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期待して観ていましたが、少々残念でした。私は原作も読んでいないので、映画の予告編で勝手な想像をしていましたので余計に落差が激しかったかもしれません。総理大臣の暗殺犯に仕立てられた人の逃亡劇なんですが、シリアスに展開するかと思えば、そうじゃなかったんだな・・・人間の最大の武器は「信頼」というように、これが一つのテーマなのですが、なんだかなあ~~、青春の思い出に浸るような気がして、自分には、今一と言う感じでした。それに、どうして野ざらしのカローラが、バッテリー変えただけで走るの?ガソリンは腐っていないか?、水が混入していないか?、タイヤの空気は抜けていないか?第一に新品のバッテリーにした時のセルモーターの動き(音)自体、不自然なのです。それにしてもカローラのCMの歌ですが、私は何となく聞いた事があるかな?と言うぐらいの認識なので、店員さんがその歌で、カローラとわかるのにはビックリしました。そもそも、最初からカローラという名は知っていたんじゃないの?とも思うのですが。ラスト近くの花火も醒めてしまいます。まぁ、色々と首をかしげてしまう場面もありますし、チョッと売れている俳優さんたちが、顔見世程度に出てきますが、何で日本映画は、こんな事をするのが好きなのかな?と思うのです。観ている人たちの意識が、そちらに行ってしまうんじゃないかなと、余計な心配をするのです。正直、途中で飽きてしまいました。ただ、最後まで観れたのは、出演の堺雅人さんの魅力のおかげでしょう。あと一つ、顔見世程度の俳優さんたちの中では、伊東四朗さんが一番の役得だったかもしれません。
2010.08.31
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毎年恒例でやっていますね。「愛は地球を救う」というフレーズは素晴らしいと思います。しかしながら、私はこの番組を凝視するほど観た事がありません。もっとも24時間寝ないで見ようとも思わないし、それ以前の問題なのです。私はこの番組で、つくづく思う事は、どうして毎年障害の方々を出演させるのか?という素朴な疑問です。確かに、障害に対しての理解を深める事は、良い事だとも思います。しかし、一つ間違えると、“健常者のおごり”になりかねない気がして仕方がありません。そもそも、健常者と障害者と言う言葉自体が、何となくデリケートな問題を含んでいる気がするのです。世の中、五体満足でも歯を食いしばって必死に生きている人もいます。その方達と障害を持って必死に生きている方達は違うのか?と思うのです。私も、障害を持っている人たちと接する機会が多いです。最初は、戸惑うかも知れません。優しくしたりとか、かわいそうだなとか・・・があります。そういう気持ちは、人として至極当たり前です。でも、段々と付き合い始めていくと、その人の障害と付き合っているんじゃなくて、その人と付き合い始めます。だから、気に入る、気に入らないとか、怒るとか、感情が出ます。そこで初めて、その人たちと一緒に、対等に、付き合い始められると思うのです。これは私の思い方ですので、他の人はどうかわかりません。テレビを見ていても、どうして泣くのかよくわからいのです。*ここが私のひねくれた性格かもしれませんが・・・偽善とは言いません。私は「偽善だ」と批判出来るような立派な人間でもないし。だって、私は綺麗なオネ~サマの前では、素晴らしい偽善者になります。24時間のマラソンも大変ですね。何も、そんな事しなくても・・・といつも私は思うのです。ただ、何か一つやり遂げる事は素晴らしいし、その姿は美しいです。それを見て、感動をありがとう。という気持ちもわかります。私も、色んな事で、感動したり、涙したりします。(本当ですよ)しかしながら、結局はその“感動”と言うのは、他人事になりかねないのです。 アレとコレは別物というようなものですね。蛇足ですが、黒澤明の映画「生きる」のラストシーンのようなものですが。つまり、アレとは自分の人生。コレとは“感動をありがとう”になります。それが一致出来て、自分の人生の糧になれば、本当に“ありがとう”と言えるのですが・・・まだまだ、私は自分に「甘い」のです。
2010.08.30
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お昼ごろです。私は丁度机に向かって図面を書いていた時、携帯がなります。着信音でいつもの仲間であります。(前・豆腐屋。現・運送屋)“オッ 釣れたか?”と思わず思ったのは、昨夜、明日朝4時いつもの海岸集合!というメールが来ていたのです。私はメンドクサイので、毎週毎週御苦労さま!と他人事でありますが毎週日曜日には行っているようです。電話に出ると、“今いる?”と聞くので、“いるよ”と言うと“分かった、今から行くから”と勝手に切ってしまいました。10分ごろ、ヒョコヒョコと現れた時、“どう? 釣れた?”と聞くと“あいつ(人でなし)がサバを釣り上げた”らしいのですが、それで、結局何しに来たかと言うと、私には“飯食った?”と聞くので“食ったけど”いうと、何で食べるんですか!これから、ホルモンを買って焼鳥屋で焼き肉パーティをやる予定なんですよ!と言います。またかい? それで焼鳥屋のオトッツァン(元・ダンプ屋)には電話したの?と聞くと、今からします。だからここを集合場所にしました!といいます。何を言っているのか?コイツは?と思っていたら、“人でなし”(大工屋)も来ました。2人して腹へった~と騒いでいます。それで、当の焼鳥屋のオトッツァンに電話したら、朝からビール飲んでイイ気持ちでメンドクサイな~いう事で、当初の焼き肉パーティーは敢え無く中止になりました。すると、暫らくして今度はオトッツァンが手に宝くじを持って、現れたのですが、理由は、何でも私の為だそうで・・・しかしながら、日曜のお昼に、皆妻子持ちなのに50歳前後の男4人が集まって、“腹へった~~”と騒いでいる光景はどう見ても、情けないのであります。それでも、私は図面を描きながら、話に参加していたのですが、私がパソコンを使ったり、電卓で計算したり、人から見れば、暗号でも書いているような文章(プログラム)を書いている所を見ては、スゲ~と驚いています。と言うよりは邪魔をしています。そうです、私を除いて、他3人は肉体労働者なのです。ですから、3人はバカなのです。高度な機械・・・つまり、パソコンとかは、家でも、仕事でも、御縁がないのです。携帯すら危なっかしくて、子供に聞いて教えてもらっているらしいです。結局、近所のラーメン屋に行く事で、お腹を満たす事にしました。めでたし。めでたし。
2010.08.29
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動画サイトから、一気にダウンロード。我がiPhoneの懐にお腹いっぱいに入れました。その中で、米米クラブのカールスモ―キ―石井さん(石井竜也さんですね)が以前監督をした映画「河童」を見た事がありました。この時、ある1シーンですが、この人の心の暖かさと言いましょうか、優しさとでも言いましょうか、ものすごく感じられた事がありました。それはセリフではなく、カメラの位置でした。カメラワークと言うと大げさなのですが。と、私は勝手に思い込んでいます。この米米クラブの「浪漫飛行」は良く後輩が酔っ払っては、これしか歌わず、結局、覚えてしまいました。さて、次に井上陽水さんと玉置浩二さんです。玉置さんは最近色々と話題を振りまいていますが、この人の弾き語りは魅力的ですね。その中で、井上陽水さんとの「夏の終わりのハーモニー」は私は好きです。数年前、女性がお酒を振舞ってくれるそれはそれは国際色豊かなお店がありました。いつものバカな仲間とお邪魔した時、、私は滅多にはカラオケなどしませんし、断り続けています。しかし、この時何かの拍子で歌う事になったのです。それで、片言のオネ~サンとデュエットで「夏の終わりのハーモニー」を歌った事がありました。この時、自分で言うのもおこがましいのですが、他のオネ~サン達も一緒に歌いたいと申し出がありましたが、レパートリーが無いのでと、丁重にお断りしました。(その中にはオカマもいましたので)実は、他の仲間が不貞腐れてきたので・・・暫らく、この店に行くと歌わされてしまいそうになるのが、少々苦痛でもありました。今でも、このオネ~サンは偶に連絡が来ます。今は派遣で自動車部品の検査仕事をしています。只今、娘の恋愛問題で頭を抱えております。オカマさんは国に帰りました。何やらホルモン注射で大変だそうです。よく私たちに、「ミテ~ イタイヨ~ イタイヨ~」と何故か脇の下に貼ってある白い絆創膏を見せられました・・・この子がオカマ(今でいうニューハーフ)だという事は、私たちを除いて数人のお客さんしか知らない秘密でもありました。冗談で、“オイ!工事!”(つまり男から女にと工事したという意味)と言うとエイギョウボウガイ!!と怒ってました。さてさて、次は小野リサさんですね。この人の声と言うか、ボサノバを歌う人は一見“やる気”あるの?と思うような気だるい感じで唄ったりしますね。私も時折ギター片手にボサノバを弾いたりしますが、のんびりとリラックスしたい時はイイ音楽だと思います。ポルトガル語は舌が回らないのです。偶に聞くと、またギターでも弾き始めようかと思いながら弾き始めれば、今度はルンバやフラメンコも弾きたくなるしと、それでは本格的に練習するかなとも思うと、気持ちの余裕の無さに気がついたりで・・・今は聞くだけでいいかな・・・でも、いっぱい世界の音楽を聞いてみたいですね。ケルトもいいし、トルコやアラブ系、アジアなど・・・色んな音を聞きたいです。
2010.08.27
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この間、労働基準局の方がお見えになりまして。ウチの工場長の最低労働賃金の申請をしてくださいと言われました。それで書類等を提出するのですが、もうひとつ、同じ所の違う部署からも書類を提出してくださいとの催促。それからついでに、あるお役所さんからも書類の提出を催促されて、こちらは現金付きであります。その中には、余り足を踏み入れたくないお役所にも行かなければなりません。一般の人は滅多に行かない場所もあります。タダ単に仕事、つまり肉体労働をしていればよかったのが、今度は頭脳を使う労働もやらなければなりません。何が何だか、全くわからないない事もあり、担当者に“エ~~ボクワカンナイ~”というと、ダメ!チャンとやって下さい。とまるで、子供が夏休みの宿題を親に怒られてやっているようなモンです。そのなかで、最低賃金の事で、一般の人を100%とした場合、ウチの工場長の能力は何%とかを表にしてくれと言います。私は、うなだれました・・・すいません・・・それ以前の問題なんです。先ず、数が数えられません。字が読めません。と、そこから説明をしていきます。すると、それでは、それを文章にして提出してくださいと言います。“ホゲ~”私の一番苦手な事です。内心、俺にこんな事をやらせるな!とも思う時もありますが、やらなければならない事ですので、仕方ありません。今日もこれから、御役所巡りの旅に出ます。それが終わったら、今度はある仕事の機械が出来たというので立ち合いに行きます。それから納品に出かけてます。「ミスターK」と呼んでください。または「スーパーK」でもいいです。と客先には説明します。つまり、軽トラックのKでありまして。客先の事務の女の子は私のスーパーKを見て「アッ!カワイイ~~」と言います。思わず股間を押さえて隠そうとすると、怪訝な顔で睨まれますが・・・今の時代、私だけが軽トラなのであります。少し前は3tのウイングトラックだったのですが・・・
2010.08.27
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今では古本屋とは少々時代遅れなのかもしれませんが、時折、Bookoffに行って、気に入った文庫本をドサッと買うのが一つの楽しみであります。その中で、先日も10冊ぐらい買いまして、アジアの国の本やバックパッカーの本や、落合監督の本、遠藤周作さんなど手にして、値段も値段ですので気兼ねなく買いあさりました。その中で、1冊。タイトルにもある通り、「話を聞かない男、地図を読めない女」という本も買いまして、未だ途中なのですが、読んでいるとなるほど・・・ 確かに・・・と面白いのです。脳の構造、考え方、モノのとらえ方、会話、SEXの事など私も経験があるのですが、2人でいると(相手が女性の場合)自分は男と言うより、自分個人の“人間”となってしまう場合があります。ですから、悪いのは俺だよ!とふてくされる時もあれば、うるせ~な~とむくれる時もあります。これは私“個人の性格が悪い”と常に思っていました。しかしながら、この本を読むと、“男”という幼稚で単細胞な“性”。つまり脳の構造がそのように引き起こしている事がよくわかります。かと言って、言い訳をするつもりではありません。おいらのDNAが・・・とか愚息が悪戯好きで直ぐちょっかいを出したがる・・・とか。自分自身が“男”という構造を理解していないだけの話なのです。その反対に“女”というものも理解しきれていないという事です。決して男女差別ではありません。私は昔から、男女“同権”であって、“平等”ではないと思っていますので。それは、それぞれの役割が違うからという思い方から来るのです。話は変わりますが、女性だけが、かかる病気がありますね。例えば乳がんとか子宮がんとか。そうなると私はもう女性でなくなるとか“性”の話になります。周りもかわいそうにとなります。(命に関わるので当然ですが)これが男性になると、あるお笑いタレントが睾丸を取っても、男でなくなるとかという話は聞きません。お笑いの種です。婦人科があっても男性科(男性という言い方はどうかわかりませんが)はありませんね。せいぜい、泌尿器科ですね。お世話になった事はありませんが。素朴な疑問でしたので敢えて書きましたが、ここで話を戻します。早い話、“性”の違いを理解し、乗り越え、サポートしながら生きていく事は素晴らしい事なんだな。という事です。
2010.08.26
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私の事ではありません。映画のタイトルであります。メキシコ映画です。1961年だか62年の映画であります。この映画は日本人の俳優さんがメキシコ人に扮して主役で出ています。俳優さんの名は、三船敏郎さんです。今日何気なく動画サイトを覗いたら、この映画が分割でUPしていました。もちろん、字幕もありません。スペイン語です。チョッとダウンロードしまして。暇な時に見てみようかと思います。日本ではDVDでも発売していません。殺伐とした自分の気持ちの中でも一つ楽しみが増えました。
2010.08.25
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私(私達と言う程ではありませんが)が持っているもの。例えば、車とか、家とか、家族とか、お金とか・・・自分が所有しているもの、または所有していると思っているもの。それらを手放す事の恐れは、非常にストレスを抱えます。ストレス=不安でもあるとも思います。例えば、目に見える形では財産などですね。お金、家、土地、車、テレビ・・・家族、友達、恋人、愛人、ペット・・・目に見えないものもたくさんありますね。これは“欲”という表現が良いかもしれません。人間の三大欲望とは、食欲、睡眠欲、性欲だそうです。そのほかにもまだたくさんありますね。出世欲や、金欲、物欲などですね。これが良い悪いということではなくて、それぞれに、その人にとってみればモチベーションになったりします。しかし、これが執着になってしまう。“手放したくない”という執着ですね。 注)命は別です。人はその為に色んな手を使います。ヤキモチ妬いたり、怒ったり、なだめたり、好かしたり。痩せたり、化粧したり、着飾ったり・・・一生懸命働いたり、人をだましたり、奪ったり・・・その事に余りにも没頭してしまいますと反対に自らをがんじがらめにしてしまう時もあります。手放す事でわかる事とは、手放さないとわからない事です。想像はある程度しますが、想像して不安になれば“手放しません”しかし、手放さなければならない状況に追い込まれた時に、やっと踏ん切りがつく場合もあります。最初から、自分自身で決めて手放す事が出来ればいいのですが、私の場合はものすごく執着がありますので。ですから、外圧によってその状況に追い込まれてしまうのです。または無意識にその状況を自分自身で作り上げてしまうのです。これは、本当に無意識なのです。余りグダグダ言いませんが、それは、もしかしたら自分が、そう望んでいるという事の裏返しでもあります。そんな事を考えると、迷宮入りになりますので簡単に理解します。さて、何を言いたいかと申し上げれば、手放すとか手放さないとかは、あくまでも頭のレベルのお話であるという事です。ですから、初めて(行動して)手放してわかる事、気がつく事、見える事があると思っても、それ以上に大きい“不安”や“恐怖”で自分が押しつぶされてしまう。その不安”や“恐怖”で恐くて、恐くて直視できない。行動できない。だから、執着する。その単細胞な頭の中でぐるぐると犬が自分の尻尾を追っかけているようなものです。それが良いか悪いかは、その人が決める事ですので賛否の程はわかりません。話は変わりますが私の周りには、先祖代々というお家があります。古くからは、鎌倉時代とか・・・ 安土桃山時代とか・・・明治時代なんぞは、まだまだ鼻たれ小僧でありまして・・・この土地を、俺の代で潰しては御先祖様に申し訳ない。と思って一生懸命守ろうとする人もいます。私はその事は否定しません。少々話がずれるかもしれませんが、ある時、NHKでインドの事がやっていました。余命短い父親を息子さんが背負ってガンジス河の横まで来て、父親が亡くなるまで見守ろうとします。インドでは、輪廻転生という考え方があるので、ガンジスで亡骸を火葬し、そのまま河に流すらしいです。その親子をドキュメントで追っていたのですが、私はこの息子さんが死に対してそんなに執着はないだろうと思っていました。それは、先に書いた通り、輪廻転生と言う考え方だから、人の死と言うのはある意味祝福なのかな?とも思っていました。インタビューでもそんなコメントがありました。結局、お父さんはまだ生きながらえ、お金も時間も無いので一旦村に帰りましたがしばらくして亡くなったそうです。そして、またガンジスに来て火葬され流されました。その時、息子さんは泣いていました。私はそれを見て、ハッとしたのです。これが現実なんだ。悲しいとか悲しくないとか、知識での、頭での、理解であって感情は“悲しい”そんな事は当たり前のことであって、それが現実なんだ。思い方として“輪廻転生”があって、それを頭で悲しくないと否定しまうのはおかしい事なんだな・・・と思った事がありました。これは私の思い込みの1つの例であります。少しばかり、支離滅裂な文章なのですが、わかりやすく、単純に申せば、手放すことに恐れて、それに執着して生きていくのと、手放して、その事がどういう意味だったのかと“体験”しながら生きていく。もしかしたら、常に人生は手放す。手に入れる。の選択の繰り返しではないか?と思うのです。当たり前か当たり前じゃないかは、わかりません。それぞれの価値観ですので。何を手に入れて、何を手放すのか?ただ、“手放す”と言う事は、一概に“不幸になる”と限らないという事です。
2010.08.23
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この間、レンタルショップを覗いたら、ダスティン・ホフマンの新作がありました。思わず“オッ!”と言う感じで、久々に新作を見れるのかと思いながら、引退したんじゃなかったんだとも、思いながら内容もよく確認せず借りてきました。詳しい内容は伏せますが、イイ歳のおじさん(初老)と中年のおばさんの恋愛物語であります。タイトルおも今の自分に丁度いいかなと少々自虐的ですが、英語のタイトルはカタカナ表記で書くと「ラストチャンス ハ―ヴェイ」と言います。このハ―ヴェイとは主人公のダスティン・ホフマンの事ですね。私的に言えば「崖っぷちだぞ、孔明」かもしれませんが。この映画、面白かったです。このダスティン・ホフマンと言う人は、声が良い。これはものすごく魅力的な事だと思います。この映画を見ながら、デビュー作の「卒業」の時の若者の姿を見比べると本当に時の流れを感じます。そして驚いた事に、この中でジェームズ・ブローリンという役者さんも出ていました。この人は昔々「カプリコン1」で船長役をやったり、クラーク・ゲーブルの伝記映画に出ていたりしていたのですが、ア~こんなお爺さんになっちゃった・・・・と思わず驚きました。最も、映画「ブッシュ」でブッシュ大統領を演じたのが、この人の息子さんであります。これを知った時も驚きました。最近、外国映画を見る時には、その国の国民性とかに意識が行きます。それは、よく台詞で現れますね。もっとも、脚本なんですが。日本はどうしても、浪花節・義理人情でありますから、それが全面にでると往々にして、“木を見て森を見ず”になるのです。さて、この他に借りてきた映画で「第9地区」この映画も面白かったです。ラストがなんだか手塚治虫さんの「火の鳥」の中にあるシーンとダブりました。もう2・3回見てみようかと思うのです。私は、借りてきては大体2・3回見ます。そうしないと、よくわからないのです。別に評論家ではありませんので、変にこのシーンは何を表しているとかどうのこうのと言うつもりは全くありません。自然に思える事だけでいいのです。屁理屈こねて、ア~でもないコ~でもないというのは、タダの言葉遊びにしかならないのです。“自然に思える”というのは今の自分の体験の表れなのです。それを踏まえて、何が学べるのかというのも良い知識の基にもなるでしょう。何度も何度も、何度も。繰り返し見ながら、自分の気持ちと映画(主人公達)と同化していくのです。そこで、何か学ぶものも得られる時もあります。ただし、現実は映画とは違います。私は絶世の美女が目の前に現れた時、優しくエスコートしてダンスは踊れません。いつズボンを脱ぐか?それしか考えられませんが・・・オソマツ。(深読みはしない事)
2010.08.22
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とある国を言い表す言葉だそうです。その、とある国とは“Thailand”であります。意味は、大丈夫とか、何とかなるとか、気にしないとか、とにかくお気楽な言葉ですね。これは、日本人にとっては非常に無責任な言葉でもありますし、それと同時に非常に憧れをもつ言葉(精神)ではないかと思うのです。(私の場合のみかもしれませんが)私みたいなイイ加減な人間から見ても、お前ら大丈夫?と本当に首をひねります。タイの女性から聞くと、男は働かない。働いても直ぐに酒を飲んで遊んでしまう。だから別れた!という話をよく聞きます。他人事には思えませんね・・・。なんで働かないのかな?と思ったら、もしかしたら気候の問題もあるのかなと思うのです。“だって暑いジャン!!”と私は納得するのですが。ですから、今の日本はくそ暑いので、段々と男も働かなくなるのではないかと思うのです。これを地球温暖化による労働力の低下と言います!さて、この国には少々縁がありまして、客先の工場がこの国にあるのです。それで、2・3度お邪魔した事がありました。私にとって、タイと言う国は、遥か昔・・・山田長政の時からの長い付き合いだから。と恩着せがましい思いでいますので、こじつけの親近感があります。多少図々しい部分もありますが。それで、私が何故このような事を唐突に書いているかと申し上げれば、トコロ変われば何とやらでありまして、または、「日本の常識世界の非常識」とでも言いましょうか?もうひとつオマケですが、つまり、自分の「観念」の狭さとでも言いましょうか?「枠」とでも言いましょうか?「常識」とでも言いましょうか?「世間」とでも言いましょうか?「世間体」とでも言いましょうか?そんなものに四苦八苦している自分が、フトおかしく思えてくるのです。悲惨さを超えて滑稽に見えてくるという奴です。よく、切羽詰まってニッチもサッチも行かない時に、急に開き直るというのか、笑いだすような感じですかね?こんな気持ちになれれば、最悪思い余って、自ら・・・と悲惨な行動はしないでしょう。今の私は気分的に浮き沈みが激しいのです。真面目に考えれば、胃は痛くなるし吐き気もする。現に“オェ~”と戻してしまう時もあります。何とかその事を見ないようにしようと思っても、無理だし不安になる。肯定的に考えよう!ポジティブに!と思っても、それ以上の不安やネガティブな思いに押しつぶされてしまう。ただ、ある瞬間。先ほど書いた事ですが、フト思うのです。“マイペンライ!!”と。それと同時に、いつまでも印象に残る言葉があるのです。「象の背中」という映画です。癌に侵された主人公がお兄さんに言うセリフです。“俺は弱虫だから恐いという事が言えないんだ”と。これはまさしく私自身の言葉でもあります。こんな事の繰り返しが今の私の状態です。
2010.08.19
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先だって、30年ぶりの再会がありました。同窓会です。男ばかりです。名前と顔が一致するのは極わずかでした。先生が(これも男です)当時の卒業アルバムのコピーを持ってきまして、それを見ながら、オ~~あいつか! オ~~お前か!となります。しかしながら、さすが先生。全部名前と顔が一致していました。(事前に予習したかはわかりませんが)先生曰く、お前らは強く印象に残っているとの事らしいです。先生は私たちの事を今でも名前(下の名前)で呼び捨てであります。つまり、太郎 次郎 (犬ではありませんが)“君”なんて呼びません。当時からそうでした。男ばかりのバカな学校でしたので。当時の話に盛り上がりながら、ふと、あいつが登山中遭難して行方不明になった。と耳にしました。そんな話を聞くと当時のバカな顔が思い浮かびます。もう一人、釣りに行って波にさらわれて・・・という話も聞きました。何となく、自分が関わった人たちのこういう話を聞くと、どう表現していいか何とも言えない気分です。さて、話が変わりますが、次行こう!という事で、ごく自然な流れで、何も疑いも無く、オネ~チャンたちが居るお店にぞろぞろ移動しました。そこでは、当時いじめられていた奴が眼の色変えてオネ~チャンを口説いています。お前!何やってんだよ!と半ばあきれ顔をして見ていた私ですが、その横で、こいつも社会に出て揉まれたんだよと妙に説得力のある事を言うのでそれも、そうだな!と合点がいきます。それでも、当時はイジメと言うのはなく、せいぜい“パシリ”程度でした。今でいう宅配便ですね。(充分イジメかもしれませんが・・・)言い訳ではありませんが、今ではそんな事も笑いながら話せる関係でしたが。
2010.08.19
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一人身とは気楽なものであります。が、しかし、であります。実際にはそうはいきません。世間的には当たり前の話ですが、親の事などの面倒を見るという事など、色々なシガラミなどですね。私の場合、子供が居ませんので、その点は気楽でありますが。例えば、この身に何が起きようが、それは私一人ですので、親戚や縁者、友人、仕事関係の一切を断ち切って、“テキト~”に流れるまま、身を委ねてしまう事も出来るかもしれません。ただ冒頭では、1人は気楽と言いましたのは、部分的な事であります。全てが気楽ではありません。嗚呼・・・とため息が出てしまいますが・・・よく、“人は一人では生きていけない”となんだか格言のようなお言葉がありますが私は今まで、その言葉は、言葉として理解していましたし、確かにそうだよな・・・という体験もして来ましたし、本当に周りの人からも助けてもらいました。そういう意味で、この言葉は理解します。しかし、そのもっと奥そこに何なにかあるのではないかと、何となく分かった気がするのです。(勝手に思い込んでいる部分もありますが)人は一人では生きていけないというのは、ある意味、孤独では生きていけないという事でありましょう。“孤独”と置き換えるとよく見えてくるものがあります。つまり、喜びも、悲しみも、怒りも、憎しみも、本当に分かち合える人(パートナー)がいると言う事が、どんなに幸せなのか、ですね。最近良く思います。
2010.08.18
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暑い日が続き夏季休暇も終わり、今日からまた仕事に入ります。さて、さて、さて・・・少々体力的に弱ってきているのか、疲れ気味です。もっとも精神的にかなり参っています。それから、義父母の体調もあまりよくありません。やらなければならない事はたくさんあります。しかし、どうしても手が付けられない状態で時間だけが過ぎていきます。少しでも、その事を直視しようとすれば、吐き気さえします。現に“オェッ”となってしまいます。今、私のパソコンの前に“ガネーシャ“という頭がゾウで手が4本の一見ユーモラスな神様の像があります。インドの神様(ヒンドゥー教)なのですが、これが何と言いましょうかナカナカの才能ある神様らしいのです。お父さん(シバ神)に頭を切られて、お詫びにゾウの頭を付けられたらしいのですが、そのお詫びと言っては何ですが、お前を一番最初に拝む神様にするからと慰められたらしいです。ですから、全ての障害を取り払い、商売の神様、学問の神様として信仰されているらしいです。日本でも、最近“夢をかなえるゾウ”としてコメディー的な演技でデビューしています。曰く、お釈迦さんとはマブダチだそうです。日本の神様も良いですが、ここは1つ、多国籍に色んな神様のお力添えをいただきたいのであります。最も、七福神さんたちも船に乗って渡来してきたのですから、堅苦しい事は、ナシと言う事で。
2010.08.16
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