近代日本文学史メジャーのマイナー

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2026.09.20
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カテゴリ: 昭和期・後半女性
『デッドエンドの思い出』よしもとばなな(文春文庫)

 この度この本を読んで、私は長くこの作家の作品を読んでいないことに我がことながら少し驚きました。なんとなくもう少し読んでいるような気がしていたのですね。
 しかしきちんと思い出してみれば、私が今までに読んだことがあったのは『キッチン』『TUGUMI』とあと数冊だけで、うちのこの2冊はどちらも話題になった頃、つまり40年近く前に読んだだけでありました。(以前本ブログでも触れたように、私は簡単な読書ノートを半世紀近く付けているので、それでわかるんですね。)

 なぜそんな感じで自分の過去の読書歴を見直すことになったかというと、本書を読んでいて、ちょっと驚いた(上記の驚きとは別の驚き)からですね。驚いて、えー、この筆者はこんな作風だったのだろうかと思い出そうとして、そこに至ったわけです。

 この度感じたその作風とは、一言で言えば、とても達者なベテランの描きぶりだということであります。
 巨匠、文豪、とまでは思いませんが、その世界の重鎮のような作風に、えー、この作家って、おいくつでしたっけと、ネットで調べると、還暦を過ぎていらっしゃる。……なるほど、ねぇ、とちょっと感心しました。

 もう少し順を追って綴っていきます。
 本書は短編集で、5つの作品が収録されています。そのうち私が良いなあと思ったのは、「幽霊の家」「ともちゃんの幸せ」そして、これがやはり一番かなと思う「デッドエンドの思い出」であります。
 残りの2作も読後感は割とよかったのですが、こうして思い出してみると、なんとない好感だけはあるものの、具体的内容はやや印象が薄く感じました。

 全ての作品に共通して描かれているテーマは、多分人生の幸福というもので、結局のところ、幸福とは今の幸せのことだとまとめられそうな描写やフレーズが散見されています。例えばこんな感じです。

 その時私は心の中で、ああ、こんなふうにひとつひとつのことをやっていくのって安らぐなあ、と思っていた。順番にひとつずつだんだんお昼の用意ができてくることの嬉しさよ。そういうちょっとした楽しみが、お昼休みのいいところよね、と私は鼻歌を歌いだしそうになりながら、能天気にも思っていた。

 いかがでしょう。きわめて平易な言葉しか用いていませんが、その言葉が、一つしか正解がないジグソーパズルのピースように、きちんきちんとしかるべきところに当て嵌まって描かれているように思えます。読んでいてとても心地よい感覚が、心の中に広がっていくのを私は感じました。これはまさしく、ベテランの文章でしょう。

 さらに私が感心したのは、そんな文体で描かれていつつ、更にギアが一つ上がったような部分では、かなり独創性の高いストーリーの進め方をしているところです。

 典型的なのは「ともちゃんの幸せ」の終末部分ですが、ここは、ベテランの作家しか書かないような進め方をしています。悪く言えば、すれっからしな感じのする、少し意見の分かれるところでもありましょうが、私は思わず志賀直哉の「小僧の神様」を連想しました。

 そこ以外でも、展開を進めるアクセルの踏み方(そんな個所こそ小説家の独創性の見せ所でありましょう)が、単なる私の好みにすぎないのかもしれませんが、とても感心しました。
 短く二つ抜き出してみます。

 その時から、もう気づいていた。なんとなくではあるが、岩倉くんが私と寝たいと思っていることに。顔の感じや、声の感じが、なんとなくそう思わせた。ふたりの間には、寄り添う感じがパンの種みたいに発酵して、しっとりと横たわっていた。

 岩倉くん、せっちゃんと呼び合うと、さすがに甘酸っぱい気持ちになった。
 そして不思議なことに、時間はその時、おかしな流れかたをしていた。
 戻っていくわけでも、止まったわけでもなかった。
 ただふわんと広がってどんどん拡張していったのだ。光の中で、天まで届くかのような広がりで、ふたりを包んだままで時間が永遠になった。

 そこに確かにある感覚の存在をまずしっかりとつかんで、そしてその形をいかに正確に言葉に変換すればいいのかを、考えながら丁寧に優しく紡いでいるような、そんな文体だと私は思いました。

 なるほど、冒頭でも触れましたが、筆者の小説キャリアはもう40年になろうとしているわけであります。
 これくらいは書けてもいいのじゃないかと一瞬思いましたが、いや、こんな心地よい読書時間を与えてくれる小説に、今までさほど出会ったわけではなかったと、私は少し心ときめいて思いました。
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Last updated  2026.09.20 13:13:29
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analog純文 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  シマクマ君さん、コメントありがとうご…
シマクマ君 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  ボクも読みました。結構素直な作品とい…
analog純文@ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  シマクマさん、コメントありがとうござ…
シマクマ君 @ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  昔、この作品が出たころ読んで面白かっ…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…

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