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2006.07.13
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カテゴリ: 南アフリカ旅行記





侮蔑の言葉である。
彼らは言う。
黒人は何年一緒にいても絶対に信用できない。
友人だと思っていたら、次の日には殺される。
人間ではない、と思った方がいい。
この言葉の意味が私にはこの時、さっぱり分からなかった。
なぜなら、これらの言葉は私の基礎の部分にあるなにかと真っ向から対立していた。
しかしこの時、私は彼らとこの件で口論するつもりはなかった。
ここまで開きのある考え方の違いというのは話し合ってどうにかなるレベルではないと思えたからだし、正直この話を聞いただけでは彼らの言葉の意味を正確に理解できていないのではないか、というのが私自身の中に強くあったからでもあった。
私は彼らの話をもっと掘り下げて聞いてみようと思い、色々と言葉を投げかけてみた。
その時の会話の内容を私なりに纏めてみたので、それを記したい思う。

まず、アパルトヘイトに至った背景にあったのは何であったのか。
彼らは言う。
白人はいきなりそれほどひどい差別を行ったわけではない、と。
また、全ての白人が黒人を嫌っていたわけではないし、何より彼ら自身、黒人とうまくやっていくことを希望した時期もあった。
そのための教育を黒人に施そうした人々もいたし、現にそうしていた人々もいた。
しかし、その結果どうであったか。
彼らは殺された、と。
教育を施そうとする白人を黒人は殺した。
食料を与えた白人を彼らは犯した。
将来までを考えて色々と与えてみても、与えるもの全てを彼らはその時に全て消費してしまう。
時には、幼い子供の頃から白人の家庭に育てる試みもしたが、その家族さえも殺された。
我々にどうすることが出来たのか、と。
教育や貧困を問題にする人々が世界に多いことは知っている。
しかし問題はもっと根底にあるもの、文化なのだ、と。
例えば黒人のある民族では、男は戦うことを生きる糧とし、女は働くものであるというのが風習である。
その世界の中では男は女を犯すことが当たり前のことであり、時に人を殺し糧を得ることもまた当然である、と。
そして、それが文化として定着してしまっている。
文化を教育で覆すことが本当に出来るのだろうか、と。
我々が選んだのは、単に住み分けである。
なぜなら、彼らと真っ向から対峙して彼らの意識改革を行う労力や時間、金が有意義となりうることを待つほど当時の南アフリカは豊かではなかったし、そこまでの犠牲を払うことを白人の全てが納得できるはずもないではないか、と。
徹底的な住み分けが白人にもたらしたものは、安全と富であったが、それを搾取だといわれるのは理解が出来ない。
我々は黒人に雇用も創出したし、敢えて劣悪な環境に彼らを放り込んだわけでもない。
なぜなら彼らの生活は元々我々と比して劣悪であり、貧困であったのだから。
そもそも何と比べて貧困というのか。
我々は彼らを貧困に貶めるようなことはしていない。
むしろ、アパルトヘイトの下でも彼らにはギブしている。
ただ単に我々と彼らにはどうしようもない文化の違いがあったから、住み分けを徹底しただけではないか、と。
当時の我々の家には、セキュリティシステムもなければ車に鍵を挿しっぱなしにしても盗む者などほとんどいなかった。
我々の民意はけして低いわけではない。
なぜなら我々は努力することを知っているし、理性がある。
今の状況はどうだ。
犯罪大国と呼ばれ、一人で歩くことも出来ないではないか。
教育問題を掲げてみても、実際に改善など全く出来ていないではないか。
教育とは、それを理解しようと努力することによってはじめて成果が現れるものだ。
それを理解しようと思わない黒人にどうして教育が施せるのか、と。

私はこの話の中で、ひとつ、質問をした。
では、この国はずっとこのままなのか?
彼らの答えは、こうだった。
我々もこのままでいいと思っているわけではない。
今はただ、20年後に期待したいとも思っている、と。

正直、私はこの時彼らの言っていることを少し理解することが出来た。
そして、この地域が持つ問題の根深さを感じた。
私にとって彼らの発言が直接、差別的な考えに結びつくものではなかったが、しかし例えばこれをビジネスレベル、政治レベルで考えた時、私はどうするのか。
日本というひとつの文化圏で育った私にとって、このような問題を真剣に考えるということはこの時までそれほど意識して行ったことがなかった。
日本が戦後復興をいち早く果たした背景には教育が大きなウェイトを占めていると私は考えている。
しかし、この場合の「教育」と今この地域で求められている「教育」というのは同義に語られて良いものなのだろうか。
文化、カルチャーという言葉が彼らの口からはしきりに出てきた。
日本と比較した場合、我々日本人とても教育の過程の中でそれまでの日本の文化を置き去りにしてきた経験はあったはずである。
しかし、それを我々はある程度受け入れることが出来た。
なぜなら敗戦というひとつの転換点が失望と諦めを生み、新たな文化を受け入れる土壌となったのではないかと私なりに分析している。
しかしそういった土壌を持たずにそれまでの習慣や文化を否定するような教育をすんなり受け入れることが出来るものであろうか。
私は非常に難しいと思わざるを得なかった。
可能だとしても、そのためには時間と、何より「犠牲」が必要に思えた。
では、この場合必要な犠牲とは何であるのか。
アパルトヘイトという差別的な状況を抜け出したこの国の黒人及び有色人種層は既に過去に大きな犠牲を払って今の状況を勝ち取っている。
その彼らにこれ以上の犠牲を払うことが可能であろうか。
ならば、彼らのために犠牲になるべき存在が必要であるのではないか。
私はこの時から少しづつ、この国の抱える問題について私に何が出来るのかを考えるようになった。

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最終更新日  2006.07.14 09:59:39
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