とある田舎の喫茶店

とある田舎の喫茶店

2007年07月08日
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カテゴリ: 日記
自分は過去を振り返るときによく中学時代と高校時代を比較します。

それはやはり中学時代の自分と高校時代の自分が別人のようだったからです。
正確に言えば、高校時代は自分の人格が形成されてゆく中での転換期でした。
ただ高校時代でもまだ安定しているとは言えず、高校生相応の未熟なところは多々ありました。
高校を出て1年。
今の自分は幾分か安定しているように感じます。もちろん端から見れば未熟者であることに変わりはないでしょうけど。
でも自分を振り返ったとき、今の自分は遥かに安定しています。


中学のころ、どんな物事に対しても、具体的に言えば、事実にも、ドラマにも、漫画にも、アニメにも、感動して涙するということがありませんでした。
もちろん何に対しても何も感じなかったというわけではありません。それ相応に笑ったり怒ったりしていました。


それはなぜなのか?

正直よくわかりません。
今よりよっぽど嫌な性格をしていた、ということだけははっきりと覚えていますが、なぜ感動することがほとんどなかったのか、感動して涙するということがなかったのか。その原因は自分自身にもわからないままです。

ただはっきりと覚えていることがあります。

そんな自分を認識したとき思ったんです。

自分は将来どんな大人になるんだろう。

無感動な子供が成長して大人になったとき、いったいどんな人間になっているんだろう、と。
すぐに導き出された未来像はとても明るいとは言えないものでした。
いろいろ出てきた中で一番濃くわかりやすかったのが犯罪者です。
おとなしかった人が突然殺人事件を起こす。
そんなニュースを思い出しました。



ただそれに恐怖を感じたかと言えばそんなことはありません。
あまりにも非現実的……いえ、客観的に自分を見ていたのだと思います。
そのときの自分はまだ何もしていないわけですから、言ってみれば正常な人間です。
そこからどんなプロセスを得て堕ちてゆくのか。
想像はできてもそれに現実味を得ることができませんでした。


今思えばその頃の自分はかなり不安定だったんだなと思います。
ただ、中学生なんてそんなものなのかもしれません。
心が揺らぎやすいというのでしょうか。重要な成長期であることは間違いありませんから。

それでも無感動な自分に微妙な不安感を得ていた自分。
今振り返ってみるとその頃の自分が怖いです。


高校に入ってから環境がガラリと変わったせいかもしれません。
自分ははじめのころは妙な猫のかぶり方をしていました。

中学の頃は人によってはわかりやすく“うざい奴”でした。
しかし高校時代は、好かれることはなくても嫌われることはない人間でした。
完璧というわけではないですが、だいたいはそんな感じでした。
普通の話し方をし、自己主張は激しすぎず、人に合わせて話し方を変えて。
八方美人というほどではありません。けっこう受動的でしたから。


中学3年生、受験のとき、自分はその中学から誰も行かない高校を第一志望に選びました。
そのころの理由は「中学のころを引きずりたくない」という単純なものでした。
みんなが行く高校に行けば、恥ずかしい思い出やアダ名などは高校時代に出来る友人にも知られる可能性が高かったからです。
そしてもうひとつ理由がありました。

もう金魚のフンはやめよう。

中学時代は常に誰かの傍にいました。
傍にいてまずいことがあるとその人に頼って。
わかりやすく言えば、どちらかが先に何かをしなければいけないとき、自分は必ず「先にやって」と言っていました。
そんな自分を変えたいと思ったんです。

今考えてみると自分にしたらえらく勇気のある決断をしたなと感心してしまうくらいです。
しかし逆に言えば、ヘタレな自分がそんな決断をするくらい、自分の嫌な性格に気づいてうんざりしていたのだと思います。

高校に入ってから思い知らされました。自分は今までどれだけ他人に頼ってきたんだろうと。

1年生のとき、誰かに声をかけることにものすごく勇気がいりました。声をかけようと何度も思ってもできなくて。他の場所で友達になった人たちを見て焦りを覚えて。
もしあのとき中学時代の連れがいれば、誰かに声をかけるなど簡単なことだったでしょう。その連れと一緒にいて、連れに声をかけてもらえばいいのですから
ただもしそうだったのなら、自分の高校生活は悲惨なものになっていたでしょう。
ずっと誰かに頼って築いた友人関係はきっとその誰かがいるからこそ成り立っているものになっていて、その誰かがいなくなったとき、友人関係はあっけなく崩壊してしまうんです。

だから高校に一人で入学したのは正解だったと思います。

高校受験がまさに人生の分岐点だったと言ってもいい。


高校生になってからです。感動して涙を流すようになったのは。
何がきっかけとかはありません。
気づいたらそうなっていました。
それに気づいたときはほっとしたのを覚えています。
ああ、よかった。自分は中学のころに想像したような人間にならないですむ。
そう思ったからです。

高校時代でも未熟で不安定なところはありました。
でも着実に成長していることは無意識ながらも気づいていたように思います。

そして現在。



やけに涙もらくなっています。
ドラマとか漫画どころかニュースで悲惨な事件の報道などがやっていても涙を流していることがあります。
そんなふうになると感動することについて深く考えるようになって、今では「感動の中でもプラス方向の感動こそが真の感動だ」とかいう自分理論を持つようになっています。

人生何がどう転ぶかわからないもので、中学のころと今を比べるとまったくの別人で、成長するということはすごいことなんだなと思ってしまいます。
同時に成長期がどれだけ大切な時期なのかということも。

今の自分があるのはやっぱり周りのおかげなんでしょうね。
親から友達から先生から。
もし一人でもいなかったら違う自分になっていたのかなと考えてしまいます。

ただ今いるのは今の自分ひとりなわけで、ただただ感慨にふけり感謝するだけです。

一歩間違えば今の自分が嫌う人間になっていた。そう思うとぞっとしますが、今の自分は嫌なところがあっても多少は好きなところもあったりします。
今はそのことにほっとすることができます。


いやあ、過去を振り返るとよくわかります。自分がどれだけ多くの道の中の一本を選らんでここまで来たのか。
もちろん後ろだけでなく前にも無限とも思えるほど途方もない数の道があるのでしょうけど、今は未来を見据えるよりも今の道を歩くことで精一杯な気もします。

ただこれだけは思います。

あわよくば、自分のことが好きでいられる今の自分が思い描く未来になればいいな、と。





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最終更新日  2007年07月09日 00時27分20秒
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