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2003.10.28
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カテゴリ: カテゴリ未分類
“Pocket Transistor”by Alma Cogan 1961

 アルマ・コーガンのことは、去年この日記を始めた頃に少し書いているので、重複することもあるかもしれないが、ご容赦願いたい。

 さて、いきなりクイズ。
 第1問。クリフ・リチャードの『レッツ・メイク・ア・メモリー』と、アルマ・コーガンの『ポケット・トランジスタ』の共通点は...?
 今日のクイズは皆さんに答えてもらうようなものではなく、日記を読み進んでゆくにしたがって、答えがわかるようになっているので、どうぞよろしく。

 子供の頃に覚えた日本語訳のポップスは多かったけれど、そのほとんどがアメリカの曲で、イギリスモノはあまりなかった。『ポケット・トランジスタ』は、その数少ない英国ポップスの中の1曲だ。尤も、このアルマ・コーガンも、あのヘレン・シャピロも、はたまたペトゥラ・クラークまで、みんなアメリカ人だとばかり思いこんでいた。無知というのは恐ろしいものだが、まだ若かったということで許してもらおう。

 ビートルズ、ローリング・ストーンズを代表とする 60年代英国音楽は、アメリカ経由で我が国に入ってくるのが通常のルートだった。
 ところが、ビートルズ以前には、クリフ・リチャードの初期の曲のように、イギリスから直で入ってきた曲が時々あった。この『ポケット・トランジスタ』もそのうちの1曲ということになる。もちろん、ビートルズ以降は、ことポップスにおいては、アメリカを経由しなくなり、イギリスと日本の距離は実に近くなって今に至るのだ。


         **********************

 さて、この曲が日本でヒットしたときも、ご多分に漏れず、各社競作でいろんな歌手が日本語でカヴァーしていた。
 女性では森山加代子、男性は飯田久彦が流行った。もちろん歌詞は女性版と男性版では異なっていて、女性版の方は、かなりアルマ・コーガンのヴァージョンに忠実な訳になっている。

 その内容は、「町に何人もいる女の子の中から、ジョニーがたった一人に夢中になる。そのわけは彼女がポケット・トランジスタを持っているから...」というもので、トランジスタ・ラジオが当時はいかに貴重なものだったかがわかる。

 クイズ第2問。さて、そのトランジスタラジオで毎晩何を聴いたのでしょう。
「♪ As it played hit parade each night...」、そうなんです。「ヒットパレード」を聴いたんです。
 ここで重要なのは、どこでヒットパレードを聴いたのかということだ。ふつうなら部屋の中で聴くところなのだが、この場合は何しろ携帯ラジオなのだから、「大きな輝く月の下で (beneath the moon so big and bright)」聴いたのだ。
 当時のラジオといえば、5球スーパーとかいって、真空管の数を競うようなかなり大型のもので、どこにでも持ってゆけるポケット・トランジスタは実に画期的な発明品だったのだ。テレビ付きの携帯電話が実用化されようという今日から見れば、ずいぶん隔世の感はあるが。

 そういえば、以前この楽天でどなたかも書いておられたが、ゲルマニウム・ラジオというものがあった。鉱石ラジオとも呼ばれたが、トランジスタラジオがとても高価で手が出なかったのに対し、子供でもこづかいを貯めてキットを買えば手軽に携帯ラジオが作れるというもので、内蔵スピーカーはないので、イヤホーンで聴くようになっているのだが、これが結構代用品になった。僕らぐらいか少し上の世代ぐらいの人なら誰もが知っていると思う。

 メカ好きだった兄が、あるときこの鉱石ラジオを作った。たしかに何か聞こえてくるのだが、あまり感度が良くない。アンテナが必要だということになり、部屋の天井付近に対角線に針金を張り、そこにアンテナをつないで必死に聴いた。これだとどうにか聞こえてきたが、もちろんこの遊びは長続きしなかった。
 今思うに、ラジオ局のアンテナの近くに住んでいる人たちは、もっとよく聞こえたのではないだろうか。もし東京あたりでゲルマニウム・ラジオがよく聞こえて、毎晩ヒットパレードや FEN やらを聴いていた少年がいたら、その時点で僕らは既にハンデを背負わされていたのか...。



 『ポケット・トランジスタ』の3番の歌詞は、

 ♪ 二人は大人になったら思い出すだろう
   彼がどんな風に恋に落ちたか
   彼女のラジオとそして彼女の全てに

 実は10月26日はアルマ・コーガンの命日だ。亡くなったのは1966年。まだラジカセすら生まれていない年だった。





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Last updated  2003.10.30 09:12:13
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