日本代表が大勝した。ま、失策が相次ぐ豪州に大差をつけて勝利するのは、
とりたててニュースと言えるものではない。ただ昨日の豪州戦で、レフトに犠飛
を打ち上げた 岩村明憲
のバッティングは立派だった。
グッズのクリアファイルをもらった。ボクがもらったものの表面には 岩村明憲
(現・レイズ、和島東高)の顔が大写しだった・・・。
岩村明憲
(宇和島東高)
兄・ 敬士
(宇和島東高-日体大中退)と同時に、96年のドラフトでヤクルトへ
入団した。
※ちなみに敬士は近鉄に入団はしたものの、近鉄球団ともめごとがあったよう
でたった2年間で現役を引退している。それが影響してか「明憲は近鉄が嫌いだ」
と一部で報道があった。まったく別な話だけど、
「明憲は 古田敦也
監督を嫌い。ヤクルトを出たがっている」との報道もあった。
<宇和島東高時代>
甲子園に出場経験はないが、1995年の全日本高校選抜の4番を務めた。
高校通算本塁打は26、 「
四国の怪童」
とも呼ばれた。
※ 「
四国の怪童」
といえば、ボクが真っ先に思い出すのは元・近鉄バファローズ
のコーチだった 中西太
さん。「知将」「魔術師」と呼ばれた故・ 三原脩
氏(高松中-
早稲田大)からプロ野球の世界に導かれた、西鉄ライオンズの選手でした。
三原さんの娘婿でもあります。
「投手の肩口を抜けたライナーが伸びに伸びてバックスクリーンを超えた」
(wikipedia)という伝説を残すほど、中西さん打撃は強烈だったそうです。
■チームメイト■
一年先輩に現・ヤクルトの 宮出隆自
がいた。宮出とはバッテリーを組んだことも
ある。
■愛媛県内のライバル■
松山中央高に現・ホークスの 山村路直
(九州共立大)。また一年先輩には、
現・日本ハムの 藤井秀悟
(早稲田大)がいた。
■甲子園のライバル■
96年、愛媛県の準決勝で、その後甲子園で優勝した松山商高に敗れ、甲子園
には出場していない。
※話題は変わりますが、96年夏、甲子園の決勝戦・ 松山商高vs熊本工高
を
憶えていますか? 甲子園の歴史に残る名試合でした。
以下、『プロ野球選手の甲子園伝説』(宝島社刊)より引用。
延長10回裏、熊本工高は一死満塁とし、3番・本多大介の打球は右翼へ。
だれもが「決まった」と思った次の瞬間、代わったばかりの松山商の右翼手・
矢野勝嗣が本塁へダイレクト返球を見せ、三塁走者の星子崇がタッチアウト。
ビッグプレーで九死に一生を得た松山商は、11回表に勝ち越し、そのまま
27年ぶりの全国制覇を果たした。
この感動のシーンの動画は こちら
。
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