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瞳がうるんだ瞬間などは、ハッとしたりしますネ。それって、どうしたんだろ?とかの疑問符が飛び交ったりしますネ。 そんな摩訶不思議の感情を抱かせられるのは、その眼を見事にアイメイクしているという証拠でもあります。何も飾っていない素の瞳でも、涙という道具を使ってアイメイクをしているということになりますネ。つまり、メイクすることは、瞬間をより以上にしたということなんですネ。感情や、表情といったものが、大きなメイクだとすれば、涙は、眼だけをメイクしながらも、その大きなメイクに貢献をしているということですネ。日との心の中から湧いてくるもろもろのものは、身体の器官を使って、その正体をみせようとします。 それは、自然発生的におこった現象のようなものではありますが、実は、心の演出に過ぎないものだと、ワタシは思います。その気になるということではないでしょうか。
January 31, 2010
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最も動くパーツは眼ですネ。それも、開いている時よりも、閉じた瞬間の残像のほうに意味がありますネ。シャドウも、ラインも、まつげも、すべてが閉じた瞬間を演出しています。その後にくる、眼が開いている状態がプラスされると考えてアイメイクをみると、かなり深い意味を持つものが演出されることでしょう。アイラインなどは、ひとつのシルエットの中に2本の色の線を入れるくらいに緻密な表現をしたりすると、眼の輝きは数段上がると思います。しかし、そんな面倒な考えをする暇人はいない。手っ取り早く大きくみせればいい。とか、ハデに見えればいい。などが、闊歩している。少なくとも、叙情的なセンスなどは、見向きもされない。が、そのような感性は、必ずや、人の記憶に残るものとなるでしょうネ。眼は心の窓なのだから、そこから顔を出した瞬間を意識するくらいのことはあってもいいのではないかと思いますネ。
January 31, 2010
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それぞれには意味があって動いているのですから、それらを理解した上で、それらを利用して、自分の役にたてるようにするのも、メイクというものの基礎的要件となりますネ。塗ること自体は簡単なことなのですが、それぞれの意味に合わせることで、より以上の表現が出来たり、キレイに見える瞬間を演出することが出来ますネ。自分自身を毎日毎時間、無意味に過ごすのではなく、それぞれの意味を持たせて生きていくと、自分の明日にレッドカーペットを敷いているようなものとなるでしようネ。つまり、今日の行いは、明日への道へとつづく意味を持つということが言えますネ。計算をするのではなく、心から出た行動をする。塗ることも同じで、自然の成り立ちに合わせれば、違和感はなくなりますネ。
January 31, 2010
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眼が心の窓だとしたら、唇は、心を現す道具とも言えます。そのどちらもが、形の無いものを表現しようとするのではなく、形の無いものに操られて表現しているのですネ。 つまり、自然に動くという事です。しかも、その自然とは、喜怒哀楽という感情というものによってですネ。ですから、その時どきの表情には、複雑な要件が絡んでいるわけですが、特に、眼、眉、唇の働きは大きいものがあります。それを承知して、メイクというものがなされていなければ、自分で自分をおかしく表現することにすなってしまいますネ。自分のきど哀楽のそれぞれの表情をしてみて、十分に観察をし、どう動くのかを理解し、その事を計算して、メイクに追うよう出来れば、自分をいつも、キレイに演出する事は出来るようになりますネネ。 ひとつひとつの共通することの意味を自分の為に学ぶことは大切ですネ。
January 31, 2010
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眼を、より美しく生かす為に眉がいる。と、考えるといいと思いますネ。 眉命!!としている方をよくみかけますが、美しくもなんとも無い。 むしろ不自然で、眼がキツク感じさえする場合の方が多い。確かに眉の印象でお顔の印象も変わりますが、眼という主役をさておいては、いかがなものか?このテーマは、多分永遠なのでしょうねぇ。いくら語っても、そんな事という程度の聞く耳の場合には、何の役にもたたないから。自分をキレイにする・・というテーマを本気で持つのなら、一番理解し、努力して、自分のものにしなければならないことだと思いますネ。自然に生えている眉を残しつつ、整えてみて、足りなければ描き足す。が、最良。というのは、一番自然な美しさですからネ。次に、ある程度、手を入れて作る。トータルでの要求に応えるには、これもありかな?くらいですネ。 その他のやりかたは、やりすぎだと思っています。自然な美は、どこまで行っても、飽きることはありませんからネ。
January 31, 2010
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自分の心を欺いたり、偽ったりは出来ない。結局はそんな事をして、一瞬、自分をだませたとしても、必ずもとのところにもどってしまうのだから。無かった事にしようとか、有ろうはずがないとか、自分をごまかさずに、現実のままを受け入れ、それぞれの問題があるのなら、それぞれに一つずつ対処しながら、自分というもののありかたを確かめるしかないでしょう。反省すべきは、反省し、素直に自分と向き合い、自分の欠点をみつけたならば、それを少しでも改善するような努力を始めれば済むだけのことではないでしょうか。それらに目をつむるからこそ、自分をいつわらざるを得なくなってしまうのだから。自分のもっている時間は、自分の為に使えばいい。そして余裕ができたなら、人の為に使えればいいと思いますネ。キレイというものへの憧れや希望だけでは、何もはじまらない。自分の第一歩を踏み出すことにむきあわなければです。 自分を信じて。
January 31, 2010
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平面である絵画の世界には、そういったものがある。それを立体にも応用してみることが出来ないか?と考えたりして、自分を演出する方法を考えてみると、多角的な考え方ができるようになりはしないか。毎日が、同じようであっても、一つのパーツが組み替えられるだけでも、全体の印象というものも変えることが出来ることがあるということに気付かされる。漫然と、一日を演出するのではなく、革新的にすることこそが、自分で解る努力の足跡なのではないでしょうか。そういった事を、一歩ずつ歩みつづけることが出来れば、必ず自分のものに出来、自在にそれらを操ることすら出来るようになるでしょう。心をとどめてはいけない。動いて、動かして、流れある状態で、たゆとうようにあってこそ、見えない進歩をしているのだと思います。
January 31, 2010
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願い事や、頼み事などで、美が手にはいるようであれば、それ程簡単な事はない。実は、願い事などは、自分で自分に、願ったり、頼んだりしているのだと考えてみると、どうでしょう。自分の事は、自分でなんとでもできるというのが多いですネ。でも、自分で出来そうにないので、願ったりするのだとしたら、訳の解らない人には出来ないでしょう。 だったら、実際の行動に移したほうが確実ではないか。 そんな屁理屈をこねてみると、意外にも、自分でする努力のほうが簡単なのだという事に気付く。毎日毎日こつこつと、それをやりとおして行けば、必ずそこへ行き着くと信じてやってみるといい。その通り、必ず手にはいるでしょうから。そして、それを更に押し進めていけば、より以上というところまで辿り着く。自分の責任と、自分の努力で手に入れたものほど美しいものはないと思います。心がすべてを決めるということまでたどりつければいいですネ。
January 31, 2010
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キレイでいる為に、自分で決めたことを心がけるのは当たり前。 それ以外に気付いたことがあれば、その時に、出来るだけ早く行動するように常日頃心がけるのが大切。美容は、このような、ささやかな思いこみや、行動の積み重ねで得られるのであって、そこら辺にポン!!と売っている訳ではありませんネ。検挙に、自分と向き合い、自分をよくしり、その上でよりよい自分を築き上げる。このようなことは、何度書いても、足りるものではありませんネ。というか、これ以外に美に近づく事は出来ないであろうとも思えます。 それでも、言葉を変えながらでも、このことの真意を伝えなければ、解ってもらえないのだと思う気持ちが強いですネ。何年かけても進歩の無い人ゃ、むしろ、どんどん衰えていく人をみると、何とかしてあげたいけれど、何も出来ない自分がいるのを知らされてしまう毎日ではありますが、それでもめげずに、流され、抗いながら流されていくのを必死でこらえることを心がけるワタシではあります。
January 31, 2010
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毎日毎日の、赤ちゃんの成長はめざましいものがありますネ。大人という年齢になると、そのような成長は、ハッキリとは見えなくなってしまいますが、日々、それなりに成長を続けていくものだと信じています。それが、日一日ではなく、逸す月だったり、一年といった周期に変わるのかも知れませんが、少しずつ成長したいと思いますネ。毎日積み重ねる経験が、財産になるように。 そして、それを正しく利用して、よりよい明日につなげられれば、それを成長とよべるのではないでしょうか。解決しないような問題を、一年かかえこんだとしても、キチンと、それに向き合い、丁寧に対処し、根気よくまちつづければ、いつか必ず、その問題は解決できるのだと、しんじなければ、むなしくもあり、自分の心が寂しいものになるでしょうから、自分がキレイでありたければ、信じて、前向きに歩みながら、成長をつづけるしかないと思いますネ。赤ちゃんに負けないように。
January 30, 2010
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私は、店内の椅子とテーブルを、共布でカバーや、センターを作ってあるので季節事に定期的に取り替えて、多少なりともの季節感を感じてもらえればとやっています。そういった背景の中で、今日のワタシを感じてもらって、キレイの演出を楽しんでもらえればいいなというのが願いではあります。現実問題としては、そのような背景などで、人をキレイにする事は出来ないのですが、心の裡に喜びという感性を持ってもらえれば、それなりの美というものが隠れ済むものだと信じながら、そのような事を毎年毎年、繰り返しています。一年に何回、お顔を合わせるのかは、色々ですが、概ね、月一度の割合ぐらいで来店される方が多くなりましたので、年12回くらいは、お会いする計算になりますネ。そういったことも考慮して、毎月、なにかしらの変化をつけながら、お迎えする事を心がけていますネ。美の発掘の為にです。
January 30, 2010
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眼をなごませたり、感覚を表現するといった目的もあるかも知れない。その事によって、何かが!!という場面に行き会うこともありますが、概ねは、みたことがあるような・・的なものが多い。特段、突拍子もないことをする必要はないが、潜在意識に訴えて、それを掘り起こして、より意滋養を提言する! くらいな、テーマや意気込みが欲しい。かといって、それぞれの担当者の方は、努力しているのであろうから、それ以上のことは言えない。自分が、スローライフを目指しているのに、他人に、やれやれ!などという資格はないですネ。しかし、急ぎすぎるキライのある現代には、心をテーマにして取り組んで、優しさや、楽しさといつた漠然としたものを表現してもらえればなぁ、などと思うのですネ。
January 30, 2010
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先日の番組の中で、女性編のその手の話題をやっていたが、結局、その中に登場した女性は、結婚には至らなかった。 毎度思うが、したいけど、出来ない。と、必ず、当事者は言うが、本当?と思う。本当にしたいのなら、すべてを真剣に取り組むしかないのではないか。カッコだけ、そのようであっては、相手に、その気持ちは届かない。なかなか結婚出来ない。という人は、何か、本質的に問題があるのだと思う。 それは、表面にも必ずでてくるものだから。 自分を真剣に問いただし、自分は何なのかと、やってみるのも手だろうし、その手の専門家に相談し、外見から磨き直すのも手だと思う。外見の、ちょっと見は、簡単に治せるが、持続出来るかどうかは、本人の素質がともなわなければではある。何事も、真摯に向き合う事でしょうネ。すべての責任は、相手ではなく、自分にありますから。
January 30, 2010
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それは笑顔だと思う。 足りないものの正体は。微笑むような自然な笑顔。 いろんなところで、それが消えているのではと思う。 ヘラヘラする必要はまったくないけれど、仕事ですから!的な姿勢でのレジ操作などは典型的な、そつの無さ的な雰囲気がプンプンするが、例えその人が一日中やっているのだとしても、やってられないわ的な雰囲気が醸し出されていたとしたら?たまには、その笑顔を実践している人に出会う事もあるのが、本当に少ない。私は、それらのどの場合でも、口数は少なくしているが、最低でも、有り難うの言葉を、丁寧に笑顔を添えて発するようには、心がけています。相手がそうだから自分も。では、何の答えにもならない。それが、その人の姿勢なのかも知れないし、そこそこなのだからと、余計なことを考える必要はないのに、そんな事にまで、考えこむ自分は何なのか?答えは、美意識とはどんなものかを自問自答しているだけだからなのなも知れない。
January 30, 2010
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世の中、平均点には手が届いているのに、いまひとつピンとこない。 という感じのする人には結構出会う。私思うに、どーして、その人達は、ねうひとつ!をプラスできないのか? いや、しようとしないのか。 というより、本人は、それで十分とおもってしまっているのかも知れませんネ。ピンキリの中程なら、いいじゃない!ということではないと思う。人ごとながら、そんな事が気になる。そして、その気になる部分というのが、キレイの正体なのてせはないかとも思っている。手が届きそうで、届かない。 といったもどかしさのようなもの。 ほんのちょつとしたことなんだろうけれどなぁと、考えてれば考えるほどに判らなくなる。答えは、積み重ねしかない!と、思いつつも、他にも、方法はないものかと、また考えてしまいますネ。特別でなくても、ひと味というものを研究する必要を感じますネ。
January 29, 2010
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世の中を見て、きりつめることの大切さを、嫌というほど、毎日のように知らされているにも関わらず、浪費しつづけている部分も沢山ある。どれもが、一様に向くことは無いのでしょうが、いろんな循環がある中で、大きくはその様にではなければならないと思いますネ。私の提唱する美意識は、モノに頼らず、モノを大切にしながら、自らの努力と熱意でキレイを目指すということにあります。もう、何十年も、そのような感性に取り組んできましたが、未だ叶うものではありません。日一日と、それを繰り返し、そこに到達したいと願って頑張る。 そんなことをこれからも提唱しつづけ、お客様の全員が美しくあるようになりたいと思います。 季節の移ろいを肌に感じながら、そのような毎日を繰り返すことこそが、美に近づけると信じて。
January 29, 2010
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毎日になくてはならないモノ。たまにしか使わないけれど、無くては困るモノ。 色んなモノが必需品ですよネ。仮にそれらを切らした場合は、そこにあるモノで追うようできればいいのですが、モノは意外に追うようが効かないことが多い。 そういう意味でストックを。とお勧めはしますが、本来無くてもこまらないモノもあるのに、知らず知らずに何でも必需品と思ってしまう事もあると思います。 自分の持つモノ見返して、本当に要るモノかどうかを、この狭間の季節にやってみておくのもいいかもと思います。シーズン真っ只中になると、意外に、そのような事に気が回らなくなってしまいますから。次の季節モノの準備に取りかかる前に、振り返りをしてみるのもいいかも知れませんネ。そこで気がついたことは、次の季節への対応の参考にもなりますしネ。美意識は、常に持ち続けたいものですから、自分自身を見渡すというような事は、定期的にやっておくといいと思いますネ。毎日をキレイでいる為には。
January 29, 2010
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今年の紅葉の時期に、京都へ足を運んで、念仏寺のおじぞうさん達に出会う! これが最上の今年の想いなのですが、フッとそれを思い出すことで、あぁ、それが待っている。と思うことで、次への活力になったりもしてるんだなぁと感じる瞬間があります。飽きなんて、あっという間にきてしまいそうですが、それまでに、どれだけの人をキレイにできるのかが楽しみですネ。昨年一年間を費やした方も何人かいらっしゃるし、長年来店されている方もいますが、正直!数えるくらいの方しかキレイに出来てませんネ。 毎回を、精一杯にお付き合いをして、より以上のものを提供出来るように努力して行く為のものとして、京への想いを励みにしていこうと思いますネ。自分に、一つの目標を持たせることで、それに関わるいろんなことが、より以上に一連の流れでなることを願って。
January 29, 2010
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テレビでは、ニュースがたくさん流れますが、同じことの繰り返しに時間を割いているようで、気に入りませんネ。 番組と違って報道とは、そのようなものかも知れませんネ。番組といえば、いろんなものがありますが、本当の見てあぁよかったというものが少ない。これは、表現の仕方というより、受けねらいの迎合主義の結果なのだと思います。片方で、国民放送のように、慇懃無礼的でも面白くはないですネ。情報という観点からは、正しいものが必要であるにも関わらず、やはり、受けねらいが闊歩していますネ。受けさえすればなんでもいい。つまり、仕事としか捉えていない側の身勝手なんですネ。私も、深く反省をしながら、キレイという情報を提唱するようにしなければと、世相のありかたなどから学ばせていただいたような思いです。世の大勢の女性たちにも、願いたい。受けねらいの迎合主義的メイクはやめて欲しい。自分という個性を大切に、自分自信を表現する努力をして欲しいと。
January 29, 2010
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今週の休日は、珍しくゆったりしてましたネ。風があつたりもしましたが、書証の散歩と、マックのテキサスバーガーと昼寝。テキサスバーガーは、宣伝よりは、ボリュームは、こんなもんだなくらいでしたネ。ほとんど、一日でやつたことはそれくらいでした。こんな緋もある事で、自分のマインドコントロールをしているのかも知れませんネ。必ずしも明日が来るとは限らないのが人生であるならば、今日の一日を楽しく。出来ればキレイに凄そうかな?くらいにしたいものなんですネ。この、キレイというキーワードを、私から取ったら何が残るのか?疑問ですネ。休日でも、このキーワードを考えてこそ、楽しくもあり、やる気にもなって。それこそ、明日への活力なんですからネ。まあ、ゆったりとあゆみたいものではありますネ。
January 29, 2010
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髪の長さがあると、根元と毛先の色の差はどうしてもでます。平均的に月1センチはのびますから、単純計算で、のびた長さのぶんが髪の歴史ということになりますからネ。風雨にさらされ、など、いろんな歴史の結果です。カラーリングしている場合は、なをさらですネ。 髪を傷めない為にも、本来は新しく生えた部分のみをカラーリングするのが正しいのですが、根元と毛先のギャップを埋めるために、毛先までを追加でカラーリングしてしまうほうが多いのですネ。その結果、髪がより傷んでしまう。その説明を、お客様に伝えて、了解していただくようにはしていますが、中には、それを嫌だと、全部カラーリングして欲しいという方もいらっしゃる。これは仕方ない話なんですネ。見た目のことですから。 まあ、それもキレイの一種ですからネ。自然のいろのグラデーションは、作ろうとしても作れないものではありますが。
January 29, 2010
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フッと浮かんできました。 赤いカサの下にひもうせんの縁台。春になれば、その縁台に腰掛けて、お団子を。ひいろのイメージは、食をそそりますネ。いろんな色の中で、自然との調和がすばらしいと思っています。 実際、自然界には沢山あるのですが、なかなかお目にかかれません。やはり散り際の色だからとは思いますけれど。 その一瞬の儚さはなんとも言えない緋色なんですネ。まぁ、運がよければ出会えますけれどネ。ものがキレイに見える時間は、往々にしてそのようなキワにあることが多いのですが、私たちはモノではないので、いつもキレイでいたいものですネ。が、その、儚さのような感性を持つことで、またひと味違ったキレイも演出出来ると信じています。
January 28, 2010
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パソコンを一日中いじっていると、老眼のせいか、焦点の回復が遅い。というか、適当に休憩しながらやってはいるのですが。眼をいじめてない努力もしているつもりでいながら、酷使している自分をしってはいますネ。エイ!とばかりに、無理強いをすることもありますからネ。美容と健康は・・などと、人には言っているくせにです。シミやシワも気には成りますが、眼の不自由も、これ以上にはなりたくないなぁと、出来るだけ遠視をして、眼の保護に努めてはいます。幸い、私の場合、お店が二階なので、遠くの山の景色がよく見えるので、ガラスごしではありますが、それをゆったりと眺めることができます。その場合などは、心もゆったりとするのが判りますネ。ギシギシとした日常生活をしないためにも、遠視は大切かもしれませんネ。
January 28, 2010
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食べ物から、摂取する栄養が一番だという考えをもっていますので、私は、サプリや薬は用いません。七草粥を食べた日のお昼は、珍しくお腹がグーと鳴るという感覚がありましたネ。その瞬間、あぁお腹が空くような健康でいなければと思いましたネ。好きなものは、ついと食べ過ぎたりしてしまいますが、平均的にたべることの大切さを、戒めつつ、日頃を過ごさねばと思うようにはなりましたネ。ほんのちょっとした加減が分かれ道なので、何事も過ぎないようにしながら、好き勝手をしていこうと思います。だからといって、誰にでも、そのようにと薦めるものではありません。これは、あくまでも、私の自己流ですから。
January 28, 2010
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お部屋の中で、ちょっとしたことにつまずいて転んで、お顔にケガをしてしまったお客様が、大体よくなったからと、フェーシャルにいらっしゃった。触る私の方は、傷みが判らないので、見た目だけり判断でするしかない。 約一ヶ月たっているので完治はしているはずなので、普段通りにしたが、お肌が、ややかたくは感じた。その理由は、ケガが気になったから、お顔を洗わなかったからとのこと。でも、完治して、フエーシャル後のお肌の感触が、柔らかくなってよかったと、とてもよろこんでらしたので、それ以上のセリフを使わずに、素直に私もよろこぶことにしました。ただし、きにきなりながらも、適当な時期には、回復するのがケガなので、自分で判断することも大切ですネ。
January 28, 2010
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本当に、メイクの場合などは、1ミリ違っただけで、天と地ほどの違いを感じます。決して下卑てしまわない為にも、その1ミリの世界を感覚にとどめて欲しいと想いますネ。私のメイクアップ教室は、そのような概念を伝える為にやっていると思っています。特別な方法を伝えるということを大事にするのではなく、いつもキレイでいてもらいたいので、そのキレイの程度を感覚にとどめておいて欲しいのですネ。と、言っても有料でやっているのですから、それなりに伝えなければならないのですが、相手次第ということもありますから、マンツーマンでやるようにしています。特別なことは何も無い。のですが、その人に自分でやつてもらって、それを1ミリり世界で表現しながら、その感性を伝えていくということを、最も大切にしています。美しさの秘訣は、その1ミリにあると信じてです。
January 28, 2010
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この場合のハイライトは、メイクアップの話。少し、明るくすることで、立体的に見せることが出来る。が、これも、過ぎれば、汚れたメイクになってしまうので難しいものですネ。サラリとするという感覚は誰にでも出来そうで、なかなか出来ていない。何故?? やはり、欲なんでしょうネェ。ちょっとしてみて、アッ!いいなと思うと、もっとと欲がでてしまう。そんなもんだと判っていても、それをしないように伝えるのは難しい。これくらい。というう感覚を伝えることですネ。髪の場合は、他人の責任ですが、メイクの場合は自己責任でてすから。 美の感性を磨くしかないですネ。 ちょっとした加減という感覚を、どの人にも伝えて行きたいなと、思いますネ。こじゃれるという感覚のキレイさは、ひと味違う演出なのだと思いますから。
January 28, 2010
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街なかで行きあう人で、カラーリングのハイライトをたまにはみかけるのですが、キレイにきまつているのを見ない。 私思うに、やりすぎ。これでもかとやってしまっては、キレイを通り越してしまう。過ぎ足るは・・ですネ。ハイライトのようなアクセントは、やはり、控えめのこじゃれるくらいがキレイかなと思いますネ。それに、度が過ぎると、髪をいじめるだけですからネ。ハイライトはブリーチということなんですネ。その結果髪が切れてしまうというキケン伴うのですネ。つけ毛の白などでもいいのかなとも思いますけれど、どちらを選ぶのかは、あなた次第ですけれどネ。サラリと、ハイライトが入っていると、あぁキレイだなと、一瞬、目をとめる。そのようなお洒落なんですネ。
January 27, 2010
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お客様の話の中に、なにかの役員をおしつけられて困っている。という話であったが、私は、それを受けたほうがいいと、けしかけた。なぜなら、人の役にたったり、人の前に立って話しをするようなことをすること自体の意味を考えてみると判る。やはり、身支度をととのえなければと思うだろうし、少しは見てくれをキレイにしなければとも思うでしょうから。非日常を持つことは、一種の緊張を要するのですから、そういった寒暖の差のようなことはあったほうがいいと考えたからです。それに、その方は、その程度のことは出来るはずだからと、普段のお話の中から推測も、もちろんあります。人前での立ち居振る舞いは、自分が思うよりも、自分をキレイにすることが多いと思いますネ。ですから、これからも、そのような話があれば、応援を兼ねてけしかけようと思っています。キレイの為には。
January 27, 2010
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綿素材のものにアイロンがけをしながら思うのですが、私は首の周り肌が気になるので、いわゆるノリはしないのですが、その折り目がもつのは、せいぜい昼頃までです。 それでも、別段困ることはないのですが、ピッと折り目が入っていると気持ちのいいものですネ。素材の持つ味わいというものがあるので、それぞれのようがあってしかるべなのですが、イメージとしては、人のキレイさと似ているところがあるのかな、などとも思ってしまいますネ。ピシッと朝化粧をして、昼頃にはややくたびれて、お直しをしなければ。 夕方には、完全にくたびれてしまう。命あるもののさまだから、そのようであっても仕方ないものなのですが、かなりの気遣いと、手間暇をかけて維持しているのが現実ですネ。コツトンパンツなどは、シワのはいり方に気をつけながらやつていなければならないなぁというのも現実ではありますネ。
January 27, 2010
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穏やかなピンク系の彩りをしながら陽が昇る。見飽きることのない自然の美。自分たちの美も、このようでありたいと思いながら、なかなかそのようにはいかない。ちょっとしたことでつまづき、ちょっとしたことで大間違いをする事もある。ちょっとしたことは油断なのであろうが、張りつめたままで過ごすことは出来ないので、ちょつとゆるめたりをしながら一日を過ごすわけで、計算通りにはいかないということなのでしょう。しかし、美意識は、ある意味ゆるめてはいけないものだと思いますネ。何をする時にも、何もしない時にも、そこに自分が存在する以上は、自分をキレイに維持するという、形のない努力が必要でしょう。 出来れば、朝日のように、穏やかに、少しずつの変化をしながら美しくありたいと思いますネ。
January 26, 2010
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こまごまとした、身体のコンディショニングの為のローテーションを忙しいという理由をつけて、手抜きをすることはよくあります。 いつでも出来るからと、気を許していることだと思いますが、それらは、こまめにやることこそ、美につながるとわかっているのにも関わらず、それをしている自分がいます。そして、鏡をみて、やっぱりやっておこう!となるのがオチにも関わらずです。ビシッ!とするくらいには手を入れたくないという感覚の美意識があるのですがねそれなりには手をいれなければという現実との狭間にいる自分は、どっち付かずの日が多いのですネ。それは、それほどまぢかで人に見られることがない!という安心感なのだと思います。お客様でも、そんなに近づいてということはありませんから、そこそこにしてさえすれば問題はない。という甘えでしょうネ。そのローテーションを作った自分がそこにいるにもかかわらず。
January 26, 2010
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まだまだ、この問題は解決できませんネ。乾燥が終わるまでは。 まめにハンドクリーム等でやつていますが、ちょっと油断すると割れてしまい、ひっかかりますネ。どうしても水仕事が多いので仕方のない話ではありますが。そういった、仕事以外のことには、出来るだけ手を使わないようにしていますが、難しいものがありますネ。自分が、そのようにあるにも関わらず、お客様には、出来るだけ頑張ってネ。と、平気な顔をして、そんな話をする自分は何??という時もありますネ。一日の中で、出来るだけの努力はしていますが、洗剤を使う時に手袋をしないでということが理由に考えられます。まぁ、数はそれほど多くはないと思いますが、食器や他の道具類の洗い物など、朝から晩まで続き、毎日のことなので、手袋が必要と考えながらも、しないでやつている自分がいます。人には、そのようにと話すくせにです。
January 26, 2010
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雲行きが怪しい。 空模様の話です。 三寒四温で、序序にとぬるまったくなって行きますネ。この自然のように、美も移ろいがあるといいと思います。この自然の環境から、指図をされているのが現実の身体のありかたなので、それなりの移ろいはあるのですが、自分ではコントロール出来ないのがもどかしい。着るものやなんかは、取り替えながら序序に対応できるのに、お肌などは、これといってコントロール出来るものではありませんネ。せいぜい何かを塗って、その時がくるのを待つ。これくらいしか。乾燥が始まって、終わるまで約三ヶ月くらいですネ。その間の耐えることには寂しいものがあります。年齢による分泌の低下ですネ。これに抗うことは出来ないので、それには対処するしか方法がないのです。身体のあちこちが乾燥にやられていますから、必死で抵抗してはいます。雲行きが怪しくてもいいから、早く暖かになって欲しい。
January 26, 2010
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特に気負って生きている人でなくても、自分の心との戦いは毎日でしょうネ。いろんな誘惑があるので、その誘惑との戦い、自分の目標があっても言い訳をして逃げることとの戦いなどなど。さまざまな戦いをしながら、なんとか見てくれをとりつくろってキレイでいる。そんな戦いをしなくても、自分が納得するような生き方を選んだほうがキレイでいられると思いますネ。 気楽に目指してこそ、キレイし手に入ると思います。 ねばならない!では、通り過ぎることはあっても、手に入るとは思えませんネ。キレイはねいろんな狭間に隠れていて、たまに顔を出すくらいのものなんだと思います。 ですから、ムキになっておつかけるのではなく、楽しみながら仲良くなればいいのではないかと思います。あれも、これもと、いっぺんにはどうせ手に入らないのですから。一つずつ、丁寧に自分のものにして行けばいいんです。 いつか必ずキレイになれますからネ。求める心さえ忘れなければ。
January 26, 2010
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キレイになるために出来ることは、自分でする事の方が多いんですネ。それをサポートするのが私の仕事。 先頭をきることではないのです。現実的には、顔を洗ったり、髪を洗ったりなど、普通にやったりしている事ばかりなので、それをどーするというわけではありません。 ただ、少しだけ注意をして欲しいことや、丁寧にして欲しいと願うだけです。見た目だけの装いもありですが、その下に隠れている素を磨くという作業を通じて、自分の心に自信を持っていただけるようにする事が目的でもあるのが、私の夢なんですネ。ですから、みることの出来にくいその心の自信というものをキレイという形を通じて表現してもらうようにするのが、仕事として選んだ美容師というものにあると信じてはいます。力及ばず、何もできないままに、来店されなくなった方が多い現実では、このような言葉は意味をなさない気がしなくもないのですが、これからも、自分の出来ることは、精一杯つづけたいですネ。ただし、自分のできることは、ちゃんとして頂いた上でのはなしです。
January 26, 2010
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自分を本当にキレイにしたいのかは、その人の気持ちの問題なのですが、それは難しいことではないと気付かせるのは、私の仕事の範疇です。いろんな言い訳をする方を、気長に接し、そのようにして行くことこそが夢であるわけですから、出来るだけの気長ではいます。 ただ、どこまでという線引きをするつもりはないのですが、お客様が選んで選んでなるという現実をつきつけられると、残念!と、心残りではあります。私は、一年間を通じて、いつもキレイ!を目指しますから、基本的なことだけしか、お伝えしないのですが、それすらも面倒と思われてしまうとなると、それ以上は私の手には負えないという事になりますネ。私の仕事は、一方的なものではなく、双方の歩み寄りで成り立っていますから、仕事とだけでは出来なくなってしまう事も多いんですネ。というより、私の心がついていけなくなってしまうのだと思いますけれど。
January 26, 2010
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日焼けするのを止めればなどはいいません。犬の散歩に1時間くらい費やすとのことなので、必ずしも陽のでていない時間ばかりにできないでしょうからネ。身体を動かすという事が同時にできるので、健康的にはいいというメリットと、日焼けというデメリットが同居しますネ。 年齢を重ねての日焼けは、褪めるのも時間がかかりますしネ。それよりも、毎日のことでしたら、おいつきはしませんネ。そこで、私のセリフは、気にしなくていいんじゃないですか?気にしても始まらないし。できればメイクをして散歩するようにしてもらえれば、多少なりともガードすることにはなりますネ。と。このような場合、あーだのこーだの言っても、その人の正確が、人の言うことを聞かない人などだったりすれば、意味がないですからネ。その人のできることを伝えて、その人がするかはないかは、その人しだいですから。 でも、キレイでいたいのなら、して下さいネ。
January 26, 2010
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そういえば、アイシャドウを購入して、使っていない色があるのをよくみかけますが、何故?トライしてみようとしないのだろうか。 今は、便利なようにと、沢山の色がコンビになっているモノが多い。 もちろん、2色とか、単色のモノもありますが、まぁ便利と、使い回しがきけば、それにこしたことがないのだからと、コンビのものを購入するのでしょうが。普通にメイクする中年の方などは、それでも、1~2年はもつかもしれませんネ。せめて応用してくれればなぁと思いますネ。ほんの少ししかしていなくても、眼がキレイになっていたりすると、あぁキレイにしてるな。って、側にいる人は感じるものなんですネ。日焼けして色が黒いから、年だからとか言い訳をしないで、臆することなく、自分をキレイに磨く事にトライして欲しいものですネ。好みだから・・と、同じ色味ばかりでは、自分をより以上にするのは難しいですネ。折角、もっているのだったら、キレイを目指してがんばりましょう。
January 26, 2010
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私の店のガラス面が北向きなので、直射日光というものが入らないので、暖房を切ると、まだまだ寒いです.しかし、部屋への加湿もあまり効率は良くないので、お客様のいらっしゃらない時は、つけたり、切ったりをします。 自動に任せてもいいのですが、面積がそこそこにあるので、器具のセンサーに任せておくと、加減が難しいのが現実ですネ。そこで、人間のセンサーを利用して、セットしたり、オフにしたりとやる事になります。これも、お肌の為ですから。毎日、毎時間をこのようなことで過ごしますが、その中で、このような投稿をしたり、その他の書き物をしたりして、たまに、お客様を施術する?? 本末転倒のキライありですかネ。まぁ、このように、ゆったりとした時間の中で、自分の気持ちもゆったりさせることが出来ている自分の今の時代を幸せの時代と思っています。 こんな時間の中から、美をうみだせれば、それこそ、ほんとうに幸せですネ。
January 26, 2010
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昨日、残念ながら予約がなかったので、自分のカラーリング&カットをしました。しましたというのは、全部、自分を自分でやったということです。毎度のことなのです。 お客様を施術するよりは、多少、カットでは時間がかかりますが、お客様の気分も同時に味わえるということでもありますから、できるだけ、じらさないようにとか、丁寧にするとかを、思いながらやりますネ。 最終的に、例え気に入らないところがあったとしても、それ以上はムリ!と、自分に言い聞かせて終わりますが、こんなもんだ。と納得はしていますネ。自分でお客のマネをして、どうしたいのか?どうして欲しくないのか。などを聞き出すのは、多少の時間はかかりますが、納得していただく為には、どんなことをしても、やつてみようという自分の行動は面白く、たのもしくもありますネ。実際のお客様を施術する場合は、そのような要件を明確に捕まえられなければならないのですから、どんなに時間をかけても、そのようなことを実践するしかありませんネ。その点、自前は簡単ですネ。やりたいようにやつていますから。
January 26, 2010
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例えば、太ったものをもとにもどす。 これは、自分にその気さえあればもどせますネ。ですが、いろんな美容で、やりすぎたものをもとに戻すというのは難しいものなんですネ。 ですから、ムリをしないで、すこしずつ進めるという発想が必要なんですけれど、それでは時間がかかってしまいますから、お客様から顰蹙をかってしまうことになってしまいます。 が、できるだけの説明をして、そのようであるよう努力をしてはいますが、そのことを理解出来ない、もしくは、しようとしない人は多い。 悲しいかな、それが現実ですネ。ァッ!!!というまの早変わりは、舞台ではみものですが、美容という世界にはキケンと隣り合わせということもすくなくはないのですネ。傷んだ髪を無理矢理に、なんとかしたいというリクエストに、その言うとおりにするのが営業なのでしょうが、結果は、もつと髪を傷める。なんていのは日常茶飯事です。本当にその人の為になっているのかは判りません。
January 26, 2010
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通販雑誌や、新聞の折り込みチラシなどに、たくさんの美容の為の道具が掲載されていて、これみよがしに効能をしるしていますが、私は、それらを信じることはありません。化粧品類すら信じないのに、ましてや道具などはですネ。が、現実は自分の本物の姿だけではモノ足りず、それらのいろんな道具を取りそろえ、変身。などと思っている人が多い。悪いことではない。 ただ、自分自身をキレイにする努力をしないで、安直にそのようなモノに頼るな!と提言するだけです。自分の手や、考え方を使わずに、すぐさまモノに頼るというだらしなさは、美を追求する資格はないと思いますネ。 先ずは、自分の原資を磨くことこそが美の心ではないでしょうか。どーしても足りない!!というのであれば、それもいたしかたないのでしょうが。
January 26, 2010
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決してアヤフヤでいいとは思いませんが、訳のわからないものでもありますネ。これでいいという答えが無いのですからネ。あれもしたい、これもしたいと、気もそぞろなのが美の魔法なのではないでしょうか。 まぁ、せいぜい迷って、悩んで、出来ることは全部やってみて、それでも手に入らなければ、それ以上に頑張ればいいだけのことですからネ。ものごとの方程式が存在すれば、それにこしたことはないのですが、個々人の美。などというあやふやなものに、方程式などというものがあるはずがありませんからネ。ただし、先人達から伝えてくれたものごとには、かなりの信憑性と、疑問が混在していますが、追求する心は、目をみはるものがあります。 現代人は、人を頼りすぎるキライがありますが、先人達は、己の意識で追求したあとがみられるのがスゴイ!!形がないものを伝えるのは難しいことですけれど、その足跡をたどりながら、悠久の時間というものを感じることで、美意識の遺伝をしてもらえればなと思いますネ。
January 26, 2010
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爪を切ったり、ハンドクリームをつけたりと、色んなことを自分の為にはしますが、それを人の為にする事は、普通は少ないですネ。人とそれほどは接触しないですからネ。でも、道の掃除などは、そのような意味もあると思います。自然をキレイにすると、自分が幸せな気持ちになれますネ。 その延長線上に、見知らぬ人がなにげにキレイになってるなぁと感じることがあったりするのは、それも、自分の幸せにつながるのではないでしょうか。 そのように、心に感じるものを表現出来たり、したりする事で、心が癒されたり、人をいやしたりする事になると思いますネ。簡単に公の場を汚す人はいますが、その人達は、自分の家もきっと汚しているに違いない。 私は、そう思うようにしています。 公を汚すくらいのバカらしい事は無いと思うからですが、色んな人がいるのは確かですから、それも仕方ないかなと、諦めるしかないなあと思っています。 自分がそれをしなければいいだけだと言い聞かせながら。 でも、道の掃除などは、できる時にできるだけやりますネ。 それ自体で、そこだけでもキレイになつていればいいなと思うから。むなしい抵抗でしょうか。
January 26, 2010
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まだまだ加湿器が活躍しなければならないですネ。空気のコントロールは、狭い空間に限定すれば、それ程の時間を掛けずに出来ますが、少し広くなると時間が。自然を見方にする方法は、意外に難しく、かなりの努力が要る。が、自然界に居きるものとしては、それに振り回されながら、大騒ぎしながら、存在しなければなりませんネ。日一日と、変化しながらの一年の間には、四季があったりしながら、我々を楽しませてくれているのが自然ですネ。ですが、とても手に負える相手ではないのですネ。そのとても手に負えないものに抵抗しながらも、自分を守り続けるのも大変な努力なんでしょうけれど、気が付いてみれば、そこにあった。なんていう感覚の事がたくさんある訳でてすから、意味不明であれ、抵抗しながら、今の現実をやり過ごす美容なんていうのもありですネ。なかなか結果はでませんが、抵抗しつづける毎日です。
January 25, 2010
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総とっかえをすることがチェンジではない。ほんの少しでも楽しい。例えば、シュシュだけでも。チェンジなんて、そんなものじゃないでしょうか。 お金をムリに使わなくても、考え方や、ちょっとした方法で可能なことをするだけでも、心をホッコリさせることもできるし、楽しいおもいにすることも出来るでしょう。いつものモノが、いつもの通りに、そこにある。のも、大事な事のひとつではありますが、自分の気分を転換させる為に少しだけ変えてみると、また一段と違った世界を感じることもできますネ。物事にとらわれずに、自由に振る舞えれば、それも幸せのかたちですネ。
January 25, 2010
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つづけるものや、つづくものなど、色々ありますが、自らの意思で続けなければ答えの出せないものの方が多い。大袈裟に言えば、死ぬまでつづける事でしか、答えはでない。目標を持って、つづけられれば、それにこしたことはないが、自分で、勝手に答えを出して、これは違う。とリセツトの繰り返しでは、本当の自分を見いだすことすらできないのではないか。大切なのは、自分の心を折ることを自分でやつてしまっては、何もできないということですネ。キレイを手にいれることはできない。などとは、思ってはいけない。諦めないで、つづけられれば、必ず答えは出るし、自分で納得のいく結果が待っているものなんですからネ。ドングリの背比べの例えがあるように、似たような人とだけ話しをしていてもダメ。いろんな人と、いろんな考えや、美意識を分けてもらえばこそ、自分の進歩というものも見えてくる。先ずは、つづけるという意思を持つことから。
January 25, 2010
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仮に難問が山積していても、いたずらに頭を痛めてもしかてない。ひとつずつ片づけていけば、そのうち何とかなるでしょうから。また、そのようにしなければ前には進めない。 どこに進むのかは自分次第なのですからネ。できれば前にすすみたい。割り切ったり、切り捨てたり、いろんな方法があるでしょうけれど、人生、片づける事をしつづければ、もとに戻ることはないはずですからネ。時間を要しても、逃げなければ、結果は出る。ところが、同じ難問でも、美容は違う。結果のでないことは多々ありますネ。それは、間違った方向へ向かっているのですが、それに気付くのが難しい。 教科書や参考書すらないのですからネ。自分で一歩ずつ確認をしながら、ゆっくりと進むしかないのが美容なんですネ。それでも行き着く先には、何かが必ずあります。 それが正しいかどうかは別でしょうけれど。
January 25, 2010
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空想の時間は楽しいですネ。 嫌なことをする必要がないからですかネ。自分が、暗くなつたり、ジメジメしたりは、やめるにこしたことがない。そして、何もすることがなかつたら、少々のうたた寝なども楽しい。目に入るものから連想をしたり、しりとりのように、ランダムな世界を空想したりと、自由な空間を持っている私は、とりとめのないようなことを思うことで、自分の美意識を高めるためにしていることもあると、信じています。何をキレイにする時にでも、キレイということを連想しながらやると、それ自体が楽しくなるし、キレイになつたものをみた瞬間に、あぁキレイになつたという安堵することが出来るから。それも、幸せ感のひとつですネ。ですから、ひとつひとつをキレイにむすびつけて、連想していくことで、毎日の仕事へ、その感性をフィードバックできるし、その心を持続することで、自分自身を幸せにすることができますネ。
January 25, 2010
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