だったのである。この説明はこの辺にして・・・「天国の門」の真正面には、ドゥオモがそびえ立つ。シンボルの円蓋はここからは見えない。 見上げてみるとやはり大きい。こちらは、ロマネスク様式ではなく、ゴシック様式。白と緑とピンクの大理石が美しい。さて、まずはジョットの鐘楼だ!鐘楼に向かって歩き出した。でもなんだか嫌な予感。近づいてよく見ると、すごい長蛇の列。ひゃぁ~!これ並ぶの???その列を見ただけでめまいが・・・・「やっぱり、違うところからにしようよ。」主人もその意見に賛成して、またまたドゥオモ正面周辺へ。「こっちからにしてみるか。」でも、入口どこだ???よく見ると、こちらもなんだか人の塊が。ひぇ~!!!!さっきよりひどい。既に建物の角をL字型に列ができている。どぉ~する~?2人とも寝坊したことをかなり反省して、当てもなく歩き出した。ふと見ると、なんだか工事中のような幕がかぶさっている横になにやら入口が。なんだ???入ってもいいのかな???そこへ飛び込んできた cupola の文字。確かに看板に書いてあるよクーポラと。そうだ!ドゥオモのクーポラにも上れるんだった!恐る恐る私達は、その入口をのぞいてみた。まだ、開いていないが何人か並んでいる。もう、すぐそこはチケット売り場。係員も準備をしている。これだったら並んでもしれている。ここにしよう!1人6ユーロ。ポケットから小銭を出して、わりと空いているこの列を『ついている!』と感じながら私達は開堂を待った。これから先に起こる試練など予想もせずに。つづく。
August 11, 2004

サンタ・マリア・デル・フィオ-レ(花の大聖堂)のクーポラ(円蓋)が見えてくると、右手にジョットの鐘楼(Campanile di Giotto)中央にドゥオモの身廊部分。左にはサン・ジョバンニ礼拝堂(Battistero di San Giovanni)が目の前に。 そびえ立つジョットの鐘楼。そうです。今回は、ここに登ると初めから決めていたのです。でも、早く並ばないとなかなか入れないという情報を聞いて、私達は早起きを計画していたのに。・・・・寝坊。私「こんな時間じゃきっといっぱいだね。」そう言いながらドゥオモ近辺まで歩く。フェラガモ本店からストロッツィ広場へと進み、更に北に上がった東側がこの場所へとつづく。約350mぐらい歩いただろうか。熱のあった私にはちょっと遠く感じられた。でも、大聖堂を目の前にすると、その大きさと迫力に圧倒され言葉を失うのは、きっと私だけではないはず。「やっぱりすごい~。」二人とも同時に声が出た。主人「まず、どうするか。」「少ないところに行こうよ。」と私。でも、実はそんなところはない。(^_^;)鐘楼を目の前にすると、なんだか本当に登れるのか心配に・・・そう思っていると、外国人観光客がたくさん集まっている場所があった。サンジョバンニ礼拝堂前だ。これよ。これ。有名なロレンツォ・ギベルティの「天国の門」! つづく。
August 10, 2004

朝起きて気づいたら9:00を過ぎていました。そうです。寝坊したのです。(^_^;)なんてこと!8時にはホテルを出て一番に行きたかった場所があったのに。渋々起き上がってどうするか相談。。。なんだかまだ胃がもたれていて食欲がない。レストランで朝食も食べられたけど、そんな時間も元気もない。ん??なんだかおかしい???体の調子。実は、朝から熱を出してしまいました。(~_~;)肝心なときにいつもこれです。どうしよう。。。。でも、行かなくちゃ。ちょっぴり肌寒いが快晴で観光日和。解熱剤を飲んで、昨日食べ損ねたクッキーとゼリーを朝食に。たったこれだけの食事で主人にはホント悪いことをしました。ごめんなさい。ホテルから市内までは、送迎ミニバスが出ているので早速手配してもらって、フィレンツェ市内へ。フェラガモ本店前が送迎場所。「迎えもこの場所だから、電話をかけて」とのこと。マンチャを渡して、さぁ!観光だ!あぁ。大好きなフィレンツェ~(*^_^*)もう、時間も時間なので観光客が大勢。まずは、中心地にあるドゥオモ(大聖堂)有名な花の大聖堂(Santa Maria del Fiore)を目指して歩くぞ~。でも、地図が読めない私。(まるっきり本のタイトルのような女)主人にちょこちょこついていくしかないのです。熱があったはずなのに、頑張って歩いているうちに薬も効いて来たのか、ちょっと元気になってきた私。かなりゲンキン。(^_^;)さぁ。歩くぞ~。あぁ見えてきた!見えてきた!ドゥオモのクーポラが!!! つづく。
August 9, 2004

現地時間20:50。空港からホテルまでは、約20分ぐらいだっただろうか。送迎専用車に乗り込み、宿泊先のGrand Hotel Villa Coraへ。静かな丘の上に立つこのホテル。フィレンツェの元貴族の館を改装したホテルだそうだ。日本をはじめ、数多くの国賓を迎えた経歴もある。まず、チェックインを済ませた私達は、自分の部屋へと案内される。ここで、例の飛び上がって喜んだポーター登場である。フィレンツェ行きの飛行機は少し小振りのためか、よく揺れて、ちょっぴり飛行機によった感じで、機内食も食べられなかったけど、ホテルに着いてもやはりおなかは空いていない。部屋には、クッキーとワイン、ゼリーのお菓子が用意されていたが、それすら食べる気にはなれず・・・。 こんなとき食べたくなったのが、実はカリカリ梅。あぁ。持って来ててよかった。(*^_^*)カリカリ。でも、ついたその日にもうカリカリ梅かい!主人にも呆れられました。飛行機に乗ると何故だか機内食やドリンクを間食しないといけない気分になる。その上、ずっと座りっぱなしなので、胃の調子がだんだん悪くなる。わかっていても何度も繰り返してしまうのは、やはり、この時とばかりと、食い意地が張っているせいなのだろう。反省せねば。(^_^;)明日の予定は、朝早くからフィレンツェ市内観光。座っていただけなのになんだかとっても疲れていて・・・。とても素敵なホテルだったのに・・・二人ともくたくたで荷物の整理を済ませるとさっさと眠ってしまったのです。(-_-)zzzつづく。
August 8, 2004
イタリアとはどんなところかを知ってもらいたくていろんな情報を交えて書いて来ましたが、そろそろ、日にちを追った旅行記でも書き始めようかと思います。すみません。まだ続きます。(^_^;)日本を出発した私達は、まずパリのドゴール空港に降り立ちました。とても大きな空港で、さすがヨーロッパの玄関口とも言える空港だと改めてその大きさにびっくり。でも2人旅だった私達には、それはちょっと不安をよぎらせる大きさでもあります。入国を済ませ、セキュリティーチェックを終え、フィレンツェ行きの飛行機までのバスに乗るためバスターミナルを探しました。やっと見つけたと思ったら、そこは、こじんまりとした場所で『フィレンツェ行き』という表示も全くありません。尚且つ、日本人など全くおらず、さらに不安は募るばかり。。私「ここであってるのかなぁ。」主人「番号はあってるから間違いないよ。」それにしても何も表示がないなんて不親切。私は、イタリア人はいないかと辺りを見渡しました。しばらくすると、あの元気のよいイタリア語があちこちで聞こえ始めました。あぁよかった。きっとここであってる。(そんな判断でいいのかわからないけど)それにしても寒い。日本を発つとき長袖のジャケットを用意してきたんだけど、それでも寒くて、寒くて。。実際17度ぐらいだったらしい。バスの待ち時間まで少し時間がある。ベンチで時間をつぶしていると、フランス人のちびっ子が辺りを走り始めました。女の子は5歳くらい、男の子は3歳ぐらいだろうか。お母さんは、危なっかしい男の子を追いかけるのに必死。エスカレーターに近づいたり、ベンチの下にもぐったり。大変だなぁ。男の子は。それにしても、女の子はお人形のように可愛くて、しかも大人しい。こんなに違うものなのか。私は、ふとその子に話しかけたくなった。・・・でも言葉がわからない。何かないかな・・??バッグにあったメモ帳を取り出して1枚ちぎって正方形に。そう、折り紙で鶴を作ろう。普通の鶴ではなく羽の動く鶴。昔っから子供と遊ぶのは大の得意。こんな時に役に立つ。でも、作っているうちに時間が来てしまって。結局、そこでは無理でした。(^_^;)でも、偶然でしょうか。その親子がたまたま私達の後ろの座席。ちょっぴり嬉しかったんだけどなんだか渡すタイミングも失って・・・そのままにしていたんです。すると、男の子がグズグズ言い出して。お母さんも困った様子。早速、私は先ほど作った鶴を出して、座席の間からパタパタと羽を動かしながら子供達の方へと鶴を羽ばたかせました。その時の子供達の驚きようといったらありません。もちろん男の子も大喜び。そして、使い方がわかる女の子に鶴をプレゼントしたのでした。もちろん、その後の飛行時間の30分近く、その子たちは、鶴で遊んでいました。よかったよかった。(*^_^*)フィレンツェについてからも何度も何度もお礼を言われた私。なんだか寒かったはずなのに、気持ちは温かくなっていました。
August 7, 2004
ローマでは、とにかくよく歩きました。ホント暑さにも負けずミネラルウォーター片手によく歩いたものだ。^_^;大抵、観光客は地下鉄を使ったり、バスを使う方が便利かもしれません。でもそうなると、私達が行きたい場所にはちょっと融通がきかなくて・・・(-_-;)結局今回のローマの観光は、殆どが歩きでした。確かに、この暑い夏の炎天下に車を使わず移動するというのは、かなり変わり者かもしれませんが、そのお陰できっと見られなかったであろうイタリアにも触れることができました。(^_^)vあまりひと気のない路地を歩いたりして、町の雰囲気を楽しんだりできるのは、歩いてだからこそ。そこで、変わったものに出会いました。ちょうどパンテオンに向かう路地に出ていた路店でイタリアのいろんなものが売っている中、ポツリと置かれているポケモンの財布。こんなところにポケモン????ピ?ピカチューー???イタリアでもポケモンって流行ってるんだぁ・・・他にもありました。トレビの泉に向かう路地ではドラえもんまで見つけました。日本のアニメグッズを遠いイタリアで目にするとは・・・。確かにホテルのテレビで日本のアニメをやっていました。でも、日本では決して見たことのない時代劇のアニメ。なんていうアニメなんだろう。それにしても、イタリア語の時代劇って・・・(^_^;)「お主も、なかなかの悪よの~」なんてイタリア語でもやってるのかしら。それに、『越後屋』とか『お代官様』とかわかるのかしら・・・いろいろ考えちゃいました。でも世界中で人気のイタリア。もちろん外国人もいっぱいです。そんなところで日本の物を売ってしまうとイタリアンデザインかと間違えられないのかなぁ。なんて要らぬ心配をしたりして。それにしても日本のモノって結構人気があるのね~。
August 6, 2004
昨日もお話した、『イタリア人から見たら私達はどのように見えているのか』の続きを書こう。ずっと「にーはぉ」と声をかけられていた主人。そんな主人も意地になって、声をかけられる前に自分から挨拶を心掛けていました。通りすがりは無理として、お店に入るときには必ず自分から「ぼんじょーるの!」と言ってはその答えが『ボンジョールノ!」であることを願いながら。しかし、無残にも70%以上は「にーはぉ」と返事が返ってくる。そのうち、何を思ったのか・・・???ふと気付くと「にーはぉ」の返事に「ぼんじゅーる」と言っていた主人。ここはイタリアだよ。フランス語で答えてどうする。それってあんた・・・一体何人のつもりなの???さすがに、これには私も笑いが込み上げてきてしばらく止まらなかったわよ。クックックックックック。今回の旅でイタリア語を初めて使った主人。挨拶すらまともに返ってこないことのショックが大きかったのか、それとも私に笑われたことのショックもあったのか。それ以来、イタリア語は私に任せっきり。そして、そんなことが続くうちに、私とぴったりくっついて歩くようになった主人。(恐らく、日本人に思われるため)(-_-;)旅行中、何かにつけて「何故だ~」と連発していた主人も旅が終わるころには、イタリアがどんな国なのか、自分なりに納得し、いろいろと強硬手段を考えていたようです。
August 5, 2004
イタリアは、日本でもまだまだ人気の高い国。だから、日本人観光客もたくさん訪れます。(私もその一人)まず、最初に到着したフィレンツェでは、やはり日本人を何人か見かけました。サンジミニャーノ・シエナ・ベネツィアでもそこそこ見かけたでしょうか。でも何と言っても多かったのは、ローマ。あちこちで日本人とすれ違いました。でも、今思えばあの半分は日本人ではなかったんだろうかとも思えることが。ホテルでの朝食。私達は朝早くレストランでとりましたが、殆どが私達と同じアジア系。「このホテル日本人多いね~。」と話していると、なにやら聴きなれない言葉が・・・周りは全て中国人。やっぱり見分けつかないわ。私達との違いは何か。???なんだか気になってさりげなく観察。ファッションはちょっと違うかな?一昔前の日本で流行ったものを着ている印象。顔つきは・・・よくわからない。極めつけは・・・女性が男性のお皿に手づかみで生ハムを!ひゃぁ~!あれはきっと日本人はしない。でも、中国って手で食べないよね。その他には・・・この辺でやめておこう。中国の人すみません。決して悪気はありません。m(__)mイタリア人には私達アジア人がどう映っているのか・・・さすがにそれは聞けなかった。多分、面と向かって悪くは言わないでしょ。でもね。必ずお店の前やすれ違い際に、主人を見たら「に~はぉ。」私を見たら「こんにーちは。」と言っていたイタリア人。一緒にいた時だって言われたっけ。その区別は一体・・・????イタリア人には私達がどういう風に見えていたのか。その違いはどこなのか。いまだに謎なのです。
August 4, 2004
イタリアは、車に関しては無頓着。ボッコボコのドッロドロ、しかも路駐だらけなんです。日本のきれいな車に慣れている日本人は、ちょっと抵抗あります。大の車好きの主人は、ずっとショックを受けていたようです。「何故だー!フェラーリやランボルギーニなど生産されている国なのに・・・」と。「車ぐらい洗えよー」の声に現地の人もそれなりに言い分はあるようでした。日本と違って湿度がない上、雨があまり降らないので、砂埃ですぐに汚れてしまうのだそうです。それから、変わった車だなぁと思っていたら、主人が言うには日本では殆どというか、全く見られなくなったオート三輪が現役のようです。主人によるとあの車、スピードを出して曲がるとこけるらしい・・・車がこける?乗ったこともないのに車の知識だけは恐ろしく豊富な主人が熱く語っていました。あんた一体いつの生まれだい。きっとUFO乗船記も書けるわね(^_^;)いつもは全く興味のない私にとって、右から左の車の話。何度も何度も話すので今回だけは耳に残ってしまいました。フィレンツェの人が言っていましたが、フィレンツェは日本の京都だそうです。どおりでクラクションが多いわけだ。(-_-;)そして、ミラノは大阪。ローマが東京。ベネツィアは長崎のようなところらしい。そうなんだ。フムフム。それからフィレンツェでは、とても衝撃的な光景を目にしました。キチキチに止めた縦列駐車のスペースから前後の車にぶつけてスペースを空けて出て行く車。ダメだよ~そんなことしちゃ!何やってんのあの人!でも、全く驚かないので聞いてみると、なんでも、車のボンネットやバンパーはエンジンを守るためについているからエンジンが動けば ALL OK!だから、ぶつける方もぶつけられる方も大したことではないんだって!そんなのって・・・(^_^;)イタリア人には「日本人は神経質過ぎる」と言われましたが、「あんた達は無頓着すぎるわよ。」と内心つぶやいていた私達・・・。
August 3, 2004
イタリアのトイレって日本人には、特に女性には使いにくい。ホテルは別として。便座がないし、だから、もちろん便座シートなんてものはない。場所によっては、位置が高くて座るときに苦労する。そう考えると日本のトイレってなんて親切なんだろうと感じずにはいられません。あれ?いつの間にやら日本びいき。でも、いくらイタリア大好きの私でもこの“トイレ”だけは馴染めないのよね~。しかも、町に出たって公衆トイレなんてものはほとんどない。どこかのBARやリストランテに入って何か注文しなくちゃ使えないし。極力食事の後に借りるようにはしたけれど、何と言っても水をたくさん飲みましたからねぇ。何度も行きたくなったわけで・・・。ローマでは、ブランドショップが立ち並んでいるけど、そんなお店ではトイレは借りられない。日本ならショッピングモールに必ずあるのに・・・ってやはり日本と比べていました。ローマの人に聞くと、「ローマっ子は皆、家でするのが基本だよ。」だって。それはそうかもしれないけれど・・・(^_^;)結局、飲食店以外ならどこかの美術館や観光スポットの宮殿や記念堂で済ますしかないのです。運がよければタダ。マンチャが必要なところは大抵0.5ユーロ(イタリアではエウロと発音します。)(50チェンテージミ)です。それにしても、イタリアでも同じだったわ~(-_-;)女性用のトイレがいっぱいで行列ができると堂々と男性トイレに入っていくおばさま達。いや、向こうでは若い女の子達も入って行ったっけ。そこに来た少年が何度も何度も入口まで戻ってきて『ここは男性トイレだよな』って確認していたのがとても痛々しかった。どこの国も女性が図太いのは同じなのね。トホホホ・・・。
August 2, 2004
動物好きの私には、イタリア行ったって動物達が気になる。以前、イタリアに行ったときも犬とばかり撮っていて、なんだか変なアルバムになったっけ。今回は、写真こそ一緒に撮らなかったけど、動物のことばかり言って、主人にも呆れられました。でも、すずめも日本と違う顔してるんです。←変ですかやっぱり。現地の人はその違いはわからないらしいけど。日本のすずめのように目の周りが黒くないんです。しかも、茶色くなくってほんのりグレー色。まぁそんなことはどうだっていいですね。(~_~;)それにしても、日本と違うことはまだあります。虫!大嫌いな虫です。虫!この季節、私を悩ました蚊。向こうにもちゃんといました。でも、日本と違うところは、イタリアの蚊はとろい。ぶ~~んって飛んでる姿も、ゆっくりゆっくり。まるで、酔っ払っているみたい。現地の人も蚊までワインを飲んでいるようだと言っていました。だから叩き潰すのも楽チンです。もちろん主人の役目ですけど。(^_^;)それと、気になったのがゴキブリのこと。旅行に行ってまで考えるってやっぱり私って変わってますか?でも、向こうの人に聞いたら、ゴキブリはいるらしいけど見たことないって言うんです。なんと、見たことないなんて幸せ。その一言でイタリアに住むことを固く決心した私。やっぱり、イタリアが私を呼んでいる。いろいろ夢が膨らんじゃいました。(*^_^*)でも、次の瞬間、そんな私の気持ちを180度変えてしまった言葉が・・・「ゴキブリは出ないけど、さそりが出ます。」だって。え~~え~~!!!!さそりと聞いたらすぐ“刺されたら死んでしまう”という知識しか持っていない私。その言葉は残酷でした。聞くところによると、枕元によく出るので、寝る前にはちゃんとチェックしなくてはいけないとか。小さいらしいけど、さそりはさそりよね。ゴキブリとさそり、皆さんはどちらを選びますか?あぁ・・・イタリアに住むという私の夢が・・・ボロボロと崩れ落ちていいくぅ・・・
August 1, 2004
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