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2011.01.01
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カテゴリ: 大正期・白樺派

『小僧の神様』志賀直哉(岩波文庫)

 えー、志賀直哉の短編小説を読むなんて、うン十年ぶりであります。
 かつて読んだのは、大学時代ですね。あの頃、純文学作品のとっても充実していた(今も充実しているんでしょうかね)新潮文庫を中心に、まとめて読みました。

 さて今回、この岩波文庫に収録されている作品は、以下のものです。

『小僧の神様』  『正義派』  『赤西蠣太』  『母の死と新しい母』
『清兵衛と瓢箪』 『范の犯罪』 『城の崎にて』 『好人物の夫婦』
『流行感冒』   『たき火』  『真鶴』


 最初この目次を見た時は、なるほどどの作品も、いずれ劣らぬ有名作品揃いであるなと思いました。
 で、読んでみたんですがね。
 ところが、うーん、私の記憶がアバウトなのか、加齢のせいで私の感じ方がかつてと違ってきたのか、作品の評価というよりもこれは好き嫌いだとも思うのですが、かなり初読時の印象とは異なったものを持ちました。

 例えば上記作品中、昔はいい話だなぁと思っていたのは、『小僧の神様』『范の犯罪』『好人物の夫婦』あたりなんですが、今回の読後感は、極めて私的なものではありますが、もちろん悪いなんて事はないですが、特に「凄い」という感想を持ちませんでした。

 なぜなんでしょうね。
 『好人物の夫婦』なんてお話しは、何となくその理由が分かります。
 簡単に言うと、大学時代の私はまだ結婚していなかったからですね。
 別にそんなつもりはなくても、やはり独身時は、結婚というものに一種「非現実的」な期待をしていたんでしょうねー。

 現在のように結婚してうン十年も経ってしまうと、もはや現代にはこんな「好人物」の女房などいないのだ、と。(こんな風に「相方」のせいにしてしまうところに、たぶん私の人格的な問題があるんでしょうねー。)

 『范の犯罪』については、もっと変な印象を持ちました。
 裁判官が「無罪」としたその理由が、分かるような気もしつつ、しかし根本的なところが全く分からない、と。
 というより、昔読んだ時はこれが本当に納得できたのだろうかと、逆に不思議に思ってしまいました。もちろん、この作品が完璧な「リアリズム小説」とは思わないものの、改めて読んでみると、もうひとつ分からない論理展開ではないかな、と。

 実は今回読んでいて、この近代日本を代表する「小説の神様」の諸短編について、私はとっても「恐ろしい」感想を持ってしまったんですがー。……それも複数個の。

 まずその1ですが、それは例えばこんな表現です。

もしかしたら、自分のした事が善事だという変な意識があって、それをほんとうの心から批判され、裏切られ、あざけられているのが、こうした寂しい感じで感ぜられるのかしら? もう少しした事を小さく、気楽に考えていればなんでもないのかもしれない。自分は知らず知らずこだわっているのだ。しかしとにかく恥ずべき事を行なったというのではない。少なくとも不快な感じで残らなくてもよさそうなものだ、と彼は考えた。(『小僧の神様』)

私の幼年時代には父はおもに釜山と金沢に行っていた。私は祖父母と母の手で育てられた。そしていっしょにいた母さえ、祖母の盲目的な激しい愛情を受けている私にはもう愛する余地がなかったらしい。まして父はもう愛を与える余地を私の心の中にどこも見いだす事ができなかったに相違ない。この感じは感じとしてその時でもあったから、私には子宝がなんとなくそらぞらしく聞きなされたのである。――それより母に対して気の毒な気がした。(『母の死と新しい母』)

 こんなところなんですけれどね。
 『范の犯罪』の、裁判官の無罪判断根拠がよく分からない、と言うのも同じではあるのですが、そもそも范が、妻の頸動脈にナイフを突き刺してしまった自分の心理を裁判官に説明している部分、この描写、何が説明されているのか、よくわかります?

 説明しづらい心理を誠実に書いているという感じはする一方、そもそもいかにも志賀直哉的な心理のあり方を説明するこの表現は、ひょっとしたら、ひょっとしたら、……とっても分かりにくくて、少し「へたくそ」なんじゃないかしら。(うーん、書いてしまいました。)

 抽象的な事柄について、十分に論理的な説明ができていないんじゃないか、と。
 あるいは、正面から取り組みすぎているのかも知れませんね。他の小説家なら、こんな個所は例えばもっとおしゃれに比喩を用いるとかして、正面からの説明をさけるのかも知れません。

 しかしともあれ、私はこの度、とうとうとんでもないことを書いてしまいました。

「志賀直哉の小説はへたくそだ。」 と。

 ひえーーー、こんな事、志賀直哉をぼろかすに言っているあの『如是我聞』を書いた太宰治ですら書かなかったですよ。
 ……うーん、すみません。後半に続きます。


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Last updated  2011.01.01 11:35:49
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志賀直哉かぁ  
今猿人 さん
懐かしいなぁ。大学生成り立ての頃、よく読んだ作家やったけど。今、読んだらあんまり感動せんのかぁ。
まあ、心理を描く作家。心境を描く作家のイメージは今もあるねぇ。

正月ですな。そうそう。この夏頃には、全員集合の招集でもかけましょうかね。今年も宜しく。 (2011.01.02 10:25:25)

Re:志賀直哉かぁ(01/01)  
analog純文  さん
 おや、今猿人さん、お久しぶり。
 コメントありがとうございます。
 志賀直哉の評価については、そろそろ新しい視点でのものが、必要じゃないかと思います。
 いえ、私が知らないだけで、そういった研究がきっとなされているんだと思いますが。
 では今年もよろしく。 (2011.01.02 15:08:32)

今たまたま  
今猿人 さん
トルストイの「戦争と平和」を読んでいて、気付いたのだけれど。(いつもこんなの読んでる訳ではありません。年末に職場の近くの古本屋で岩波文庫版全八冊二百十円で売っていたのですよ)

どこでもいいのだけれど、例えばロシア軍とフランス軍との戦闘が始まる場面のこんな表現(上官に対して)

 アンドレイ公爵は不安な好奇心を抱きながら、この顔に見入っているうちに、果たしてこの人はこの瞬間に、考えたり感じたりしているのだろうか? もしそうとすれば何を考え、何を感じているのだろう? それが知りたくて堪らなくなった。「全体として、このじっと動かない顔の陰に、何か隠れたものがあるのだろうか?」とアンドレイ公爵は彼を見つめながら、自分で自分に問いかけてみた。

どうです。あなたが引用している箇所の表現と似ていませんか? これは翻訳文体ですかねぇ。
そういえば、白樺派はトルストイアンでしたか? (2011.01.02 18:44:38)

Re:今たまたま(01/01)  
analog純文  さん
 やあ、今猿人さん、重ねてのコメントありがとうございます。
 ご指摘の通り、両者の文体はよく似ていますね。と思ったものだから、岩波文庫『戦争と平和』の翻訳者は誰かと調べてみました。(僕は新潮文庫で読みました。新潮は工藤精一郎でした。)
 大兄の読まれている『戦争と平和』は、きっと米川正夫訳ですね。
 で、ついでにウィキペディアで米川正夫を調べてみました。
 よろしければ大兄もちょっと覗いてみてください。中頃に山本夏彦の批判として、ちょっとおもしろいことが書いてありますよ。
 ご指摘どうもありがとうございました。 (2011.01.02 21:56:29)

そうです。米川正夫訳です。  
今猿人 さん
で、ウキペディアも見てきました。なるほどね。
翻訳の難しさ。その功罪相半ば。
小説でもそうなんだから、詩などほんと、訳者によって、全く別物の詩になってしまいます。
例証
ランボーの詩篇「センセシオン(感覚)」の前四行

 夏の夕ぐれ青い頃、行こう楽しく小径沿い、
 麦穂に刺され、草を踏み
 夢心地、あなうら爽に
 吹く風に髪なぶらせて! (堀口大学訳)

 青い夏の夕暮には、小道伝いに、
 麦にちくちく刺されながら細い草を踏みにゆくんだ、
 夢みながら、ひんやりとしたその冷たさを足もとに感じるんだ、
 帽子もかぶらぬこの頭を吹く風に浸しておくんだ。 (粟津則雄訳)

 夏の青い夕暮れ時に 小道を歩いてゆこう
 小麦がちくちく刺すだろう 小さな草を踏んでゆく時
 あぁ夢見るように 一歩一歩その冷たさを感じながら
 無帽の頭を風が吹くにまかせて  (今猿人訳)


しかし、こんな風に話が広がってゆくのなら、このブログなかなかのもんですよ。まぁ、今は正月で暇やしするからぁ。 (2011.01.03 08:52:02)

Re:そうです。米川正夫訳です。(01/01)  
analog純文  さん
 今猿人さん、重ねてのコメントありがとうございます。
 確かに翻訳とはなかなか難しいものですね。
 全く別の作品になる可能性がありそうです。いえむしろ、別の作品とは言い過ぎでも、小説の映画化とか漫画の小説化とか、異なったメディアになることに近いと考えた方がいいような気もしますね。
 私も、ランボーの「いちばん高いの塔の歌」については、金子光晴じゃなくっちゃそんな気がしない、なんて思ったりしています。
 ちなみに金子光晴は、「サンサシオン」の第一句をこう訳しています。

 夏の爽やかな夕、ほそ草をふみしだき、
 ちくちくと穂麦の先で手をつつかれ、小路をゆこう。
 夢みがちに踏む足の、一あしごとの新鮮さ。
 帽子はなし。ふく風に髪をなぶらせて。

 また微妙に違うものですね。では。 (2011.01.03 22:29:43)

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