2006年03月16日
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横山大観
 いつだつたか横山大観と山岡米華とが一緒になつて伯耆《はうき》に旅をした事があつた。何でも伯耆には美しい山と美しい女があるから、一度見に来ないかと、土地の物持から招待《せうだい》せられて往つたのだ。
 一体芸術家といふものは、美しい山と美しい女とがあるとさへ言つたら、監獄のなかへでものこく蹤《つ》いて来るものなので、この二人の画家《ゑかき》がそれがために伯耆くんだりまで往つたところで、少しも咎《とが》める事はない。
 往つてみると、伯耆にも色々山はあつたが、二人が平素描《ふだんか》き馴れてゐるやうな珍らしい山は一つも無かつた、二人は落胆《がつかり》して今一つの方へ出掛けた。
 仕合せと女には美しいのが三四人居た。二人はそれを相手に酒を飲んだ。わけて大観は上機嫌で立続《たてつぼ》けに盃《さかづき》 を傾けてゐたが、座にゐる女達は何《ど》うしたものか米華の方にばかし集まつて大観の前には酒徳利《さかどくり》しか並んでゐなかつた。徳利はどれを振つてみても悲しさうな声を出して泣いた。
 山にも失望し、女にも失望した大観は、翌《あくユ》る朝夙《あさはや》く宿を発《た》つて山越《やまごし》に、作州の方へ出た。そして四十四曲りの峠まで来ると、態《わざ》と峠へ立つて小便をした。(甚《はなは》だ汚い話で恐縮するが、小便をしたのは大観氏で、茶話記者でない事だけは覚えて置いて貰ひたい。)
 「この水、伯耆の方へ流れたら伯耆人が後悔する。もしか作州の方へ落ちたら大観が後悔する。」
 大観はかう言つて占つた。
 そのむかし仏蘭西のルツソオは漂泊の旅に上《のぼ》つて、ある疑ひが心に起きた時、敦方《どちら》に定《き》めたものかと石を投げて占つたといふが、大観はルツソオと同じ気持で、じつと水の行方《カくへ》を見た。水は寺内首相のやうに公平で、作州へも落ちず伯老圉へも流れず、その儘土に沁《し》み込んでしまつた。






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最終更新日  2006年04月18日 11時24分12秒
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