2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全34件 (34件中 1-34件目)
1
![]()
第2回目は青森県のご紹介です。 青森県の戦後で最初に民選知事となったのは、 津島文治と言う人です。 青森で津島姓と聞いてピンと来た人は、なかな かの通かも知れません。 あの太宰治の実兄であり、青森の大地主津島 家(通称、津惣/津島惣助の略)の家督を継ぎ、 1925年に27歳で金木町長に選出され、29才 の時に青森県議選でトップ当選を果たし、当時 最年少の県議となり2期務めております。 太平洋戦争間近の1937年4月の衆議院選挙 に政友会から立候補し、第2位で当選しました。 若く家柄の良さから、"青森県の近衛公"とも呼 ばれたそうであります、が当選後数日で選挙違 反容疑で五所川原警察署に逮捕され、当選の 不承諾届及び県議辞任届を提出し、更に全て の公職からの辞任に追い込まれました。 その後、裁判により、罰金2,000円(現在の50万~60万円位でしょうか)と10年間の公民権停止を言い渡されております。第二次大戦中は、自邸の書斎に篭る日々が殆どだったようです。この時期にこんな名門で大金持ちの名士が選挙違反で逮捕され、罰金はともあれ10年間もの公民権停止を喰らうなど、よっぽど酷い違反があったか、政治的な裏があったかなどと疑いたくなりますが、詳しい話は簡単に探せそうに有りませんので、解ったらお知らせ致します。 彼は元々、津島家の三男で生まれておりますから、本来なら、こんなに日の当る場所に立つ事は無かったのかも知れません。運命の悪戯は、上の2人の兄が早世した事により彼に多大なチャンスの目を齎します。相撲で有名な五所川原農林高校の前身である五所川原農学校を卒業すると、早稲田大学の政経学部に入学します。現在では考えられませんが、相当賢かったのだろうと思います。同期に文学部に入学した井伏鱒二が津島文治が青森の大地主の息子だというのを噂では知っていたようです。後に、彼の12歳年下の弟である津島修治(太宰治)が井伏鱒二に師事するなどとはこの頃は誰も知る由が無かったでありましょう。大学時代に学生結婚した文治は、卒業した翌日に父が急死したため、いきなり津島家の当主となり家督を相続します。 その後の政界デビューは、2年後の金木町長に選出されてからであり、上記の通りである。県議時代の1930年11月には、修治がカフェの女給と自殺未遂事件を起こし、鎌倉警察署に自殺幇助で逮捕されます。担当刑事が金木町出身で津島家の小作だった事、所轄の横浜地裁の所長が黒石市出身で父親と姻戚関係だった事などを利用し、自らの政治的影響力を最大限行使して、修治を起訴猶予に持ち込みます。そこまでして助けた弟でしたが、余りに破天荒過ぎる性格と素行に絶えず衝突が絶えなかったようです。1946年、時代が変わって公民権停止の処分も解けると、進歩党から戦後初の衆院選に出馬し、定員7人中6位で当選します。この時は、弟太宰治もリュックサック姿で選挙運動に協力したそうです。国会議員の彼が何故、次の年の戦後初の民選知事選挙に立候補したかは定かでは有りませんが、見事初代民選知事となり、それなりに高い評価を受ける政治を行っています。現在でも有名な、十和田湖の裸婦像(乙女の像)は彼が高村光太郎に依頼して製作されたものです。津島家は、その後没落の一途を辿りますが、政治に清廉であったが故にそうなったと評価する人も有りますが、定かではありません。俳優で長男の康一氏は子供が無く、直系の血は絶えたようです。その代わり先の衆院選で引退なされた、自民党津島派の領袖津島雄二氏は、太宰治氏のご息女と結婚されています。旧姓は上野で、衆議院議員に復期していた津島文治氏と偶然お会いされた折、文二氏が絶縁状態にあった弟太宰治氏をやっと許すお気持になられ、跡継ぎのなかった文治氏が、夫婦養子として迎え入れなさったそうです。雄二氏には血縁が有りませんが、あの著名な人物を排出した津島家の当主となられたわけです。人間の運命とは、実に不可思議なもので有ります。ブログランキングへ
2009.10.30
![]()
日々様々な知識を得ようとあれこれ情報を追って いる内、今迄聞いた事すら無かった事件や騒乱 があった事に驚いた。 そこで、暫くの間、北の北海道から順に戦後地方 の首長となった人々を紹介しながら自らの故郷に ついて思いを馳せてみようと思う。 < 北海道 > 1947年に行われた日本初の民選知事の選挙が 行われた。 北海道の初代知事は、田中敏文という人である。 九州大学を卒業後、北海道庁に入庁し、林政部 森林土木係長の時、全道庁職員組合委員長に 就任する。(労働組合の委員長) そして、日本社会党から知事選に立候補し、全 国最年少(35歳)の公選知事となった。 この最年少記録は現在も破られていない。 後に先頃亡くなった故中川昭一氏の父上中川 一郎氏が九大の後輩という縁で、教授から推薦 状を貰い、田中知事の秘書になるべく面会を求 めたのを田中知事があれこれと時間を引き延ば し会おうとしなかったのに腹を立て、推薦状を破 り捨てて帰った事は有名な話である。 後に中川氏は、もしあの時田中知事が秘書にし ていたら、自分は日本社会党員として左翼の政 治家になっていただろうにと言っている。 結局、自由民主党のタカ派政治家になったのは 皮肉であり、人生のアヤを感じずにはいられない。 田中知事は3期12年務め引退し後進に道を譲る 事となる。 2代目の知事は、町村金五氏である。 あの自由民主党衆院議員の町村信孝氏のお父 上でもある。 彼は、宮部金吾、佐藤昌介と共にクラーク博士 の創設した札幌農学校に学び、日本の酪農の "草分け"と言われた、町村金弥氏の息子である。 内務官僚となり、官僚時代は新潟、富山の知事 として赴任し、後に内務省警保局長(特高警察の 元締め)、警視総監を歴任し、戦後公職追放とな っている。 公職追放解除後、1952年の衆議院議員選挙に 改進党公認で出馬し当選、日本民主党の結成に 参加せず無所属となった。 後に自由党に所属し、1955年(私の生まれた年) に保守合同による自由民主党結成に参加してい る。 1959年の北海道知事選に出馬し、現民主党の 横路孝弘氏の父上節雄氏を破って当選3期12年 務めた。 知事引退後は、再び衆議院選挙に出馬当選、北 海タイムス社代表取締役会長にも就任した。 第2次田中角栄内閣では、自治大臣、北海道開 発庁長官などを歴任した。 現在で6人目の知事が務める北海道庁である。 これまで2人の人物を簡単にご紹介したけれど も、この2人だけでも、深く探ってみると、とても 書き切れない程の様々な歴史が見えて来る。 これからも、徐々に紹介して行こうと思いますが 人の一生を掘り下げてみるだけで、色んなもの が見えて来ます。 是非、興味のある人物などありましたら調べて みるのも一興と思います。 ブログランキングへ
2009.10.29
![]()
名古屋市長の河村たかし氏が暴れている。 市長と議会が一致しない例は、日本全国各地に存在 する。 市長と市議会議員双方を選挙で選ぶなら、本来は同 日選挙を行うべきである。 市議会が事実上民意を失っている所で市長のみの 選挙を行っても意味が無いと思うがどうだろう。 市民の意が市長の方針にあるとすれば、議会が市長 の施策を否定するのもおかしな話である。 ただし、だからと言って強権発動をすれば良いという ものでもない。 賢く、深慮遠謀のある市長ならば、議会を上手く操り 自分の意志を老獪に通す事も可能な筈である。 南京大虐殺についての発言も同様に自分の親族の 体験や話しのみに基いて、全てが誤解だと言うのも 友好関係を結ぶ都市に対して配慮を欠いている。 南京大虐殺については、単なる数の問題ではなく、 明らかにはっきりしている事が、侵略したのは日本 であり、事の如何に拘らず、そのために多くの人命 が失われ、中に虐殺と思しき日本軍の行為があった という事である。 前から言っている通り、日本の一般市民は、アジア でも尊敬に値する程の良識と精神を有した人々が 多かったのは事実である。 然しながら、軍隊というのは、烏合の衆であり、軍律 の厳しく守られていた時期に司令官までもが崇高な 精神の持ち主であればいざ知らず、戦争とは支配さ れる者とする者とのルール無き殺し合いである。 ゲリラに悩まされゲリラ鎮圧のために多数の罪も無 い命が無惨に失われた言い訳にはならないのであ る。 中国、東南アジア侵攻時代に於いて、日本に奢りや 相手の国に対する不遜な心が無かったと言えば嘘 になるだろう。 アジア開放の大東亜共栄圏確立の大義が本当に 嘘偽りのないものであったなら、アジアの人々が、 あれ程までに日本に対して歯向かっただろうか。 やはり、日本のアジア侵攻は侵略であったと言わ ざるを得ないのである。 日本の東アジア、東南アジア侵攻によって、それ らの国々の独立が早まったと言うのも結果論とし てあるかも知れない。 でもそれは、あくまで結果論であり、本当の大義 が失われた時、それは完結する事なく、むしろ暴 虐な行為として日本の恥を晒す結果となったので ある。 これらの事を踏まえて、河村氏には、お気持は解 らぬでもないし、これまで利権や既得権益に浴し て来た議員に鉄槌を加えるのは大賛成であるが 一歩間違えば戦前の大政翼賛会のような状況を 生む事になるので、充分な熟慮を望むものである。ブログランキングへ
2009.10.28
![]()
或るサイトの受け売りのようで申し訳けないですが、 戦前の日本は、現在余りに研究されなさ過ぎのよう な気がしますので、一言・・・・。 確かに敗戦後の日本は、戦前の日本の価値観を全 て否定され続けて来たところがあります。 私は、戦前の日本を全て否定するのはどうかと思っ ております。 ただ、軍部が独走した戦争の在り方は、考え直さな ければなりませんが・・・。 元々日本は、先の記事でも述べたように、今以上に 人種差別を批判し続けていました。 或る意味、兵役や軍事戦略でアジアの各地に送ら れた市民レベルの日本人には、植民地支配を受け 続けるアジアの同胞に対して強い同情があったと 思われます。 日本が完全に軍部の支配を受ける前は、植民地 支配と言えど、欧米列強から開放するための施策 としての側面が有った事も事実だと思います。 そして、戦前の日本人は身を賭して弱い者を助け る精神を今の日本人より遥かに強く持っていたよ うな気がします。 世界では、笑われているという唯一植民地を赤字 経営したとされる日本を私はむしろ誇りに思います。 殆どのアジア諸国の識字率が限りなくゼロに近か ったものをかなりのレベルまで向上させた日本の 役割は大きかったと思います。 何時も申しておりますが、日本の市民レベルでの 日本文化は、まだまだ腐ってはいないと信じたい ものです。 これを発揚させるのが、政治の役割だと思うので すが、如何なものでありましょうや・・・。 時に、今の日本では殆ど語られなくなった日本人 を何人か挙げておきたいと思います。 興味の有る方は調べてみて下さい。 志賀哲太郎、浅川巧、駒屋俊夫、山根道一、西川捨三郎 ブログランキングへ
2009.10.27
![]()
菊池雄星君が苦渋の決断をした日、島国日本の 未だ未開の地のような狭い心を実感した。 これが現実なんであろう。 アメリカでもイギリスでもブラジルでも中国でも地 球上に存在する地域に過ぎないのに・・・。 何処で何をしようとも生きている事には変わりが 無いのに、日本人が日本だけでスポーツゲーム をやらなければならない理由は何処にもない。 増して、人生を賭けて未知の国に行き、何として も其処でベースボールを体感したいと思っている のだから、それが出来る状況にある以上優先し て考えるべきである。 彼の学校、野球部関係者及び本人に対して有ら ぬ中傷を浴びせた人々は彼に対してどんな責任 を以って償うのであろう。 彼らに何の権利があって一人の人生に悔いを齎 す強権の行使の許されるべきや・・・。 彼の張本勲氏だって言っている、"日本球界に残 って欲しい、プレーして欲しい、でも本人が行くと 言うなら勝手にすれば良いじゃありませんか、で も所詮メジャーリーグなんて大したものではありま せんよ"と・・・・。 人が個人的な評価をするのは勝手であり、自由 である。 そして、自らのチームに引き入れようと宣伝、勧 誘するのも自由である。 然しながら、不特定多数による恐喝や社会的権 力行使による圧力で個人の人生を左右するとい うのは、正に人権侵害、民主主義を否定する以 外の何ものでもない。 恐らく本当に野球を愛する人間なら、成功する か否かは別として、ランディ・ジョンソンのように バッタバッタと怪力メジャーリーガーを三振に斬 って取る彼の姿を見てみたいと思っていた方も 多いのではと思う。 どちらが上とか下というのでは無く、時はグロー バリゼーションの時代である。 日本の野球が認められているというのは、全く 手前味噌な戯言であり、野茂やイチローのよう な選手でメジャーを埋め尽くす事が出来て初め て認めさす事が出来るのである。 日本人の良さ、特性を海外に認めさせない限り 日本は何時まで経っても、東方絶海の果ての孤 島でしか有り得ないのである。 余りに了見の小ささに呆れ果てる次第である。 ブログランキングへ
2009.10.27
![]()
写真は杉原千畝記念館で頂いたパンフレットです。 先日から何度も彼の名前を出しているので、此処で 彼の紹介をしておきます。 テレビでも、もう何度も紹介されているので今更の感 も無いではありませんが、現在のイスラエルを始めと する世界中のユダヤ人の多くが彼に命を救われた人 々であり、彼らの子孫なのです。 彼は1900年(明治33年)1月1日に岐阜県の山奥、 現在の加茂郡八百津町の比較的裕福な農家の次男 として此の世に生を受けました。 そして、子供時代はお父様の仕事(確か郵便局か役 所関係だったと思いますが)の都合で三重や名古屋を転々としたそうです。何処に移っても成績は常にトップで、優秀な子だったようです。そんな彼は、英語の教師になる事を思い立ち、勉学に明け暮れ、現在の早稲田大学教育学部の英語学 科に入学するのですが、生活が苦しかった事もあり 外務省の官費留学生に応募し見事に合格して中国 のハルピンに派遣されます。 恐らく、此処が彼のターニングポイントとも言える人 生最大の岐路になったと思います。 其処からはロシア語を学ぶ事となり、陸軍への入営 外務省書記生、ハルピン大使館二等通訳官などを 経て、1932年(昭和7年)に満州国外交部事務官に 転じている。ここで重要なのは、日本国外務省に採用された彼が 満州国(日本陸軍の建国した)の外交部に身を転じた 事である。 そこで彼が為した仕事は、ソ連から北満州鉄道の 譲渡を受ける際に担当官としてソ連より当時の金 額で4億5千万円を値切った事である。 つまり、彼の意思とは別に、時代は軍国主義一辺倒 に流れる中、彼もまたその軍国主義の中に呑みこま れて行ったと言う事である。 単なる人道主義者というばかりでなく、彼は強(した たかか)な交渉人としての資質も持ち合わせていた と言えるだろう。 私人としての彼は、満州時代に白系亡命ロシア人 女性と最初の結婚をし、正教会で洗礼も受けてい るが、しかしその10年後には離婚もしている。 或る意味では、それだけに人間臭い人物だったの では・・・と思えるのである。 皆さん意外に知らないようであるが、戦前から日本 は、世界に対して人種平等の宣言を提案していた のである。 国際連盟に於いても、日本は人種平等宣言を主張 して憚(はばか)らなかった。 それまでの欧米列強の有色人種への差別著しく、 東方絶海、孤島の小国が列強各国に肩を並べよ うとする野望に於いて、日本古来の精神にこじつけ てでも、世界の大半を占める有色人種を味方に付 ける必要もあっただろうが・・・。 帝国軍人の中にも個人的には純粋に大儀として信 じていた人もあっただろう。 後日紹介しようと思うが、終戦時陸軍中将であった 樋口季一郎という人のエピソードとして、敗戦後、樺 太、守占島に於いて日ソ中立条約を破棄して侵攻し て来たソ連軍に対して大打撃を与えた時の司令官が 彼であり、スターリンは彼を戦犯として引渡しを求めた そうである。 これに対して、彼が満州国の特務機関長だった頃、 1938年頃の事であるが、ナチスドイツの迫害を受け たユダヤ人難民がシベリア経由で満州に逃れて来た 時、満州国外交部(事実上日本政府)は入国を許可し なかったため、彼らはオトポールという駅で足止めを 喰らってしまった。 その時の惨状を見かねて満州国への入国を許可し たのが、彼、樋口季一郎である。 その数、5千人~2万人とも言われている。 日独伊三国同盟を結んでいるにも拘らず、人種平等 の精神、ナチスドイツの人種迫害への批判から満州 国はドイツの属国に有らずとして外交部の反対をも 覆して入国、通過を許可したのです。 その時の恩を忘れず、世界のユダヤ人コミュニティ がアメリカ合衆国占領軍に働き掛け、マッカーサー 司令長官も彼の身柄を確保したのです。 単に数で言うなら、杉原氏より彼の方が多くのユダ ヤ難民を救ったと言えるでしょう。 話が随分逸れましたが、1935年に満州国の外交 部を退官した千畝氏は日本国外務省に復帰し、通 訳官として過ごした後、1938年にフィンランドのへ ルシンキ公使館に赴任します。 当初は憧れのモスクワ大使館に赴くはずでしたが ソ連側が断固入国を拒否したため夢は叶いませ んでした。 ここでも彼の力がどんなものか窺い知る事が出来 ます。 当時の世界情勢からすれば、外交官と言うものの 実質は、その国の情報収集をするスパイのような ものですから、既に満州でその辣腕振りを認識さ れていましたから、ソ連としても易々と入国させ るわけには行かなかったと思います。 その後、東欧諸国を渡り歩き、戦争が激しさを増 した頃に運命の地リトアニアに領事館設置の特命を受けます。 ナチスドイツのユダヤ人迫害は一刻の猶予も許さ ぬ程激烈化し、あのアウシュビッツ収容所に収容 されたユダヤ人は何十万という人々が毒ガスに よって虐殺されました。 ポーランド国境を越えたユダヤ人難民が押し寄せ た領事館では、日本政府に対し何度もビザ発給 許可の電報を打ちますが、とうとう許可は得られま せんでした。 この辺は、常識的な一介の外交官のようでありま す。 お役所勤めをした事が無い私は、自分のモットー である"命より大事な法律も規則も無し"に則って 恐らくは速やかに行動を起こしていたと思うからで ありますが、この時代、この立場でどうであったか は、何とも言いようがありませんけれど・・・。 独断でのビザ発給には、彼も随分悩んだようです が、ユダヤ人の交渉人の働きも有り、ついに彼は ビザ発給の決断をします。 ソ連から早急の退去命令を受けながら必死に 書いたビザが約6000通、その数の人命全てが 救われたとは思いませんが、ベルリンに向かう 列車に乗り込んでからも書き続けた彼の姿を助 かったユダヤ人達は忘れなかったでしょう。 戦争が終わり、一時ソ連に捕虜として収容され 1947年に帰国した彼に待っていたものは、外 務省からの退官勧告(実際には無かったと言わ れておりますが・・・。)であり、人道行動への評 価どころか職務命令を破った者への冷たい仕 打ちでした。 色んな思惑が有り、一概に何とも言えませんが 今迄説明してきた通り、彼は優秀な外交官であ りましたが、キャリア官僚では有りませんでした。 ユダヤ人からは、彼をアメリカ大使にするように 強い働き掛けもあったようですが、日本国の思 惑によって大使になるどころか、永遠に政府と の縁を切られてしまったのです。 ドラマでは、キャリアの外務省職員が彼を笑う シーンがありました、果たして混乱期のあの時 代に人を笑う余裕などあったかどうか解りませ んが、馬鹿な奴と思った外務官僚は大半だった と思います。 で、無ければ、彼がそんな運命を辿る筈も無か ったでしょうし・・・。 ただ残念なのは、当時軍部と同じ位の戦争責 任のあった外務省が、自らの責任回避に必死 となり、とどのつまり、そんな外務省職員が戦 後の日本の外交を行って来たという事です。 とても書き切れる問題ではないので、これで 終わりにしますが、人の一生には、様々な要 素が絡み合い、単純には説明のつかない事 ばかりです。 どんな事象でも良いですから、その事を深く 追究して行く事で知識も心も精神も豊かにな って行く実感を持って貰えたら幸だと思います。 拙い文章で申し訳けありませんが、間違いな ど発見しつつ少しでも興味を持って下されば 有り難いと存知ます。 ブログランキングへ
2009.10.26
![]()
先週は20日の火曜日から名古屋、岐阜方面を 回って来ました。 未だに名古屋、岐阜の土地勘はありませんので ただただナビ頼りで走っておりますので、一度ル ートを外れると何処を走っているのかさっぱり解 りません。 今度の出張では、今迄行っていない所を重点に 回りましたので、いよいよ何処を走って来たのか 解っておりません。 知多半島の常滑の山の中やら、豊橋市の南に ある伊良湖岬の近所、西に戻って岐阜県の木曽 川支流の流域に位置する可児(かに)市の北、御 嵩町の北隣の町、八百津町などを訪れて参りま した。 我が故郷もなかなかの田舎、山の中だと思って おりましたが、久しぶりに、それ以上の山奥に 分け入ったような気がします。 偶然にも訪問先の道端に"人道の丘"なるもの の案内看板が出ておりましたので、まさかとは 思いましたが、やはりあの杉原千畝(ちうね)氏 の故郷であり、彼の記念館などが公園として 整備してありました。 これは、立ち寄っておかねばと思い、山の頂上 に作られた"人道の丘"公園に上り、記念館も 見させて頂きました。 写真は、人道の丘のシンボルとも言うべき"命のビザ"モニュメント であり、命の鐘と書かれていたような気がします。 杉原千畝氏については、後日書かせて頂きます。 そんなこんなで、誠に疲れた1週間でした。 ブログランキングへ
2009.10.25
![]()
今回は予告もなしに名古屋方面に出張して来ました。 3泊4日の出張でしたが、今迄行った事の無い場所 を回ったので、少々疲れました。 今回の走行距離は1000キロ足らずでした。 岐阜県の山奥にも行きましたので、後日ご報告致し ます。 あの杉原千畝氏の生まれ故郷が加茂郡の八百津 である事も初めて知りました。 人道の丘なる彼の記念館なども訪ねて参りました ので、合わせてご報告致します。 今日はこれでお暇致します。 それでは皆様お休みなさい。 ブログランキングへ
2009.10.23
![]()
何処かで聞き覚えのある言葉である。 日本が太平洋戦争の敗戦、降伏を受け入れた のがポツダム宣言の受諾であった。 お陰で日本は再生の道を歩む可能性を得、見 事に復活したのである。 私の父親は、高校を出ると、時は就職難真っ只 中の時代(昭和25~6年頃)で当時は全く人気 の無かった建設省の地方局に入省したらしい。 我々の教わった教師が言っていたように、大学 を出ても就職の無かった人達が教師になった時 代である。 今は昔、隔世の感がある。 その父親が、私の生まれ故郷の田舎町にダム 建設のため常駐しており、其処で私の愚母と出 会って、今の私があるのだが、良くぞこんな田舎 の一人娘の所に婿入りの決心をしたと、我が父 親ながら感心する次第である。 まあ、その後たった3年で別れなければならなか った事は、神のみぞ知る所ではあるけれど・・・。 その父も、10年後位に再婚し、ダム建設の現場 を転々として退職前に退職して大手ゼネコンに 天下り、今は悠々自適の暮らしをしているらしい。 話が逸れたが、昔ダムを建設するのは果たして 是であったのか・・・。 今、私が遠き故郷を思い返す時、幼き頃に遊んだ 川は、今では誰も寄り付かない川となり、鮎や山女 は全く棲息出来ず、ウグイの遡上で流れが盛り上 がった当時の姿は最早再現不可能な状況である。 おまけに、元々天井川だった当地最大の川は、積 もり続ける砂に悩まされ続けている。 流量は減り続け、江戸、明治の頃は、舟が行き交 い、地方都市への物資輸送の要だった姿など、想 像も付かない程の変貌振りである。 火力発電の無い時代、原子力発電の無い時代、 農業が第一次産業であった時代には、水利として のダム建設もある程度は必要であったかも知れな い。 然しながら、人々の生活から川が置き去りにされ 忘れ去られた結果、各地の川はどんどん川の姿 を変え、人間の暮らしから完全に離れて行ってし まった。 その川は、逆に現代の人々にとってお荷物のよ うになっているのではないだろうか・・・。 そんな川に人間は一層追い討ちを掛けるが如く とことんダメージを与え、二度と再び元の姿を取 り戻せない死の川にしようとしている。 地域の人々の想いもあるだろうが、私の経験か ら言わせて貰えば、父親達が造り続けて来たダ ムが果たした役割と弊害を考える時、今では何 の役にも立たない、却って邪魔な存在になって しまったその巨大構造物の功罪は、どちらが大 きかったのか大きな疑問符の付く所である。 出来るなら、吉野川では無く四万十川の姿で後 世に伝わる河川行政を施して欲しいものである。 ブログランキングへ
2009.10.19
![]()
何時も私のブログを監視なさっている方から、私は 一体何と戦っているのだろう・・・。という問いかけが ありました。 別に私は何かと戦う意志など全く持ち合わせており ません。 ただ、世間の皆様が、余りに従順に腐った林檎ちゃ ん達に付いて行こうとするのが、傍目からは無謀な 行動に見えます故、微力ながら言いたい事を言わせ て頂いているのです。 力も富も無い我々一市民が、何で何時までも我々よ り弱い世界中の貧困に喘ぐ市民達を想い、助け、胸 を痛め続けなければならぬのか、ともすれば、権力 や金力によって、そんな微力な者達の企てをも食い 物にする日本の社会に対して憤っているだけです。 一昨日のテレビ東京の番組で紹介された、フレッド・ 和田勇氏の言葉の中に、彼が日本で過ごした5年 ばかりの子供時代に、世のため人のため我が身を 呈して生きよと教えられた事が、後に日本人として の誇りを喚起し、そして、その誇るべき民族をきっと 世界の表舞台に復活させなければと思った、と有り ます。 一介の八百屋の親父と自嘲気味に自分を表現され ていたようでありますが、ただの八百屋の親父にオ リンピック招致や貿易協定の締結など出来る筈も 有りません。 彼の中には、それ程までに、日本人としての誇りと 日本人としての血潮が流れていたのでありましょう。 単なる慈善家でなく、社会のシステムや人間そのも のを理解していたからこそ出来た彼の功績だと思い ます。 正に、今日本が必要としているのは、彼のような人 物なのでは無いでしょうか・・・。 今日は、あの加藤和彦氏が自殺したニュースも流 れて来ております。 鬱病がかなり深刻な状況だったようですが、自らを 愛し、世界を愛する者に自らを葬る考えは浮かばな いと思います。 自らを愛すると言う事は、ナルシズムのように鏡に 映る美しく華麗な自分への愛ではなく、愚かで馬鹿 な自分を認め、そんな自分を生かしてくれている全 てのものへの感謝を自覚する事であります。 きっと、自殺なさった加藤氏も自分への愛を失って しまったのでしょう。 自分を愛する事は、人より高い所にいる自分を意識 するのではなく、如何に自分が人より劣っているか を自覚する所にあると思います。 ブログランキングへ
2009.10.18
![]()
昨日、来年度の政府概算要求が提出された。 その総額が約90兆円となり、過去最大の国家予算と なりそうである。 これから国会を経て、様々なハードルをクリアして行く 途中で何処で落ち着くかと言った所である。 つまり、現段階では、来年の国を動かして行く経費が 約90兆円掛かりますと言う事である。 それならば、そのために国民一人当たりの負担額は 75万円になると言う事である。 平均すればこういう数字が出て来ますから、それを稼 ぎに応じて負担して貰おうというのが、税制である。 但し、現在の日本は、バブル崩壊後、企業の業績も上 がらず税収が落ち込んでいるため、所得税だけでは 90兆円を集める事が出来ません。 そこで、政府は国債や公債(借金の借用書みたいなも の)を発行して足らない分を補充します。 これが国民の借金として年々膨れ上がって来る分け です。 そして、もう一つ重要なのが、特別会計と言われる もう一つの予算です。 これは、以前であれば、郵便貯金や簡易保険、また 高速道路の通行料金、所得税や市民税を除いた後 の社会保険料(健康保険や年金、雇用保険など)、ガ ソリン税、タバコ税などが所管の省庁の収入となって 運用されるものです。 会計の仕分けの煩わしさや明瞭化を目的として省庁 に権限委譲なされたのですが、今では政府官僚の天 下りや族議員、財界、フィクサーの利権の温床になっ てしまいました。 若干言い方により間違っている部分もあるかと思いま すが大まかには、こんな所だと思います。 私は思うのですが、それならば、今国民は平均75万 円の税金を払い、特別会計の予算を再度一般化して 国家予算をリセットすれば良いと・・・・。 そして、国債や公債を買う人々は殆どが金持ちな分け ですから、目一杯発行して不良債権化にでもしたら良い と思います。 だって、今まで、そんな遣り方で国民の税金を破綻企業 に突っ込んで沢山パーにして来ているのですから・・・。 金持ちは、必ずや何か悪い事をしているから金持ちな 分けです。 一杯誤魔化して、腐った利権を貪って来たツケを返して 貰っても何の問題も無いはずです。 市民は、もっと政治に対して真摯に向き合わなければ なりません。 ブログランキングへ
2009.10.16
![]()
本日は、晴天でした。 車に乗っていると暑いくらいでしたが、風はもう秋の 風情を漂わせており、窓を開けると清清しい風が吹 き込んで来ました。 久しぶりに仕事で加古川まで出掛けたついでに、神 出の方を通って帰って来ました。 神戸の西、少し前迄は、垂水区神出(かんで)と言っ た地域です。 明石市の北西に位置し、大きく西に迫り出しており、 神戸と言うより明石と言った方がピンと来る感じで す。 この地は、洪積台地と呼ばれる広々とした台地で 水持ちが悪いため、到る所に溜池が点在していま す。 この台地の最高地点が雄崗山(おっこうさん)であり 海抜241.3mしか有りません。 が、隣の雌崗山(めっこうさん)と共にその美しい形 を誇っています。 山が低いため広々とした平野に見えるのですが、 振り返ってみると瀬戸内海が見渡せる程の高台 だという事が解ります。 昔は、水持ちが悪い土地だったため、稲作には 向いていなかったようですが、私が神戸に出て 来た頃は、秋になると、台地一面が黄金色の稲 穂に覆われ、周囲の低い山の秋化粧と相俟って 秋を感じるには持って来いの場所でした。 田舎育ちの私は、どうしても季節を感じる自然が 欲しくて、秋になると必ず来ていたような気がしま す。 そして、其処には、大学で初めて恋心が芽生えた 書道部の後輩の家もあったのですが・・・。 ブログランキングへ
2009.10.15
![]()
何やら市民とは掛離れた所で論争が起きている。 国策航空会社に等しい日本航空は破綻同然だと 言うのに、ハブ空港も無いものである。 遥か東方の果ての島国にハブとなる空港が何で 存在意義など持ち得るのだろう。 一番端っこの、然も米粒みたいな島国にハブとし て使用しようとする航空会社は相当太っ腹としか 言いようが無い。 仮に東アジアの地にハブとして使用する空港を 探すとしたら、当然中国の上海か武漢辺りが立地 としては最も適しているのではないだろうか・・・。 韓国の仁川国際空港もアジアのハブ空港を意識 して作られたものであり、現在は彼の空港の方が 日本の何処の空港よりもハブ空港としては適して いる。 元々ハブ空港がハブ空港としてあるわけでは無く 航空会社が拠点として使用するのに立地や施設 運営能力などを考慮した上で運用上拠点空港と しているかどうかだけの、謂わば形容詞みたいな ものである。 羽田をハブにするとか、成田、関空をハブにする とか言う問題では無く、それぞれがハブに成り得 るかどうか、経営努力によって、そうなる可能性 があるのかどうかを精査する事が肝心である。 何もこの狭い国土の空に唯でさえ過密な飛行ル ートをこれ以上増やす必要があるのだろうか・・・。 それならばむしろ、早々と中国政府と手を組んで 上海、武漢当りの空港をハブとして使うべく整備 拡張し、中国の国内線から国際線に到るまでの ルートを確保した方がよっぽど増しである。 確かに、中国政府との間でそのような外交手腕 の揮える人物が居るかどうかの問題はあるけれ ども・・・。 最早この時代、グローバル化の波は止まる事は 無いのであり、今こそ東アジアに打って出なけれ ば、日本の今後は開けて行かないと思うが、どう だろうか・・・。 相手が望むなら、彼の地に空港を作り、飛行機を 飛ばし、そのことで、日本の地の自然が多少でも 守られるのであれば、こんな喜ばしい事はないの ではないだろうか・・・。 何が何でも日本が日本がと言って、唯でさえ狭い 日本の地を破壊し続ける事について何処にも正 当性を感じないのは私だけなんだろうか・・・。 ブログランキングへ
2009.10.14
![]()
昔から、日本の社会では生活保護という分けの解らぬ 名を冠した制度が続いて来たのだが、如何にも怠け者 に対しての施しのような陰惨なイメージが付き纏ってい た。 しかしどうでしょう、よくよく考えて見れば、働かなくても 分配が出来、働かなくても日々の糧を得る位の生活保 障が出来る社会とは理想的な社会ではありませんか。 戦後の日本は、正に此処を目指して進んで来たはず なのに、何故未だにこんな事が実現出来ないのでしょう か・・・。 一重に力の横暴による搾取と、一部の人間によって為 された背任横領の結果と言わざるを得ません。 日々の糧を得る為の労働時間を短縮し、人生の質を高 める為の活動時間を増やす事こそが、社会に於ける目 標、指標とならなければ、人間は日々の退屈な時間を送 る事に絶望しなければなりません。 今、昔では考えられなかった程、若い世代の社会進出が 活発になっています。 これは、社会の成熟により、未だ一部の人間に限定され るものの、自らが選択した道を時間とお金を掛けて歩め る余裕が出来た事によるものだと思います。 決して政治による確固たる指標に基いた政策が招いた 事ではなく、市民の私的な指向性が生んだ結果でありま す。 本来ならもっと早く政治による社会基盤の構築と政策に よる社会の方向付けによって、このような事が実現され ていても不思議ではなかった筈です。 何となく生活は出来るが、自らの人生について絶望して しまうような社会を築いてしまった独裁政治も終焉の時 を迎えましたが、今後新政権も日本の社会が何処を向 いて、どんな社会を構築して行くのかの指標を示せなけ れば、再び前独裁政権と変わらぬ道を歩む事になるの は間違いありません。 公平な分配(お金だけではなく、人間の生きる上での必 要不可欠な要素)が行われなければ、日本社会の未来 は、お先真っ暗闇であります。 強きを挫き、弱きを助ける日本精神の復活を望みたい ものです。 ブログランキングへ
2009.10.14
![]()
やっとの事で自民党の独裁政権を打ち破ったにも 拘らず、巷ではマスコミを始めとする野次馬が、根 定を覆すかのような宣伝を始めている。 兎に角、今は前政権のリセットを完全に為すべき 時である。 予算の執行が少々遅れた位で今更日本がどうな るものでもない。 今までは、先んじてやらねばならぬ緊急事項が後 廻しにされ、それで命を落とした人も数知れぬので ある。 今、公共事業の予算執行凍結がどうのこうのとか 言っている連中こそ、己の利権しか考えぬ、日本 国の獅子身中の蛆虫どもである。 高速道路の二車線が四車線になろうが、出来損 ないのダム工事が止まろうが、殆どの国民に影響 の無い話である。 それよりも、可及的速やかに予算執行せねばなら ぬ、国民生活に密接な事柄は沢山ある筈である。 マスコミまでもが、スピード、スピードと分けの解ら ぬ追究をする。 今まで、何事も急ぐ余り、碌な事にならなかった政 策がどれ程あるか、60年もの長きに渡って溜まっ た澱のようなどす黒い問題が解決されない限り、 国民の望む簡潔明瞭な政治など望むべくもない のである。 自民党政府の政策を引き続き受け継ぐ位なら、民 主党の存在意義など、あっと言う間に薄れてしま うだろう。 耐えて辛抱の時である。 今、歯向かう敵は、必ず自民党政府を蘇らせよう とする勢力である。 本当に、今、膿を出し切ってしまわなければ、恐ら く今後の民主党の屋台骨もその膿によって腐って 朽ち果ててしまうだろう。 急ぐのは、生死の境を彷徨う病人か、野垂れ死に 一歩手前の不労者や身寄りの無い孤立老人位の ものである。 それ以外の国民が、何故に政治の遅れで生死の 境を彷徨うものか・・・。 贅沢病蔓延のこの日本、今日や明日が待てぬで もなかろうに・・・。 先ずは、己の足元を、じっくり見つめて反省し、明 日の日本に踏み出そう・・・。 ブログランキングへ
2009.10.13
![]()
日本には、"郷に入ったら郷に従え"と言う言葉が或る。 如何にも、村社会らしい日本の言葉である。 最近は、都会暮らしに疲れた中高年が田舎に移住す る話がちょくちょく聞かれるが、田舎とはそんなに良い ものだろうか・・・。 先日アップした記事の同級生の弟君の死も、そんな村 社会的な田舎の体質が生んだ悲劇でもあるのに・・・。 ロッテのボビー・バレンタイン監督が今期で解雇され、 日本を離れるに当って、ロッテのファンに感謝し、日本 のプロ野球のレベルの高さを賞賛しながら、プロスポー ツの経営や運営について皮肉たっぷりに言及した事は 日本の社会が、村社会的封建制から脱却出来ていな い事実を象徴している。 或る意味、日本の村社会的な雰囲気は、犯罪防止、 抑止の一翼を担っているし、全てが否定されるべきも のでは無いと思うが、この事で人間が極めて萎縮し、 スケールを小さくしているのも事実である。 勿論、犯罪は無い方が良いし、人間関係も円滑な方 が良いだろう、がしかし、それによって言いたい事も 言えず、黒を白だと言わしめる社会も如何なものか と思わずに居られない。 これまでの自民党一党独裁政治の功罪が正にこれ である。 優秀な若き人材をとことん堕落させ、村社会に於け る長老の黒い闇政治を叩き込んで来た事は、日本 に対する、国民に対する犯罪的裏切りである。 個人主義を崇拝するつもりも無ければ、封建社会 を肯定するつもりも無いが、真に民主主義を確立し ようとすれば、真に言論の自由が保障され、年功 序列の悪しき慣習が一掃されなければ、活力ある 公平な社会は望めないであろう。 ブログランキングへ
2009.10.13
![]()
今回のプレジデンツカップで、幸運にも選抜された 石川遼君は、恐らく周囲の予想以上に頑張ったと 思う。 勝ち負けに拘る欧米人の気質から考えると、今回 彼を選んだグレッグ・ノーマン氏には、その英断に 賛辞を送りたいと思う。 親日家である事も多少の影響はあっただろうが、何 よりもゴルフ界の発展、加えて後進の育成を考えて の今回の選出となったと、その英断に改めて拍手を 送りたい。 その期待に答えて、随所で好プレーを演じてくれた 18歳の若者にも拍手を贈りたいと思う。 確かに、2回の挑戦で、2回とも力の差を見せ付け られたタイガー・ウッズとの対戦は、彼に大きな試練 と希望を与えてくれたと思う。 この対戦で、彼が世界一の力を感じた事は、日の出 の勢いの彼にとって、或る意味戒めにもなったので はないだろうか・・・。 しかし、それにしても、あのような大舞台に立っても 物怖じしない18歳には感服した次第である。 自分達が18歳の時を思い返せば、如何に立ち居 振る舞いが大人びていても、世界はおろか、大人と 対等に戦う覚悟など出来ていなかったと思う。 今後の彼の活躍を願う次第である。 ブログランキングへ
2009.10.13
![]()
早朝からゴルフのプレジデンツカップを観ていた。 石川遼君は今日も相変わらず頑張っていた。 組んだ相手(Y・E・ヤン)も日本でプレーしていた選 手という事もあり、日本語でコミュニケーションが 取れた事も手伝って、見事に勝利してポイントを 稼ぐ事が出来た。 この放送の中で、上原彩子プロが、ピンクリボン 運動の啓発CMで出演していた。 女性なら恐らく誰もが知っておいでの事でしょうが 乳がんに特化して、定期健診を受ける事で乳癌 の早期発見を促し、乳癌による死亡を防ごうとい うものである。 乳癌は、欧米、アフリカ諸国に比べ日本やアジア での発生率は低いと言われています。 乳癌発症の一番の要因は、遺伝因子を持ってい る事です。 親族に乳癌を患った方のある人は、必ず健診を 受けましょう。 それと、乳癌には、欧米の女性が発症し易かっ た原因として、更年期障害時の治療薬に女性ホ ルモンの一種(エストロゲン)が投与されていた事 が要因の一つだと言う事が解っている通り、女性 の身体がエストロゲンに晒され続けると罹患しや すいと言われています。 つまり、社会環境の充実により、食べ物や生活環 境が良くなり、女性の身体的、精神的成長が早く なる事で、初潮が早まり、生理の終わりが高齢に なる事でエストロゲンに晒される期間が長くなった 事が大きな要因と考えられています。 そして、結婚しない女性や晩婚化が、子供を生ま ず母乳を出さない事で拍車を掛けているようです。 私は、乳癌に拘らず、女性の癌の殆どがたちの悪 い癌のように思えてなりません。 特に生殖に由来している事が、より複雑にしてい るのだと思いますが、単に悪性種が多いというの では無く、この手の癌に罹った後、治療後に問題 (乳房の摘出や卵巣、子宮摘出などで)が深刻に なるという事です。 更に、性交渉の低年齢化により、最近問題になっ ている若い女性の子宮頸癌の増加です。 前にも書きましたが、子宮頸癌の原因はヒトパピ ローマウィルスの感染によって発症します。 当然男性にも危険はありますが、殆どは女性の 方が感染して癌に至るという事です。 うちのカミさんが胃癌で入院した時、同室には乳 癌の末期状態で入院していた高齢の女性がいま したが、肩にはリンパ節から転移したと思われる おおきな腫瘍の瘤(こぶ)が出来ており、入院中親 しくさせて頂いていましたが、私には時間の問題 というのが見えていましたので、本当に辛いもの がありました。 全国の女性の皆様、癌になったご本人の辛さは 誰よりも辛いのは良く解ります、が、家族の辛さ は筆舌に尽くせぬものがあります。 皆さんも、周りの家族や親しい人々から愛されて いるのです。 本人に真実を告げず、嘘で固めた笑顔を作り続 け、神に祈る術しかない自分達の無力を呪い、涙 さえ隠し続けて接する貴女の周りの大事な人々の ためにも、定期健診を必ず受診する習慣を身に付 けて下さい。 ブッダからのお願いでした。 ブログランキングへ
2009.10.10
![]()
橋下知事の府庁舎内でのメールアドレス公開に より、現場の意見を吸い上げようとする目論みは 見事に当て外れに終りそうだ・・・。 堕落した府庁の職員達は、もう己の利益保全に しか興味が無いらしい。 子供じみたメールの遣り取りによって40代の女 性職員は見事に処分を受ける羽目になったらし い。 誠にお人好しのB型らしい仕業である。 B型の一徹で情熱的な行動力は、時として人を 余りにも己と同化させ、皆が自分と同じ想いで 生きているはず、生きてくれるだろうと、勝手に 思い込んでしまうのが、欠点でも有り良い所な のかも知れない。 大阪府を粉々に堕落しきった街にした公務員 達は、政治家と共に一級戦犯である。 そもそも、公務員の組合活動、労働運動という ものは、社会が熟成しない時代にあっては、民 間の労働運動の牽引役であったはずである。 それが、社会が熟成するにつれて、己が市民 の公僕である事を忘れ、市民を蔑ろにして、自 らの権利と生活権ばかりを訴え、あまつさえ、 血税に手を付ける悪行に及び、ついにはドロボ ー乞食たる人でなしの烙印まで押される所まで 堕落したのである。 幾ら気骨のある政治家が、政治の腐敗を止め 正常な有るべき行政を取り戻そうとしても、最早 腐り掛けの林檎は、芯まで腐って再生能力を失 ってしまっているようである。 ブログランキングへ
2009.10.09
![]()
皆様台風による被害は無かったですか・・・??? 私が九州に発った翌日から近畿から東日本に 掛けては、大荒れの天気模様だったようです。 幸いにも、私は雨風に晒される事もなく(多少の 雨は降っておりましたが)平穏な出張を終えて 参りました。 それもこれも日頃の行いのせいでしょうか・・・。 な~んちって、たまには言ってみたいものです。 8日の朝は、鳥栖のホテルから得意先に向かう 途中、これまで見た虹の中でも、いちにを争う ような素晴らしい七色の橋が架かっておりました。 九州の皆様には、ご覧になった方があると思い ます。 前夜は、上司に誘われて、躊躇しながらもパチ ンコに付き合いました。 すると、お互い諦めかけたその時から20連荘 の爆発大当たりを引いてしまい、ちょっとだけ 懐が潤った次第です。 でも、これに味を占めたらとんでも無い事になる 故、暫くは行きません。 台風の被害に遭われた方々には、心よりお見 舞い申し上げます。 ブログランキングへ
2009.10.09
![]()
わたくし、本日より金曜日まで、九州に出張して 参ります。 暫しアップ出来ませんが、宜しくお願い致します。 台風が近付いて、皆様には充分備えあって何事 も被害の無いようお祈り申し上げます。 それでは、また、金曜日にお会いしましょう。 ブログランキングへ
2009.10.07
![]()
昨晩、やっと田舎の同級生の友人と連絡が取れ 聞いてみると、やはり昨日亡くなった同級生の弟 君は自殺だったようです。 何となく、そんな予感はしていたのですが・・・。 友人も電話口で言い難くそうにもごもごしていた ので、すぐにそれと解りましたが・・・。 何と言って良いやら言葉が見つかりません。 葬儀は、身内のみで実家の方で、密やかに行わ れたようです。 たまたま日曜日が運動会だったらしく、その子の 地区は不参加だったそうです。 私も弔電の一つも打とうかと思ったのですが、話 を聞いて知らぬ振りを決め込む事にしました。 原因は離婚した後のお互いの家と家との確執だ ったらしく、友人に言わせると双方ごもっともな話 をしていたらしいのですが、私に言わせれば、良 いも悪いも人の相性だけはどうにもならない事な ので、お互い忘れる事が大事なのに・・・と思いま す。 離婚した人間がいちいち死んでいたのでは、命が 幾つあっても足りませんものね・・・。 兎角、田舎は住み難い、と言われるのも仕方ない 事かも知れませんね・・・。 ブログランキングへ
2009.10.07
![]()
亀井郵政改革金融相の発言が問題になっている らしい。 大企業を指して、最近の家族間殺人が増加した のは、大企業を中心とする市場原理主義に責任 がある(筆者要約) と言った類のものだったらしい。 発言内容はともかく、最近の大企業には、下請 け企業への配慮が無いのは全くその通りである。 強い者は、弱者に皺寄せして儲けるだけ儲けれ ば良いという考え方は、少なくとも高度経済成長 期にもバブル期にも、そしてオイルショックの不況 下でも、今ほどあからさまには見えなかった遣り 方である。 今の時代、浪花節は、もう通用しないと言われる が、浪花節的精神文化こそ日本の持つ本来の 文化では無いだろうか・・・。 決して、亀井大臣を諸手を上げて擁護するもので は無いが、これまで、これほど明確に大企業に 対して物を言った政治家がどれ程いただろうか。 政治家までが、市場原理主義に呑みこまれて 企業に物が言えないような国は豚に食われて 糞になってしまえば良いのである。 ブログランキングへ
2009.10.06
![]()
これまでも幾多の国家事業が民営化されて来た。 民営化と言えば聞こえが良いが、私の感覚では 特定の国民が既得権益を持った企業に就職し 黙ってても高収入を得る利権を手にしたとしか 思えない。 今回の郵政民営化にしても、国民の貯金や保険 の積み立てが政府のインチキ政治によって無駄 に費消され、その上その穴埋めに血税が使われ る事の阻止(行政改革)、政府保証による異常な 資金の集積を金融市場に還流させる事による公 平な金融市場の回復と活性化(金融改革)など、 国家事業が生み出した問題を国家が責任を放棄 して特定の民間経営者に下げ渡す、国民騙し政 策としか思えない。 何故なら、国家事業による失敗ならば国家が責 任を負って正常な状態に戻すべきであり、国民 資産の還流が必要であるならば、政策として政 府保証の見直しや、税制改革、金融資産制度 などの法整備によって幾らでも改善の余地が残っ ているからである。 政府の手に負えなくなった事業(国民の血税によ って創造された)を大手企業の経営者に委託して 民間の大企業を立ち上げると言うのは、納得行 かないとは思いませんか・・・??? この改革(では無くて)、目眩ましの責任放棄によ って得をする(恩恵に預かる)のは、果たして国民 なんでしょうか・・・??? 私には、とてもそうは思えませんが・・・。 貧乏人の僻みと言われても結構ですが、郵貯や 簡易保険に寄せられた資金の殆どは、無けなし の家計からのものではないでしょうか・・・。 それを国家予算を自由に操れる事を良い事に 騙し取ったり、詐取して来た官僚や政治家、財 界に責任を取らせぬまま民営化する事の正当 性が私にはやはり理解出来ません。 日本は法治国家である筈なのに、何時からか 放置国家になってしまいました。 こんなインチキが罷り通るなら、自ら法律を乱 す警察も検察も裁判所も要らないでは有りま せんか・・・。 この国は、政府自ら無法地帯を是認する国に 成り下がってしまったようです。 ブログランキングへ
2009.10.06
![]()
朝からの配達での行き帰りにNHKラジオ第一放送 で、アグネスチャンがゲスト出演していた。 永遠の恋人のように観てきた存在の彼女である。 二度の癌(唾液腺腫瘍、乳癌)との闘いを経験し、私 生活では三人の子供を生み育み、ドクターを取得し 大学教授の椅子も得、ボランティア活動も積極的に 行い、家では、言わば典型的な日本のお母ちゃん を演じ、誠に非の打ち所の無い女性のように思って いたのだが、やはり芸能界に生きる人間特有の何 かを彼女も持ってたのかと落胆している。 ラジオで喋る彼女の言葉は、きっと彼女の口から 自然に発せられるものかも知れない。 然しながら、彼女が創価学会の幹部会に来賓とし て招聘され、しかも山本伸一こと池田大作の作詞 の歌を披露し、精一杯PRしたなどとは信じ難い事 実であった。 彼女に流れる香港華僑の血がそうさせるのか、そ れとも本心池田大作を信奉しているのか、不可解 極まれりの心境である。 一体何を信じたら良いやら、アイドル(偶像)は、や はり幻でしか無いのだろうか・・・。 ブログランキングへ
2009.10.05
![]()
民主党がガソリン税を廃止するとかどうとか言って いる間に、今日ガソリンスタンドの価格表示パネル を見ると、何と1リットル133円になっているではありませんか・・・!!!! 確かに、此処のところ前程はガソリンの価格の事を 話題にしなくなっているせいも有り、何となく値段が 上がって来ているな・・・という感覚位しか無かった のですが、騒がれない事を良い事にじわじわ上げ 続けているのは、誰の仕業なんでしょうか・・・。 どう考えても、日本の石油需要が伸びているとは 思えないのですが・・・専門家の方々どうなんでしょ うか・・・。 ガソリン税の撤廃は本当に実現するのでしょうか この何年かの間に日本の車は殆どハイブリッドか 電気自動車に替わってしまうとか、そうするとガソ リンなんていうのは、極端に需要が落ち込んでし まうので、ガソリン税を撤廃しようが、しまいが関 係無いようにも思えるのですが・・・。 まあどうでも良いですが、上がるなら上げると言 って上げて欲しいものです。 ブログランキングへ
2009.10.05
![]()
今、緊急の納品依頼にお答えして配達から戻って 参りました。 会社に近付いた頃、何処からか昔懐かしい匂いに ふと気付き、車窓から目を凝らすと、其処には田圃 がありました。 成る程、稲は黄緑色に色付き、間も無く刈り取りの 時を迎えようとしています。 家々が立ち並び僅かに残った田圃ですが、今でも 田圃を残そうと頑張っている人達が、この都会にも 生存しているようです。 元々、ここ吹田市は田圃と山に囲まれ自然に恵ま れた地でした。 昨日も書いたように、あの大阪万博が行われる迄 は、本当に田舎だった所です。 事務所のある江坂でさえ、新御堂筋の高架道路が 出来るまでは、今のようなビジネス街とは程遠い場 所でした。 万博の行われた千里の地は、それこそ竹薮で覆わ れた小高い山でしかありませんでした。 千里の山の竹の子は昔有名だった・・・???筈です。 それが、世界中から人を呼ぶために山を切り崩し 道路と線路で自然を分断した結果が、今の新御堂 筋を中心とした北大阪の不便な街並みとなっている のです。 藁になる前の些か青臭さの残った稲の香りに気付く 人は、もうどれ位残っているのでしょうか・・・。 つくづくコンクリートジャングルのこの街が恨めしく なってしまいます。 出来るなら、田圃を手放さないで、何時までもその 存在を後世に伝えて欲しいものだと思います。 ブログランキングへ
2009.10.05
![]()
今日、お袋からメールが届いた。 私の同級生の弟君が亡くなったらしい・・・と言う ものだった。 お袋のメールでは48歳だったと言うのだが、私の 記憶では、もう少し近かったような気がする。 その辺の真偽を確かめる為に弟に電話をすると 珍しく直ぐに出て来た。 "今日も仕事か"と尋ねると、魚釣りだと言う、茨 城県は大洗の海岸で一人釣りに勤しんでいると の事、最近はやけに釣りに嵌っているらしく、暇 さえ有れば千葉や茨城の方に出掛けている様子 生魚の嫌いな私には、とても理解が出来ない。 だって、あれは臭くて、ゲー吐きそうですもの・・・。 餌といい魚といい、あんな臭いもの触りたくない と思うのは私だけだろうか・・・。 とは言え、この不況下、資金繰りに奔走している 割には遊び心の萎えない弟ではある。 さすがのNHKさんも最近は他の民放程では無い にしろ仕事の量は減っているらしい。 でも弟は飄々として相変わらず5~6人の職人 さんの生活を支えている。 何れも、武蔵美や多摩美出の人達で、確かに セットの出来は中々のものである。 職人でも無く、猛烈営業マンでも無い弟の何が それらを支えているのか不思議である。 取り柄といえば、限りなく酒を飲んでへらへらし ている位のものなのに・・・。 酒の飲めないお兄ちゃんは、少々へこんでし まいます。 ブログランキングへ
2009.10.04
![]()
我が家人は、予定通り昨晩9時頃に大阪は八尾を 出発し、東北へ向かいました。 一応の予定は立てているのでしょうが、車を出して 運転までして頂く、お友達のおばちゃん(失礼)に任 せっ切りの旅ですから、行った先々から電話が無け れば何処でどうしているかも解らぬ、誠に気侭な旅 (羨ましいと思う方は絶対あるよね・・・)なんですよ これが・・・。 もう少し年行ったら、私も気侭な日本旅巡りするぞ、 などと思ってはいるのですが、不精な私に果たして 出来るんだろうか・・・??? という分けで、昨晩は夜通し走り続け、今日は那須 高原で紅葉を堪能して来たそうです。 其処からまた北に向かい、本日のお泊りは、蔵王の 麓にある白石市の宿で一晩過ごすそうです。 明日は蔵王に登り(きっとロープウェーでしょうが)其 処から下北半島の恐山を目指すらしいです。 今度は西に向かい八幡平の紅葉を拝んで八甲田 から白神山地の方を回るそうな・・・。 誠に元気、疲れ、恐れを知らぬ者達であります。 大阪のおばちゃん、バンザ~イであります。 ブログランキングへ
2009.10.04
![]()
私も中川氏と同世代であり、50年余りの年月を送って 来たものとして、血脈(親子の繋がり)の不思議があだ 為す運命の悪戯に同情を禁じ得ない。 親子とは、別の人格を有する個人であるにも拘らず、 同じような人生の浮沈を味わう事が多いものである。 その節目、節目に於いて、親とは違う道を歩むべく 避けて通っていた筈の壁に何故だか自らぶつかって 行き、同じ命運を辿る事が良くある話である。 御尊父の一郎氏も、未だにその死の真実を世間に 謎にしたまま逝ってしまわれた。 今でも、彼の死については、様々な憶測を持って語 られている。 そもそもが、左よりの彼が、我々からすると、保守の 中でも、かなり右よりの人間だったような印象を持っ たのは、単に彼の最初の運命の悪戯だけがそうさ せたとは思えない。 然しながら、運命の悪戯は、やがて彼の根底に流れ る革新と魂の叫びを抑えきれず、彼をして踏み込ん ではならぬ世界に誘ったのでは無いだろうか・・・。 愚直、剛直、人情家の彼にとって、政治という何処 に真実があるのか、魑魅魍魎によって個人の意志 など抹殺されてしまう世界では、陸に上がった河童 の如く、生きる場所を失って行ったよう思われる。 今回の昭一氏の死についても、一郎氏同様の死に ついての邪推が為されるものだと思う。 政権を失った党の既に影響力を失った議員を謀殺 する理由も考えられ無いが、政治の裏とは恐ろしい もので、我々の考えも及ばぬ密約や裏話があった のかも知れない。 何れにせよ、このような憶測の出なくて良いような 政治環境作りを民主党には望みたいものである。 ブログランキングへ
2009.10.04
![]()
金曜日の夜、茶番劇を真剣にご覧になっていた方も 多かったと思う。 筋書きは凡そ見えていたにも拘らず、落胆の演技な どオーバーにして、無駄に消えた招致運動経費の責 任所在を包み隠すための猿芝居も良い所である。 降って湧いたような東京オリンピック招致、これには 首を傾げる方々も多かった事だと思う。 世界の趨勢は、五大陸の内、未だ開催の無い南アメ リカ地域かアフリカ大陸での開催を指向しているにも 拘らず、経済大国としての威厳でも示したいのか、米 国、日本と世界の二大経済大国が名乗りを上げるな ど、誠に以って不届き千万な行為である。 何かの番組で河合俊一氏が"実は決まる前から解っ ていた"として発言していたが、この話(招致問題)が 世間に出た時、恐らく日本人の多くが、今時何の話 をしてるのか・・・と怪訝に思ったのではないだろうか サッカーの次大会が南アフリカ共和国で開催される ように、世界は発展途上国の底上げのために、スポ ーツや博覧会などの祭典を出来るだけ途上国に開 催させる事で貧困や紛争の無い社会作りのきっかけ を与えようとしている。 前回の東京オリンピックにしても日本が高度成長期 を迎え、オリンピックの開催により経済の底上げや インフラ整備の更なる充実を図って行われたもので ある。 開催を予定する国も開催するだけの国力と治安の 確保が前提となり、そして地域で開催された回数も 重要なファクターとなるのである。 だとすれば、次の開催地は一番有力となるのが、南 米であり、次いでアフリカ、東南アジア、中東といった 所になる。 開催をする意欲の問題もあるが、所詮西欧で生まれ た文化である。 当然、欧米諸国にアドバンテージがあるのは止むを 得ない現実でもある。 然しながら、スポーツ、文化、科学技術など多分にバ ランスの良い国情にある日本とすれば、オリンピック や博覧会に拘らず、日本独自の世界の祭典を企画 しても良いと思うが、如何なものだろうか・・・。 ブログランキングへ
2009.10.04
![]()
読売新聞のやっている掲示板サイトへの投稿に ついて面白い記事が載っていた。 " 発言小町 "とか言うものらしい。 或る主婦からの投稿 タイトル : 夫と別れて再婚したい という記事に、異常に反応した人が多かったよう で、色々と物議を醸しているらしい。 十人十色と申しますから、様々なご意見を持った 方々がいて当然と言えば当然なのですが・・・。 但し、こんな個人的なゴシップめいた記事に異常 に反応する日本人の暇さ加減に驚いてしまいます。 平和で軽薄短小の日本らしさの表れでしょうか・・・。 飢えと貧困に苦しみ、病気をすれば殆ど命の助か らない地域、子供でも、その殆どが成人するまでに 死んでしまう地域に暮らす人にとって、正に生きる とは戦いそのものである。 仮に日本に限定した話しとしても、生きる事とは、色恋沙汰の前に立ち塞がる壁のようなものなので す。 結婚などという人間社会の作った勝手なルールに 翻弄されて、自分の身や子供の将来まで縛り、本 来自由である筈の自らの人生に自ら枷を加えてど うするのでしょうか・・・。 "生きるとは"、人との関係無くして成立はしないも のの、誰に制約されるものでも無く、自らの意志で 決めるものではありませんか・・・。 平和な日本は大いに結構な事ですが、その為に 失われている人間の意志がどれ位あるのかを考 えると、一概に喜べるものでは無いような気がしま す。 ブログランキングへ
2009.10.02
![]()
今日は朝から、神戸市の西区にあるビオフェルミン 製薬さんの兵庫工場に行って来ました。 お使い頂いている商材は、ほんの僅かな資材でし かないのですが、こんなものでも、いざ問題が発生 すると大きな問題になる位、手間の掛かるものです。 自社の生産、供給に関する意識の問題も有り、営 業さんは日々大変な目に遭っているのですが・・・。 そんな会社でも、ユーザー様を見てみれば、森永製 菓、明治製菓、グリコ、ロッテ、ソニー、ヱスビー、王 子、レンゴー、大幸薬品、二プロファーマ、大塚製薬 アース製薬、中野物産(都昆布)、福屋、メグミルク、 毎日牛乳、日東電工等々、上げれば錚々たる顔触 れのお客様が勢揃いしております。 それを思えば、もうちょっと何か考えようのあるものだと思うのですが、会社の事は経営者の問題でも有 りますから、どうにもなりません。 会社の人間は、そんなに深く、真剣に考えるなと言 いますが、性格はどうにもならないようで、最近では 身体がどんどん蝕まれて行き、疲れ果ててしまって います。 自分の会社に誇りを持つ事の意味の解らんような 経営者には即刻懺悔して欲しいものです。 ブログランキングへ
2009.10.02
![]()
我家の家人は、明後日の夜から東北地方に 1週間の旅にお出かけになります。 東北地方の皆様、よろしくお願い致します。 と、言っても、巡るのは白神山地や八甲田山 などの山々を歩く旅なので、そんなにご厄介 は掛けないかも知れませんが・・・。 家人によると、鳥海山に行けるのが楽しみ だったのが、今年はもう雪が降っているとか で断念したようです。 何処をどう回って来るのか、おばちゃん達の 気紛れなので予定もまともに聞かされており ませんが、人様に迷惑の掛かるような事だ けは無いようにお願いしたいものです。 私としては、岩手山が一押しなのですが、果 たして山登り趣味の人達に通じるのかどうか 解りません・・・。 険しいばかりが山ではなく、時には心癒して くれるのも、また山の良い所。 登れば大変な山でも、眺める山は雄雄しくて 心安らぐものでもあります。 どうか、山を汚さぬように皆様にもお願い致 します。岩手山 ブログランキングへ
2009.10.01
全34件 (34件中 1-34件目)
1
![]()

![]()