「Life」を求めて

「Life」を求めて

PR

×
2006.01.14
XML
カテゴリ: 哲学について
最近の星野道夫への想いが募り、身近にいる最もスピリチュアルな話のわかる人を誘って観てきました。

三番の登場人物は三人。

写真家の星野道夫
宇宙物理学者のフリーマン ダイソン
外洋カヌー航海者のナイノア トンプソン

しかし、映画の始まる直前星野道夫はカムチャツカで熊に襲われ亡くなります。映画はそこから始まります。

本来は、三人の生き様からガイアの在りようと、我々の在りようを理解するのが主題だったんだと思いますが、この映画は星野の死をキッカケにして、彼の生と死をどのように理解するか、に主題化されてしまったように思えます。
しかし、その突然の焦点のズレが、この映画が本来何を主題とすべきかをより明らかにしたし、また結果的に映画自体の完成度をより高めたと思います。

三番は、亡くなった星野道夫の代わりに、彼と同じ世界を分かち合ったことのある友人達が登場し、星野が生きていた頃の思い出、そしてその死について語りました。

星野道夫の凄い所は、彼は友人達の魅力をエッセイに書き綴っているのですが、その当の友人達は、自分がエッセイに書かれているということを知らない。
星野は写真もエッセイも一流だと思います。ただ、それを介さず友人達の中に非常に強く星野が印象付けられていうことが、生身の彼の魅力がどれほどのものなのかを証明しているように思えます。


世界的な宇宙物理学者フリーマン・ダイソンは、自然科学の立場から(あるいは既存のそれを超えた)根本的な生命の死生観を教えてくれました。

かつて、太古の生命には「死」というプログラムがなかった。「死」は常に外的な事故死でしかあり得なかった。
生命の進化と多様化に伴い、やがてSEX(性別)と同時に「死」を生命は得ることになる。古い個体が死ぬことで、進化と多様化のスピードは圧倒的に増した。
ガイアにおいて生命が多様化しなければ、一度の大災害ですべての生命は滅んでしまう。
「〈死〉があるということは、とても幸運なことだと思います。次の世代に生きる場所を明け渡すことができるからです。
なぜ絶望するのですか。希望を失うのは馬鹿げています。希望は本当に重要なものです。もちろん美しいことだけを期待すべきではありません。世界は必ず悲劇的な側面を持っているし、それが現実です。しかし悲劇的であるからこそ、希望もあるのです。」

「死」が生命の終極としてあるのではなく、進化の一過程としてあるのがわかる。
星野の死も例外ではない。
とりわけ彼の死は、生物学的な側面だけでなく、「悲劇と希望」というヒューマニズムの側面からとらえても、生命の進化ということが言えるだろう。それは彼の悲劇的な死にともなう喪失感の意味と、そしてその死の意義を問わしめる星野自身のLife。



そして三人目のナイノア・トンプソンは、自分の属する文化とそのルーツを見つめ直すこと、そしてそこから何を次の世代に残すか、という個体の死を乗り越えていく生命の在り方を問うているように思えた。そもそも「教育」ということの根本にはそのような思想が内包されねばならないと思う。

彼は自分の生まれたハワイの文化への劣等感を払い、自分たちの伝統文化を取り戻すために、5000年前のハワイ人達がそうしていたように、近代機器を一切使わず、当時と同じカヌーで、タヒチからハワイまでの航海を成功させました。海図や羅針盤、コンパスのかわりになるのは、星の位置、波や風の動き。それで自分がどこにいて、そしてどこに向かっているかを正確に知るのである。
そして、最も大事なことは、水平線の果てにある、未だ見えない島を見る力だ。それはすなわち、目的への信念。夢の実現を信じる力とも言える。

5000年前の航海を現代に蘇らせ、ハワイ人の若者達に自信と希望を与えた彼の次の課題は、その特殊な成功体験を「教育」として普遍化させていくことだそうな。

‐-------感想として‐-------


前に見たのは15歳のときだったと思います。
当時は、学問的な意味でも、スピリチュアルな意味でも、大きな感動と興奮を覚えました。
星野道夫を知ったのもそこにおいてです。

今回は一回り大人になってまた冷静な目で見て、新たな発見もありました。

それは、人のものの見かたと、生きかたの多様性について。

例えば、
現代人は自然科学的な世界観の中に生きている。
でも、アラスカのインディアンなんかの一部の人達は神話の世界に生きている。

どちらの世界観が優れているのか、あるいはどちらが世界の真理を表しているのか。

自然科学における世界の見かたと生きかた。シャーマニズムにおける世界の見かたと生きかた。西洋人における世界の見かたと生きかた。東洋人における世界の見かたと生きかた。哲学者における世界の見かたと生きかた。詩人における世界の見かたと生きかた。

どれも長所あり、短所あり、それぞれが、それぞれの環境・文化・時代の進歩・変化に合わせそれぞれの世界を生きている。

よく考えてみると、どれが究極的に正しいのかは、歴史と場所が判断してくれるんだろうけど、その歴史と場所という概念自体が、見かた生きかたで変化するものなので、判断はまた無限に拡散して、その多様性を認めざるを得なくなる。

そして、
そのものの見かたの多様性を許すのがLife(生命)なんだなと思いました。さらに、どのような見かたを選択しているのかで、そのLife(生命)の有する個性は変化し、生きかた、即ちLife(生活)の多様性をもたらす。

あえて今日の結論を言うならば、このLIFEの発展の場として、
さらに大なるLIFE、
すなわちGAIA(ガイア)があるのでしょう。

…という統一的なものの見かたを、この映画は示そうとしているのでしょう。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.01.16 05:29:45
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: