Supica's room

Supica's room

2007.11.09
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類





 しかし、今日は何かがおかしい。開くべき扉はすぐそこにあるのにも関わらず、僕の意識はその扉のノブにさえ手をかけることを許さない。ならば文字をただひたすらに羅列させて、文章の亜流とも言えるべき塊を仕上げてみようか。いや、それはできない。拙い文章を書くくらいなら、今すぐ此処から立ち上がり、無口な土に向かって思い切り鍬を振り下ろした方が良い。晴耕雨読とも言えるべき生活。それは僕の理想だったはずなのに、耕したいものが耕せなくなってしまった。僕の脳味噌にはもう開拓するような土地は余っていないのだろうか。余生と言う液体に浸りながら、自らの肢体が崩れていくのをぼんやりと見ることしかできないのだろうか。いや、そんなことはない。耕さなければいけないものはまだまだあるのだ。電話を受け取って、電話を降ろす。そんな午後。

 足元に猫がすりよってくるまで、僕は意識をどこかへ閉まったまま、壁を眺めていた。窓の外で、空はオレンジ色に染まり、森が自らの長い影を地面に忍ばせている。僕はしばらく猫で遊び、首元を撫でると、彼はゴロゴロと喉を鳴らした。猫をくるくる回していると、壁の向こうで、玄関のドアが開く音が聞こえ、妻の声が聞こえた。時計にふと目を落とすと既に7時を回っている。僕の部屋のドアが開く。

「お話はすすんだのかしら。」と彼女は言った。
「あいにくこれっぽっちも進んでいないんだ。」と僕は言った。

「夕飯は要らない。」



 夕飯はビーフシチューだった。僕はビーフシチューをきちんと食べつくし、彼女にお礼を言って、再び書斎に篭った。そこに待っていたのは、額に時計を埋め込まれたジョンレ・ノン―僕が彼を見た瞬間に彼は僕に名前を教えてくれた―と言う男で、ノンは僕のマッサージチェアに沈む込むように座っていた。見るからに彼は小さく、身長は130センチあるかないかと言ったところで、何かを主張しているようなぷっくりと出たお腹がズボンのゴムに引っかかっていた。彼は僕のペンをくるくると何回転も回し、僕が話しかけようとしたところでどこかへ放り投げた。不運にもペンはゴミ箱に入っていった。僕はペンを拾ってポケットに入れた。

「やあ、おっさん。」とノンは言った。
「やあ、ノン。何か用かい。」と僕は言った。
「何か用が無ければこちらに来てはいけないのか。君は好きなときにこちらに来るくせに、僕らにはその権利は無いって言うのかい。ええ、どうだい。僕らだって移動する事くらい認められたっていいだろう。僕らは親友じゃないか。心友と言った方が良いかな。ああ、君は今深憂の中にいるみたいだね。」と言って、彼は汚れ切った雑巾のような色の歯をむき出して、下卑た笑をした。
「帰ってくれないか。今は君を相手にしている暇は無いんだ。僕だって君とはたくさん話したいんだけれど、ここじゃできない。」と僕は言った。彼は何かに気付いたようにキョロキョロと目を動かし、再び笑った。
「君はおかしなことを言うね。あちらとこちらでは何が違うって言うんだい。こちらにあって、あちらに無いものがあると思うのかい。あるはずが無いだろう。あちらがこちらの基盤であるんだぞ。まあ、そんなことはどうだっていい。」





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.11.10 13:38:02


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: