Supica's room

Supica's room

2006.04.05
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霧がかった海のように、それは静寂だった。

ナニモノカはナイフを机の上に並べた。

そしてゆっくりと、舐めるようにそれを点検した。

恐ろしく優しい手つきで、ナイフに催眠でもかけるかのように。

眼球の寸前にまでそれを近づけ、うっとりとした目つきでそれを見つめた。

彼の男根は鉄のように硬くなり、膨張を始めていた。

ナニモノカの部屋には奇妙な形をした椅子がある。

少なくとも一般の店では売られていないし、作られもしないだろう。

肘掛の部分には人間の腕が埋め込まれ、背もたれの部分には脊髄が埋め込まれている。

丁度頭にくる部分には帽子のようなものが掛かっていて、座ったものの頭部をすっぽりと覆う。

ナニモノカは一通り点検を終ると、それらを椅子のポケットに入れた。

金属が擦れる音が部屋に木霊する。

ナニモノカは隣の部屋に身体を移した。

暗闇の中に寸文の狂いも無く並べられたライトが下からぽつぽつと光っている。

そのライトが照らしているものは脊髄がくっつけられたままの脳である。

天井からぶら下がり、ライトはそれを途絶えることなく照らす。

脳からはいろいろなコードが延びていて、目の前の無数のテレビのどれか一つに繋がっている。

全てのテレビの色は黒で、画面はいろいろな映像を垂れ流している。

茅ヶ崎の海を映しているテレビもあれば、札幌の雪と共に時計台を映しているテレビもある。

魚のように女と抱き合っている映像もあれば、失くしたものを探すかのように戦場を歩く映像もある。

ナニモノカは羅列している脳をナイフと同じように一つ一つ丁寧に点検する。

時折大脳に指を入れて刺激をしてみる。

すると、刺激を受けた脳のコードが繋がるテレビは一瞬走査線を走らす。

そして次のシーンでは、既に違う場面になっている。

ナニモノカは点検を繰り返した。

反応を示さない脳は持っている金槌で叩き潰した。

その度に一瞬部屋のライトは全て消され、再び点灯する。

その時には新しい脳が天井からぶら下がっていた。

ナニモノカは白衣を脱いで隣の部屋へ身体を移した。

隣の部屋ではダレカが手紙を書いていた。

「哀しさと悲しさを手紙に詰め込んでいるんだよ。」

とダレカは言った。

「愛おしさなんてどうやって手紙に込めるのだろう。」


溶けるような甘い言葉を手紙に詰めた。

でも、その時僕は泣いていたんだ。



ナニモノカは煙草を吹かして宇宙に輝く星を眺めた。

「六十五億のテレビは何処まで増えるのだろう。始めは二人だけだった。そこにアナタがやって来て、僕をワタシにしたんだ。」

煙草の灰は地面に落ちて、風によって飛ばされていく。

「テレビを消しても新しいテレビが出てくる。彼らの世界をつくっているサーバーはもう少しで落ちるだろうな。ヒューズが飛ぶ。僕らに出来ることは管理だけだ。僕らだって管理されているのだから、管理を止めれば僕らも止められる。」

とワタシは言った。



僕と非僕は同時に存在しているのだけれど、交わることは永遠に無い。



「昔の中国の拷問の一種に達磨(ダルマ)って言うのがあるんだ。」

とキミは僕に言った。

キミは本を読んでいた。

本を読みながら僕と話しているのだ。

「首以外、要するに手足を全部切ってしまう。そして蟲がざわめいている穴倉の中に落として殺す。」



「僕達も達磨と変わらないじゃないか。」

そしてキミは本を閉じた。





その夜、ナニモノカは全ての脳を叩き潰した。

テレビもライトも余すことなく全てを叩き割った。

ライトは血に塗れたナニモノカを克明に、鮮やかに映し出す。

ナニモノカは息を切らし、何かから逃げるように一晩中それを繰り返した。

しかし、その行為に終わりは来ない。

明日になれば今日と同じようにナニモノカはナイフの点検を始めるだろう。

脳の点検を始めるだろう。

ダレカは宛てのない手紙を書き続け、キミは空白のページを捲る。


今日と同じ明日は来ない。

しかし、明日が来ない今日ならば、一体今日というのはなんなのだろう。





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Last updated  2006.04.05 17:54:01


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