とある田舎の喫茶店

とある田舎の喫茶店

2006年01月24日
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カテゴリ: 自作小説

見方によっては不謹慎だ、と感じる方もいるかもしれないのではじめに言っておきます。



後悔するということは、自分がどれだけ馬鹿だったかを思い知るということだ。

都会――東京に行けばきっとやりたいことが見つかる。
そんな甘すぎる考えを、以前は本気で信じていた。
田舎育ちの自分にとって、東京は夢が無限に広がるネバーランドに思えていた。
中学校、高校ともに充実した学校生活をおくれていたものの、どことなく不満を感じていた。
ドラマでよくある運命的な出会いや、夢を一生懸命追い続ける男とかに憧れをいだいていた。
つまるところ刺激をもとめていたのだとおもう。
自分の住んでいた田舎には、非日常的なことなんて十数年生きてきた中でひとつも起こらなかった。
それゆえに心の奥底で無自覚にも自分の人生の今後に危機感をいだいていたのかもしれない。
このまま田舎で生き、夢も何も見つからないまま死んでゆく。

そんなつまらない人生なんてまっぴらごめんだ。
そう思ったから夢を見つけるために、自分の人生の過程に非日常を組み込むために上京したのだ。
しかし甘かった。甘すぎた。
2回しか行ったことのなかった東京は、いつしか自分の中では田舎者の先入観のみで構成されていた。
止まることのない日常の中に、万に一つの可能性で非日常――夢が見つける出来事が起こるかもしれない。
自分の中で東京は、そんな可能性を秘めていた地だった。
だがすべては幻想。実際に東京で生きている人が聞いたら笑う気もなくすほどのくだらない戯言。
自分は馬鹿だった。
そう気づくのに3年かかった。
東京の大学に行けばきっと夢が見つかる。
そう信じて今まで3年間、ただなにをするでもなく流れに身をまかせ、気づけば大学3年生になっていた。
今の自分を見ればわかる。何ヶ月も掃除をしていない、ゴミがちらかったワンルームのベッドでうつろな眼をして天井を眺めている。それも平日の真っ昼間に。
ぶしょったくひげを生やし、髪の毛にはフケがたまっている。
テーブルの上には何本ものビールの空き缶が無造作に置かれている。
夢を追っている人間には到底見えない。

今思えば自分は大学に合格したときにすでに意気消沈しかけていたのかもしれない。
なんのためなのか明確な理由も自覚しないまま死ぬ気で勉強して入学することができた有名国立大学。

家族は喜んでくれた。
父は、自分の人生が大きな壁を乗り越えたことを静かながらも称えてくれた。
母は、息子がだれもが知っている有名大学に入学したことを誇りに思い、身の回りの人に嬉々としてそのことを触れ回った。
3つ年下の弟は自分のことを影ながらも憧れのまなざしで見てくれた。
しかし実際のところ自分は、なんのために大学に入ったのかすらわかっていなかった。

弟は、東京行きの新幹線にのろうとする自分を呼び止めてこう言った。


「僕が鼻高々に自慢できるような男になってよ、兄さん。」

「ああ、お前が自慢できるような男になってやるよ」

当時、弟は高校1年生になろうとしていた歳だった。
自分は、人生の方向性を決める大事な時期に入ろうとしている弟に、無責任すぎる言葉を安易に吐いてしまった。
それから自分は自堕落な生活を送り続け、家族に顔向けすることができずに、実家から「たまには帰って来い」という連絡にもなにかと理由をつけて「行けない」と断っていた。
家族には、映画監督になるために頑張っている、そう嘘をついていた。
年に一回、実家に帰ってきたときは適当に難しいことを言ってごまかしていた。

やがて自分が大学3年生になろうとしていたとき、弟から電話がかかってきた。

「兄さん、僕も東京の大学行くことにしたよ。」

やめておけ。
東京なんかに来たって夢なんか見つかりゃしないぞ。
本心ではそう思いつつも自分はただ「そうか」と答えるだけだった。

それから数日後、電話で話したときにはこうも言った

「僕も夢を見つけたいんだ、兄さんみたいに。」

やめろ。
その言葉を聞いたとき、自分の心の中ではすでに「やめておけ」という忠告から、「やめろ」という警告に変わっていた


そして気がつけば弟の大学入試の日が近づいていた。
自分は受験が受かるようにとお守りを贈ってやった。
弟は電話越しにこう言った。

「お守り、ありがと。これがあれば絶対受かるね。これで受かれば兄さんと同じレールに乗れるんだ。絶対に受かってみせるよ」

弟は電話越しでもわかるほど気合が入っていた。

そして受験当日。
弟は東京行きの新幹線にのった。

自分は家で弟からの入試の出来具合の報告を待った
「かなりできたよ」という弟の嬉々とした言葉に、「よかったな」と返してやるつもりだった。
弟が落ち込んでいる様などもとより考えていなかった。


だが電話がきたのは弟ではなく、実家からだった。


テレビを見ろ


緊張感のある父の言葉に言われるままにテレビをつけた。
テレビでは臨時ニュースがやっていて、ついさっき、新幹線の脱線事故が起こったことを伝えるものだった。


弟が乗った新幹線だった。




弟は死んだ。




ただ胸がポッカリとぬけてしまったかのように呆然とすることしかできなかった。
家族の中で弟の遺体と最初に対面したのは自分だった。
ひどかった。まともに眼を向けられないほどに。
涙はでなかった。
そのかわりに吐いた。
あまりの悲惨さと、弟が死んだという事実を思い知って。


両親は数日たったあともずっと悲しみにくれたままで、半年たった今でも魂のぬけたような顔をしていた。
東京にもどってきた自分はまた同じ生活にもどっていた。

弟が死んだことをなんとも思わないわけではない。
悲しい。
しかし他に思うことがあった。

弟が死ななければいけなかった理由。
弟は東京の大学の入試を受けるためにあの新幹線にのった。
あの新幹線にのらなければ死ななくてもすんだのだ。

弟は生前言っていた。
兄さんのように夢を追いたい、と。
自分が弟に、夢を追い続けている、映画監督になるために頑張っていると嘘をつかなければ、弟は東京に来ようなどとは思わなかったのではないか。
あの新幹線に乗って死ななくてもすんだのではないか。

そんな思いだけが頭の中を回っていた。

だが回りの人間はだれひとりとして自分を責めなかった。
東京にいる兄の背中を追うために東京の大学を受験したせいで弟は死んだ。
そんなことを考える人は当然ながらもいなかった。
なぜなら弟は、兄のことを追っている、とはだれにもはっきりとは言わなかったのだから。
弟は自分だけに、自分の背中を追っていると伝えていたのだ。

自分が弟に嘘をつかなければ死ななかった。
「責任を感じすぎだ。」
自分がおもわずもらした言葉に大学の友人はそう言ってくれた。
実際考えすぎなのかもしれない。
弟には弟なりの夢を追っていて、自分が東京に来ていなくても弟は東京の大学にはいっていたかもしれない。
自分が責任を感じるのはお門違いなのかもしれない。


だが思い出してしまうのだ。


小さいころからずっと、弟は自分の後ろをついてきていたことを。





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最終更新日  2006年01月24日 20時58分14秒
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