近代日本文学史メジャーのマイナー
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『革命前夜』須賀しのぶ(文春文庫) 文庫本の「腰巻」に「歴史×音楽×青春」と書いてあります。さらに裏表紙の宣伝文を読むと、どうやら主人公はピアニストらしい、と。なるほど、音楽小説なんだな、と。 音楽や音楽家をテーマや設定にした読み物は、けっこうたくさんあるのでしょうね。あまり知らない私でもいくつか読んでいます。そして、これも多分私だけの感想ではないと思いますが、音楽を言葉で語ることの難しさをこの度も幾度か感じました。 それは、音楽を言語芸術である小説に落とし込むことの困難さだけではありません。 本書にも何度も出てくる音楽がらみの場面を読んでいても思うのですが、そんな場面にリアリティがあるほどに、要するに、音楽家は言葉など相手にしていない、という感じがとってもするんですね。 ……うーん、言いすぎでしょうかねー。 でも、例えば本文中から一つ上げてみるとこんな場面です。これは音楽大学の教授が主人公に教えている場面です。「平均律曲集は恐ろしいのだよ。バッハの中でも特に」眼鏡の奥の目が、穏やかに笑う。「どうやっても弾き手が剝き出しになってしまう。だからこそ、心してかからねばならないよ」 こんなやり取りは、実は現実の音楽大学などで普通に交わされる会話ではないかと、私は思います。つまり、かなり専門的に音楽に取り組んでいる音楽家なら、このセリフの意図する事柄は手に取るようにわかるのではないか、と。何にも知らない素人の私だって、曖昧でいいなら、なんとなく言っていることはわかるような気はします。 しかし、改めてしっかりとここに用いられている言葉(「弾き手が剥き出し」「心してかからねば」など)を確認していくと、本来の単語の意味範囲だけでは到底厳密な理解はできないような気がします。つまり、ここに用いられている言葉は、もはや符牒程度でしかないのではないか、と。(例えばお寿司屋さんでのやり取りですね。) しかしそれで全編言葉による物語が、本当に齟齬なく展開していけるのか、と。 さて、私はいったい何を言おうとしているのかと言いますと、私のぼけたような思考経路の真ん中の部分をうっちゃって先っちょだけ書けば、この物語の主人公はなぜピアニストでなければならないのか、ということであります。 でも、その答えはすぐに浮かびます。 ピアニストはともかく、音楽家(音楽専攻学生)にしなければ、日本人青年がこの時期の東ドイツに行く必然性が無くなっちゃうからですね。(本文中にも幾度か触れられています。) しかしそのせいで、一つの不如意を作品は抱えたと私は感じました。(あくまでいつものバイアスだらけのわたくしの感想でありますがー。) それは、作品中に再三クラシック音楽曲に関する説明部分が出てきますが、私はここを読んでいて、これはいったい誰が誰に語り掛けているのだろうとずっと感じていたことであります。 本作は留学中の日本人ピアニストの一人称の文体です。だから「誰が」の部分は「その青年が」であるのは明らかなはずです。しかしその説明部の、前後の文脈から離れてのこのきわめて初心者向け解説口調(しばしば上から目線)は、かなりの違和感がありました。 いっそ三人称小説にしていたらまだしっかり読めたのにと思い、しかし筆者が一人称にしたのは、ちょっと意地悪に取れば、音楽説明部分の「責任」をこの主人公日本人青年にかぶせてしまうせいかなともちらりと思い、いや、それはやはり、音楽を言語で説明することの困難ゆえだろうと思い直しました。 また、これは、傷というほどのものではない(リアリティを壊し切ってはいない)と思いますが、後半から終盤にかけての主人公ピアニストの「活劇」部分のアクションぶりは、なるほどそんな物語なのだと一応納得しましたが、ピアニストがこんな活劇をねえと、ちょっと気にはなりました。(これはむかーし、庄司薫が小説に書いていたことですが、フルーティストはキスもしない、って、まー、これはマユツバではありますが。) と、いう風に私は本作の悪口ばかり述べているようですが、基本はとても面白かったです。460頁にもわたってそれなりに面白く読ませ切る作者の技量はすごいものだと感心しました。 上記の「活劇」うんぬんについても、結局のところ私がミステリー小説をさほど好みとしていないがための感想かもしれません。私は、全部で7章ある本作の終わり2章は、いっそ要らないんじゃないのかというような過激な感想もチラリと持ちました。(6章めのクリスタが脱出したあたりまででまとめてしまって終われるんじゃないのかという暴論です。) しかし、世の中にはいろんな才能を持った作家が、本当にたくさんいらっしゃることでありますねえ。 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
2026.10.04
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