Supica's room

Supica's room

2007.04.13
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 僕は古ぼけた駅をぼんやりと眺めている。僕は僕のいる駅から僕のいない駅を眺めている。大きな入道雲が浮かぶ夏の空の下、にじみ出るような汗が、額から滑り落ちては雫となって地面に印を作る。僕は雨によって長い時間をかけて錆びていったのだろうベンチに座っている。麦藁帽子を被り、無地の透き通るような白いTシャツ着て、ボロボロのジーンズパンツを穿いて、ヒグラシの鳴き声に耳を済ませている。時折心地の良い風が体を撫でていく。駅を囲むようにして育った大木たちも大量の葉を擦らせ、囁くような音を立てる。僕は立ち上がり、どこまでも真っ青な空をじっくりと観察してみた。空の中央に焦点を合わせるにつれて、だんだんと空は深みを帯び、不快な闇を生み出していく。僕が見ているのは、空なのだろうか、それとも果ての無い宇宙なのだろうか。

 どこからともなく汽笛が聞こえる。遥か遠くのようにも、間近のようにも感じる。駅の窓から周りを眺めてみると、駅を囲む大木のさらにその周りには、地平の彼方まで緑いっぱいの草原が広がっていた。とても穏やかに、まるで血を知らないみたいに。風によってところどころで波が生まれ消えていく。この駅からそれを眺めていると、まるで地球全体が草原のようにも思えてくる。僕は地球の中心に誰にも知られる事も無く、ぽつんと存在しているのだ。

 黒い鉄の塊である汽車は太陽の光を真っ向から浴びて、音も無くゆっくりと僕の前で止まった。豪華な装飾を施した客車のドアがゆっくりと開き、見えない車掌が僕に手招きをする。僕は疑う事なくそれに従い、汽車へと乗り込む。車掌は見えない手で僕を撫で回し、見えない目で僕を舐めるように観察し、見えない口で僕にとろけるような声で囁いた。




「後10分ばかしで着きます。座席にお座りになってお待ちください。」




 僕は扉を開けて車内に入った。車内は見るからに混雑していて、まるで皮を剥がれた牛肉がぶら下がっているような光景だった。僕が押し入って中に入ると、ぎゅうぎゅうと押される波に体を操られ、気がつくと席に座っていた。周りの大きな大人たちは僕が車内に入ったことさえ気づいていないみたいに、互いの新聞を読み漁っている。席は向かい合った四人掛けだった。隣にはとても長い白髭を生やしたヤギの様な少年が窓の向こうを眺め、正面には恰幅の良い豚の様な親子がどっぷりとソファーに沈み込んでいる。二人の至福の笑顔は広い広い顔から零れ落ち、馬鹿みたいに舌を出した人間の様な犬がそれを啜っている。僕は、やれやれ、と誰にも聞こえないような小さな声で囁き、ゆっくりと眼を閉じた。カタンカタン。


 陽が昇っては沈み、僕の瞼をオレンジ色に染める。10分なんて当に越えているはずだが、未だに一分さえ経っていないような気もする。僕がゆっくりと瞼を開くと、向かい側に居たはずの豚親子が消えていて、代わりに人間の様な犬が一匹ちょこんと席に座って新聞を読んでいた。隣のヤギ少年は手帳に何かを書き込んでいる。僕がそれを覗き込んでいると、突然彼は僕の方に振り返り、口を開けた。なんだか腐った魚の匂いがした。

「なんだか匂いますね」とヤギ少年は言った。

「なんだか匂いますね」と僕は応えた。

「そうなんだかねー」とヤギ少年は言った。



 このようなことになるのだったら始めから「腐った魚の匂い」を彼に教えてあげればよかった。それで彼が如何に傷つこうとも私には毛ほどの影響もないわけだし、逆を言えば私が忠告をすることによって、彼だけではなく彼と今後付き合ってさらには結婚するであろうはずのガールフレンドをも救ったことになる。未来のヤギガールフレンドからお茶とお菓子でももらいたいくらいのもである。―あなたが主人の「腐った魚の匂い」から口腔を救っていただいたお陰で取引先とも上手くいってたくさんのボーナスがもらえたんですのよ―。まあ、そんな妄想はどうでもいい、問題は現時点のこの轟音である。僕が妄想をしている間に既に窓ガラスは木っ端微塵に崩れ去ったようだが、依然彼は元気だ。これではもう最終手段を使うことでしかこの問題は解決しないように思われたので、僕は早速実行に移した。僕はおもむろに手を彼の鼻まで持っていき、彼の脅えた目をぎゅっと睨みつけてから、鼻を渾身の力でひねり潰した。その瞬間、蛇口の栓を閉めたときのようにぴたりと音が止んだ。その瞬間初めて周りの容無き乗客達は何事が怒ったのかと天井や窓を見回したりしていた。どうやら轟音の時の方がいつもの彼であるらしい。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.07.26 22:03:14


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: