チビ僕

2006.06.25
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カテゴリ: 小説





戸籍がほしかったわけでも、結婚がしたかったわけでも、人並みの幸せがほしかったわけでも、ない。
ただ、あの人の前では同じ人でありたかった。


とても短い期間だったけど、一生懸命に人で在り続けようとした自分のことを思い出しました。
あの人のこと、結婚、死、生、自分は人でない事実。
どんなに姿形を真似してもけして人にはなれやしないという、現実。

あの人と結婚することも、あの人の子供を産むことも、あの人のそばにいることさえも、化け猫には出来ない。
化け猫はどう足掻いても、化け猫でしかないのだから。


別にそんなことをずうずうしく望んでいたわけではないけど、いや望んでいなかったわけじゃない。
本当は望んでいたんだ。





いつか死ぬだろう。

その日まであの人と一緒にいたかったな。
それは、化け猫にとって最初で最後の願いでした。








さようならは言えなくて、『ごめんね』だけが増えてゆく。
『ごめんね』の後に、あの人の顔を見られない。
また『ごめんね』と言ってしまいそうになるから『ありがとう』と一言、言い忘れてしまった。
化け猫に後悔が1つ残しました。



あのマンションを出ていく時、少しずつ閉まるドアの向こう側に見えたあの人の顔が脳裏に焼き付いて離れない。
ひどく脅えていた、いつもは穏やかで優しい顔が、目で見てわかるぐらいに震えて。

あの日、あの人はいつものように私に優しい笑顔を与えてくれた。

いつもと同じように温かな表情で『いってきます』と言ってくれたんだ。


あの人が『ただいま』と帰ってきてくれて、なんだかそれだけで嬉しくってその日私は泣いてしまったんだ。

『ごめんね』って言ったとき、何がなんなんだと驚いた顔。
化け猫だと、人ではないと言った時、私の言葉を信じてくれた、何処までも真っ直ぐに私を見てくれたあの人。

それで十分だった。


私は幸せだった。





誰にも知られずに死ぬのは怖かったんだ。
本当は今だってどんなことがあったって、死ぬ事はとてつもなく怖いけど。


化け猫はその小さな体を地面に倒しながら、ゆっくりと目を瞑りました。
ぽかぽかと、温かな光が化け猫を優しく包みました。
さっきまで、敵でしかなかった太陽が、今はとても暖かく優しく感じました。

目を閉じると、そこは思ったよりもずっと明るくって、化け猫に安らぎを与えてくれました。



あの人のおかげだ。


化け猫はあの人を想えば、何処までも何処までも強くなれる気がしました。

あの人はいつだって自分を愛し、必要としてくれた。
その愛情は少し変わったものだったし、ただの傷の舐め合いにしか過ぎなかった関係だったとしても、その必要が私じゃなくてもよかったとしても。
私は、幸せだった。


それは今も、離れてしまった今でもけして変わりはしない。

あの人が与えてくれたもの、けして忘れたくないと。






けして自分が跡形もなく消えてなくなってしまっても、ココに変わらずに愛を誓おう。
そんなロマンチックなことを考えました。


そんな自分を少し、化け猫は誇らしく思いました。

そんな自分のことを、少しだけ好きだと思えました。









~後編につづく~



 * * *



えっと、ここまでは物語の半分です。
ラスト半分が一番重要なので、出来れば続きも読んでやってください。
物語に対しての感想は後編の後に書きます。

後編は6/26(月)の日記に載せます。





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最終更新日  2006.06.25 20:57:07
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