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2012.04.15
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カテゴリ: 昭和期・後半男性

『赤頭巾ちゃん気をつけて』庄司薫(中公文庫)

 さて、上記小説の読書報告の3回目になってしまいました。どーも、すみません。
 今回は、前回までを振り返らず、一気に行ってみたいと思います。
 キーワードは、「エンペドクレス」でした。

 この「エンペドクレス」のエピソードは、主人公の薫くんが、ガールフレンドの由美ちゃんと電話で話した時に一番に出て、そして二人の喧嘩の切っ掛けとなった話題ですが、これが実は、今回読んでいて、私には今ひとつぴんと来なかったのですが、昔読んだ時は分かったんでしょうかね。

 いえ、今回も、何となく分かった気になる、くらいの所までは分かった気になるんですがね、でもそれをもう少し明確にしたいと考えると、あまり分からないんですね。
 まー、そんなものなのかなと思って読み進めていったのですが、次に小林君という友人が現れます。その小林君が、薫くんに長々と泣き言のような話をし、その後薫くんは急激にそして強烈に、社会に対して悪意のような憎悪のような感情を抱え込むのですが、このあたりも、分かると言えば分かるし、いえ、かつては確かに分かっていたような気がするのですが、それは何だっただろうと、なかなか思い出せないでいました。

 その時、私に浮かんだのは、関川夏央の『本よみの虫干し』という岩波新書に書かれてあった、高野悦子の『二十歳の原点』に対する評論でありました。

 私は本棚から取り出して読み返してみたのですが、わずか三ページの文章ですが、高野悦子を紹介するこんな書き出しで始まっています。

高野悦子は一九六九年に二十歳で、立命館大学史学科三年生だった。小柄で、笑うと八重歯がのぞいた。指が細くて長かった。美人だった。

 そして、彼女が学園紛争の中に、急速に主体的に巻き込まれていく様子を綴った後で、彼女の紹介をこんな形で終えます。

そうして高野悦子の疲労は少しずつ積もった。彼女は六九年五月四日の日記に書いた。
 「階級闘争あるのみ(ウソだなあ、どうしたってこれはウソだよ)」
 五月二十三日、キャンパスで機動隊に投石し、連行された。逮捕はまぬがれたが、警棒で殴られ、髪を引っ張られた。六九年六月二十四日未明、睡眠薬の眠りからさめた彼女は下宿を出て歩き、列車に身を投じた。


 (今、書き写していて気が付いたのですが、六九年の五月号の『中央公論』に『赤頭巾ちゃん気をつけて』は掲載されたのであります。あの頃時代の流行の雑誌は『朝日ジャーナル』だったと思いますが、高野悦子ははたしてこの小説を読んでいたでしょうか。)

 そして関川夏央は、三ページの文章の最後をこんな風に書いています。

六〇年代末、時代の空気には、彼女に限らず、誠実な青年に過剰適応を強いる悪意が潜んでいた。いたましい、とつぶやくのみである。

 友人の小林君が帰った後で、彼の嘆きを引き継ぐようにしながら社会に対する憎悪を増殖していった薫くんのリアリティとは、まさにこの「誠実な青年に過剰適応を強いる(時代の)悪意」であります。
 これこそが、この度本書を読んでいて、最初私が忘れていた(十代の頃の私には普通に感知できていた)時代の「ニュアンス」であり、筆者が、すぐに古びるピンポイントな固有名詞を駆使してまでこだわった六〇年代末であり、まさに筆者が描こうとしたものではなかったかと、私は感じたのでありました。

 実は風俗小説を読み切るには、作品内各所に点在しているこんなちょっとしたスイッチを、一つずつ見付けて丁寧にチェックしていくことが必要であり、特に作品がリアルタイムを過ぎるとその発見は少々困難になっていくのですが、それは同時に作品解釈の楽しさにもなっています。

 ところで、「エンペドクレス」はどこに行ったかといいますと、これも後になって私は、これが思わぬ伏線であったことに「あっ」と驚いたのですが、作品内にエンペドクレスの説明がこう書かれてあります。

「世界最初の、純粋に形而上的悩みで自殺した」

 いうならば、全編を通して流れている「人類の知性に対する信仰告白」とでもいえそうな薫くんのポジティブ・シンキングな生活と意見に、小林君から引き継ぐ形で彼に襲いかかってきた時代の「純粋に形而上的悩み」(と、その克服)こそが、この作品のストーリーの骨子そのものではありませんか。

 エンペドクレスは自殺をし、高野悦子も列車に身を投じ、しかし薫くんは、由美ちゃんの手を後ろから握りしめ、ゆっくりゆっくりと歩くのでありました。


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Last updated  2012.04.15 08:05:06
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