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2012.01.14
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カテゴリ: 昭和期・新戯作派

『紫苑物語』石川淳(新潮文庫)

 大概物知らずな私で、今までもそこいら中で恥ばかりかいています。太宰治が「恥の多い人生をおくって参りました」と書いた時、おや、この作家はいつの間に私の人生を覗き見したのだろうと思ってしまうほどで、もちろんこの作用は、太宰治の自家薬籠中の文学テクニックであります。

 何の話かと言いますと、私の物知らずの中でも、特に植物関係については全く何も知らないと言うことであります。
 よーするに「紫苑」の事ですね。
 そもそもこれが何のことを指しているのか、まるで分からなかったのですが、文中にこの草を植えるといった表現が出て来るのを読んで、なるほどこれは植物なのだな、と。
 でも、その先がまたまるで分からない、と。

 幸いにしてインターネットとは便利なもので、一応輪郭だけの知識は手に入れるに至りましたものの、所詮その程度の浅学非才な人間ゆえ、さてこの博覧強記な石川淳の小説、どーも、分かるような分からないような……。

 冒頭の文庫本には三つのお話が収録されています。この三つです。

『紫苑物語』(昭和31年)・『鷹』(昭和28年)・『善財』(昭和24年)

 この三作の中でどの作品の出来がいいかと言えば、それはいくら物知らずな私でも分かります。(分かるような気がします。)
 『紫苑物語』ですね。しかしそれに至る前に、後の二作について少し触れておきたいと思います。

 『鷹』は、シュール・レアリスムですね。カフカのような感じです。石川淳は安部公房の先生筋の方でしたが、なるほど公房の『壁』って、こんな感じのお話だったように思います。
 ただ、この手の話というのは、ストーリーのみでは少し付いて行きづらい物がありますね。何かそれに+アルファしていただけないと、読書が上滑りしてしまうように感じるのですが、それは私の読解力の不足の故でしょうかね。(きっと、そうでしょうが。)

 『善財』は、うってかわって風俗小説のようです。私の連想としては、坂口安吾の小説作品を思い浮かべました。
 風俗的なことを描写しているのは、下世話好きの私としてはとっても面白いのですが、少々理屈っぽい。そしてこの理屈っぽいところもまたいかにも安吾的で、それはこの両者とも例え風俗的な題材を扱っていても、作品の狙いは、はるかに精神的・観念的なところにあったからでしょう。

 私の知人に、石川淳の作品が好きだという人がいますが、その方もよく「精神の運動」という言葉を使っていました。
 そう言えば、石川淳の有名な文芸評論『敗荷落日』の中で、筆者は何を根拠に晩年の荷風を断罪したかというと、この「精神の運動」なんですね。晩年の荷風には、もはやこれがない、と。

 さて『紫苑物語』ですが、しかしこの作品は、時々日本文学史上に現れる、一種とてつもない「名作」だという気が、読後一番に致しました。
 まるで美術品のごとき作品であります。この天にも昇るような格調の高さは無類のものでありますが、そもそもこれは一体どこから生まれてくるものなんでしょうか。

 まず一番に思うのが、文体、でしょうね。
 上記に他の二作について、作家的な連想を公房、安吾と挙げましたが、同じように挙げますならば、本作は森鴎外を連想させます。さほどに、切りつめた、研ぎ澄まされた硬質な文体であります。

 ただ、それは文体の力だけではなく、扱っている題材の故でもありましょうか。
 王朝時代を舞台とし、やはり観念性はやや強くありながらも、物語としても滑らかにしっかりと創られており、むしろ、物語の持つ要素を蒸留したような素朴で根元的な骨格の話になっています。

 本書の解説文を福永武彦が書いているのですが、彼はこの作品を「芸術家小説」と読んでいるようです。
 主人公の持つ卓越した技能として「弓」が描かれるのですが、なるほど「芸術家小説」と読むなら、素材の「弓」も合わせて、中島敦の『名人伝』のようでもあります。文体の格調の高さも類似するようですし。

 ただ本作品は、中島敦の作品に比べると、よりまともに虚無的な香りがします。
 それは作者の資質の違いのようにも思えますし、作品の創られた時代の違い(日本の徹底的な敗戦前と敗戦後)のようにも思えます。
 時代は、純粋性をも、もはや無傷では描かせてくれないのかも知れません。

 ともあれ、本小説は、発表年度の芸術選奨文部大臣賞の文学賞を受けたそうです。これはむしろ、本作を受賞させたことで賞の名前が挙がったような受賞であると、私は思います。


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Last updated  2012.01.14 14:40:49コメント(0) | コメントを書く
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analog純文 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  シマクマ君さん、コメントありがとうご…
シマクマ君 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  ボクも読みました。結構素直な作品とい…
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