近代日本文学史メジャーのマイナー

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2011.06.04
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『安土往還記』辻邦生(新潮文庫)

 まだ一度も読んだことのない作家で、読めばきっと凄いんだろうなと思う人は、こんなブログをごそごそと書いているせいで、近代日本文学史に限っては、何となく少なくなってきたような気がします。(いえ、それは間違いで、本当はまだまだいっぱいいらっしゃるのだという気も、一方では少ししているんですが。)

 それはもちろん近代日本文学に限ってのことで、世界文学に広げれば、そんな作家は星の数ほどいるんだろうなという認識はあります。
 まーしかし、いちおー、近代日本文学で少し頑張ってみるかと決めてしまった手前、それは「死児の齢を数える」って、この慣用句は使い方がだいぶおかしいですよね。

 さてそんな私にとって、少なくなった(?)「読めばきっと凄いんだろーな作家」の一人が、この辻邦生氏でありました。
 この度初めて読みまして、えらいもんですねー、やはり思っていた通りでありました。

 というのも、別に私の直感力が優れているとかいうことではなくて(当たり前だ)、要するに「以前よりかねがねお噂をお聞きいたしておりまして」状態であったからですね。
 それともう一つ挙げれば、文学史上の位置づけが、ほぼ「一匹狼」状態であるということも、私の「カン」の発動理由ではあります。

 こういう文学史上の一匹狼作家というのは、やはり結構凄いんですね。
 なぜかと言うに、そもそも文学史なんかを書こうと思うような方は、まー、それをすっきり整理したいと思ってなさるのに違いないんですね。
 その整理の「視点」が極めて独自のもので、そしてとても「整理能力」の優れたものならば申し分ないと言うことで、きっとお考えなんですよね。

 で、文学史上の作家と作品をグルーピングしていって、てきぱきときちんと戸棚にしまっていきます。
 ところがここに、どーにもどこに入れていいのか迷うやっかいな作家や作品が残ったりするんですね、これが。

 いっそ、なかったことにして棄てちゃえとも思うんですが、「文学史家的良心」がそれも許さず、仕方なく整理しきれない作家として「一匹狼」が残る、という寸法であります。
 だからそんな作家や作品は、独創性と質の高さにおいて看過できないものであると、そういう論理であります。(うーん、我ながら実に優れた論理展開ですね。)

 というわけで、私はこの度、凄く面白い小説を読みました。
 何が凄いかと言えば、この小説が、織田信長をモデルとし彼の「仕事」、それは評価されるものもされないものも含めて、その「意味」と「動機」を分析していくというテーマ、そしてそのテーマをしっかりと支えていく丁寧かつ的確な表現力、つまりは「本格小説」としての凄さ、ということでありましょうか。

 例えば信長の行動原則を、筆者はこのように書きます。
 (文中では信長は、「大殿」と呼ばれ「シニョーレ」とルビがされています。語り手はポルトガル人であります。)

とすれば、大殿が聖域を焼却して僧俗男女を一人残らず殺害したことも、北方軍団を壊滅させその総帥の首を冷然と見つめることも、ただ一つの原則――すなわち反対勢力を無に至らしめ、力の対立を完全に解消すること――を、数学的な明晰さによって押し進めたにすぎない。大殿にとっては、この原則に純粋に忠実であることが――歯を食いしばってもこの原則をつらぬきとおすことが――それだけが、彼の人間的な意味でもあり、精神の尊厳をまもる所以でもあったのだ。

 信長をこのような人物と設定して歴史を書き直すわけですね。そしてその試みは、かなり説得力のあるものと、私には映りました。
 ただ、このような行動原則を持つ者が、圧倒的な孤独によって精神を蝕まれないわけにはいきません。

 作品終盤に宣教師のヴァリニャーニという人物が現れ、信長の内面との類似を語る人物として描かれますが、作品としては、このあたりから少し求心力に欠けていくような気がいたしました。信長の孤独の説明としては、やや観念的ではなかったか、と。

 つまり、終盤に描かれる信長像は、それほどまでに日々孤独の業火に焼かれようとしている姿であり、その絶対的な孤独感は、本能寺で殺されることが、ひょっとすれば彼にとって救いではなかったかと思ってしまうくらいであります。

 もちろんこれは、一読者としての私の思いつきにすぎないのですが、そんな風に思うほど出口のない孤独感が描かれていることについて、二十世紀に生きていた筆者にどんな人間認識があったのか。
 それはさて、さらに別の作品を手にとってからのこととなりましょうけれど……。


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Last updated  2011.06.04 08:01:16
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位置づけ遊び・・整理能力ありません  
nao さん
辻邦夫さん(ブッデンブロークスのヒト)・・懐かしい。
若い頃の一時期、このヒトの作品にどっぷりハマリました。
「回廊にて」「夏の砦」なんか、小説のロマネスクな世界を
堪能(特に後者)させてもらった記憶あります(「背教者ユリアヌス」?あたりまで読んで、以降はお別れしてしまいましたが)。
自分の中では、福永武彦・中村真一郎の系譜に割とすんなり落ち着く感じで、それほど一匹狼と言うほどの孤立した印象はないのですが(文学的な常識から外れた個人的な感想)、まあこのグループ自体、日本の(私小説)文学風土(?)からは、明かに浮いた存在であったので、西洋風孤島(?)で憂う彼等一群と共にいて、辻さんはそのテーブルを囲む食客であったような。

位置づけ困難作家・・考えているうちに、自分の整理能力音痴に気がつきました、例えば自分は吉田健一、三島由紀夫、小川国夫(このヒトに志賀直哉を繋ぐのは無理だとオモウけれども・・)あの藤枝静男も自分には難しくて・・中上健二・色川武大・丸山健二(可能なのか?)・・女流の河野多恵子・富岡多恵子?無理でした・・ギブアップです。 (2011.06.04 09:56:13)

Re:位置づけ遊び・・整理能力ありません(06/04)  
analog純文  さん
 naoさん、コメントありがとうございます。
 辻邦生、好きなんですね。私は初めて読んだんですが、とても面白かったです。

 そもそも日本文学にはこういった「本格小説」の系譜はずっとなかったですよね。その状況は今でもあまり変わらないんじゃないかと思います。時々、その「悪しき伝統」をうち破るような人が、単独で突然変異的に登場する程度で。(しかしそんな人も長続きしていない例が多いような。)

 でも、いろんな作家がバラバラにいろんな事を書くから面白いので、作家のグループ分けなんかに本来意味はほとんどありませんよね。
 私の場合も、一応高校用日本文学史副読本の体裁をまねているというだけで、あまり深い意味はありません。 (2011.06.04 17:29:59)

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analog純文 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  シマクマ君さん、コメントありがとうご…
シマクマ君 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  ボクも読みました。結構素直な作品とい…
analog純文@ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  シマクマさん、コメントありがとうござ…
シマクマ君 @ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  昔、この作品が出たころ読んで面白かっ…
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