2006年03月16日
XML
飲酒家《さけのみ》
片山|国嘉《くにか》博士が名代の禁酒論者であるのは知らぬ者はない。博士の説によると、不良少年、白痴、巾着切…などいふ輩《てあひ》は、大抵酒飲みの子に生れるもので、世間に酒が無かつたら、天国はつい手の達《とど》きさうなところまで引張り寄せる事が出来るらしい。
 尤も亡くなつた上田敏博士などは、酒が肉体《からだ》によくないのは判つてゐる。だが、素敵に精神の助けになるのは争はれない。自分は肉体と精神と執方《どちら》を愛するかといへば、言ふ迄もなく精神を愛するから酒は止《や》められないと口癖のやうに言つてゐた。
 その禁酒論者の片山博士の子息《むすこ》に、医学士の国幸氏《くにゆき》がある。阿父《おとつ》さんとは打つて変つた酒飲みで、酒さへあれば、天国などは質に入れても可《い》いといふ性《たち》で毎日浴ぴる程酒を飲んでは太平楽を言つてゐた。 阿父《おとつ》さんの博士もこれには閉口したらしかつたが、それでも、
 「俺は俺、忰《せがれ》は忰さ。忰が一人酒を飲んだところで、俺が禁酒会員を二人|栫《こさ》へたら填合《うめあは》せはつく筈だ。」
と絶念《あきらめ》をつけて、せつせと禁酒の伝道を怠らなかつた。
 ところがその国幸医学士がこの頃になつてばつたり酒を止《や》めて一向盃を手に取らうとしない。飲み友達が何《ど》うしたのだと訊くと、宣教師のやうな青い顔をして、
 「第一酒は身体《からだ》によくないからね。それから……」
と何だか言ひ渋るのを、

と畳みかけると医学士は軒の鳩ぽつぽや「世間」に立聞きされない様に急に声を低めて、
 「あゝして親爺《おやぢ》が禁酒論者なのに、伜の僕が飲んだくれぢや世間体が悪いからね。」
と甚《ひど》く悄気《しよげ》てゐたさうだ。
 禁酒論者へ報告する。まんざら捨てたものではない。酒飲みからも、国幸医学士のやうなかうした孝行者も出る世の中だ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年04月18日 11時26分33秒
コメント(0) | コメントを書く
[リンクのない新着テキスト] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

愛書家・網迫

愛書家・網迫

コメント新着

北川 実@ Re:山本笑月『明治世相百話』「仮名垣門下の人々 変った風格の人物揃い」(10/04) [狂言作者の竹柴飄蔵が柴垣其文、又の名四…
井上清志@ Re:山本笑月『明治世相百話』「十人十色茶人気質 明治時代大宗匠連の面影」(10/05) 「山本 麻渓」で検索したところ初めてヒ…
愛書家・網迫 @ ありがとうございます ゼファー生さん、ありがとうございます。 …
ゼファー生@ お大事に! いつもお世話になります。お体、お心の調…
愛書家・網迫 @ わざわざどうも 誤認識だらけで済みませんでした。お礼が…

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: