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古い友だちと話していたこと・・・安住の地なんてないよ。どんなに仕事で成功していようが、家庭が愛に満ちていようが、そこが安住の地かどうかわからないよ。だって、大きな会社だってアッという間に傾くし、人間の愛なんて、油断したらすぐにゆがむよね。「これでおしまい」「ここまでやれば、安心」は良くない安住の地・・・って、一生懸命、いつもいつも自分の限界まで努力して努力し続けて、気がついたときにどこにいるか、なんだろう。ホントに一生懸命、正しいことをしていたのなら、きっと気がつくと「安住の地」にいる。他の人や社会を傷つけたり、自分だけ・・・って考えだと、きっと一生安住の地は得られず、ずーっとドキドキしてなきゃならない。うーーん、友だちも良いこと言うなぁ~~しかし、彼なにがあったんだろう?こんな「テツガク」なヤツではなかったのだけど・・・ね。
2006.09.30
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重複する内容なのだろうけど、ちょっと書いちゃう。ウチの近所は資源ゴミの日、があり、アルミ缶や雑誌などを分別して所定の場所に置くことになっている。それを、ホームレス風の人々や、どう見ても民間の古紙回収業の車が堂々と持ち去る。それぞれ、専門があるようで、アルミ缶や古新聞だけに絞り、他のものは見向きもしない。ってことは、僕らは彼らのために自分の時間を使って分別している、ってことになる。ここまで書いて気がついた。今まで、役所が旗を振ってるリサイクルだと思っていたけど、実はホームレスや特殊な環境の方々への共済運動だったのだ。役所も不親切だよね。このような仕組みだったら、だったら先に言ってくれればいいのにそうすれば少々の不愉快さは我慢するのか、協力をしないか、の選択ができるのに・・・(「私的回収」の人達って、ちょっとあまり近寄りたくない系統が多いのだ)しかし・・・コストをかけない救済政策だねぇ~もうすこし、お金をかけて仕組みをしっかりすれば、もっとみんなの協力を得られるのに・・・ね。やっぱりお役人様って、頭の構造が違うんだね、の日。
2006.09.29
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仕事の帰りが遅くなり、夜の慣れないバス停でバスを待っていた。すると、二人の小さな子どもを連れたお母さん。どちらも幼稚園ぐらいじゃないのかな?子どもと達としっかり手をつないでニコニコしているこの子たちと一緒に居られる事が楽しい、嬉しい、幸せ。。。そんな空気をいっぱい表現した笑顔。素敵な笑顔映画スターの華麗なる笑顔も良いけど、これほどの笑顔を見たのは久々だ。それほど、心からの笑顔、に見えた。バスが来た。残念ながら僕の乗る路線ではなかったので、お母さんが乗るのかな?とちょっと体を引いた。お母さんは、笑顔の上に会釈までしてくれて、二人の宝物達とバスに乗り込んだ。ただ、それだけの話。でもね、アタマのモヤモヤがスッキリするぐらい、素敵な「すれ違い」だった。って、言ってもきっとわからないと思うけど・・・の日。
2006.09.28
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白人系の国から来たと思われる(カナダかな?)高校生ぐらいの団体が盛り場を歩いていた。総勢10人ぐらいの女性達が先生らしき男女(各1名)に連れられて街の見学かな?しかし・・・おしなべてみんなおおらかな体型。ふくよかな事は豊かさの象徴、ってよく言ったものだ。その通り。それに、暑ければ薄着だよね。他人からの見映えばかりを気にするのはおかしいよね・・・とばかりに、お腹や背中は十分はみ出している。(太鼓腹って流行なのかな?)それと歩き方・・・わかる、わかるよ、あなたたちの主張同じ地球人だものね、自分の国と同じようにして悪い理由なんてない。でもね ココは東京の盛り場 道は狭いし人も多い あなたたちの国ほど広くないだから・・・お願いだから歩道に広がり、それも悠然と歩くのは避けてほしいんだわ。あなた方の国よりも何十倍も狭くて、人口密度が高いから・・・なんか、東京の盛り場って特殊なのかな?の日。
2006.09.27
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子どもの頃、鎖鎌(くさりがま)に憧れた。そのころから機械や道具が大好きな性格だったらしく、フツウの武器よりも、ちょっと変わった、特徴のある道具の方を注目する傾向があった。鎖鎌。これは、とっても奇抜。どう見ても、農作業用の刃物とクサリの組み合わせだもん。もうひとつ、使ってみたい「武器」は火炎放射器。多分、本や写真で見ただけだと思うけど、背中にボンベを背負い、それこそ怪獣のように大きな炎を発射する。ライフルやマシンガンでは、弾の軌道がみえないけど、火炎ならハッキリ。視覚的威力は抜群。まるでポータブルのゴジラのよう・・・。閑話休題そういえば、人間でゴジラと同じ系統の武器を使っている人達がいる。タバコの煙を撒き散らしている人達。自主的な高額納税者だから、きっと良い人達なのだろうけど、煙の武器を持っているって自覚がない人も多い。タバコの煙放射!で何か撃退できるよ。逆に撃退されちゃうかも知れないけど・・・・ね。
2006.09.26
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小学校の頃、夏休みには母親の田舎に何日かお邪魔するのが決まりだった。まるで、プチ林間学校のようだった。最寄りの駅は単線で、そこから歩けば30分はかかろうという場所。妙に広く(広すぎて)使っていない部屋もあり、家というものは狭いものだ、と刷り込まれていたこともあり、最初強い違和感を感じたのを忘れない。家の中で気に入った場所があった。東京の自分の家にはない縁側。窓(戸かな?)を開け、ブラブラと足を投げ出しつつ腰掛け、滅多に人が通らない往来を眺めながら冷たいスイカを食べる。これが、至極の時だった。(ときどき庭の犬が様子を見にきたり…)虫捕りはブヨに刺されて腫れ上がり、山登りは疲れ果て、川遊びではどこで遊んでいいのかわからない・・・そんな都会ズレしている僕だったけど、縁側だけは、友だちだった。そういえば、先に僕の「お気に入りの場所」ってどこなんだろう?そういえば、休日に家の近所を散歩していて、キレイなオレンジ色の花が咲いている家を発見した。花の種類はわからないけど、実に可憐で綺麗。最近の気になる、引力を持つ場所かな?
2006.09.25
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誰しもYahooやGoogleで自分の名前を検索したことがある、でしょ。同姓同名の他人を発見して、妙に調べてみたり、感動したり・・・ネット上で見つからない時には、「珍しいから・・」と優越感だったりして・・・今日、それ以上の出来事があった。家電の量販店でCD-Rの10枚パックを買ったとき、レジの担当が僕と同姓同名の男性だった。よっぽど声をかけようかと思ったんだけど、「だから何ですか?」と素朴に聞かれたら困るし、お仕事のリズムやテンポを狂わすことになるかも知れないし・・・(週末でとても混んでのだ)同姓同名の彼と僕は、外見は(残念ながら)似ていなかったけど、自分と同じ顔をした人が世の中には必ず一人以上はいる、らしい。本当かどうかわからないけど、きっとそうだと思うし、そうじゃなきゃつまらないね。なんて、ちょいと地球的に考えちゃった日。
2006.09.24
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遅めに起床。美味しいパンを頬張る。朝刊に目を通しつつ、ゆっくりコーヒー。昼食まで、何に急かされることもなく、身の回りを整える。遅い昼食。今日は良い天気だから、外で食べようかな?ファストフードがいいね、久々に。そうだ、割引券があったはず・・・ブラブラ外出。ファストフードでは、本屋さんで買った雑誌を読みながら、ゆっくり食べる。陽気もいい、暑くも寒くもない。ガツガツ動かない、たまにはこんな休日もいい。
2006.09.23
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大都会では、地元民は少数。他の地方から出てきた人達が街を作り変え、他の地方から出てきた人達が街を利用するだからほとんど街に責任を持たないし愛着もない気がつけば、どこかで見たようなビルやお店がいっぱい地域ごとの特色は、そこにあるお店の特色にほぼ等しい。都会は商売の場儲かることを儲かるようにやるだけモラルなんて・・・最低限?だって、そこに一生住むわけじゃないもんこれでいいのかな?>東京だんだん東京が遠い存在になっていくような・・・の日。
2006.09.22
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「お出口はあちらとなっております」「先頭車両は女性専用車になっています」これらは、「よろしかったですか?」とともに、コンビニアルバイト言葉の枠を卒業して、一般社会に進出してきた。言葉は生き物で、変化していくもの。だから、一方的、断定的なことはよくないのだけど、これらはどうしても馴染めない。「なっております」には、意志、主張、案内、自信、などの主体的な要素をあやふやにしているように感じるし、「よろしかったですか?」は、どこかの地方の独特な表現(方言?)とも聞こえるのだけど、過去形はないだろう・・・って感じる。コンビニのアルバイトは他にない厳しさがあるらしい。曰く、深夜などで責任者と連絡が取れない(非常に取りにくい)ときにでも、店の代表として対応しなければならないこと、らしい。深夜に、ちょっとウルサイお客の対応であれば、それこそ責任を回避しつつ言うことは言わなければ・・・の状況だろう。そう思うと、「なっております」はとても合理的な表現。こーゆー言い方をすれば、「自分はアルバイトだから、本当は何の権限もないのだ。でも、今は偉い人達がいないから、店の代表として嫌なことも言わなければいけないのだ。」を的確に表現できると思う。だけど、今この表現はどんどん一般社会、会社に蔓延しつつある。これは良くない。コレを続けたら、きっと全員無責任状態になっちまう。と・・・単に考えすぎなんだろうけど、ね、の日。
2006.09.21
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週末の百貨店エスカレーターに乗った。自分の前は若い女性。妙な動きは誤解を招くでも、目をそらせるのも不自然僕の視野に女性の耳が・・・耳にはピアスそれも、複数(3-4個か?)で耳の上部にも・・・。これらの詳細が、この位置関係では耳の裏側から見る。おそらくこの角度距離で見ることができる人は、かなり限られるだろうで、何が言いたいかと言うと「串刺し」なんだ耳の裏側にはオモテから貫通した針の先が見える安全な計算はされているに決まっている。でも、ちょっと距離を置きたい雰囲気はある。オモテからはただキレイに見えるだけだけど、仕掛けは大変なんだねそれにしても、こんなの想像がついて当然なんだろうけど、なんでビックリしているんだろう>自分。の日。
2006.09.20
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夏のセミたちほんの数日で死んでしまうとわかってるのに、なんで一生懸命に鳴くのかな?ゆっくり楽しめばいいのに・・・・・・そんなに自分の遺伝子が大事なのか?あ、人間も、だね。
2006.09.19
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人生って(おっ、大きな話題だ)大抵自分が主役。でも、自分だけが絶対に主役なのだ!って人はちょっとつまらない。だって、いつも「オレが」だけだもん。いくらお金や権力を持っていても、話していて面白くない、と思う。(残念ながら、あまり実例を知らないのだ・・・)お話しさせてもらって面白いのは、他者の存在を十分に視野に入れられている人。いろいろな人の話しを楽しく聞ける人。・後ろに突き刺すような傘の持ち方をしている・握り箸である・貧乏揺すりをしているこれら、実は全部僕は該当だった。幸運なことに、親や知り合いに注意してもらって、今は該当はない。体験からすると、これらは自分ではなかなか気づかないし、直す気もしない。誰かから注意され、その注意を履行しない限り直らないことだと思う。注意する方だって、嫌な思いをする。もし相手が成人している人だったら、肉親以外誰が注意するだろうか?そのぐらい注意するって楽なことじゃない。人間の価値の一つに、「注意してもらえるか」って項目がきっとある、と思う。自分だけの視野の狭い価値観こんなものに縛られてはいけない。いろいろな人やモノから、沢山価値観をもらって、自分も、他の人も幸せにならなきゃつまらない。そうすれば、一人でも多くの人がニコニコできる。一緒にニコニコするひとがいた方が楽しい、よね!の日。
2006.09.18
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「競争社会」なのだそうだ。何をしても、赤ちゃんのころから、他の子と比べられる。「勝ち組負け組」こんな表現もフツウに使われる。「人間って勝つために生まれてきたのだ」そんなことを言う人もいる。勝てば確実に良いものや快適な環境を得られる?負けるとダメ人間?何だか胡散臭い。だって、誰だって個人の能力や才能だけじゃなく、運や他の人との巡り会い・・・いろいろな要素がなければ「勝ち組」にはなれなかったはず。「オレは誰の助けも借りなかった」コレは、は単に鈍感なだけ、だろう。今の自分の環境、状態、ってきっと、誰かから与えてもらったもの、って考えなきゃつまらない。いくら自分が我慢して、一生懸命やっても評価されないこともあるし、たまたま大当たりを引くことだってある。宗教ではないけど、人間って自分だけの力はかなり限られているのではなのかな?誰か、どこか、から沢山力をもらえることが、凄いこと(=実力?)のような気もする。うーん、こんな難しい内容書くんじゃなかった・・・本を一冊書けそうですね、の日。
2006.09.17
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何故だろう、男性がある程度の成功を納めると、決まって「群れ」を作りたがる。後輩、弟子、舎弟、子分・・・・それらを構成し、自分を頂点(または、ある種のポジション)に置き、ニコニコ満足をする、らしい。政治や芸能、会社の派閥などなど例には困らない。どうしてだろう?これって、人間の本能なんだろうか?最近ミクシをやっている知り合いに、ミクシの仕組みを聞いたら、これもやっぱり「グループ」が鍵になっている仕組みのようだ。「群れ」をネット上に再現した感じなのかな?ひとりでも、いいかな、と思ってる僕って、どっかに本能を忘れて来ちゃったのかな・・・の日。
2006.09.16
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落とし物した人を見かけたら、普通声をかけるよね。でも、タバコ関係では、「落とし物ですよ!」って誰も声をかけない。今どきでもたまには道路を灰皿代わりに使う人達がいる。(僕も昔そうだったから、少しはわかるつもりだけど・・・)携帯灰皿は煙害の免罪符にはならないけど、落とし物防止には有効だよね 今どきポイ捨てする神経も情けないけど、それを正当化する人達もいるらしい。「道路掃除は税金なのだ。オレは納税者なのだ。だから何が悪いのだ」「喫煙者は他の人よりも高額納税者なのだ、それが何故虐げられるのだ」まぁ、いろんなお考えがある。でもねぇ、だからといって吸い殻を下水の穴に押し込んで、見えなくするってのはあまりに貧しいのではないかな?禁煙しない理由と同じように、道路や下水を灰皿代わりにしても正当化できる理由は沢山あると思います。(しつこいけど、僕もそうしていた時期があったし)でも…それ本当の理由ですか?自分を騙してはいないですよね?「あ、タバコの吸い殻 落としましたよ」こんな声を素直に聞ける方が、素敵な人間ではないかな?の日。
2006.09.15
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LEDライトを買った出始めの頃は、なかなか高価なモノだったけど、最近は中国製がドッとでてきて、ずいぶん安くなったし品質も悪くない。光は、確かに暖かくはない色だけど、圧倒的に明るく電池も長持ち。まさに文明の恩恵(大袈裟か?)って感じしかし、ひとつ残念なことに気付いたこのライト、単三電池を三本使う電池を三本・・・・よく考えてみて欲しい。大抵の電池は二本セット、四本セット・・・と偶数で売られている。ウチの買い置きの電池も四本組だったから、一本余る。買うときには大した問題ではない、と思ったんだけど、実際に電池が一本余るのはどうしたものか?それに、単三電池を一本だけ使う器具が見あたらない。(掛け時計は単二だった)さて、どうしたものか?三本で使う器具が世の中に合っていないのか、複数でないと買いにくい電池が悪いのか・・・・ま、ひとつ言えるのは、目先のことだけで買っちゃう僕に一番の問題がある、かな?どっちにしても、メーカの理論なんでしょうね?ちょっと寂しいね、の日。
2006.09.14
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実は、僕は男である。(かなり分かり切っているけど・・・)男って、僕だけじゃないと思うけど、かなり思いっきり単機能な面がある。単機能っていうと、人聞きがイマイチだけど、「集中力」「信念」「雑念がない」なんて言い方はどうだろう?いろいろな人はいると思うけど、僕はいくつもの事柄を横断的に対応するよりも、限られたことに力や時間を集中させる方が楽しく感じる。これが、女性から見ると「子どもっぽい」と見えるらしい。ま、複数の事柄が同時に動かせる女性脳とは大違い(この辺は、書物の受け売りだ)だから、すぐ考え事の溝にはまってしまう「作家の先生」から連想される、「別荘にこもる」「ホテルにカンヅメ」は単機能を最大限効率的に働かせる手法なんだろう。単機能は、本人にとっては悪い気持ちはしないのだけど、端から見ると少々迷惑な面も多いらしい。それに(書物によると)脳って、何歳になっても成長する、らしい。うーん まだまだやるべきこといっぱいだね(^o^)何歳になっても卒業はないんだね、の日。
2006.09.13
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「一円玉の気持ち」・・・消費税ができたときに、擬人化されて語り尽くされているような気がする。確かに、一円玉って、れっきとした通貨なのに金額が小さいだけの理由で、とても虐げられている。量販店によっては、一定の金額以上であれば、一円単位を切り捨ててくれるお店もある。こうなると、通貨でありながら、形式だけの価値しかない、ような・・・でも、虐げられているといっても、消費税の前には目にする機会も少ないぐらいだったから、少なくと日の目は見た、のだろう。さて問題です。「人通りの多い道路に一円玉が落ちていました。あなたはどうしますか?」みんな、どう答えるんだろう?多分、拾わないんだろうね?では、次の問題「道で、一円玉を拾いました。あなたはどうしますか?」これは、どうだろう?交番のお巡りさんに届ける?最近の交番は、お巡りさん不在のことも多いし、一円玉で忙しいお巡りさんの時間をもらうのも申し訳ないし・・・では、ネコババ?公衆の面前で?「ねぇママあの人拾ったお金ポケットにいれたよ」こんな通りすがりの子どもがいたら最悪正解は何だろう?「一円玉を拾って、コンビニの募金箱へ」これが正解かのかな?やっぱり東京って恵まれているのかな?の日。
2006.09.12
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友人の弟さんが鉄道好きなのだそうだ。「てっちゃん」って言うんだよね?「そうなんだけど、弟は『てっちゃん』のなかでも特にお金がかかる『のりてつ』なんだ」いろんな分類があるものだ。(だから会話って楽しい)弟さんは、鉄道好きでそれも乗ることが好きな方なのだそうだ。(それを「のりてつ(乗り鉄)」というのだそうだ。)なので、彼曰く「意味もなく電車に乗る」そりゃそうだ、我々門外漢からすれば、意味はないように見えるけど、かれにとっては、まさに乗ることそのものが大きな意味を持つ。逆に彼にとって「観光」なんて、何の意味があるのか・・・何だろう。旅行から帰ってくると、写真を見せながら、ナントカ線のレアな車両 … と熱っぽく説明してくれるそうだが、なかなかテンションについていけないそうだ。でも・・・わけのわからないマニアな内容でも、夢中になって目がキラキラしてる顔がいい、と彼は付け加えた。そうだよね、夢中になってキラキラ、そしてちょっとドキドキ・・・これを忘れちゃつまらないよね。それに、ギャンブルのような出来合いモノに、この分野を支配されたら悔しいよね。一生自分だけのキラキラ、ドキドキを持ち続けないと・・・だよね、の日。
2006.09.11
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古い友人に久々に会った。せっかくだから、一杯やりますか・・・と居酒屋に。夜半まで楽しい時を過ごした。年賀状程度のつきあいを何年もしていたのだが、直接会って話すのは相当久しぶり。「このあいだ」「しばらくして」・・・・こんな言葉が会話にはさまる。コレ最低でも5年を意味する。ちなみに「ちょっと前」は約15年前を指していた。言葉ってのは主観的で、使う人間の都合で意味を調整できるんだ、って気づいた。誰が言葉を考えたのか知らないけど、ずいぶん便利なものを発明/開発/普及してくれたものだ、とつくづく感心する。だから、僕たちはもっと上手に使って、もっと良い言葉にして次の世代に伝えなきゃいけないんだろうね。気がつけば、ありがたいものに囲まれているんだね、の日。
2006.09.10
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あるラーメン屋さん肉体派でサングラスのお兄さんたちが入ってきた怖い系ではないけど、軽い緊張感そのうちの一人の注文「チャーシュー麺大盛り、ネギ抜きで」「ハイかしこまりました」しばらくして「チャーシュー麺大盛り、お待たせしました!」お兄さんはどんぶりをのぞき込んで「あのさ、ネギ抜きって言ったよな」 (後半やや巻き舌気味)「あ、申し訳ありません・・・・」 (後半やや消え入るように・・・)お店のミスだけど、ちょっと笑えただって、どう見てもあのお兄さんが、ネギごときに負けているのはおかしいし似合わない。人間誰にも弱点があるものだね。何だか急に、そのお兄さんが好きになった日。
2006.09.09
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東京の私鉄系路線バスに乗っていた。ワンマンだけど、とても親切な運転&アナウンス。どうもこの会社では、このレベルが普通らしい。「大変好ましいですねぇ~~」とニコニコしながら、いくつかのバス停を過ぎ、親子連れがバスを降りる時、事件が起こった。親子(お母さんと女の子)が降りる前に、運転席に向かってそれぞれ「ありがとうございます」と声を掛けて降りて行った。「えっ?知り合いかな?」ちょっと混乱。次のバス停では小学生が同じように「ありがとうございました」と共に降りた。運転手さんは、その都度丁寧にこたえるきっと、これも珍しいことではないんだね、この路線では。いいな!これ、絶対気持ちいい。気持ちいい空気が広がる輪だよね これ以上運賃が安いと感じたバスはなかった。コレ、みんな真似すればいいよね。一朝一夕にはできないと思うけど・・・・。まだまだ、世の中には いいこといっぱいだね(^_^)vあ、都営バスの関係者は、是非是非この路線バスに乗った方がいい。仕事観が変わったりして・・。
2006.09.08
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送別会の帰り。夜の電車には、「今どき」のカップルが沢山。しかし・・・数年前だったら、誰が穴のあいたジーンズを女性が着用すると予想できただろうか。それに、ジーンズとTシャツのスキマ。下着の上部どころか、「それじゃ半ケツだろ!」の背中…ま、僕は男なので、大抵はそんなに不快ではないのだが・・・そのカップルは、男女ともそんな格好をしていた。うーん、まぁ奔放というか、でもスタイルが良いから成立するんだろう・・・と目をすぐに戻そうとしたとき、何かが視界に残った。なんだろう・・・ジロジロ見るなんて失礼だけど、もう一度視界を戻させてもらった。指、だった。二人とも(男女とも)とてもキレイな指、手をしてる特の女性は、「爪オバケ」でも「ジャラジャラ明神」でもなく爪も指も清潔に手入れされているようだ。いいなぁ、これ。自分がガサガサな指のせいか、指がキレイな人には憧れる。即好ましいカップルに見えてきた?指って個性が見えるような気がするお化粧でも「指の年齢」はなかなかごまかせない、よね。だから、年齢素姓がでる気がする。「歳をとってもキレイなままでいてね」なんて、心の中で呼びかけちゃった。うーん、一歩間違えば・・・だね、の日。
2006.09.07
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ため息をつくと、その度に幸せがひとつずつ逃げちゃう、と聞いた。そうだよね、どう考えても「幸せさん」はため息が好きとは思えないし似合わない。だって、他の人のため息を聞くだけで、自分も嫌な気分になることもあるよね。人間だって嫌になるため息もあるんだから、「幸せさん」が逃げちゃうのも当然だよね。では、そんなため息から逃げた「幸せさん」はどこに行くんだろう。行き場がなくなって困っていないのかな?せっかく「幸せ」を振りまくために生まれてきたのに、がっかりしてないかな?----------------前略 「幸せさん」最近は、嫌なことも多い社会です。重くて暗いため息も沢山あります。せっかく幸せを運んできたのに、ちょっとしたため息で帰らなければならない・・・もしそうならこれはヒドイ話しです。そんなとき、もし、なんだったら、僕のトコロに来てみてください。そりゃ、たまにはため息もつきますが、気をつけますし・・・。ま、たいしたおもてなしはできないけど、悪い気分にはならないと思うんです。草々。。。の日。
2006.09.06
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0904 著作権違反友人から昔のLPレコードの歌謡曲をMP3に変換してもらった。(LPレコードを聴ける環境を持っているってのは凄い!)MP3プレーヤーで聞くLPレコードは、結構奇妙な感覚がある。CDと違って、針の通る音(チリチリ、ガサガサ)の雑音があるし、気のせいか少しモヤモヤしている。これって、ひょっとしたら多分著作権に触れる行為のかな?(自分のレコードでもイケナイのかぁ??)ひょっとして法律違反かも知れないけど、少なくとも僕にとっては、忘れかけていた古い曲が僕のライブラリーとして加わった。これは、きっと曲に携わった人達(または曲自身?)には悪いことではない、と思う・だってとっくに廃盤の曲だし、LPだし・・・こうやって一度「いまどき」の形式に変換しておけば、しばらくはデジタルの世界で生きながられる。悪いことじゃない、と思うんだ。の日。
2006.09.05
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言葉の流行 移り変わりは劇的に速い「最近は日本語が乱れて・・・」なんて言っていたら(確かに嘆く気持ちもわかるけど)変化を楽しめない。それに、取り入れるべき良い表現だってある。ちょっと前。妙に「アドマイヤー」を「尊敬」で使う人が多かったこれは良いことだなぁ~と思ってたら、最近はあまり聞かなくなった。最近は「リアル」「リアルに怖い」とか「アニメのキャラクターがリアルになった」「リアルに好き」などなど多分、バーチャルの反対語としての意味もあるし、「マジ」とも重複する意味合いがあるようだ。言葉としては、嫌いじゃないし「マジ」よりも語感や音、が良い、と思う。でも、あまり定着するとは思えないなぁ~~ま、いろいろな言葉を聞けるのは楽しいよね、うん。の日。
2006.09.04
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前にも書いた(と思うのだ)けど妙な響きの言葉が流通している。それも若者ではなく、訳知り顔のオトナ達の間で・・・<以下、あくまでも僕の感覚だよ、当たり前だけど>その言葉を発する人達は、企業の研修をする人、研修を受けた人、が主な発生源のように思う。おそらく、何らかの研修などで使われた言葉、言い回しが研修の外にも出て増殖している、のではないかと思う。それらは、「気づき」「学び」「振り返り」などの、なんだか妙な音で終わっている言葉達。用例としては、これらは大抵勿体ぶった言い方で、諭されるように言われる。「みなさんは、この気づきを大切にすべきです。」「ちょっとした作業の中にも学びを発見できます。」うーん、なんだか気持ち悪い。これだったら、カタカナ外国語の方がマシかも知れぬ。それに、理由はよくわからんのだが、これらを発声する人達の知的レベルを高いとは思えない。だって、自分が考えた、自分を通ってきた言葉じゃない気がする。(単に誰かの受け売りで消化していないような・・・)こんなこと書くと張り飛ばされそうだけど、にわか仕立ての薄っぺらな知性にも聞こえる。でもねぇ~~どうも、この流れは増えていくような気がするんだ。「諭すような顔」を多く見るようになるのかな?うーーん、笑っちゃうんだよね、何故か・・・言葉って不思議で面白いよね・・・の日。
2006.09.03
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何故かキーボードを何回も買う癖があることは以前書いた。実は、自分では「そんなに悪いことじゃないよ。そんなに高価なものでもないし・・・」と、余り反省もしていない。(だって楽しいもん!)で、今日、ちょっと面白いものがあるらしい・・・と情報を得て秋葉原へ・・・。キーボードって買う前にやっぱり触りたいよね。(十分触ってから買っても失敗はよくあるし・・・)いつもなら、ここで「とりあえず」風に一枚購入し、大抵は「いつか使う場所」にしまい込まれることになる。でも、今日は、もちろん衝動買いではあるけど、ちょっと違う。(^^)v新しいものを「違う幸せを求めて・・・」で買ったのではなく、今使っているものと同じモデルの「予備買い」だ。これは、今のボードに固定しつつあるってことで、とっても僕にとってめでたいこと、なのだ。「やっと本妻に巡り会えた」のかな?でもね、ホントは、音がカチャカチャするボードの方が好みなんだ。カチャカチャするけど軽いタッチのものがあれば、それがきっと一番。でも・・・夜使うことが多いから、カチャカチャの音がウチでは消化できない。(一台試しに買ったが、家人から15分で却下された)だから、カチャカチャのタッチで音がしないボードがあれば・・・なんだよね。いずれもっとピッタリするボードと知り合いになれるかも知れないね。それまで、パソコンをやっていれば、だけどね。の日。
2006.09.02
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多分(確実に?)サッカーの影響だと思うけど、普段の言葉の中や、サッカー以外のスポーツでも、アウェーとホームという分け方をすることが多くなった、と思う。これ、フツウなのか??アウェーとホームの2つだけで分けていいのかぁ?ちょっと不思議。だって、競技そのものが好きな人がいる場所がなくなる。沢山拍手をもらうべき良いプレーをした人がもらえる拍手や賞賛が少なくなる。合理的ではないよね?黒と白しかいない昔の西部劇じゃあるまいし、自分の応援しているチームの相手のプレーを褒められない人はフツウじゃないよね。きっと「サポーター席」で「応援」していると、相手チームを褒める拍手はしにくいんだろうな。この仕組みは、心を狭くするような気がする。一つのことしか信じられず、それ以外のものは全て排他するなんて、仲間といるときは楽しいかも知れないけど、自分を大きくするものじゃないような・・・(近所の馴染みのスナック通いのような??)応援するのは良いことだし楽しい。だけど、競技そのものをもっと見て楽しまなきゃ損です。ホームだのアウェーだの言わないで、選手のプレーを楽しむのがまず最初だよね。これって、一神教と多神教の構図に似ている??おっ、ハナシが大きくなってついて行けなくなったぞぉ、の日。
2006.09.01
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