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愛夢舎ヒストリーの再掲載をしておりますが、
ここで、序章から2010年に至るまでの沿革を掲載することで
ヒストリーのこれまでの「まとめ」とさせていただきます。
1991年3月
佐々木圭、大学を卒業。アメリカに渡り、大学院で勉強を続けることを決意。
同年
9月、ニューヨーク工科大学院修士課程入学 ⇒
【SubHistory1 佐々木の渡米】
小田切直之、大学生時間講師として
ひばりが丘の進学塾で勤務
↓
1994年1月 ← ← 佐々木圭 帰国
1994年4月
佐々木圭、
ひばりが丘の塾への就職を決める
小田切と出会う。
お互い第一印象は「悪かった」。
1996年9月
鎌田昌典(当時大学4年)
佐々木らの勤務する塾で、97年度
新卒採用
内定を得て
内定者研修に参加
。佐々木、小田切と出会う。
1997年4月
佐々木、ひばりヶ丘教室・教室長
鎌田、同教室・教務主任
小田切、本部教務部課長に、
それぞれ就任
1997年12月
鎌田、清瀬教室・教室長就任
1998年
小田切、新所沢校・校長就任
塾全体は、生徒減少の一途をたどり
経営不振に陥る
。
翌99年度大学新卒者採用活動、
矢吹和宏らが内定を得る
。
1999年2月
佐々木、鎌田らの指導の下
中島典子(当時中学3年)
偏差値70の大学付属難関私立高に合格を果たす
も
都立高校進学を希望し、辞退。
1999年9月
度重なる給料ダウンと、支給の遅れ
生徒へ配る教材費などの肩代わりなどが原因となり
各社員はそれぞれ
借金まみれ
に。
40人いた同期入社も残り2人となって、
生活困難となった鎌田、
ついに退職を決意
。
→
【SubHistory2 サラリーマン時代の鎌田】
1999年10月
会社、倒産の方向へ。
各校舎を職員が買い取る形で、独立をすすめられる
。
佐々木、武蔵藤沢校を譲り受け、
愛夢舎が誕生
。
経営コンサルタントとして、元社長が参加する。
2000年
佐々木、小田切、矢吹の3人による塾経営は
地元での評判を回復するに至ったが
元社長へのコンサルティング費用が大きな負担となり
、
数値的な経営状態は、悪化の一方をたどる。
同時に独立した「仲間」らと情報交換をするうち
コンサルティングのずさんさと
元社長のねらい、真実が明るみに・・・。
佐々木は、元社長のコンサルティングを拒否
本当の意味での、自分たちの新しい塾を創ることを決意。
2000年8月
夜逃げ同然
で、
武蔵藤沢校を廃業
。
程なく、市内の近い場所で、新しい塾を開校。
塾名も「愛夢舎」とし、新設の塾として運営スタート。
2001年4月
「第1回 愛夢舎バンドライブ」開催。
→
【SubHistory3 愛夢舎バンド】
2003年2月
矢吹和宏
新天地を求め、愛夢舎を退職
。
人材関係の仕事についていた鎌田の協力もあり
入れ替わるように
新人講師 三輪卓也が入社
。 ↓
鎌田、人材紹介・派遣会社を退職することを決意。
一路、愛夢舎へ
。
↓
2003年7月 ↓
鎌田、
愛夢舎に社員として合流
←
2003年秋
郵便配達員さんのはからいで
昔の卒業生、中島典子からの連絡が佐々木のもとへ
。
2004年3月
中島典子、大学進学決定とともに
愛夢舎で時間講師として勤務をはじめる
。
2007年2月
専任講師 三輪卓也、
実家に戻ることとなり、愛夢舎を退職
。
2007年4月
鎌田のツテで、即戦力の専任講師として、
田中健一、愛夢舎との出会いを果たす
。
2008年4月
「第7回 愛夢舎バンドライブ」開催
→
【SubHistory3 愛夢舎バンド】
2009年3月
新校舎へ移転
→ →
【Subhistory5 新校舎観察日記】
2010年9月
校舎増築(1F&3・4Fに)
→ → 【Subhistory7 校舎増築記】
・・・歴史は現在もつづられています・・・。
【愛夢舎ヒストリー第32章】 移転(再… 2014.10.07
【愛夢舎ヒストリー第31章】 新天地~… 2014.09.29
【愛夢舎ヒストリー第30章】 家(再掲… 2014.09.26